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第二章 彼の期待と僕の覚悟
目覚めても、そこは異世界だった
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刻を報せる教会の鐘が、どこまでも澄み渡る早暁の空に響き渡る。
ただ覚醒させることを目的とした耳障りな電子音ではない、心地良くも優しい音。開け放たれた窓に留まる鳥のさえずりも相成って、深い眠りの中に沈む薫の意識は徐々にその首をもたげていく。
「くぁ……んぅ……」
しょぼつく瞳を擦り、薫はあくびと共に体を起こした。涼やかな風が頬を撫で、新鮮な空気を肺一杯に取り込みながらベッドの上で背伸びをする彼は、脱力と共に部屋の周りを見渡した。
「…やっぱり異世界のまま、か……」
目覚めたら、そこは元の世界だった。そんな御都合主義の展開を内心期待していた薫の希望は一蹴され、目の前に広がるのは昨夜と同じ部屋の景色。溜め息をついて、薫はベッドの上から足を降ろした。
服に乱れが無いということは、あの後のギランの侵入は阻止することが出来たようだ。昨夜の出来事を思い出し、薫の頬が熱を帯びる。余計な考えを頭を振って追い出すと、薫は鍵を外した扉を押し開いた。
「うん……?」
廊下に出て数歩と歩かぬ内に、薫の嗅覚が捉えたのは朝の空き腹には堪らない美味しそうな香り。それは一階のキッチンから漂ってくるらしく、立ち上る匂いが二階の廊下に充満しているのだった。
その匂いに誘われるまま、薫は階段を降りていく。ホールには既にコーラルとヴァルツの姿があり、キッチンに面したカウンター席に並んで朝食を摂っている。すると、薫の姿に気付いたらしく、二人はほぼ同時に食事中の手元から顔を上げた。
「お、おはようございます。すみません、遅くなりました」
「ああ、おはようカオル。そんなことを気にする必要は無い。昨日は疲れていただろうからな。うん、まぁ……いろいろと、な……」
「は、はい……?」
薫から目線を逸らしつつ、コーラルは頬を掻いた。新入りが遅れるとは何事かと言われるかと思いきや、意外にもソフトな対応で安心した。しかし、何となく気遣われているような妙な違和感は何だろうか。
当人の薫に思い当たる節はーーーありすぎた。やはり、未遂とはいえギランの凶行による昨晩の出来事は、犯行現場に居合わせたヴァルツによって既にリークされているのだろうか。
「いや、何でもない。キミも早く座るといい。」
「…はい」
コーラルに誘われるまま、どことなく足取り重く彼の隣の席へと向かう薫。その際、昨夜のお礼も兼ねてヴァルツに軽く会釈をしてみると、彼はチラリと横目で眼差しを向けてきた。
究極の無口ではあるが、周りに対して全くの無関心というわけではないらしい。ヴァルツと多少なり意思の疎通に成功したことが仲間になったという実感を得られて少し嬉しくなり、心の傷が多少癒えた薫が軽くなった足取りで椅子に腰掛けると、カウンターで調理中のアルトが顔を上げた。
「えっと、おはようございます、アルトさん」
「おはよう、カオル。ちょっと待っててね。すぐにカオルの分も出来るから」
そう言って、優しげな微笑みを浮かべたアルトは手元に視線を落とし、火に掛けた複数のフライパンを前に手際良く調理を進めていく。
コーラルからは露骨に憐れみの眼差しを受けたが、アルトは普段通りで安心した。結局、結果的にギランの思惑が果たされることは無かったのだから、変に気遣われるよりは普通に接してもらった方が薫としてはありがたかった。
「はい、出来たよ。熱いから気を付けてね」
「あっ、ありがとう、ございま……す……」
アルトによって目の前に置かれた皿を前にした瞬間、薫は物言わぬ石と化した。
彼の前には、甘い匂いを漂わせる三枚重ねのパンケーキ。カリカリのベーコンを添え、琥珀色の蜂蜜を惜し気もなくたっぷりと掛けた逸品。休日に度々ケーキバイキングに通う甘い物好きの薫にとってはこれ以上無いほど充実した朝食なのだが、それはパンケーキと一言で片付けるにはあまりにも豪華過ぎた。
重ねたパンケーキの間には雲のような純白のホイップクリームが色鮮やかな数々のフルーツと共にサンドされ、さらに大量のフルーツとクッキーがこれでもかと皿の上を埋め尽くしている。
どこかの店ならばともかく、ただの朝食として出すには不自然過ぎる手の入れ様である。しかも、驚いているのは薫だけで、コーラルとヴァルツは横目でそれを確認しながらも完全にスルー。
これは、明らかに気を遣われている。引きつった笑みを浮かべ、薫はアルトへと顔を向けた。
「あ、あの……アルトさん……?」
「あっ、ごめんね。これを掛けるの忘れてたよ。うっかりしてたね。あはははっ」
「ちょ、ちょっと!もういいですってばっ!」
そう言って、どう見ても御高そうなラベルの貼られた真っ赤なジャムと白雪のような粉砂糖の入った瓶を取り出すアルトの手を、薫は慌てて制止した。
「遠慮しなくてもいいんだよ?初日の夜からキミにとんでもない迷惑を掛けたギランさんの罪滅ぼしと思えば、ね……」
「そうだぞ、カオル。遠慮することはない。我々はキミに、団長に代わって償いがしたいんだ。だから俺達を、この世界を見限るのは踏み留まって欲しい。この世界に住む者の中でも、団長は特に輪を掛けて異質なのだからな」
「ち、ちがっ、違いますよ!皆さん勘違いしてますって!確かに何も無かったと言えば嘘になりますけど……っ、僕は全然気にしてないですからっ!ヴァルツさん、お二人に説明してないんですか!?」
「…………」
「そこは何か言って下さいよっ!」
どうやらアルトとコーラルの二人はギランの行為を知っていても、事の顛末までは認識していないようだ。
気持ちの良い朝から一転、葬式のように沈み、項垂れるアルトとコーラルに対し、傍観するばかりで物言わぬヴァルツに代わって薫は必死に説明する。
ようやく誤解が解けたのは、出来立てのパンケーキがすっかり冷めきった頃となったのは言うまでもない。
ただ覚醒させることを目的とした耳障りな電子音ではない、心地良くも優しい音。開け放たれた窓に留まる鳥のさえずりも相成って、深い眠りの中に沈む薫の意識は徐々にその首をもたげていく。
「くぁ……んぅ……」
しょぼつく瞳を擦り、薫はあくびと共に体を起こした。涼やかな風が頬を撫で、新鮮な空気を肺一杯に取り込みながらベッドの上で背伸びをする彼は、脱力と共に部屋の周りを見渡した。
「…やっぱり異世界のまま、か……」
目覚めたら、そこは元の世界だった。そんな御都合主義の展開を内心期待していた薫の希望は一蹴され、目の前に広がるのは昨夜と同じ部屋の景色。溜め息をついて、薫はベッドの上から足を降ろした。
服に乱れが無いということは、あの後のギランの侵入は阻止することが出来たようだ。昨夜の出来事を思い出し、薫の頬が熱を帯びる。余計な考えを頭を振って追い出すと、薫は鍵を外した扉を押し開いた。
「うん……?」
廊下に出て数歩と歩かぬ内に、薫の嗅覚が捉えたのは朝の空き腹には堪らない美味しそうな香り。それは一階のキッチンから漂ってくるらしく、立ち上る匂いが二階の廊下に充満しているのだった。
その匂いに誘われるまま、薫は階段を降りていく。ホールには既にコーラルとヴァルツの姿があり、キッチンに面したカウンター席に並んで朝食を摂っている。すると、薫の姿に気付いたらしく、二人はほぼ同時に食事中の手元から顔を上げた。
「お、おはようございます。すみません、遅くなりました」
「ああ、おはようカオル。そんなことを気にする必要は無い。昨日は疲れていただろうからな。うん、まぁ……いろいろと、な……」
「は、はい……?」
薫から目線を逸らしつつ、コーラルは頬を掻いた。新入りが遅れるとは何事かと言われるかと思いきや、意外にもソフトな対応で安心した。しかし、何となく気遣われているような妙な違和感は何だろうか。
当人の薫に思い当たる節はーーーありすぎた。やはり、未遂とはいえギランの凶行による昨晩の出来事は、犯行現場に居合わせたヴァルツによって既にリークされているのだろうか。
「いや、何でもない。キミも早く座るといい。」
「…はい」
コーラルに誘われるまま、どことなく足取り重く彼の隣の席へと向かう薫。その際、昨夜のお礼も兼ねてヴァルツに軽く会釈をしてみると、彼はチラリと横目で眼差しを向けてきた。
究極の無口ではあるが、周りに対して全くの無関心というわけではないらしい。ヴァルツと多少なり意思の疎通に成功したことが仲間になったという実感を得られて少し嬉しくなり、心の傷が多少癒えた薫が軽くなった足取りで椅子に腰掛けると、カウンターで調理中のアルトが顔を上げた。
「えっと、おはようございます、アルトさん」
「おはよう、カオル。ちょっと待っててね。すぐにカオルの分も出来るから」
そう言って、優しげな微笑みを浮かべたアルトは手元に視線を落とし、火に掛けた複数のフライパンを前に手際良く調理を進めていく。
コーラルからは露骨に憐れみの眼差しを受けたが、アルトは普段通りで安心した。結局、結果的にギランの思惑が果たされることは無かったのだから、変に気遣われるよりは普通に接してもらった方が薫としてはありがたかった。
「はい、出来たよ。熱いから気を付けてね」
「あっ、ありがとう、ございま……す……」
アルトによって目の前に置かれた皿を前にした瞬間、薫は物言わぬ石と化した。
彼の前には、甘い匂いを漂わせる三枚重ねのパンケーキ。カリカリのベーコンを添え、琥珀色の蜂蜜を惜し気もなくたっぷりと掛けた逸品。休日に度々ケーキバイキングに通う甘い物好きの薫にとってはこれ以上無いほど充実した朝食なのだが、それはパンケーキと一言で片付けるにはあまりにも豪華過ぎた。
重ねたパンケーキの間には雲のような純白のホイップクリームが色鮮やかな数々のフルーツと共にサンドされ、さらに大量のフルーツとクッキーがこれでもかと皿の上を埋め尽くしている。
どこかの店ならばともかく、ただの朝食として出すには不自然過ぎる手の入れ様である。しかも、驚いているのは薫だけで、コーラルとヴァルツは横目でそれを確認しながらも完全にスルー。
これは、明らかに気を遣われている。引きつった笑みを浮かべ、薫はアルトへと顔を向けた。
「あ、あの……アルトさん……?」
「あっ、ごめんね。これを掛けるの忘れてたよ。うっかりしてたね。あはははっ」
「ちょ、ちょっと!もういいですってばっ!」
そう言って、どう見ても御高そうなラベルの貼られた真っ赤なジャムと白雪のような粉砂糖の入った瓶を取り出すアルトの手を、薫は慌てて制止した。
「遠慮しなくてもいいんだよ?初日の夜からキミにとんでもない迷惑を掛けたギランさんの罪滅ぼしと思えば、ね……」
「そうだぞ、カオル。遠慮することはない。我々はキミに、団長に代わって償いがしたいんだ。だから俺達を、この世界を見限るのは踏み留まって欲しい。この世界に住む者の中でも、団長は特に輪を掛けて異質なのだからな」
「ち、ちがっ、違いますよ!皆さん勘違いしてますって!確かに何も無かったと言えば嘘になりますけど……っ、僕は全然気にしてないですからっ!ヴァルツさん、お二人に説明してないんですか!?」
「…………」
「そこは何か言って下さいよっ!」
どうやらアルトとコーラルの二人はギランの行為を知っていても、事の顛末までは認識していないようだ。
気持ちの良い朝から一転、葬式のように沈み、項垂れるアルトとコーラルに対し、傍観するばかりで物言わぬヴァルツに代わって薫は必死に説明する。
ようやく誤解が解けたのは、出来立てのパンケーキがすっかり冷めきった頃となったのは言うまでもない。
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