未来を夢に忘れて

野田莉帆

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ひとひらの嘘

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 私が神よりも唯一、知っていること。それは——、自分のこと。だから、いかにもわかったような語り口で私の思考が本に書かれているのを見ると、不快だった。私の中には人に理解されたい気持ちもあるのに。

 でも、私に関する正しいことや本当のことは、私にしかわからないはず。簡単に私自身が書かれてしまうのなら、私は私にしかわからない理屈で行動を起こしたい。

 本に書かれてしまうのが先か。私が行動を起こすのが先か。それが最も大切なことのように思う。私が守ってきたものを1つ、失う結果になったとしても。

 私は慎重に言葉を続ける。

「それ、結構、思ってるの私だけだと思ってたんだけど….…。ちょっと、本の中の人になるのは嫌」

「……もし、違うことが嫌になったら言ってね」

 彼はベッドに乗ったままズボンのポケットから財布を取り出して、眼鏡を外して両方とも窓際に置く。私の方は見ていない。

 彼のその細やかさが私は好きだった。目を見て話されていたら、私は嫌になることはないと返事をしていた。

 カーテンがオレンジ色の光を透かす中で。お互い、横向きで腕を背中に回し合う。制汗剤の、シトラスの香りが私の鼻をくすぐった。

 彼は私の背中を上から下へとなでて、翼が根元からなくなってしまったことに気づくと、ぎゅっと腕に力を込めた。自然に私の腕にも力がこもる。

 彼が翼を失くしたのは、子どもの頃のことらしい。傷を舐め合うようにして背中を抱いた。

「あったかいね」

 私がぽつり、と呟くと彼が頷いてくれた。
 彼の開きかけた唇に、私は閉じた唇で微かに触れる。ゆるやかな弾力があった。

 お互いに唇を重ね合う。愛しさに、そっと彼の左の耳に触れると、彼の背中がぴくりと反応した。

 彼が急に腰を上げることによって、背中に回っていた私の左手が振り払われる。心理的な距離を一瞬だけ感じた。

 でも、すぐに右手で私の左手を取って、指を絡ませて握ってくれた。左手が心臓と繋がっていることを感じて、きゅっと胸が締めつけられる。地肌が火照っていた。

「んっ」

 私が声を上げても、彼はキスを止めない。彼の唾液が喉に流し込まれる。それだけの水で、私は溺れてしまうみたいだった。





 全てを終えた後。しばらく2人で、さっきまで足元に放っていた布団にくるまっていた。私は彼の頭に手を差し入れて、わしゃわしゃと彼のさらさらの髪を揺り動かす。

「男の子は、なかなか甘えられなくて大変だね」

 今日、彼は私に1つの嘘をついていた。

「男の子だから、しょうがないねぇ」

 くぐもった声が耳に届く。彼の体が小さく丸まっていた。彼の髪を梳くように撫でながら、昔の想い出にひたるつもりで私はさりげなく聞く。

「私と初めて会った日のこと、覚えてる?」

「美術部で会った時のことだっけ?」

「そうそう」

 私も1つ、嘘をつき返した。
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