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3話 ありがちな出会い

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 私が彼と初めて出会ったのは1ヵ月前。
 学生生活で最後の夏休みが、1週間を経過した頃のことだ。

 大学生の夏休み。
 ただ日々を漫然と過ごすには、やたらと長い。
 暇を持て余してしまう。
 これまでに3度の夏休みを過ごした私の経験が、物語っていた。

 だから、今年の夏は短期のアルバイトをすることにした。
 卒業旅行の軍資金を貯めておくという意味でも、ちょうど良い。

 大学の近くに新しく、カフェレストランがオープンするらしいことは聞き及んでいた。
 アルバイト経験はなかったが、オープニングスタッフならば全員が初心者である。
 たぶん大丈夫だろう。

 そう思いながら、アルバイトに応募した自分を殴りたい。
 結果は大失敗。
 そもそも不器用な自分が、器用に仕事をこなせるわけがなかった。
 我ながら考えが浅すぎる。

 まず、あまりにも忙しすぎた!
 オープンと同時に流れ込む人、人、人。
 一応、研修を受けていたものの頭は真っ白。
 人混みに揉まれて、全てを失くした。

 人に尋ねようにも、わからない人に教えることができるようなフリーな人は存在しなかった。
 そもそも、周りは同じ初心者が多いのである。

 わからないからわからないなりにやろうとして、当然のごとくミスばかりをした。
 にも関わらず。
 周りは私を責めない(責める暇もないのかもしれない)のが、逆につらく感じた。

 振り返ってみれば、最初から上手くできる人間はいない。
 お店側からしてみれば、私の失敗も計算の範囲内のことだったと思う。

 しかし、そのときは惨めだった。
 お怒りのお客様に対して、私のせいで他のスタッフが必死に謝っている。
 私なんかいなければ良かったのに。
 そう思った。

 もう帰りたい。
 これ以上、迷惑をかけたくない。
 でも、「もう帰ります」とも言えない。
 自分が無能な働き手であると、完全には認めたくなかった。

 なんとか業務を終えて、涙をこらえながら外に出る。もうすっかり辺りは暗い。
 近くにいる人も、はっきりとは見えない。
 気が緩んでしまって、私は少し泣いた。

 不意に、「木原さん」と後ろから私の名前を呼ぶ声がした。
 穏やかなテノール。
 振り向きたくなかったが、無視して歩くのは気が引ける。

「……はい」と、できる限りの明るい声で私は応じた。
 後ろの方を向いたが、顔を上げることはできない。

 それに対して、「大丈夫?」と聞いてくれたのが——、お察しのとおり。
 彼だった。
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