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さて、あのオサツスイーツを挟み、省略するが聖剣がらみで少しばかり労働した我はとうとうあの王子と対面し、現在に至ったわけだが、……ついでに挨拶がわりの挑発もしてみた訳なのだが。


「…足りぬなぁ」

我に煽られて側近たちは素直に攻撃を向けてきた。(…青いなぁ)
しかし、マルシュヴェリアルからは国内から集めた規格外の実力者だというので、我も誠意を持って相手をするつもりだった。

…だというのに。
軽く強化しただけのただの蹴りで騎士は蹲った。

「足りぬ」

飛んできたただの水の玉を、ただ捕って相殺しただけで魔術師は叫び声を上げ腰を抜かした。

「全くもって、」

暗殺者が背後に回って突き立てようとした短刀を灰にして、ただ地面に転がしてその背中を踏みつけただけで戦意を喪失した。

「何もかも!」

遠くの方では胸を押さえて苦しみ呻く魔術師と、回復魔法が一向に効かないことに泣きながら無駄な力を使っている魔術師が見える。

「ああ、なんと嘆かわしい」

こんなのが精鋭とは。

「素晴らしい…!
素晴らしいよ!やはり君は最高だ!!!」

恐怖、絶望に染まる手足とは真逆に、唯一高い階段の上から見下ろしている王子は目を輝かせ、愉悦を浮かべている。

……嘆かわしい。

「あんなのを、王と呼ぶのか」

憎悪と憐憫だけが対峙した王子と側近達へ募る。憐れみが深くなるほど、怒りは熱くどろりと溶ける。…アリステラが人として悲しむほど、我は元魔王として憎しみが溢れる。ああ……かわいそうだ。



……数日前にマルシュヴェリアルから話を聞いてから、少しも薄れ無かった感情はそれ以上に不快になるとは全く思っていなかった。
せめて身体を動かして、側近達をボコボコにしたら気分も爽快かと思いきや、思ったよりも弱々すぎて、期待外れた。我、失望。まだ魔法の1つも我は撃ってないんだけど?

「たかが火を纏ったに過ぎない剣を過信するから、我の蹴り程度で肋が砕ける軟弱な身体になるんだぞ。見てくれよりも見えない部分を鍛えろ。それでも騎士か?」
「ッ…!ァ…ぐ……!」

こんなに鍛え上げられた身体です!みたいな筋肉質な身体しといて、紙並みに脆い骨とかびっくりすぎて心配になった。
何か言い返そうとしているのだろうが、痛みが強過ぎて堪えるので精一杯らしい。挑発してやってるのに…。

もっと、こう、…しぶとくかかってきて欲しい。骨の1、2本折れた程度で折れる意志ならそもそも出てこないでもらいたい。我、弱いものイジメは趣味じゃないのだ。

1番殴りがいありそうな見てくれだから、とりあえず立ち上がってくれと心の中でエールを送っていると、王子が漸く階段から降りてきた。降りつつ話す奴はどこか熱に浮かされたように高揚している。

「君が素手…しかも指先だけで止めたのは、触れれば鋼鉄すら溶かす炎系の最上魔法を纏った剣だし、それを振り下ろしたのは間違いなく魔導国内最強の魔法騎士だよ。その剣の太刀の速さと鋭さから神速とよばれている、ね」
「ん?……神速?………この程度で?」

あ。何か騎士の方からサクッと何か刺さるような音がした気が。……まあ、もういいか。1番殴りたい奴が近づいてきてくれてるし…。

「君が受け止め相殺したのは、彼女が放てる中で最も強固で当たれば肉体は骨まで細切れになるような攻撃魔法なんだよ?水魔法の系統の魔術師の中で1人飛び抜けて素晴らしい魔術師が放ったそれを、相殺なんて普通は出来ないよ」
「あの程度で細切れ?引っ掻き傷の間違いだろう?」

今度はガラン、と音がした。…杖か何か落としたのか?…王子に横を素通りされて、無言で地面に視線を落とした。…うん、強く生きよ。

「…君が足蹴にしている暗殺者は、気配も音も体温も無く空気のように溶け込んで、風のように吹き抜けて気付いた時には命も奪い去っていると言われるほどの実力派だし」
「いや、うちの従僕の方が速いし強い」

アノクは我にさわれたもんね。……お触り代ってラギアに請求すればいい?

……足元がたがたする…。動くな。不快。高い踵をめり込ませると大人しくなった。

「…そこで苦しんでる魔術師は闇魔法を扱わせたら右に出る者がいないと言われてるし、慌てふためいてるし全然効いてないけど、回復魔法をかけているのは治せないものは無かった光魔法の天才さ」
「我には呪いなど効かぬし、回復魔法など跳ね返った呪いには作用するはず無かろう。その程度の事も知らぬのか?」

多分我の呪い無効作用により跳ね返った以外に、危害を加えようとした為にマルシュヴェリアルの呪いがかかったのだろう。あのロリコン、いつの間に我に加護を付けやがった。

「…彼女たちは一応、この国を代表するエリートなんだけどね…。でも、だからこそ、そんな彼らを一蹴してしまえる君がいかに異端で、私が欲するに値する存在で、私の目的の為には必要不可欠であることがよくわかる。
だから改めて請いたい」

とうとう我の前に来て、立ち止まった。流れるように我の手を取り、甲に唇で触れた。…ラギアからの殺気が酷い。殺気というより最早怨嗟しかない。何にせよ命が狙われてるぞ。今すぐ離れろ。我も手を拭きたい。感覚が消えるまで。野郎に触られても何も嬉しくないんだぞ!

「私の側で私の為に、生きて欲しい。力を貸してくれるなら、私は君に全てを与えよう。衣食住は勿論、地位も大金も欲しいだけあげる。政治・権力で君に害を与えようとするものは1人残らず私が敵として一族諸共葬って守ってあげる。僕が求める時以外は今まで通り自由でいられると約束しよう」

我から手を離して一歩、遠ざかった。そして改めて手を差し出す。さあ選べと言わんばかりに。

いつもならここですぐにでも蹴り飛ばすところだが、げきおこな我も慈悲がある。きちんと頼まれて興が乗れば手伝いもする。だが、ことこの王子に関しては、頼まれようが手伝う気はない。


それでも、最後の審判は、全てのものに平等に与えられなければならない。だから幾つか問うことにした。

「我が力を得て何を望む」
 「勿論、魔王になるんだよ」

迷いなく純粋に。嘘はない。即答。うむ…若さゆえの無鉄砲と危機感…だからこそ尊い純真さを仄かに感じる…。我、男に誘惑されても全く嬉しくないけど、こういう少年の夢には投資してやりたくなる所があるのだが…。その…ちょっと、……。

(『アリス様、こんなガキのどこがいいんですか……?こんなのより、私の方が尽くすのに…?アリス様になにかしていただくなど、畏れ多い事だというのに…。アリス様が自分の為に生きるのではなく、ただただ自分がアリス様の為に生きる事こそ至上の喜びと分からない愚か者を生かす意味は無いので今すぐ挽肉にしてから改めてお話をいたしますか…?』)
(『アルちゃん。ちょっと協力してもいいかな、なんて思ってないでしょうねん?』)

後方で待機しているラギア達から念話が飛んできた。
ないないない。大丈夫!我怒ッテル。協力、シナイ!…………我の事を非常によく理解している配下たちというのも、考えものである。

ラギア達からの喝がこないように表情を引き締めて、なるべく冷ややかに王子を見据える。

「魔王を何故志す」
「誰よりも強く、至高の存在。魔法大国の王という意味でも非常に良い称号だとおもうだろう?」

気を取り直してかけた問いにも澱みなく答えた。しかし、我が聞きたい答えとは違う。

「……分からんな。例え我が力を貸して成したとして、それは我に依存する。お前自身は強くも、至高でもない。それを名乗るに値する存在にはなれない」
「これは見解の相違、というのかな。魔王と呼ばれるに相応しい君が、私の元にいて、私の為だけに在るのならそれは私の力と見て問題ないと思うけど」

調子も変わらない、動揺が全く無い。目的を遂げる為ならば、過程や実成はどうでもいいわけか。これは何を言っても言葉で解決は無理だな。

「……では、魔王になって、なにがしたい。何を望む」

切り上げる前に。と、最後の質問だった。
当然有るだろう。その為の魔王になるという手段だ。……そう、思ったのだが。

「それは、……それは、もちろん、…魔王になれば、私は、……僕、は…?……自由に、なれる。全て、思う…がままになる。誰も僕を支配できない。今度こそ僕は、自由になれる!誰にも文句は言わせない…!僕が、…私が、この国の救いの主として君臨すれば…!"私の集める真の民達は"、迎合してくれるはずだよ」

揺らいだ。ほんの僅かだが、王子の瞳孔が開いたし、体温が僅かに上昇した。言葉の調子が戻ると同時に瞳孔も体温も戻ったが、間違いなく動揺した。

だって此奴の中で精神を守るためなのかぴたりと纏わりついていた魔力が揺らいだからな。精神魔法の対策のつもりか、頭の中を張り巡るように余計な魔力を流しているらしい。

まあいい。とにかく、魔力とは時にその者の状態を測る指針ともなるのだ。よく覚えておけ。

「そうか。だから、皆殺しにするのか。
"選民"とやらのために」
「……君は本当にマルシュヴェリアルに気に入られたんだね」

先程までの動揺が消え、再び冷静さを取り戻したような王子は、その時初めて"王子らしくない"顔つきで嗤った。
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