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75. 料理長side 2
しおりを挟むガドフは元々とある国の騎士団長をしていた。
経緯は省くが、アリスの母に命を救われ、主人を変える事にした。しかし、国を離れる事に文句を垂れる者共が多く、結果自由になった時には、アリスの母は他国の貴族の第二夫人となっていた。
勿論それが何だと言う話で、仕える為に専属の料理人として、その貴族家に入った。
驚いたのは、アリスが産まれていたことだった。
「ガドフ、私に恩を感じているというのなら、それはこの子に返して」
私では守れない。保護魔法に関しては国1番とまで言われた方が何をと当時の料理長は笑ったが、それは冗談などではないとすぐに分かった。
アリスが産まれてから、ただでさえ弱かった身体が衰弱していき、アリスが6歳になるのを見届ける前に儚くなった。
アリスの事を絶対に守ろうと誓った。
アリスは黒髪紅目という非常に珍しい容姿だった。
あの阿婆擦れ……第一夫人はその容姿を気味悪がり、ついでに自分の娘達よりも整った顔立ちのアリスに憎悪を向けていた。(その顔を鏡に書き写して見せてやりたいものだ。非常に醜い)
第一夫人から送り込まれる刺客達は多く、都度捕らえて絞って干してから第一夫人の目に付くようにして見せしめして、ギルドに引き渡して来た。諦めたかと思いきや、今度は使用人たちを買収して食材に細工をして来た。小賢しい!と何度腐ったリンゴを腐った人間(第一夫人)にぶつけそうになったことか。
しかし、その程度なら問題ない。
アリスはガーデニングのついでに野菜を作り始めたので、料理長はその他の食材を獲ってきて、食を確保した。
アリスはその当時、力の片鱗も見せていなかった。恐らく魔力も何もかも、感じ取れすらしていなかった。
恐らく、死にかけるまで。
「…アリステラ様?」
「りょうりちょー?なに?」
「い、え。ご無事、なら何よりです…!」
アリスの誕生日のディナーの為にジュエルベアを狩に行っていた料理長は、アリスがあの毒婦に殺されかけたと聞き、半狂乱気味に戻ってみると、アリスは一変していた。
性格がとかではなく、存在感自体やら魔力量やらがおかしな事になってしまっていた。あの濃度でよく人間として生きていられるものである。その辺のよくいる魔物なら感知した瞬間一目散に逃げ去るだろうと思うほどの"強者の覇気"を纏っていた。
その後執事に話を聞き、あの第一夫人が使った毒を確認した。解毒薬や中和薬すらまだ開発されていない即効性の毒だった。毒殺しようとしておきながら、あの女はアリスが自ら用意して毒を煽ったなどとほざいていた。(何度息の根を止めてやろうと思ったことか!)
そして思った。
今生きているアリス様は、アリス様の皮を被った偽物なのではないか?
アリス様は既に…。…そんな疑問が過った。
あの毒を飲んで助かるはずがない。死にかけたことによって、本来発現するはずの力が目覚めて危機一髪で毒を中和したのだとしても、今度は強すぎる力のせいで死んでいてもおかしくない状態だ。
あれは本当に、アリステラ様なのか?……と。
その後当時の状況を内密に探っている間にアリスが家を出たと聞き、料理長はこの家から撤退する際に絶対にやろうと思っていたフルコースを夫人とその娘達に出してから、アリスを探しに出た。
使用人達からマナーを習っていたので、アリスならハウスメイドなど、貴族の使用人として過ごしている可能性が高いと思っていたのだが、現実は違った。
"最近、黒髪紅目の冒険者が現れた"
黒髪紅目。すぐにアリスの可能性を疑った。だとするなら、やはりアリスは別人が成り代わっているのではないかと半分確信を持った。
エディンへ向かうとギルマス始め職員たちが貴族風の男のせいで困っていた。とりあえず邪魔だし、ここ最近街の住人やここ近辺の住民らが怯えていたのはコイツのせいだと判断して、エディンの外に蹴り飛ばした。
感謝するギルマス達には悪いと思ったが、急ぎ王都へ向かう為に挨拶もほどほどに情報収集の為、王都のギルマスを訪ねた。残念ながらあの性悪はその冒険者の情報をほぼ持っていなかった。無駄足に苛つきながら宿に向かう途中で、それを見た。
最近巷を騒がせている誘拐事件があったため、人混みの中に目を光らせている最中、それはいた。
恐らく薬を嗅がされて、念の為に急所をつかれたのだろう。間違いなく意識を失った。
しかし、それも本当に束の間だった。
料理長の心眼には、瞬時に身体を無事な状態に戻すよう回復をかける魔力の動きが見えた。
本当に、一瞬。
ふわりと上半身から力が抜け、倒れると見せかけて踵がアッパーのような形で、不審な男の鳩尾に刺さった。
(アレは私が、以前の魔法を使えなかったアリス様に教えた秘技ではないか?)
再会を果たし、規格外過ぎる力の片鱗を見る度に、アリステラ様ではあり得ない事と思いつつも、間違いなくアリステラ様だと料理長は納得してしまえた。
何故かは分からない。だが、甘いお菓子が好きな所とか、格式張らない庶民的な料理が好きな所とか、動物に対して優しいところとか…。
「アリス様、甘さはお捨てください」
「まだ何も言ってないよ?」
そう言いつつ、従魔を無くせば明日の暮らしが危うくなるであろう子供達を思って、恐らく魔獣を掃討するのは簡単であろうに、それを決断出来ない優しさ。
そういった部分が、全て、やはり何も変わっていなかったから。勿論、世間知らずなところも。全て。
アリス様は、アリス様のままだった。と、料理長の中の疑いは呆気ないほど簡単に溶けて消えた。
あまりの偉大さに驚く事はこれからも増えていく事だろう。それでも、アリスであることに変わりがないなら、何の問題もない。だが、認識を改めなくてはならないとは思う。
今のアリスは間違いなく冒険者の中でも最強のSランクに位置する実力者。冠する二つ名を付けるとするならば、それは、…その名だけで周囲に畏怖を齎すような、そんな名でなくてはならないだろう。
約1日どころか、半日もかからずに見えて来たエディンを見て、その後魔獣達の目と鼻の先に降り立った姿を見て、更にその後に起きた出来事を見て、料理長は思う。
息するように自然に魔法を手足のように使いこなし、他の追随を許さず、君臨する魔法の王。
戦うことすらなく、その魔力だけで相手を圧倒する存在感。
……どこぞの国の王は、自分こそが呼ばれるに相応しい。と、称号を変えようとしているが、アリスを見ればあんなもの、多少魔法が使えるだけの小物にしか見えない。
その称号は、可憐過ぎるアリスには似合わないと思っていた。しかしそれは、自分が目を逸らしていただけだと気づく。
「…"魔王"」
その名前は、数えるには夥し過ぎる魔獣達の群れを瞬時に制圧し、支配して立つアリス様にこそ相応しい。
呆然とまたは騒然とする冒険者達を背に、ガドフは心の底から敬服した。
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