上 下
59 / 136

59.

しおりを挟む



『あらあら。…まあ。悲惨…』
「…これぞこの世の生き地獄と言うべき所業ではなかろうか……」

流石の我も、同情せざるを得ない…。

我とルシアは、神妙な顔でそれを見ている。
具体的には、痛みのせいで顔を抑えて声も絶え絶えに悶絶している黒マントを。

「折角逃げおおせたというのに、また来たのか。懲りない奴め」

先日我を襲撃したあの男である。

仮面をつけて顔を隠しているからそうなるのだ。たとえフルフェイスだろうが呼吸穴は付いているのだろうし。それでは防ぎようがない。

『やった本人共が何言ってんノヨ』
「いや、だって…コイツが…」
『作業中に急に来るから悪いのですわ』
『他人のせいにしないノ』

……はぁい…。

でも、本当に自業自得だと思うのだが。
何せ、このマントと仮面の怪しい輩は、我とルシアが遊んでいる最中にまたもや我の背後から近づいてきたのだから。

だから振り返った我が手元にて合成していたその真っ赤な粉末を顔に思い切りぶちまけてしまったのは致し方ない事だろう。何せ、粉末だし。

慌てて粉末が飛び散らぬように我らの周囲に結界を張ったのも不可抗力だ。お陰で此奴、鼻や目、口に粉末が付着したせいで、生き地獄を味わう羽目になったのだ。

……やっぱり自業自得では?


ん?…ああ。
何の粉末かといえば、赤くて甘い果実を乾燥させたものを粉末状にしたもの。としか答えようがない。
マチルダ嬢が以前売出方法について考え込んでおったものだ。何でも、この粉末にした果物を使って、水さえあればいつでもどこでも作れる果実水として売り出そうとしていたらしいのだ。

していたらしい、と言うところからもわかる通り、実際には出来なかった。何故ならこの果実…。

乾燥させた状態で粉末にすると、くそ辛くなる。一般的に出回っている香辛料を軽く凌駕し、ひとつまみ料理に入れるだけで舌が痺れて味覚が暫く機能しなくなる程の辛さだそうだ。

まさかそんな特性があるとは露にも思わず、大量に生産してしまい、処分法に困っているらしいのだ。と、言うわけで我にも何かいいアイデアがあればと、果実そのものと、作成された粉末を寄越したのである。
エディンに戻る前に何かいい方法を考えつかねばと思い、ルシアと共に模索中だったのである。リィは刺激臭は無理だからな、部屋で昼寝中だった。

…我らが意図せずぶっかけて、それのせいで顔中が痛くて辛くて暑くて苦しんでいるこの襲撃者が、一番最初にあげたというか、唯一あげることのできた悲鳴に気付いて出てきた。そして我らが悪いというのである。うむううう。

『というカ、何でご主人たちは平気ナノ?』

そういえば、我とルシアも襲撃者と同じ結界内に閉じ込めているような状態だったな。

『私は精霊ですので、肉体的な苦痛は持ち合わせておりませんのよ。物理的な攻撃は一切効きません』

おほほほほ。とルシアが笑う。

リィが何それとドン引きしているが、当然の事だろう。精霊とはそもそも、実体を持たない。ルシアは吸い込んだ我の魔力を全身に沿うように纏っているので、物を運んだりできるが、だからといって肉体そのものがある訳ではない為、生命体に存在する感覚…味覚嗅覚とかそういうものか一切、そもそも存在しない。

対して我だが、……うむ。

「我、丈夫だもん」
『丈夫を通り越してると思うワ。無事ならいいケド』

無事ではあるし、問題ない。寧ろこれで我ももがき苦しんでいたら、それこそ異常としか思えない。1つ思い出したこともあってな。

我、毒と呪いと精神魔法だけじゃなくて、状態異常も効かんのよ…。通常の健康な状態以外が状態異常と勝手にみなされ、酔うという状態すら異常と判断されて無効になる。つまり酒飲んでも酔わない。

(じゃあ何でワイングラス片手に余裕の笑みを浮かべて玉座にて待っていることがあったのかといえば、見映えの問題である。あと雰囲気作りな。我としては布団に入って寛いでてもいいと思うのだが、配下達が猛反対したから、渋々我慢して座っていた)

……まあ、そういう訳で、この激辛粉末が身体に影響を与えた結果起こりうる事は全て状態異常と判別されたらしいので、我はぴんぴんしているのだ。


「貴様程度では我に有効な攻撃を繰り出せぬと前回で学ばなかったからそうなるのだぞ?」

襲撃者にかける優しさは持ち合わせておらんのだが、あまりにも痛がっているため、情けをかけることにした。具体的には大量の水を滝のように暫くぶちかけてやった。

なぜって。新鮮な水で一先ず洗い流してやった方がよくないか?粉が落ちれば多少はマシになるだろう?勿論その後のケアはしてやらないが。

もういいかなと水魔法(とはいえ、ただ水を流し続けるだけ)を止めると、案の定、多少マシになったのか、痛みに悶えるのはやめた黒マントもといびしょ濡れ男。

「じゃ、我は忙しいからこの辺で」
『拘束してギルドに突き出さないノ?』
「突き出したところでどうせまたお仲間が隙をついて助けに来るだろう。それにそんな事はどうでもいい」

リィとルシアが首を傾げた。

ふっふっふ。はーっはっは!!

乱入者のせいでもあり、お陰でもあるが、あの粉末の活用法を思いついた。超上機嫌な我は、そろそろ料理長が昼食を作り始めた頃と判断して、宿に戻った。

その黒マントが、"手紙"を持っていたことにも気付かずに。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

悪役令嬢は最強を志す! 〜前世の記憶を思い出したので、とりあえず最強目指して冒険者になろうと思います!〜

フウ
ファンタジー
 ソフィア・ルスキューレ公爵令嬢5歳。 先日、第一王子セドリックの婚約者として初めての顔合わせでセドリックの顔を見た瞬間、前世の記憶を思い出しました。  どうやら私は恋愛要素に本格的な……というより鬼畜すぎる難易度の戦闘要素もプラスしたRPGな乙女ゲームの悪役令嬢らしい。 「断罪? 婚約破棄? 国外追放? そして冤罪で殺される? 上等じゃない!」  超絶高スペックな悪役令嬢を舐めるなよっ! 殺される運命というのであれば、最強になってその運命をねじ伏せてやるわ!! 「というわけでお父様! 私、手始めにまず冒険者になります!!」    これは、前世の記憶を思い出したちょっとずれていてポンコツな天然お転婆令嬢が家族の力、自身の力を用いて最強を目指して運命をねじ伏せる物語!! ※ この小説は「小説家になろう」 「カクヨム」でも公開しております。 上記サイトでは先行投稿しております。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

処理中です...