上 下
51 / 136

51.

しおりを挟む

結論から言う。大丈夫だった。
寧ろ食い気味に迫ってきた。迫ると言うより最早ベッタリだった。我のメンタルの方がやられた。

メジャーを両手に、布のサンプルを身体のあちこちに吊り下げ、スタイリッシュなメガネを光らせて、我の身体を隅々まで触りまくり、半日……。

「是非これからウチの服を着て欲しい!」
「…い、いや、我、贔屓にしてる店が」
「じゃあその店教えて。そこと業務提携するから。貴女の服だけ」

あまりに押しが強くて、流石の我ももう宿に帰りたくなった。

「採寸も終わったし!デザインが湧いて出て仕方がないよ!コートは数日で仮縫いまで仕上げるから!またきて!」

やっと解放された…。

『ご主人、お疲れサマ』
「う、うむ…」
『アレ、よく我慢できたわネェ』

うん。我頑張った。相手が女性じゃなければ訴えてる。

日も暮れてしまったので、宿に戻り元の大きさに戻ったリィに全力で抱きついて毛並みを堪能する。ああ、心が洗われる…。

「リィの毛はサラフワだな。流石相棒」
『まあ、アタシの毛並みがイイのは当然だケド、ここまでツヤツヤなのはご主人のブラッシングの賜物ヨ。流石ね』
「そんな、ほ、誉めるな…!照れるだろう」

でももっと言って。
我、自尊心の塊だから、褒めてくれなきゃ伸びたくないタイプ。

『折角楽しみにして行った先がアレって、軽く同情するワ』
「職人感強過ぎて、あんなに密着してたのに何も楽しくなかった…!」

ついでに、どこぞのツルペタ商人ほどでは無いが、寂しかった。需要はあるけど、…癒されるには乏し過ぎた。

「うあぁああ…」
『重症ねェ…』

ほらほらイイ子ねとリィが器用に我を抱きこんで頭を撫でる。肉球、ふかふか。

…それにしても、最近は散々な事ばかりだな。
人の形をしたマッチョからアリンコ呼ばわりされるし、モヒカン達のモヒカン刈り上げるのわすれた。バイト先は塩をケチって料理を台無しにしていたし、新たに出会った女性は仕事一筋過ぎて怖いし、合法ロリと聞いていた人物はまさかのショタじじいだった…。1番最後が1番凹んだ。

『ねェご主人。確か、王都にはコリー達がいるんじゃなかったかシラ?』
「こりー…?」

…………コリー!

『忘れてたでショ?』
「そ、そそそんなことはないぞ!我が女性の事をわわす、忘れるなど!」

……てへ。

疑わしそうにリィは我を見やるが、疑わしきは罰せずという言葉を知らんのかと問えば、引き下がってくれた。……ふう。

「冒険者ギルドを訪ねてみるか!コリー達に会おうではないか」

この時、我は忘れていた。コリー達、という言葉にて表現されるのは、とある"3人組"の冒険者である事に。
我は忘れていた。3人組の中には、文字通り、この我を震撼させた人間がいる事を。


_____________________________________________

(アリスのげんなり具合が最高値を超えた為、以下暫く擬音・音声のみでお届けします)


「アッリスちゃああああん!!!」
「ぎぃやぁああ!」

シュバッ!ぎゅううう!……ペキッ。

「ああ!もう!ルナ!?言ったよね!?無闇矢鱈にアリスちゃんに抱きつくなって!!!」
「アリスちゃんごめんな、今剥がすから少し待っててね?」

「だいじょうぶ。われ、こころのひろいこ。だいじょうぶ。われ、こころのひろさ、せかいいち。だいじょうぶ。あばらのいちにほん、すぐになおる……」

「アリスちゃんが限界だ!ミエラ!」
「わかってる!いい加減にするんだルナ!アリスちゃんに嫌われてもいいのか!?」
「すみませんでしたごめんなさい。反省してます。どうか嫌わないでくださいアリスちゃん」
「「…変わり身早っ…!」」

『ご主人、大丈夫?』
「……うむ。エディン戻る前に一度挨拶しとこうと思った我の落ち度だし。この程度、秒で治るし…」

でも一つ言わせてもらいたい事はある。

「次やったら、女性だろうが容赦なく、天井から生やしてやるからな」

「アリスちゃん、思ったよりもおこだった」
「いや単純にウザい奴の相手するのってストレスだろ」
「アリスちゃんから繰り出される、可愛い女の子とは思えないくらいキレのあるアッパーカット…!待ってます!」

…もうヤダ、この子


_____________________________________________


「それで…、これは一体…?」

そう聞くのは先程ルナを引きずり離したコリーである。うむうむ。疑問に思うのは仕方のない事だ。何せ、冒険者ギルドに入ってみたら、壁と天井から人間の体が生えているのだから。

我がきた時は間違いなくこんな斬新なオブジェは存在していなかった。では何故こうなったのか。簡単な話だ。

王都の冒険者ギルドに翌朝向かった我は、さっそく絡まれた。

「オィオィ?何でこんなふざけた格好のお嬢ちゃんが、ギルドにいるんだァ?」

何故こうも単細胞なのだろうか。ギルド内で見知らぬ子供を見かけたら、とりあえず殴りかかるか挑発しろという決まりでもあるのだろうか。

「碌でもないな」
『ええ、そうネ…。でもね、かかってくる方も方だけど、1人残らず殴り飛ばしたご主人もご主人ダワ』

うそぉ。

「だって、我の事ふざけた格好って言ったんだぞ?…それに、あまりにうざかったから、アッパー食らわせてやっただけだ!」

よく回る口は下から顎を殴れば物理的に閉じて暫く静かになるって料理長も言っていたし。

「ちゃんと静かになったのに……」

ちゃんと正当防衛なのに…。
周りを見渡すと、我に絡まず遠巻きに見ていた冒険者達は急いで我から更に距離をとった。そんな避けずとも良くないか?くすん。

「と、兎に角、壁に埋まった人たち助けてあげようね?気を失ってるみたいだし、早く建物も元に戻さないと…!」

急ぎつつ我にそう促すコリーを横目に、ミエラが既に天井から冒険者達を引き抜き始めている。ルナは壁から。

……まあ、絡まれたからとはいえ、我がやり過ぎてしまったらしいし、仕方あるまい。…納得はしてないけどな。

「《引け》」

我の影に命じれば、ゆらゆらと足元で蠢く影が真っ黒な煙のように具現化し、四方八方の壁や床、天井に埋まる冒険者達の身体に巻きついて、引き摺り出し、我の目の前に転がしていく。
全て引っこ抜き終わった。次だ。

冒険者達を引っこ抜いた場所にできた穴を塞がねば。

「《回帰セヨ》」

一瞬の閃光の後、冒険者ギルドの中は今までと同じに戻る。ここで私的な乱闘があったとは思えないほどに。

「うん、よし」

直し終わったぞ。と、コリーに言えば、ミエラや周囲の冒険者達と共に目を丸くして、乾いた声でそうだねと応えた。

ふふん。建物は元に戻ったが、我にかかってきた冒険者達はそのままだ!誰が治してやるもんか。

「こ、これは一体、何事だ!?」

直後、騒ぎを聞きつけた役職持ちらしい職員が駆け込んできた。結局冒険者どもの怪我の具合から、色々バレて1週間出禁にされた。

何故っ!?


仕方がないのでやることもなく、今は街の中を歩き回っている。

コリー達は任務の関係で先程エディンに旅立った。途中贔屓の貴族、とやらの関係者に会ってから向かうので、我がエディンに着く頃に着くかもしれんな。いつまでいるか我も不明だけど。
だって露店のメニューは制覇してしまった。

『まあイイじゃない。元々王都には観光の為に来てるんだシ。コリー達にも会えたじゃナイ』
「…そうだなー。出会い頭に肋少しぺきぺきされたくらい、どうってことないなー。だって冒険者ギルドに行った時なんて、絡まれて撃退しただけなのに出禁になったもんなー」
『…散々ネ』
「だよなぁー。うむうう。何をしてもいいことがない。露店の食べ物が美味しいこと以外何もない。何かおかしいぞ、リィ」
『何かって…何ヨ…』

なんというか、世間一般的に言う虫の知らせというか、嵐の前にちょこちょこ嫌な事が起きているような、そういうアレだ。
いつもなら全くもって気にしないのだが。

「うーむ…?」

平民街の中を歩きながら思考する。そして思い至る。この何とも言えない不快感の原因に。

「あ」
『エッ!?』

風が吹き抜けるが如き自然さ。

職人芸を思わせる実に鮮やかかつ早技であった。
恐らくここ数日の我の微妙な不快感の原因である姿の見えない何某は、我に薬を嗅がせ視界を奪い急所を突くことによって完全に意識を刈り取った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

悪役令嬢は最強を志す! 〜前世の記憶を思い出したので、とりあえず最強目指して冒険者になろうと思います!〜

フウ
ファンタジー
 ソフィア・ルスキューレ公爵令嬢5歳。 先日、第一王子セドリックの婚約者として初めての顔合わせでセドリックの顔を見た瞬間、前世の記憶を思い出しました。  どうやら私は恋愛要素に本格的な……というより鬼畜すぎる難易度の戦闘要素もプラスしたRPGな乙女ゲームの悪役令嬢らしい。 「断罪? 婚約破棄? 国外追放? そして冤罪で殺される? 上等じゃない!」  超絶高スペックな悪役令嬢を舐めるなよっ! 殺される運命というのであれば、最強になってその運命をねじ伏せてやるわ!! 「というわけでお父様! 私、手始めにまず冒険者になります!!」    これは、前世の記憶を思い出したちょっとずれていてポンコツな天然お転婆令嬢が家族の力、自身の力を用いて最強を目指して運命をねじ伏せる物語!! ※ この小説は「小説家になろう」 「カクヨム」でも公開しております。 上記サイトでは先行投稿しております。

異世界定食屋 八百万の日替わり定食日記 ー素人料理はじめましたー 幻想食材シリーズ

夜刀神一輝
ファンタジー
異世界定食屋 八百万 -素人料理はじめましたー   八意斗真、田舎から便利な都会に出る人が多い中、都会の生活に疲れ、田舎の定食屋をほぼただ同然で借りて生活する。     田舎の中でも端っこにある、この店、来るのは定期的に食材を注文する配達員が来ること以外人はほとんど来ない、そのはずだった。     でかい厨房で自分のご飯を作っていると、店の外に人影が?こんな田舎に人影?まさか物の怪か?と思い開けてみると、そこには人が、しかもけもみみ、コスプレじゃなく本物っぽい!?     どういう原理か知らないが、異世界の何処かの国?の端っこに俺の店は繋がっているみたいだ。     だからどうしたと、俺は引きこもり、生活をしているのだが、料理を作ると、その匂いに釣られて人が一人二人とちらほら、しょうがないから、そいつらの分も作ってやっていると、いつの間にか、料理の店と勘違いされる事に、料理人でもないので大した料理は作れないのだが・・・。     そんな主人公が時には、異世界の食材を使い、めんどくさい時はインスタント食品までが飛び交う、そんな素人料理屋、八百万、異世界人に急かされ、渋々開店!?

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

異世界転生したら何でも出来る天才だった。

桂木 鏡夜
ファンタジー
高校入学早々に大型トラックに跳ねられ死ぬが気がつけば自分は3歳の可愛いらしい幼児に転生していた。 だが等本人は前世で特に興味がある事もなく、それは異世界に来ても同じだった。 そんな主人公アルスが何故俺が異世界?と自分の存在意義を見いだせずにいるが、10歳になり必ず受けなければならない学校の入学テストで思わぬ自分の才能に気づくのであった。 =========================== 始めから強い設定ですが、徐々に強くなっていく感じになっております。

処理中です...