悪辣令嬢 vs.

猫側縁

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1回目→2回目

プロローグ又は宣戦布告

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どうしてどうしてどうして。

「どうして、私が、こんな目に……!」

ガタガタと走る音さえ無視してしまえば静かな静かな馬車の中、私は自問を繰り返す。

どうして。

…最早自問ですらないのかもしれない。

「どうして、私ばかり……!」

疑問系にもならずに心の中でその言葉だけがぐるぐると思考を占めるのは、多分、その言葉を浮かべざるを得ない疑問に対して、自分なりに答えが出ているからだった。

一つ目は生まれた家がハズレだった。

二つ目は父親がクズだった。

三つ目は母親が弱すぎた。

四つ目は唯一同腹の弟がヘタレだった。

五つ目は婚約者がバカだった。

六つ目は運に恵まれなかった。

上げ出したらキリがない。全て恨みたい気持ちだけだった。そして何より、女性が力を持つ事を良く思わない世界だった。

どこへ向かうのかわからない馬車の中で1人、ただただ怒りだけが身体の中を焼いているようで、薄いドレスを着ているのに熱い。

しかしそれも束の間のこと。より一層、大きく馬車がガタンと揺れた。一瞬の浮遊感の後に訪れたのは、重い重い重力。

此処は馬車が落車したという事故が多発している狭い山道。

これから何が起こるのかも、何故こうなったのかも、誰がこうなるように仕向けたのかも、全部全部私は分かっている。

分かっていて、問う。

では何故問い続けているのか考えた。

答えなんてすぐに出た。
問い続けていたのではない。私は責め続けていたのだ。

どうして、何も成し遂げられなかったのだと。

御者台には誰もいない。私と馬車と馬たちだけが落ちる。この2頭は私にしか懐かなかった賢い子たちだ。彼らは私の道連れだ。

彼らが言葉を話したら、私への恨み言を言うのかしら?


頭を強く打ったらしい。身体から力が抜けて行く。寒い、心なしか呼吸が苦しいような気がする。

身体は動かなくなって行くのに、思考だけは加速する。

どうして、どうして、どうして。

死にゆく自分を責めたところでもうどうしようもないというのに、自問と自責を繰り返し、そして行き着く。


もしもあの日に戻れたなら、こんな世界、壊してやるわ。

視界はとうに真っ暗で、濡れている筈なのに土の匂いも雨の匂いもしない。麻酔を撃たれた時のように痛みも無い。

でも、消えない。消せない。この怒りは。
最期まで恨言ばかり。けれどそれも仕方ない。なぜなら、のうのうと続いていくだけで何もしないのに、私をこうした世界が悪いのに、消える事なく続くのだから。

その通りだ。

最後まで雨の音を拾っていた耳が何か言葉を拾った気がしたのを最後に、ブツリと全て失った。



……筈でした。

目が覚めて飛び起きると、何故か私は見慣れた部屋の、使い慣れたベッドの上にいました。
上掛けを刎ねた手や足は小さく、驚いて、慌てて近くの姿見まで近寄ると、そこに居るのはまだ幼い自分。
母が存命で、まだ父親がどんなクズか知らない頃の私。

「…お嬢様?おはようございます。お目覚めでしたか」

私の世話係、メイドのアンネが、いつも通りの時間に、私を起こしに来ました。彼女は私のヘタレな弟が生まれた後、弟付きの侍女になった筈……。まさか、……あの最悪な出来事は、夢?

「……アンネ。今日は何年の何月何日かしら」

アンネは怪訝そうに私をみたけれど、すぐに答えた。私が恐らく死んだ日より、およそ10年少々前の日付を。けれど同時に、記憶通りだと思う自分もいて、不思議な感じね。

それともこれが夢なのかしらと、手の甲に思い切り爪を突き立てたところ痛みがあります。血が滲んでしまって、アンネが突然のことに軽い悲鳴を上げて、直ぐに手当をし始めました。確かに空気に触れた傷がズキズキと痛むので、これは夢では無さそうですわね?
現実。…だとするなら、先程までの長い長い出来事は夢?

……いいえ。違う。あれも本当よ。だってあの身体の中を燃やすような怒りを私は忘れていない。
何故こうなっているのかわからないけれど、これが夢だとしても構わない。私は今確かに、生きている事を実感しているのだから。

そして、これが私にとっての今の現実であるのなら、やる事は決まっている。この世界への復讐よ。
私を見下した奴らに、
私を嘲った奴らに、
私を殺した奴らに、…それを許した世界に。
必ず。

決意新たに高笑いする私は、侍女にベッドに押し込まれて医者を呼ばれましたわ。どこも悪く無いわと言い張ったけれど、医者に熱を測られて、高熱が出ていると言われた。……すっかり忘れていたけれど、私元々はかなり身体が弱かったのよね。大人になるにつれて痛みや体調不良に慣れてしまって普通に動けるようになったけれど。

「ゴフッ……」
「「お嬢様ぁああああ!!」」

あらやだ血を吐いたくらいでアンネも医師(せんせい)も何を大袈裟な。私はこんなの日常茶飯事だったでしょ。私が馬車に押し込まれて家を追い出される直前には貴方たちも慣れていたじゃない。

あら?でもこれは私が4歳くらいの時だから、この時が初めて血を吐いて倒れた日だったかしら?

……仕方ないわね。破壊の第一歩は一先ず熱を下げてからにしましょう。

「首を洗って待っていなさいクソ世界!……ゴフッ…!」
「「お嬢様ぁああああ?!」」


(この後2週間ほど、ベッドから出してもらえなかった)

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