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しおりを挟む特に会話もなく進み、庭園の東屋に着くと、お茶と菓子が用意されていた。彼女は早々に席についてカップに口をつけた。
その姿もまた美しい。東屋を取り囲んでいる薔薇達が華やかさで負けている。
「それで?どういった風の吹き回しですの?」
「…というと?」
彼女の瞳が私を捉える。宝石と呼ぶに差し支えない煌めく紅。赫。
「……1週間前、橋が落ちたでしょう?」
「……橋というのは、こちらのランドール領と王都の間の橋でしょうか?」
「あら。やっぱり、ご存知ですのね。
ええ。そうですわ。その為郵便の配達が遅れることになりました。
それを知っているのなら、この手の手紙は、使用人が持ってくるはずでしょう?…ですが、貴方からの手紙を持ってきたのは、配達員でしたの。大急ぎで持ってきてくださいましたわ。
そして届いたのは3日前。
橋が落ちた事故のせいで、届くのが遅れた為、第一夫人の息子はお断りの手紙を出せなかった。
何故なら父から、不在中の留守を任せられた時に、貴族としての礼儀だけは破らない様にと散々言われたから。
……まあ、そこまで読んでいなかったとしても、今日のこの訪問を潰させないように、貴方は3日前に、1週間前の日付で、配達員を使って、この屋敷に手紙を送ったのでしょう?それも、お父様が外出で直ぐには帰れない時期を見定めて。
そんな手間をかけて、何故私と婚約など望むのか、それが聞きたいですわ」
不思議そうに、楽しそうに。
どうして?と軽く首を傾げると、さらりとした髪が流れた。その一房の毛先が肌を撫でて落ちる姿もまた、麗しい。
手を伸ばしたくなる。
だが、今それをしたところで、彼女は容易くすり抜けて、指先すら触れる事は叶わないだろう。
令嬢らしく優然としていて敵意は全くないが、隙も無い。そしてあの夜の出来事から考えて、とても俊敏な動きをするはずだ。
あくまでも、友好的に。
彼女の懐に潜り込まなくては話が始まらない。
令嬢達に人気の笑顔を浮かべて探り合いに興じようと思う。きっと彼女は、それを望んでいるだろうから。
「貴女と婚約したい理由は当然お伝えしますが、それより先に聞かせていただきたいですね。
どうして、私が日付を偽って手紙を送っているなんて思うのですか?私はきちんと、書いたその日の日付で、手紙を出しましたよ?
こちらの邸宅に向かう配達員は優秀と聞いたので任せた方が確実と思い、頼んでみたのですが…。まあ、橋が落ちたのでは、遅れるのは仕方のない事ですよね?」
嘘は言っていない。私が言った言葉に嘘はない。実際、私は1週間前に手紙を書いて日付を入れた。完成した手紙を業者に渡したのは3日前だが。
やはり彼女の期待に応えたのは正解のようで、彼女もまた、他所行きの笑顔で答える。
「当家に手紙を届ける配達員は、たった1人だけですの。その者の足にかかれば、橋など不要。
私の……いえ、当家宛のものは確認し次第直ぐに届けます。遅くとも、時計の針が一周するまでには」
「……随分、その配達員を信用しているんですね?」
「可笑しいですか?」
「いえ。ただ…」
言うかどうか、一瞬迷った。
「……弟殺しと名高い悪辣令嬢が、まさかまともに人を見る目があるなど思わなかったもので」
「ディアーロ様ッ!!」
クレイが私の名を呼ぶのと、金属がぶつかり合う音が響いたのは、ほぼ同時だ。
私と、彼女は動揺もしないし、ましてや彼女は優雅に紅茶を口元に運んでいる。
穏やかでないのは、私の真後ろだけだ。
クレイが隠し持っていた短剣で、彼女の侍女頭が振り下ろしたナイフを止めていた。
未だに鳴り止まない刃音。
彼女がここに座ったのちに離れさせた護衛や侍女たちがいつの間にか私達を囲っている。
その目から読み取れる感情は、怒りだろうか。純粋なる怒り。
敬愛する主人を貶された忠臣達の目。一気に敵地に早変わりだ。……しかし、それは直ぐに表面上は隠される。
「やめなさい。今のところはまだ、お客様よ」
どうでもいい事だと言わんばかりに、彼女がそういえば、使用人達は刃物や鈍器を見えないところに隠した。…手慣れている。
というか、今のところは、か。
「失礼致しました。ご不快でしたか?」
「いや…。こちらこそ。
不快にさせたのは私ですから。無礼をお詫び申し上げます」
使用人達の目は不満げに細められたが、彼女が軽く手を上げて合図すれば大人しくまた周囲の警戒でバラの壁の外へと姿を消した。
彼女は先程言われたことに対して、全く気にする様子を見せない。笑顔をはりつけているが、感情が浮かばない。これではあの噂が、本当か嘘かも分からない。
「刃物を出したのは此方が先ですのに、寛大ですこと」
意訳すると、席を設けるのに姑息な手を使っておきながら、刃傷沙汰を責めたりしないのか、という嫌味だろう。
「貴女を思った方々の気持ちを考えれば、当然のことでしょう。まあ、どうせ刃を向けられるのなら、貴女に傷つけていただきたいが」
貴女の化けの皮を剥がせなくて残念です。という意味だが…、…彼女は正しくそれを読み取ったようだ。
「貴方もご存知の通り、醜悪な噂で塗れているのがこの私。
貴方は、家柄、容姿、頭脳、将来性、品格、気概…どれ一つとっても引く手数多。…令嬢達など選びたい放題でしょう?
なのに何故、私なの?」
……私はわざわざ"そう"答える必要はなかった筈だ。
勿論理由は事前に考えてあった。家格は釣り合う。容姿も好ましい。この婚約は国内の貴族のパワーバランスに影響しない。しかも両家に利益がある。
貴族の結婚など、所詮家と家の契約で、両家の発展のためのもの。理由などそれだけだし、それだけ言えば彼女は間違いなく頷くだろう。前もって調べて分かった事だが、彼女は彼女の目的の為に、伯爵家以上の子息と結婚が必要不可欠なのだ。
しかし、私は気付けば"そう"口にしていた。
「君の瞳が美しいから」
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