上 下
21 / 73

【21】

しおりを挟む
それは王妃主催のお茶会だった。
サリーナとユメールが帝国より帰国して直ぐだったのもあるが、帝国の旅が思ったよりも収穫がなく不機嫌な陛下や大臣達一行と一緒の帰国で心が疲弊していたユメールは、参加しなくても良いなら辞退したい気持ちがあったお茶会だった。

その趣旨も第一第二王子達の側近候補の集まりであった為、子女の参加が皆無だったというのも理由にある。
少しばかりの花を添える為だけに姉と共に参加せざる負えなかった。

騒ぎは王女達のテーブルで始まった。
ユメールは第一王子の横に席があったので、王女達のテーブルがどういった風に進んでいたのかは全くわかっていなかった。
突然叫び声、いや怒鳴り声が聞こえたのだ。

ユメール達がいたテーブルの子息達も皆ビクッとした。
その中の一人の子息が「母上」と言っていたので怒鳴っているのは彼の母なのだとユメールは彼を見つめた。

第一王子がユメールに「ミザリー公爵」と耳打ちした。

公爵家の夫人がお茶会の席で、淑女らしからぬ声をあげるとは前代未聞の行為に幼くとも王女であるユメールは不快な気分になった。

何があったか解らなかったが、突然各家の侍女や侍従がわらわらと集まりだし、子息達を城の中に連れて行った。

第一王子が連れて行かれる時にユメールは自分も行くのかと立ち上がろうとしたら、そのままで、と王子の侍従に言われ、結局一人そのテーブルに残された。

姉のいたテーブルを見るとすました顔でお茶を飲む姉を見てホッとして自分もお茶を飲み、お菓子を頬張って、王妃達のテーブルを見る。

怒鳴り声をあげたミザリー夫人は尚も王妃に向かって何かを言っている。

それをまわりの夫人達が止めもせずに見ている様は異様な光景だった。

ユメールが立ち上がっても誰も止めなかったので、そのまま彼女は王妃の元へ行った。
何故かはユメールにも解らなかったが、王妃が呼んでいるような気がしたのだ。

側に行き手をギュッと握るとギュッギュッと握り返してくれた。
言い飽きたのかそれとも言いたい事を全部終えたのか満足してミザリー夫人はとうとう黙った。

そして他の夫人達に話しかけたりしている。
相手の夫人も応えている所を見ると、ミザリー夫人の行動やあの怒鳴り声は、此処に集まっている夫人達には正当性のある物だったのだろう。
代表してミザリー夫人が言ったのだと、僅か8歳のユメールは覚った。

王妃の顔を見ると王妃はニコニコしていた。
(あんなに怒鳴られたり何か言われたりしているのに王妃様は何故笑っているの?)当然の疑問を持って王妃を見つめたままでいると、王妃が手を上げて侍女を呼んだ。

少しばかり長い耳打ちをした後、侍女達がテーブルに座る一人一人に箱を渡して回った。

その間も公爵夫人等は扇で口元を隠しながら侮蔑の目をに向けている。
その侮った態度に8歳にして王族の自覚を持つユメールは我慢ならなかった。
何か言いたくて口を開こうとした時王妃がそっとユメールの口元に手を宛てた。

その素早さに吃驚して王妃を見るとその口元には微笑みが浮かんでいる。

王妃を只管見上げていたら、自分の周りに誰も居なくて飽きてきたと覚しき姉が近づいてきた。
が、それを騎士が抑える。

「どうぞ皆様開けてくださいませ」

この場に座っている夫人たちの前には箱が置いてあるが、皆同じ物ではなかった。

「こんな物でご機嫌を取ろうとも貴方が王妃に相応しくないのは周知の事実なのですわ、何故国庫でこんな無駄な物を?」

悪態をつきながらその蓋を開けたミザリー夫人は呆気に取られる。
彼女の箱には色味の付いた角砂糖が入っていた。

「何ですのこれ?」

そう言って周りを見ると他の夫人等もミザリー夫人の前にある角砂糖を見る。
そして自分達の前に有るのは何かを確認していくのであった。

ミザリー夫人の周りにいた者は同じ様に角砂糖だったが、反対側で身の置きどころのない風情だった夫人数名には薔薇のコサージュだった。

「何ですの!私達を馬鹿にしているのですか!王妃という者がこんなふざけた物を!」

そうミザリー夫人が言った途端、騎士達に拘束される。
同じ様に角砂糖を前にした夫人達全員が腕を後ろ手にされて拘束されていた。

王妃はニコニコしながら立ち上がり彼女達に話し始めた。

「フフ皆様、私王妃でしてよ。どんなに貴方方が山猿と馬鹿にしようが、この国の仕来りを知らないと侮蔑な目を向けようが。知ってらして?私王妃ですの」

言いながら彼女達の席に近づいていた。

「この角砂糖は綺麗でしょう?小さいけれど全て手作業で作られているのです、職人が心を込めて私への忠誠を誓いながら、ネッ!薔薇の形をしているの」

そう言って小さなトングでそれを摘み、今しがた新しく入れ直したミザリー夫人の紅茶に落とす。

「貴方方への私からの気持ちですのよ、是非味わって」

そう言ってスプーンでかき混ぜる。
その後は王妃の女官が拘束されているミザリー夫人の口に紅茶を注ごうとした時に、誰かがユメールの目と耳を塞いだ。

ユメールの目と耳の拘束が解かれた時にドサッという音と共にミザリー夫人が倒れる。

いつの間にか後ろ手にされていた者は猿轡を噛まされていた。

反対側の薔薇のコサージュの夫人達は、それを付けて王妃の元へ集まり始めた。

その中の一人王妃の親友と紹介されていたクタール辺境伯夫人が話し出す。

「貴方方幾ら上位貴族でも王妃様に害を為せば不敬罪に問われると知っている筈ですわよね、まさか自分達が王妃様よりも重用されていると思われたのですか?」

クタール夫人が話してる間、周りの夫人達は拘束された夫人達を憎々しげに見ているが、王妃はまるで楽しい物を見るように微笑みを崩さない。

ユメールは芝生に倒れたままのミザリー夫人を見て震えが止まらなかった。
自分の母親は笑って人が殺せるのだと、ユメールの記憶に刻まれた出来事だった。

それからサリーナとユメールは城の中に連れて行かれた。

王妃の執務室と繋がる談話室で王女達はガタガタと震えが止まらなかった。
姉が震えながら言う言葉がユメールの耳にも届く。

「あれが王妃の威厳、王妃の威厳⋯⋯」

その呟きは永遠に続くのかと思われるほどユメールの頭の中にもインプットされていくのであった。

どれ位の時間が過ぎたのか身も心も疲弊していたユメールはソファで寝ていた様で起こされた。

対面のソファには王妃とクタール辺境伯夫人、そして側面の一人がけのソファには
思わずユメールは「ヒッ」と声が出てしまった。
隣の姉も同じ様に寝ていたのだろう、息を飲む音が微かに聞こえる。

そしてユメールは気付く、あれは反王妃派を黙らせる芝居だったのだと、でもそれはミザリー夫人が今後、公にこの国には居られないという事だ。

派閥を黙らせる為にそこまでしなければならないのか?とユメールは理不尽な派閥の有り様にこの時憤った。
あの子息は今後どうするのだろう、そんな思いも子供ながらに心配してしまうのだ。

それでも王妃はニコニコと談笑していて、この日ユメールは王妃の所業にトラウマを植え付けられたのだった。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

処理中です...