Summer Vacation

セリーネス

文字の大きさ
上 下
14 / 58

浮上6

しおりを挟む
「……彰」

知らない内に全身に力が入っていたのか、体が前屈みになっていて俺は息苦しさから呼吸が浅くなっていた。
ずっと隣にいた久志は、そんな俺の背中を優しく撫でて姿勢を楽にする様促す。
ソファに背中を預ける様に深く座り直し顔をあげると、部屋には久志と俺だけになっていた。

「親父達なら昼食を取りに一旦上に戻った」

「……そうなんだ」

小さく深呼吸をして改めて手紙に目線を移すと、親父の字だと判った。
昔から口癖の様に「日本語って難しいから苦手だわ~!」と言っていた母の声を思い出す。

『……と、言う事はコレは親父の口述筆記か』

カナダ人だから日本語を書く事が苦手なんだろうと思っていたが、そもそも母親は地球人では無かった。

母親がまさかの異世界トリップ者。
そして、俺はその子供でしかも男ではかった。
更には魔力保持者。

何だ?その本屋に並んでいそうな話は。

……同じなんちゃら保持者になるなら、剣道の師範代とかどんな難解な問題でも瞬時に解ける能力の方が良かった。等と正直理解し難く非現実的過ぎる事に、俺の脳ミソは現実逃避旅行(?)に行ってしまった。

『そう言や、旅行と言えば……。手紙の内容から結局親父達はカナダに行ってないって事なんだろうなぁ。自然が深くて月が近い場所なんて一体何処に行ったんだ~?俺だけ行けなかった~!チクショー!!ってならなくてちょっぴり嬉しいが、お土産は期待出来なそうだな』

ムニ

「!!?!?!!」

まだまだ逃避旅行中の俺だったが、突然唇に柔らかく温かいものが触れきて強制送還させられる。

「やっと、気付いた」

唇に触れた物はなんと肉まんだった。
声を掛けても手を目の前にかざしても、無反応だったので雅鷹さん達が持ってきた昼食のおかずの一口肉まんを久志が俺の唇に押し当ててきたのだった。

「旨いか?」

驚いて思わず開いた口の中にそのまま押し込まれた肉まんは、フカフカの饅頭に中は豚の粗挽き肉を塩コショウで味付けしただけのシンプルな物だったが、今まで食べた事が無い旨さだった。

「……うん」

飲み込んだ温かい肉まんは、そのまま俺のお腹もほわっと温めてくれた。
雅鷹さんが「用意出来たよ」とリビングに入ってきた。

「彰。とりあえず、ご飯を食べよう」

久志は俺の手から手紙を外し、目の前のコーヒーテーブルに置くと、俺の手を引いて立ち上がりそのままダイニングまで連れて行ってくれた。
隣のダイニングに移動すると、そこにはテーブルいっぱいに飲茶が並べられていて、全部一口サイズだったおかげで食べやすく、また味もどれを食べても本当に旨くて俺は無言で食べ続ける。

「彰」

隣に座っていた久志から突然声を掛けられ振り向くと、タオルが目を覆った。

「!?」

久志はふわふわのタオルで俺の目を軽く拭くとそのまま体をギュッと抱き締め、優しく優しく俺の頭を撫でる。
俺は、そこで始めて自分が泣いていた事に気が付いたのだった。

「………う…っ、……く……っ」

止めようとしても止まらない涙に、俺はせめて声は上げまいと久志にきつく抱き付き肩に顔を埋め口を固く結ぶ。しかし、それでも声は小さく漏れてしまった。

心が悲鳴をあげるってこういう事なのかも知れない、そう感じる程胸が痛く苦しく辛かった。

もう訳が判らなかった。
物心が付く前の記憶はともかく、俺の中では15年間ずっと男として生きてきたつもりだった。
実際何度も風呂や更衣室等で己の裸も見てきた。
分身とだってご対面している。
それが突然本当は自分は女だった、等と言われても理解出来ない。

クラスメート達の様に、グラビアアイドルの際どい写真を見て興奮したり、女子棟にいるタイプの子の話で盛り上がったりする事も無く、可愛い女子からラブレターを貰っても呼び出されて告白をされても全く気持ちが浮き上がりもしなかった俺は今まで全て断ってきていた。それは、今の学校生活が楽しくて現状にとても満足しているからだと思っていた。

だが、そう思う気持ちは違ったのだろうか?

何事も無ければ、俺は後6日で本来の女の姿を取り戻すらしい。
……しかし、今の姿が本来の自分と思って生きてきたから受け入れられる気がしない。


※※※※※※※※※※※※※※※


暫く久志が頭と背中を優しく撫でてくれていたおかげで、俺はようやく涙が止まった。

「……もう、大丈夫だ。ありがとう。………悪い、びしょびしょだな」

俺は顔を上げ久志の肩付近を見ると、久志のTシャツは一目で判る程ずぶ濡れている。
申し訳なくて俺はそのまま久志から離れようとしたが、久志はまた俺を胸に抱き寄せ、そのまま頭を撫でてきた。
俺は久志の体温の温さと撫でてくれる手が何だか気持ち良くて、ついされるがまま顔を胸に擦り寄せる。

「気にするな。夏だから直ぐに乾くだろ」

「………ん」

小さく頷き、そのまま身体の力を抜く。

ナデナデ  ナデナデ
カシャッ!
ピッ!…………………


「…………」

ナデナデ ナデナデ

「…………………」

ナデナデ ナデナデ

「…………………………………」

しかし、今俺は非常に気まずい気持ちになってきた。
心が落ち着き、頭が冷静になった今。両手で久志のTシャツを握り、顔を胸に押し付けて久志に頭を撫でられている自分の状況に気付く。

食事も途中だったはずだ。

そして、俺の正面には右から雅鷹さん、貴美恵さん、蕾紗さんの順にみんなが座っていたはず………。

気 ま ず い ! ! 

恥ずかし過ぎて顔が上げられない!!
いい歳した男が男に抱き付いて泣くとか!

『あり得んだろ~っ!』

現状を自覚した途端、顔が熱くなってくる。ヤバイ、今絶対俺の顔は赤くなっているはずだ!


ナデナデ ナデナデ

「……………………………」

カシャッ!
カシャッカシャッ!

ナデナデ ナデナデ

「………?」

羞恥で今にも俺は死んでしまいそうなのに、久志の手は休まる事なくずっと俺の頭を撫でている。

……しかし、先程から聞こえるカシャッ!って音は一体?

そ~っと顔を上げ、音がする横を向くと………。

近距離でスマホを構えた貴美恵さんと蕾紗さんがいたーー!!!
ガバッと顔を上げ、力一杯久志から離れる。

「ちょッッ!何してんですか!?」

「え~?、記念撮影??」

何と、2人は泣いて抱き付いている俺と久志をずっと撮影していたのだった!しかも、貴美恵さんは動画撮影!!

「姉貴、お袋。それ俺にも送ってくれ」

「「いいわよ~♪」」

冷静な久志とは反対に、俺は先程感じた以上の羞恥心に襲われ、突き飛ばす勢いで久志から離れそのまま隣のリビングに駆け込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

処理中です...