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新生活3

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僕は部屋の鍵をかける為とセユナンテさんと少し話がしたかったので、みんなには先に食堂へ行ってもらった。

「グヴァイ、背中は大丈夫か?」

「はい。王子がくださった薬が効いているみたいで、今は痛みが弱いです。……それにしても、今日はまたどうしたんですか?」

次に会うのは早くても一月後だと思っていたので正直驚いていた。

「ここへは王子の付き添いで来たんだ」

「付き添い?」

「うん。まあ、王子が君を気に入ったみたいだから言うけど。……実は俺と王子は従兄弟同士なんだ」

「え!?」

セユナンテさんの父親と王子の母親はなんと兄妹だった。父親は3人兄妹の二番目で、1番下の妹が現サーヴラー王の正妃なのだと言われる。

「父親達はみんな仲が良いし、サーヴラー王も気さくな方なので俺も兄姉も他の従兄弟達も頻繁に王宮へ行ってはヤフクと遊んでいたんだ。ただ、みんなで可愛がり過ぎた所為でちょっとばかり我が儘に育っちゃったんだよなぁ……」

王子はセユナンテさん達からしたら一番下の可愛い従弟。特に弟がいないセユナンテさんや従姉妹は、弟が出来たと思って嬉しくて仕方がなかった。

「だけど、俺は王子が生まれた時はもうソイルヴェイユに通っていたから長期の休みの時に会っていたぐらいで、そんなにかまってはいなかったんだ。騎士になってからは訓練や任務が忙しくて殆んど会わなかったしな。それで、去年久方ぶりに再会したら、今の王子が出来上がっていて。……なんつうか可愛げが無いし、言葉にも態度にも子供らしさが無いんだよ」

メグリー家の男子は必ずソイルヴェイユへ入学しないとならないが、女子は本人が進学を希望しなければ家庭教師を付けて花嫁修業のみ。だから姉や従姉妹達は頻繁に王子に会いに行き、可愛いさからついつい甘やかしてしまったらしい。

「だから、グヴァイを知った時に本当に同じ年の男の子か!?って思ったね。子供らしくて素直だし優しいし大人しい。君が従弟だったらってつい思ってしまったよ。……なあ、もしグヴァイが嫌じゃなかったら俺の事をイルツヴェーグにいるもう1人の兄さんって思ってもらえないか?」

たった4日間しか一緒じゃなかったのに、こんなにも僕を気に入ってくれて心配してくれる人に対して嫌だなんてどうして思えるだろう?

「……ありがとうございます。凄く、嬉しいです」

「マジで!?やった!なんか、昔初めて彼女が出来た時より嬉しいよ♪」

その喜び方は何だか違う意味で少し心配に思えるけれど、僕にはイルツヴェーグで頼れる人がいないから、セユナンテさんを兄と思って良いなんて僕も嬉しかった。

「セユナンテさんって彼女いたんですか!?」

「え!? ……酷いなぁ~。まあ、一応いたよ。あぁ、俺の事はセユンで良いよ♪親しい奴等はみんなそう呼ぶ。団長だけは何故だかセンって呼ぶけどな。……ソイルヴェイユを卒業して直ぐ位に彼女が出来たんだけど、騎士の訓練が忙し過ぎて全然会えないでいたら半年位で振られたんだ。それからはいないかなぁ」

まあ、そんな事より。俺にとっては弟みたいだと思っていたグヴァイが、知らない内にこんな事になっている事態が正直許せないな。ナウンケウスが言っていた様に、ここの寮は寮生同士の仲が良い。新入生は国中から来ている者の方が多いから、みんなほぼ初めましてで直ぐに仲良くなる。それなのに、虐めが起きているなんておかしい事だ。とセユンさんは憤る。

「部屋で話を聞いて、俺はグヴァイに怪我をさせた奴を捕まえて同じ様に石をぶつけてやりたいって衝動に襲われたよ」

あの時の俺の顔、怖かっただろ?自分でも鏡を見て引いたよ。……怖がらせてごめんな。とセユンさんに謝られてしまった。

「いえ。僕の方こそ皆さんに心配をお掛けしてしまって、ただただ申し訳ないです」

明らかに僕の方が壁を作っていたのに、先輩方達は見放さずに歩み寄ってくれた優しさが本当に嬉しい。

「そんな事、気にするな。先輩が後輩の面倒を見るのは当たり前だし、ましてや同じ寮生ってのは家族みたいなもんなんだ。だから、後輩の事をみんなで助けるのは当たり前だ」

談話室を抜けないルートでゆっくりと歩いて来たけれど、話していたらあっという間に食堂に着く。
入口ではナウンケウスさんが僕を待っていた。それを見て安心した様に笑い、セユンさんは「それじゃあ、俺は王宮へ戻るな」と僕の頭を撫でる。

「一緒にお昼を食べていかないんですか?」

「あぁ。ミフサハラーナ女史に話があるし、騎士の俺がグヴァイのそばにいたら目立つだろう?俺は外部者だから直接この件に関われないが、先輩達は心からお前を心配していて仲良くなりたいって思ってくれている。存分に頼ると良いよ」

「な?」とナウンケウスさんに向かってセユンさんは笑い掛ける。

「えぇ、任せてください」

ナウンケウスさんも力強く頷き返す。

「グヴァイは独りじゃない。もう我慢するなよ?」

「はい」

僕が笑顔で返事をするとセユンさんは「良い子だ」と言って頷き、玄関ホールへ向かって行った。

「話は出来たかい?」

「はい。待っていて下さったんですね。すみませんでした」

「気にするな。ラウン達には先に入ってもらって、席を取っていて貰っている。俺は用が合ったついでだ。……さあ、並ぼうか」

「はい」

ナウンケウスさんは僕の後ろに並び、まるで怪我をしている背中を守る様に立つ。

「……そんな量で足りるのか?」

全種類を少量で選んでトレーに乗せていく僕を見て、ナウンケウスさんが心配そうに声を掛ける。
各言う彼は全部特盛だ。

「はい。これでも多いんです。ここの所、ずっと食欲がなくて…」

「そうか。……やはり、早急にこの問題は解決しないとならないな」

そう一言呟く彼は、眉間にシワを寄せる。
最後の飲み物もトレーに乗せ終えると、列から離れたナウンケウスさんから「こっちだ」と言われる。
座る場所が決まっている様で、彼は迷い無い足取りで進んでいく。着いた席は、壁際の階段を上がった先の中2階になっているテーブルの一角で、吹き抜けになっている1階が良く見渡せた。

「お♪やっと来たな」

ちゃっかり先輩方と同じ席に王子も座っていたが、みんな普通に接してその場に馴染んでいる。

「グヴァイはここな♪」

「有難うございます」

ラウンケウスさんが自身の隣で王子との間の席を進めてくれたので、僕は素直にそこに座る。
ナウンケウスさんはザイクールさんとハーヴジリットさんの間に座る。
みんな僕達を待っていてくれたのか、揃うと一斉に食事を始めたのだった。

「……それで、どうだった?」

ザイクールさんが、下のフロアーを見ながらナウンケウスさんに話し掛ける。

「あぁ、思ったよりも質が悪そうだ」

「ふ~ん。でも、もう動き出してんだろ?」

「あぁ。女史がかなり怒っているからな」

「うわ~。それは怖いね」

「……やはり、な」

少ない言葉でも互いの意志が疎通出来ている様で、ナウンケウスさん、ザイクールさんそしてハーヴジリッドさんはたったそれだけ言葉を交わすと頷き合った。

「……しかし、馬鹿な奴等だよなぁ。“風の子”に手を出すなんてさ」

ラウンケウスさんはデザートを食べながら下を見下ろす。

「“風の子”とはなんだ?」

食後のお茶を飲みながら王子はラウンケウスさんを見る。

「うちの寮ってさ、名の通り本当に風の精霊に守護されているしくてさ。それでその中でも特に精霊のお気に入りに選ばれる子が何年かに一度現れるらしいんだ。そう言う子は精霊達から“風の子”って呼ばれているらしいよ。……で、兄さんいわくグヴァイがそうらしいよ」

「ラウン、らしい。ではなくこの話は事実だ。そしてグヴァイラヤー君が選ばれたのも本当だ」

詳細は教えてやれんが、寮長だけが“風の子”が現れた時にそれを知る術があるのだとナウンケウスさんは話す。

「本来ならば“風の子”は精霊の加護を受けるから虐めに等遇わないと聞いているが……。君はもしかして我々と何かが違うのか?」

ハーヴジリッドさんは、デザートをフォークに刺したままじっと僕を見つめる。

「…………」

もしかして僕の血が関係しているのだろうか?でも、うかつな事は言いたくない。僕は言った方が良いのか正直迷い、口をつぐんでしまった。

でも、それよりも何よりもっ……!

『何で、みんなそんなに早く食べられるの!?』

同じタイミングで食べ出してみんなは喋りながら食べていた。なのに、15分も経っていないのにもうデザートを食べたり食後のお茶を飲んだりしている。
…ずっと聞いているだけで一言も喋っていないのに、僕なんて今やっとスープを飲み終わった所だ。

「グヴァイラヤー、焦らなくても大丈夫だ。ここで生活をしていると、何かと忙しいから自然と早食いになってしまっただけだ。……それに、君は今は体調が良くないのだから、ゆっくりで良いんだよ」

まだデザートにすら行き着かないのに、みんなを待たせてしまっている事に内心焦りを感じていた僕に、ナウンケウスさんは優しく声を掛ける。

「あ、はい…。すみません、ありがとうございます」

僕は少しお腹がいっぱいになりかけていたけれど、みんなの何気ない会話を聞きながら食べた。すると、気付いたら完食出来ていた。

「ごちそう様でした」

「お♪食べ終われたじゃん。良かったな!」

ここ数日、僕が少量を選んでいるのにいつも半分近く残していたよな。とラウンケウスさんが言う。

「見ていたんですか……」

僕は何だか恥ずかしくなり、顔が赤くなった。

「あ、いや。おやっさんが心配していたから、つい」

「ラウン、お前ストーカーか?」

ハーヴジリッドさんがちょっと意地悪い笑みを浮かべながらそう言うと、ラウンケウスさんは顔を真っ赤にして首を横に振った。

「ちっ、違う!そりゃあ、話してみたいなぁ。とかめっちゃ綺麗な眼だなぁ。とか思っていたけど、おやっさんと一緒に心配だっただけだよ!」

「……ナウン、お前の弟は大丈夫か?」

「俺も、少し心配になってきた」

苦笑を浮かべたザイクールさんの質問に、ナウンケウスさんは眉間にシワを寄せて答える。

「なっ!?兄ちゃんまで酷いよ!俺、そう言うのじゃないだろう!?俺には可愛い許嫁がいるの知ってるじゃん!」

顔が真っ赤のままで少し涙目になってきたラウンケウスさんに、王子・カルズヤームさん・僕以外が皆一斉に吹き出す。それも、隣のテーブルの人達までもだ。

「あっはっは!冗談だ!そんなに怒るなよ。悪かったって」

ナウンケウスさんは笑いながらラウンケウスさんに謝り、他の2人もまだ笑っていたけれど、それぞれラウンケウスさんに謝る。

「あ~~、また俺で遊びやがった……。兄ちゃん達はいっつもこうだ。俺マジ癒し系の弟が欲しいよ」

ぶつぶつと文句を言うラウンケウスさんだったけど、ナウンケウスさん達が彼を見る目は優しくて弟が可愛くて仕方がないって様子だ。
そんな彼等のやりとりに僕は心が暖かくなり、自然と笑みがこぼれた。

「グヴァイまで、俺を笑うなよ~~」

そんな僕を見てラウンケウスさんは余計にふて腐れてしまった。

「ごめんなさい。ラウンケウスさんを笑った訳じゃないんです。みなさんがとても仲が良いので、何だか楽しくなっちゃって。……笑ってすみません」

「グヴァイの表情が明るくなるなら、別に良いけどさ。……あ、俺の事ラウンって呼んでくれよ。ラウンケウスなんて他人行儀で嫌だからさ」

ラウンはニカッと懐っこい笑顔になる。
僕が頷くと、ナウンケウスさん・ザイクールさん・ハーヴジリッドさんも同じ様に略称で呼んでくれて構わない。と僕に優しく笑ってくれた。
何だか、一気に兄が増えた感じがして僕は嬉しくなり自然と笑顔でいられた。

「あの、ありがとうございます。僕の事も良かったらグヴァイと呼んで下さい」

僕は座ったままだったけど、ぺこりとみんなに頭を下げる。

「じゃあ俺からもお願いがある。グヴァイそしてみんな、俺の事はヤフクと呼んでくれ。それに敬語なんて使わないで欲しい」

それまで黙ってお茶を飲んでいた王子が、僕の方を向いて呟く。

「!? 王子に!?そりゃあ勿論名前では呼びますが、敬語無しでしかも略称で呼ぶのは……。いや、それは流石にまずいでしょう」

ラウンが、少し狼狽えて僕を見たので僕も首を縦に振って同意する。
咄嗟にヤームさんの方を見るも、彼はにこにこと笑顔を浮かべているだけでヤフクの言い分に反対はしていない様子。

「グヴァイ、君は裏庭で俺にこう言ったよな?……ここは、ソイルヴェイユ。王族も貴族も庶民も一切関係無い世界。誰にも従わなくて良い。と。ならば、俺の事も1人の友として接して欲しい」

『平伏してきたら辞めてやるって言ってたけど。……そっか、王子は王子という壁越しの人付き合いに辟易しているんだ』

「……うん。解った。よろしくね、ヤフク」

先輩達もヤフクの言葉に納得し、皆口々に「よろしくな」と敬語を無くした。
ヤフクは、みんなの態度に凄く嬉しそうに笑い「あぁ、よろしくな♪」と頷く。

僕の食事が済むと、その後僕達は談話室へ移動した。
ここは、僕が1人で入室した時にさも聞こえる様に僕の悪口が囁き合われ心底嫌な気持ちにさせられた場所。前を通るだけでも気分が沈むからそれ以来ずっと近寄らなかった。

「大丈夫だ」

僕はあの時の事を思い出し、身体が強ばり入るのを躊躇う。だけど、直ぐ後ろに立っていたナウンが一言そう呟き、優しく頭を撫でて微笑む。

「下らない悪口なんて気にするな。俺達はそれが全て偽りだと判っている。だから、グヴァイも堂々と胸を張って入りなさい」

「……はい。ありがとうございます」

ナウンの言葉に勇気が湧き、僕はみんなと一緒に入室出来た。
だけど、僕が入った途端その場にいた新入生達が先ずこちらを凝視。続いてその子達と親し気に話していた先輩方が一斉に黙り、僕を無遠慮な眼差しで見始める。
その妙な空気を感じ取った別の寮生達もつられる様に黙って僕の方へ視線を向けだす。

『僕、何もやっていないはずなのに。何でこんな事になってしまったんだろう……』

居たたまれない空気に、僕は足がすくみ思わず下を向いて立ち止まってしまう。
すると、ヤフクとラウンが左右から僕の手を引き力強い足取りでどんどん歩く。引きずられる様に談話室のほぼ中央に設置された大きなソファーセットの前に着くと、ラウンとヤフクは僕を真ん中に挟む様に並んで座る。
後から付いてきていたナウン達も向かい側のソファーに腰掛けると、いつから居たのか誰かの侍従がサッと現れて手際良くお茶を用意し始める。
目の前のローテーブルに一通り用意が整うと、ザイクが片手を上げて「ありがとう、下がって良いよ」と侍従に声を掛ける。すると、無言でお辞儀をしたその侍従は足音無く談話室の壁際まで下がって行った。
ザイクの慣れた仕草に僕は驚いて、目が見開きっ放しになってしまった。
そして良く見れば、その侍従の隣には3人程他の侍従達も並んで立っている。僕はその3人はナウン・ラウン・ハーヴ達の侍従なのだろうと思った。

「……グヴァイ、目ん玉が落ちるぞ」

僕の様子にザイクは苦笑し、他のみんなは僕へ微笑む。

「すみません。なんか、凄く別世界な気がしてしまって気後れしてしまいました」

「いや、こちらこそ驚かせてすまなかった」

「先に言っておくけど、別世界なのはザイクだけだかんな。ザイクは確かに貴族生まれで、生粋のお坊っちゃんだから実家から侍従付きで入寮したけど、俺と兄ちゃんの実家は侍従なんていない只の病院だ。見栄を張った元貴族のお袋が、自分の実家から連れて来て付き添わせているだけだ」

ラウンはふんっと鼻息荒く説明をしてくれた。

「ついでに言うと俺に侍従はいない。壁際に立っているは監視役だ」

「!?」

「俺は、お袋が死んだ時に親父が新しい嫁を取る為に家を放り出されたんだ。そこにお袋の父親 -つまりじい様- が俺を拾ってくれた。だからずっと親父とは縁を切って暮らしていたんだが、後妻に息子が出来ないからって勝手に俺を跡取りにしようと考えて俺を卒業と共に拐うつもりで監視役を送ってきたのさ」

「………………」

ハーヴの言葉に僕は言葉が出なかった。
そんな話を、今日初めて言葉を交わしたばかりの僕にして良いのだろうか?

「グヴァイは他言しないだろう?」

まるで僕の思った事が判っている様にハーヴはじっと僕の目を見つめて呟く。
勿論僕は他言なんてするつもりは無い。だから、黙ったまま頷く。

「つまりはそう言う事だ」

「?」

そう呟くヤフクの言葉の意味が解らなくて、僕は首を傾げる。

「グヴァイは、4人が君の悪口を耳にしていてもそれを偽りと一蹴している事や何故味方になり友達となってくれたのか疑問に思っているのだろう?」

「……うん」

「彼等は、他者からの話を鵜呑みにしないで己の目と耳でグヴァイを知り友達になりたいと判断したのさ」

ヤフクの言葉に4人は同意する様に頷く。

「勿論、女史やおやっさんや他の職員達からも話を聞いたし君の人となりを調べさせて貰ったけど、君は信用に足る人物で悪口が如何に下らない偽りかはっきりしているのさ」

「……そんな回りくどくて疑り深いやり方はザイクだけしかやらないけどな」

ザイクの言葉にナウンは苦笑する。

『僕がみんなの信用に足る人物だから……』

「勿論俺達は君を裏切らない。君からの信用に足る人物でいる。俺達は君から離れないし君を必ず守る。だから君も俺達を信用してくれないか?」

そう言ってくれるナウンの言葉に、食堂で僕が躊躇って話せなかった事を指して言っているのだと判った。
僕は頷き、意を決して話そうと口を開く。

「はあ。な~んで、乞食がソファーに座ってんだ?」

「!?」

突然背後から声が聞こえたと同時に後頭部を強く押された僕は、その勢いからローテーブルの上の茶器に顔をぶつけそうになる。
だけど、寸での所でラウンとヤフクが体を支えハーヴが茶器をずらしてくれた。

「……危ないじゃないですか!」

ラウンが僕の体を支えたまま、声がした後ろへ振り返り怒鳴る。

「危ない?私は君たちをその薄汚い乞食から守ってあげたんですよ?」

「ヴァンヌフォーグ。この子が乞食とは聞き捨てならないね。どう言う意味だ?」

「おや、新寮長。ご存知無いのですか?この薄汚い奴は卑しくも正当に推薦状を貰える者を金で黙らせて、学長を金で買収し推薦状を手に入れたんですよ」

声高に談話室中に聞こえる様に背後の男は言う。

「そんなの嘘だ!僕はそんな事はしないっ!」

僕はソファーから立ち上がって男に叫んだ。

「おぉ、汚い。臭い口を私に向けるなんておぞましい」

少し太っていてさほど背の高くない男は、手に持っていた扇子を己の口の前に広げ、僕を睨んだ。

「汚くおぞましいのは貴方だ。偽りをでっち上げ、真っ直ぐに生きる者を貶める等、人として恥を知れ!」

僕の両肩に手を置き、守る様に僕の後ろに立ったザイクが怒気を込めた声を上げる。

「これはこれは、ヤズニンドルク家の跡取りともあろう方が乞食を庇うなぞ……。侯爵家も堕ちましたものですね」

「……それは、我がヤズニンドルク家への侮辱と取らせて頂くぞ」

「ご冗談を!ここはソイルヴェイユですよ?全て平等の学舎たる場所で家名を出すなんて恥ずかしいではないですか!」

「では問うが、貴殿は一体何の根拠が有ってグヴァイを貶める?」

ヤフクはゆったりと立ち上がり、男を見据える。

「これはっ、殿下!かような卑しい下々の所に等いないで、是非とも私の席へ参りませんか?先日竜皇国より取り寄せました、最高級のナーサン香草茶があるんです!」

「いらん。ナーサン等飽きる程飲んでいる。それよりも質問に答えて貰おうか」

「……殿下までもこの様な乞食を信じるのですか?私は、確かたる筋より聞いた所存ですよ?」

「確かたる筋ね。……では、その出所は誰だ?答えよ」

「……私の母方の従弟でございます」

「名は?」

「ランボッシュ・マグ・シールンスト」

「ランボッシュ・マグ・シールンスト!?」

思わず僕は大声を出す。

「知っているのか?」

ヤフクは僕を振り返る。

「……僕が通っていた学舎のかつての同級生です。その学舎があった街の一番の豪商の息子です」

「ふ~ん、ジャイギフェルーユで一番ねぇ」

その口振りは、隣街を良く知っている様だった。

「ヴァンヌフォーグ、貴殿の話に嘘偽りは無いと誓えるか?」

「勿論でございますとも。殿下」

「では、この話が嘘偽りであった場合は今日までの貴殿のグヴァイへの所業を全て認め詫びると誓えるか?」

「御意にございます。殿下」

「解った。……カルズヤーム、あれを持って来てくれ」

「はっ。こちらに既にご用意が出来ております」

「ありがとう」

いつの間に用意したのか、ヤフクの後ろに控えていたヤームさんは腰高の小さな円卓の上に何枚かの書面を出していた。

「これは王家の影から話を纏めた物なんだがな。まあ、目を通してみてはくれないか?」

同じ書面が何枚か用意されている様で、ヤフクはナウンやザイク、そして僕に手渡す。
そしてそこには、学長を金で買収し推薦状を得ようとしたのはシールンスト家であり、またシールンスト家の収益は二重帳簿となっていてその大半がエルニーグ商会ヴァンヌフォーグの家に流れている。と書かれていた。

「これはっ!……こんな物はでっち上げです!」

「ほう。私の影がに嘘偽りを伝えたと申すのか?」

王家の影は影と呼ばれているけれど日の当たらない様な生き方をしている訳ではなく、生涯の忠誠を誓った従者達であり、ありとあらゆる情報収集のプロフェッショナル集団の事。
そんな彼等がヤフクに嘘偽りを伝える訳が無い。

「……気分が、優れないので失礼させて頂きますっ」

書面を円卓に叩き付ける様に置くと、ヴァンヌフォーグは早足に談話室内の階段を駆け上がって去って行った。

「ヤーム、ありがとう。片付けてくれ」

「はっ」

走り去った男を軽く一瞥し、先程まで纏っていた王の雰囲気を解いたヤフクは、僕をすまなさそうに見た。

「……すまんな、グヴァイ。あの下衆から謝罪の言葉を得られんかった」

「いえ、こんなに確かな形で偽りを暴いて頂けて、本当に感謝してもしきれません。ありがとうございました」

僕は深々と王子に頭を下げ、続いてずっと後ろに立っていてくれたザイクさんにも頭を下げた。

「ザイクさんも僕の所為で不快な思いを受けさせてしまって、本当にごめんなさい」

「グヴァイ、言葉使いが他人行儀に戻っているよ?」

「え!?」

ザイクさん……ザイクからの指摘でハッとなり、僕はヤフクの顔を見ると彼はとても渋い顔をして僕を睨んでいる。

「ご、こめん」

「……俺の雰囲気に飲まれたと言う事にして、今回は許してやる。もしまた俺に敬語を使ったら、ヤーム特製の激マズ薬草茶を飲ませるからな」

栄養満点だが、死ぬ程苦酸っぱくて3日は味覚が壊れる代物だ。と物凄くしかめた顔をする。

「ぶっ!」

そのヤフクの表情が面白過ぎて僕はつい吹き出してしまった。
僕が笑った事でナウン、ザイク、ハーヴ、ラウンも笑い出し、事の成り行きを見守っていた周囲もつられて笑い出し、談話室内に流れる嫌な空気が払拭されて行ったのだった。
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