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出会い2

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北の主街道に出て南下し始めると、セユナンテさんは少し飛ぶ速度を抑えて僕に話し掛けてきた。

「具合はどうだい?」

「大丈夫です、だいぶ慣れてきました。……あの、顔に風が当たらない様に掌をかざして下さり有り難うございました。おかげで呼吸が楽でした」

「どういたしまして♪僕も子供を抱っこしながら飛ぶのは初めてだから、良い経験になるよ」

一度休憩を挟み更に南下していくと、段々と森が深くなり木々は村では見た事が無い程巨大化したものばかりとなった。上空から見下ろしながら通過していく村も町も皆樹上に作られている。
サーヴラー国は8割が巨木の森に覆われ、そのほとんどの村や町が樹上にある。と授業で習ってはいたけれど、実際に目にする村や町が宙に浮いている様な姿に僕はとても驚かされた。
僕が生まれ育った村や隣町の様に地上にある方がむしろ珍しいので、樹上で生まれ育った人が来たら妙な感動を覚えるらしい。
いくつかの村や町を通り過ぎ、太陽が中天に差し掛かる頃セユナンテさんは飛ぶ方角を変えて主街道から少し外れた丘の上の巨木の枝に降り立った。

「お疲れ様♪お昼にしようか」

「はい」

ずっと飛びっ放しだったのに、セユナンテさんからは全く疲れが見えない。騎士の体力の多さに僕は内心感嘆する。
並んで立った巨木は、周りの巨木よりも大きくとても立派だった。だけれど、村や町は作られていない。主街道から外れているからかな?と思っていたら、セユナンテさんいわくまだ若木なのだそうだ。

「もしかしたら、あと数百年後にはこの巨木にも村か町が誕生しているかも知れないね♪」

周りより高台に生えている為、見晴らしが素晴らしくて遥か遠くまで景色を見渡す事が出来るからいつか本当にそうなるかも。と僕も思った。

『こんなにもう離れたんだ……』

つい来た方角へ目をやると、僕の村からはもっとはっきりと見えた北の山脈が今では少し霞んで見えている。
僕は立っていた枝にそのまま腰掛け様とすると、セユナンテさんが「ちょっと待って」と言うや素早く自分のマントを外し、枝に敷く。そしてにっこりと微笑みながら僕の手を取り、優しくマントの上に座らせたのだった。

「さあ、どうぞ♪」

優しく手を引き隣へ腰掛ける様に促す。……その一連の動作は様になっているし格好良い。

けどっ!!

「………あの、僕、女の子じゃないんですが?」

「あぁ!ごめんっ!身に付いた習慣みたいなもので、体が勝手に動いちゃっただけだから気にしないで♪」

あまりにもそつがなく、自然な動きは確かにそうなのかも知れないけれど、何だか女の子?否、お姫様?扱いをされた様で『本当にセユナンテさんは僕は男って解っているのだろうか?』と疑問を浮かべてしまう。でも、連れて行って貰っている身なので僕は黙って鞄からお弁当箱を取り出して蓋を開ける。

『うわぁ~!』

中身は僕の大好物ばかりだった。

「「いっただきま~す♪」」

「お!上手いっ!」

隣に並んで座ったセユナンテさんのお弁当も量は向こうの方が倍以上あるけど、僕と同じ内容。でも、それが驚く早さで消えて行く……。

すっ、凄っ!!

「ガファルさんが冒険者の中で有名なのは、たぶんグヴァイも知っているよね?でも実は俺等騎士達の間でも、とても有名な人なんだよ♪」

「そうなんですか?」

「うん♪」

父さんは冒険者だった頃の自分に未練は無い様で、冒険譚は聞かせてくれるけど冒険者だった自身の事は殆んど話してくれない。そう僕が言うと「ガファルさんらしい!」とセユナンテさんは笑い、父さんが冒険者だった頃の事を聞かせてくれた。
恐らく父さん本人は無自覚だった様だけど、本当にかなりの有名人だった様だ。
ファルリーアパファルにはギルドが2種類あり、自分が住む国内で仕事を得る為に登録をする職種ギルドと世界を股に掛けて仕事又は冒険をする為の世界ギルド。
前者は割りと簡単な審査で登録が可能だけど、国外へ旅行目的(それも明確で細かい旅程表の提出が義務付けられている)以外での出入り申請は厳しく許可が下りにくい。
後者の世界ギルド登録は本人の素性の確かさに犯罪歴の有無や身元保証人の有無、それから貯蓄又は資産がギルド側が指定する額を本人が有していないと先ず申請すら出来ない。
そして受け付けて貰えても面接と筆記及び実技試験が有り、誰でも彼でも登録出来るものでは無い。
更に全身と自身の指紋と魔力を特殊な箱へ読み込ませる必要も有り、変化の魔術式や薬を使って姿形を誤魔化していても明かされてギルド側を騙す事が不可能である。
逆に、例え身ぐるみ剥がされて打ち捨てられても骨(一部でも可)さえ残っていれば本人確認が取れる優れ物でもある。
一度登録されれば認可証(再発行は5度まで可)を提示するだけでファルリーアパファル内の殆んどを自由に出歩ける。
父さんが世界ギルドに登録したのは16歳の時。この歳での登録はファルリーアパファルでは平均的な年齢らしい。だけど、たった2年でSS級にランクインしたのは当時も今も父さんだけ。
天性の剣術と戦闘センスに加え、運も強くレア級の魔物や魔獣との遭遇率が異様な程高かったのだそうだ。そんな父さんをギルドのみならず各国が放っておく訳もなく、母さんと出会う迄の4年間はギルドをこなしつつ様々な国の騎士達に剣術指南をしていたらしい。

「ガファルさんが突然冒険者も剣術指南も引退するってなった時は、それはもう大騒ぎだったらしいよ。……ん?どうしたんだい?」

楽しそうに話を聞かせてくれる中で、段々と眉間にシワを寄せていく僕の表情に気付いたセユナンテさんが首を傾げた。

「あの、……失礼かも知れませんが、セユナンテさんは一体おいくつ何ですか?」

彼は、濃い緑色の瞳に淡い紫色の髪で優しい顔立ちに背も父さん程では無いけど高い。口調も丁寧で物腰も柔らかい。とても整った顔立ちなので、こういう人を眉目秀麗って言うのだろう。食堂で見た他の騎士達に比べて細身の様な感じがしたけど、抱き上げられて触れて気付いた。無駄な筋肉の無いとても鍛え上げられた身体なんだと。
その見た目の格好良さから、チリュカのお気に入りの絵本や姉さんが好んで読んでいた小説に出てくる騎士様そのものの様。そして若く見えるので、僕は彼が20歳前半位かと内心思っていた。

「え?俺って老けて見えてる!?」

僕の質問に驚愕し軽くショックを受けた顔付きになる。

「いえ、父の事を詳しいみたいなので……」

まるでその場に居合わせたかの様な話しぶりにそう感じてしまった。と伝えると、セユナンテさんは心底ホッとした表情になる。

「あぁ!成る程。今話した内容は、全部俺の父親から聞いた話なんだよ!」

セユナンテさんの父親もイルツヴェーグの騎士で、今は王宮内の警護の任に就いている。そしてまだ一兵卒だった頃に、父さんから指南を受けた事があるのだそうだ。自分よりも年下なのに、当時の隊長・副隊長を意図も簡単に負かし、イルツヴェーグ騎士隊の訓練内容の甘さや未熟さを的確に指摘して改革させたのだそうだ。おかげで、今では隣国に名を轟かせる最強騎士隊となっている。
結局セユナンテさんの実年齢は判らなかったけど、彼が父さんにとても憧れている事は話しぶりで解り僕は嬉しかった。

「さて、食後の休憩も充分取れたし!出発しようか♪」

「はい。僕はずっと楽をさせて頂いているだけでとても申し訳ないのですが、よろしくお願い致します」

「はぁ~。君は本当に良い子だねぇ♪……誰かさんとは大違いだわ」

『誰かさん?』

セユナンテさんが誰の事を言っているのか判らなかったけれど、余程嬉しかったのか、優しく抱き上げられて少し強めに抱き締められた。

「今夜はラグリーサに泊まるから、少し飛ばすよ。俺の速度に慣れて来たみたいだから大丈夫だと思うけど、もし気分が悪くなったら遠慮無く言うんだよ?」

「はい」
 
セユナンテさんが言う今夜泊まる街のラグリーサは、北の主街道の要所の一つ。この街は、東西の主街道へ行く事が可能の副主街道も通ってもいて、騎士隊の駐屯所もあるかなり大きな街だ。そして各駐屯所は、騎士なら誰でも無料で宿泊が可能となっている。セユナンテさんは勿論の事、僕も団長預かりと言う扱いなので一緒に泊まれるのだそうだ。
兄さんとの旅だったら、2日目に到着して食料や水を補給して宿に1泊する予定だった街。

それが、たった半日で着く事が可能だなんて……っ!

セユナンテさんは「しっかり掴まっているんだよ」と言うと、羽をサッと広げて一気に上昇すると上空の風を上手く捕まえて速度を上げて飛行し始める。
僕がセユナンテさんの飛ぶ速度に慣れたので、トイレ休憩を一度挟んだだけで飛び続ける中なんと夕暮れ前にはラグリーサに到着した。
セユナンテさんは騎士専用の出入口がある太い枝に降り立つと、僕を抱え上げたまま入り口の詰所に向かい、身分証を提示し門をくぐる。

「予定よりも速く着けたから、駐屯所受付に到着の報告を入れたら街で観光しようか♪」

「セユナンテさんは疲れていないのですか?」

僕は抱っこされていただけだったので、殆んど疲れていないけど、ずっと飛び続けていたセユナンテさんは大丈夫なのだろうか?

「……俺?全く疲れていないよ♪訓練でかなり重い装備のままさっきの速度ぐらい出して飛ぶ事もあるし、任務で王宮から東の国境に1日で行かされた事もあるからこれぐらいなんて事無いよ♪」

サーヴラー国は北に長い国の為、東西の国境は普通の大人が飛ばして飛んでおよそ2日弱で着ける距離なのだそうだけど、それをたった1日で飛ぶなんて一体どれ程の体力の持ち主なんだろう?

『騎士ってと言うか、もしかしたらセユナンテさんって人自身が凄い人なのかも……』

門をくぐった所で降ろしてもらい、とても枝の上とは思えない幅の広い道を歩き進むと、木の壁にしか見えない幹の前に出た。その幹には、大人が10人位は並んで立てる程の幅の広い木の階段が設けられていて、螺旋を描く様に左右に階段が繋がっている。

「こっちだよ♪」

初めての光景に、僕は開いた口が塞がらなくて固まってしまっていると、右側の昇る階段に足を掛けて振り返るセユナンテさんに呼ばれて意識が戻る。

「こっちが駐屯所への専用階段なんだ」

左側の階段を上がれば中央広場に出る。逆に階段を下りれば一般人用の街の出入口に繋がっているのだそうだ。
僕達は右側に上がっていく階段をぐるりと幹を半周する程登る。登りきった先は、この巨木の頂上で、駐屯所の入口だった。
セユナンテさんに「ちょっと待っていてね」と言われて、建物に入って直ぐのベンチに僕は腰掛ける。
彼は受付のカウンターで鞄から出した書類を2枚提出し、向こうが出してきた別の書類にサインをして二言三言会話を交わすと僕の方へ戻ってきた。
その表情はとても嬉しそうで、にこにこしている。

「どうしたんですか?」

ついそう問うと

「いや~、グヴァイが団長預かりって身分だろ?そのおかげで同伴者の俺も一緒に隊長クラスの部屋に泊まれるんだよ♪」

ただの一騎士では使用出来ない部屋に今夜は泊まれる事が出来るので嬉しいらしい。

「さて、報告も済んだし、夕食までは時間があるから街に出ようか♪」

「はい!」

セユナンテさんに連れられて、駐屯所を背にしながら門をくぐり道を少し進むと中央広場に出た。
とても木の頂上とは思えない太い枝達の上に2階建ての店が所狭しと並び、行き交う大勢の人々で混雑している。

「さすが北の要所だねぇ!……この街は国境手前最後の大きな街だし、東西に行ける所でもあるから凄い人混みだね」

はぐれたら大変だから、と言ってセユナンテさんは僕と手を繋いで歩き出す。
実家の宿屋にも様々な種族の冒険者が泊まりに来るので、多少は見慣れていたけれど、やはり大きな街なだけあってそれ以上に色々な種族そして職業の人々がそこにはいた。
観光目的で立ち寄った訳じゃないから僕はお土産を買えないけれど、見た事が無い物ばかりで面白くて土産物売り場や屋台をついつい覗いては気になって手に取ってしまった。
そんな僕をセユナンテさんはにこにこと笑いながら見守り、彼は家族用なのかお菓子や小物を幾つか購入していっていた。
その後はこの街の観光名所をいくつか巡り、街の成り立ちや特産物を学ぶ。

『今回は連れて来て貰った形になっちゃったけど、次ぎは自分の足で訪れたいな♪』

セユナンテさんの説明は判りやすくて僕は凄く楽しめた。

「セユナンテさん、観光させて下さり有り難うございます♪」

生まれて初めて、一人大好きな家族と離れた。その為、飛び立ち少し経ってから込み上げてきた寂しさに涙が溢れて出てしまいそうだった。だけど、セユナンテさんから父さんの話を聞かせてもらったりこうやって初めて訪れた街を観光させて貰えた事でその気持ちを紛らわす事が出来た。きっと、気がゆるむと泣きそうになってしまう僕の事を気遣ってくれたのだろう。
セユナンテさんの優しさに本当に心からお礼の気持ちを乗せて言葉にする。
そんな僕の気持ちがちゃんと伝わってくれた様で、彼はとても嬉し気に微笑む。

「グヴァイのおかげで俺も観光出来て楽しかったよ♪……さあ、駐屯所に戻って夕ご飯を食べようか!」

日が沈んだので周りの飲食店はすっかり夜の雰囲気になり、早くから飲み始めている客があちこちで楽し気に笑い騒いでいるのが見える。
セユナンテさんいわく、ここは騎士の駐屯所があるので他の街に比べたらまだ治安は悪くない方なのだが、それでも人さらいも物盗りも出る。
お店を見て回っていた時に店員から口々に言われたので僕は自覚せざるを得なかったのだが、どうやら僕はかなり顔立ちが綺麗なのだそうだ。それこそ何度も女の子と見間違われる程に…。
初めは、訳あって生まれた時から伸ばし続けている長い髪の所為だと思っていたけれど、隣に立つセユナンテさんの体格が良いので僕はかなり華奢に見え、拐われない為にわざと男の子の格好をした美(!?)少女と思われ勘違いされていた様だ。
全くもって嬉しくない事だけれど、一々自分は歴とした男の子だと説明するのはおかしいので、変な大人に目を付けられて声を掛けられる前にさっさと駐屯所に戻る事にした。
駐屯所に戻りそのまま食堂へ入ると、まだ夕食の時間帯には少し早いのでかなり席は空いている。でも、僕の様な子供が来る事が基本的に無い様で、その場にいる食事中の騎士や厨房内の人々からはかなり視線を集めてしまった。
少し居心地が悪いけれど、セユナンテさんの後に付いて一緒にカウンターに並ぶ。

「食べたい物があったら、このトレーに乗せたら良いんだ。何をどれだけ食べても良いけれど、食べ残しはしたらいけないよ」

注文の仕方や受けとり方がよく判らないのでそう教えて貰うままに頷き、カウンターに並べられた料理の数々を見る。どれを見ても美味しそうだけど、一皿の量が凄かった。

流石、騎士仕様。

一皿一皿が小山の様で、目の前のサラダだけで僕はお腹いっぱいになってしまうと思った。山鳥の唐揚げやバウ豚肉のソースソテー焼きとかめちゃくちゃ良い香りだし食べてみたかったけれど、それも小山盛りの為に絶対食べきれない。残念だけど断念せざるを得ないとそう僕は思い、サラダの皿を手にしようとした時だった。

「何、食べたいんだ?」

「……え?」

天から降って来る様な感じで上から低い声がした。だけど、そもそもカウンターも騎士仕様な為、背が低い僕は厨房側が全く見えなかった。

「こっちだ」

また声が降ってきたので上を見上げると、身を乗り出す様にしてこちらを見下ろす巨大なイノシンの顔が有った。

「!?」

「坊主、食べたい物を皿によそってやるよ。言ってごらん」

口から生えた天を向く鋭い牙に大きな鼻、そして小さくつり上がった目が迫力有り過ぎてその顔に驚いた僕は危うく叫び声を上げてしまう所だった。
獣人の料理人さんがニイっと両の口の端を持ち上げた笑顔(?)を見せ再度優しく声をかけてくれたので、僕はなんとか悲鳴を飲み込む事が出来た。

「……あ、あのっ!そこのペリファーとうもろこしのサラダと、山鳥の唐揚げとヤマイナルンサオムレツを貰えませんか?」

「あいよ♪」

イノシンのおじさんは、それぞれを小さな皿によそって(ヤマイナルンサはわざわざ作ってくれた!)腕を伸ばして僕のトレーに並べ乗せてくれた。

「あっ、ありがとうございます!」

「おう。足りなかったら遠慮なくお代わりに来い♪」

「はい!」

「……ダンチェルカン、優しいじゃん!」

いつの間にか僕の後ろに並んでいた女性騎士がダンチェルカンイノシンのおじさんさんに笑いながら声を掛けた。

「当たり前だろう。こんなに小さな子供が、お前達サイズの量が食いきれる訳がないだろう。今だって俺が声を掛けなきゃ、この坊主は目の前のサラダだけでお仕舞いにする所だったんだぞ」

『気付かれていたんだ!』

僕は恥ずかしくてカアーッと顔が熱くなる。

「初めてこういう所を利用したんだろ?知らなかったんだから恥ずかしいと思わなくて良いんだぞ。その為に俺達料理人がいるんだ」

「……はい。ありがとうございます」

「グヴァイ、本来なら俺が気付いてあげなきゃいけなかったのに。……ごめんな」

振り返り僕とダンチェルカンさんとのやり取りを見聞きしていたセユナンテさんが、僕の頭を撫でながら「気が利かなくて申し訳なかった」と謝ってきた。

僕は慌てて首を横に振る。

「いえ、聞かなかった僕も良くなかったんです。ごめんなさい」

「ヤダ!何この子、めちゃくちゃ可愛い顔じゃないっ!」

突然隣の女性騎士が僕の顔を見下ろし、何故か頬を赤らめる。でも、僕は何だか怖くなり無意識に後退っていた。

「……シンナリー、客人に手を出すなよ」

呆れ声のダンチェルカンさん。

「え?客なの?グヴァイ君?」

見習い騎士として来ているんじゃないの~?と呟きながら、彼女はセユナンテさんが言っていた僕の名前をしっかりと覚えていた。

「えぇ、私達は今夜こちらに一泊お世話になるだけです」

セユナンテさんはそう言いながら、すかさず僕と立ち位置を入れ替えて僕を背に隠して返答をする。

「久しぶりね。でも、セユナンテに聞いてないんだけど?」

あからさまに僕の事を遠ざけたセユナンテさんに、女性騎士は少しムッとした表情を見せる。

「お久しぶりです。……そうかも知れませんが、私が預かっている大切な子供なんですよ」

にっこりと笑顔を見せながらも僕の背を優しく押して、セユナンテさんは器用にトレーを二つ持って席へ移動し出す。
手早く自身のトレーにご飯を並べた女性騎士も僕等の後に付いて来る様に見えだけれど、どうやら僕達が入った青い床のエリアには入れない様子。少し悔し気な表情を浮かべ、一瞬セユナンテさんを睨み付けた後は白い床のエリアへ移動して行った。

「こっちのエリアは隊長・副隊長クラスしか使えないんだ。……さて、食べようか♪」

騎士服には魔石が内蔵されていて、その力は階級毎に使用可能エリアを分けているのだそうだ。そして僕達は受付で特別な魔石の受け取っていたのでここのエリアが使える。
セユナンテさんの雰囲気と口調が先程の冷たい拒絶する様な感じから元に戻り、僕は少しだけホッとした。

「……はい。いただきます」

「気は利かないし、怖がらせてしまうし、俺は騎士として失格だなぁ……」

溜め息混じりの声が聞こえたので顔を上げて前を見ると、目の前に座るセユナンテさんが静かに落ち込んでいた。

「えっと……?」

僕が首を傾げると、落ち込んでいるセユナンテさんはちらりと僕の顔を見る。

「さっき、俺の事怖いって思っただろ?」

その通りだったので、僕は素直に頷く。

あいつシンナリーは少年好きなんだ……」

俺の同期なんだが、と苦笑いを浮かべセユナンテさんは夕ご飯を食べ始めながら話し始める。
彼女には入隊前からその性癖はあり、入隊時の心理試験や面接では上手く隠して入隊。あまりにも騎士見習いの少年達(少女達には冷たい)を可愛がるので不思議に思っていたら、一緒に訓練を受けていた時に本当の入隊理由を聞かされて呆れ返った。それは、騎士見習いの少年や見廻りで見付けた少年達に堂々と触れる為だと言ってのけたのだ。

「騎士としての腕は悪くないが、騎士見習いの中でお気に入りを見付けるともう態度があからさま。……で、勿論上官達にも早々にバレる。しかもその性癖の所為で目に余る行動が多くて王都勤務ではない所に配属になった。と風の噂で聞いていたんだ。だが、まさかここだったとは。抜かった。……まあ、そんな訳で大切な君をあいつの毒牙にかける訳にはいかないからあんな態度を取ってしまった訳なんだが。……まだ俺の事怖いかい?」

毒牙にかける、の意味は良く解らなかった僕だけど、僕をとても心配して守ってくれていたセユナンテさんの優しい気持ちは解った。

「いえ、少しだけ怖かったのですが今は大丈夫です」

「そっか」

僕の言葉にホッと安心したのか、セユナンテさんは笑顔になって食事を再開したので、僕も食べ続けた。
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