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始まり2
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街の市場に来ると、父さんと兄さんは宿や家で必要な食材を仕入れ、母さんと姉さんは「必要!」と言い張っては色々な色の布、糸、ボタンを買い集めて行く。
馬車の中は仕入れた物で溢れたけど、父さんと母さんは慣れた手つきで整理をしてくれたので難なくみんな座るスペースを確保出来た。
最後に食べ物屋が並んでいる屋台へ寄り、移動しながらもこぼさないで済む野菜をたっぷり挟んだテッカンのフイとテフ茶を人数分購入し食べながら村へと進路を取る。
いつも以上に重い荷馬車を引く2頭の愛馬を気遣いながら、父さんがゆっくりと馬車を動かす。晴れ渡る空に緩やかに吹く風はとても気持ちが良く、まるでピクニックに来ている気分になった。
40分程を掛けて宿屋まで戻り、今日は道具屋をお休みにしていた母さんと姉さんは家の中に荷を運び終えると帰宅後直ぐに夕食の料理を作り始めると言って入っていった。
父さんは馬から荷馬車の連結を外し、厩まで連れて行き労い丁寧に世話を焼く。この雄雌の2頭は、子馬の頃から父さんが大切に育て、頭が良くて性格も優しいから僕やチリュカが乗っても怒らない素晴らしい僕達の家族だ。
父さんが馬の世話をしている間に、兄さんと僕と夕方までの勤務のマアスフィさん(サーヴラー人・42才主婦)の3人で宿屋用の食材を貯蔵庫へ運び入れる。
丁度荷運びが済んだ頃に、厩から父さんが戻ったので僕と兄さんは家に戻る事にした。
ダイニングで飾り付けを始めている妹を兄さんは手伝い出す。
手持ちぶさたになった僕も姉さんや兄さんに何か手伝えないか聞くも「主役だからダメ~!」と妹に言われてしまったので、呼ばれるまで部屋で待つ事になってしまった。
仕方がなく僕は式服から普段着に着替え、自分の机の整理を始める。
だけど、僕の机はいつも片付いているので特にこれと言って掃除も整理する所も無かった。とりあえず、今まで使ってきた僕のノートや教科書は妹が参考書代わりに使うだろうから空き箱に入れて机の脇に置き、今日手渡された卒業証書と推薦状を机の上に置く。
「………………はぁ」
僕は、推薦状を見て小さく溜め息を吐いた。
5年間の成績と素行、そして卒業試験の結果で推薦者を決めていると学長は教えてくれた。
『まさか、本当に僕に推薦状を書いてくれるなんて思わなかったな』
今日僕が卒業した様な学舎は少し大きな街には必ずあり、3~8才の子供は絶対に通う事が義務付けられている。
そして、卒業後はだいたい3通りの道に別れて先へ進む。
何処かに弟子入りして手に職を付ける道、実家の家業を手伝いながら将来そのまま継ぐ道、そして進学の道。
学長からの推薦状で願書を送り、ソイルヴェイユへ入学が認められれば国で一番高度で最新の授業を受ける事が可能。
それに、王宮勤務の役人や騎士になる事を望むならここに入学し上位以上のクラスに在籍し続け卒業をするのが一番早い近道となる。
ちなみにソイルヴェイユは全寮制で、約10年間通う。
ソイルヴェイユ以外の学舎は、10年間通う所も有れば8年間だけの所も有る。
サーヴラーの成人は18才だけど、職種や本人の能力いかんでは16才で成人同等と許される事も有るので、私立の高等学舎は10年と8年の2種類が存在する。
ソイルヴェイユは無理でも、高等学舎へ進学を希望する子供はそちらへ入学をする。だけど、多くは寮が無い所が殆んど。下宿が基本で、学費は大変高い。よって通う者は貴族や豪商等お金にゆとりがある家の子しか通えない。
逆にソイルヴェイユは、将来国を支える文官や武官、魔術使いの育成を主とした国の管理下である為、学費・寮費はまだ安い。
『他に比べたら安いってだけで本当に安い訳じゃないけどね~…』
国花の紅カユラの花で染めた推薦状はほのかにその花の香りを漂わせ、上部に金で国印が押され濃紺のインクで学舎の名前・学長名、そして僕の名前と推薦する旨が書かれていた。かなり上質な紙で作られていて、手触りも優しく透かせば学舎の校章が見える。
それだけ学長推薦とは重要な事なのだろう。ぼんやりと推薦状を眺めていると、兄さんと手を繋いだ妹が部屋に入ってきた。
「兄ちゃ!用意出来たよ♪」
「…うん!今行くよ♪」
引き出しに推薦状を仕舞い、僕は椅子から立ち上がる。
3人でダイニングに入ると、テーブルいっぱいに僕の好物が並べられていた。
「うわ~!美味しそう!!」
「卒業試験の結果、ギドゥカより点が良かったのよ!だからそのお祝いも兼ねてるわ♪」
濡れた手をタオルで拭きながら母さんが笑顔で教えてくれた。
「そうだったの!?」
卒業試験と言っても、点が悪いと卒業出来ない訳では無くて5年間学んだ事の総復習を試験するだけの物。5教科の筆記及び魔術の実技を試験し、結果は先生から保護者へ手渡されるので僕は結果を知らなかった。
「勉強と魔術はまだ勝てると思っていたんだけどなぁ」
兄さんは母さんから手渡された僕の試験結果表を見て感心する。
「僕は兄さんと姉さんが残してくれたノートがあったから試験勉強の結果が良かっただけだよ」
卒業後も勉強を続けている兄さんにまだまだ敵わないと僕は思っている。
「それでも試験結果を上回るんだから凄いよ。頑張ったな❤️」
兄さんは笑いながら僕の頭を撫でてくれた。
僕は、尊敬する兄さんに誉められたから嬉しくて照れてしまう。
そんな中、宿の夕食を作り終えて後を通いの従業員に任せた父さんがダイニングに入ってきた。
「お疲れ様、ガファル♪さあ、全員揃ったわ。みんな、席に着いて♪」
母さんに言われて全員椅子に座る。
そして父さんが全員に飲み物を注ぎ、みんなでカップを手に取り一斉に僕を見る。
「改めて、卒業おめでとう。グヴァイ」
「「「おめでと~!」」」
「めと~!」
父さんの言葉の後に母さん、兄さん、姉さんが続き、妹は相変わらずな言い方をしてみんなを笑わせた。
「ありがとう!」
「さあ!食べましょう♪」
「「「「「いただきま~す!」」」」」
普段は質素倹約を心掛けた食事だけど、お祝い事の時は主役の好物を並べてくれる我が家の食事スタイルが僕は大好きだ。
今夜は全部僕の好物ばかりで、嬉しくて僕はいつも以上に沢山食べてしまった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
コンコン
お風呂から上がった僕は、父さんの書斎のドアをノックした。
「どうぞ」
部屋に入ると、正面の書机で書類に目を通していた父さんが顔を上げる。
「寒くないか?」
「うん、大丈夫」
テルトー村はサーヴラー国の中で北方に位置する為、初夏が近い今の季節でも日が暮れると冷え込む。
でも僕は、綿織物の長袖長ズボンのパジャマの上に姉さんが編んでくれた長袖で裾が足首まであるカーディガンを着ているので暖かい。
父さんの書斎兼執務室は、あまり広くは無いけれど書机の隣に4人が据われるソファセットが置かれ、室内のとても落ち着く雰囲気が僕は好きだ。
「母さんとギドゥカももう少ししたら来るから、それまでそこに座って待っていてくれるか?」
父さんが座る位置から一番近い椅子に座る様に言われて僕は頷く。
「解った」
家族間での大切な相談事は、必ず母さんと兄さん(時に姉さんも)と僕も交えて話し合うと我が家では決めている。
また書類に目を通し始めた父さんの邪魔をしない様に僕は本棚から本を取り出し、それを読みながら2人を待つ事にした。
「お待たせ~」
僕が丁度本を一冊読み終えた頃に、温かいミルクが入ったカップと焼き菓子を乗せたトレーを手に持ちながら母さんが入ってきた。
「チリュカが寝たら、ミトゥルカも来るって」
母さんの後ろから兄さんも入ってきて、僕の隣に座る。
「そうか」
書類から目を離し、それ等を両手でトントンと綺麗に揃え机の脇に置いた父さんは僕に顔を向ける。
「グヴァイ」
「……はい」
「イルツヴェーグへ行っておいで」
「!?」
父さんはそう言いながら優しい眼差しで僕を見つめる。
驚き、母さんの顔を見れば、母さんもにこにこと微笑みながら頷き僕を見ていた。
「グヴァイは、学ぶ事が好きで楽しくて仕方がなくて、いつも真剣に取り組んできていたね。俺も父さん達もその姿をずっと見てきた。学長からの推薦状はそんなグヴァイの姿を何よりも物語っているよね」
優しい笑顔を浮かべる兄さんも、僕の頭を撫でながらそう話す。
「でも……。凄くお金がかかっちゃうよ?」
「金の事なら心配するな!」
ニカッと歯を見せながらワッハッハッ!と父さんは豪快に笑った。
「グヴァイ、あなたは自分の名前の由来って知っていたかしら?」
「……え?」
「あなたの名前だけはね、お父さんのお祖父様が付けて下さったのよ」
お父さんのお祖父様、つまり僕の曾祖父は実は竜人。
今もとても元気に暮らしている。竜人と言ってもクシュマルレミクスと呼ばれる種族で、寿命は200~250年で竜になっても2ミヤ強位にしかならない小型竜。
子供が全員独立後は妻の曾祖母と2人で故郷の森に帰り、気ままな隠居生活を楽しんでいたのだそうだけど、僕が産まれた日に突然ふらりと訪れて僕の顔を一目見て、名を与えてくれたのだそうだ。
「あなたは私達家族の中で一番お祖父様の血と力を強く引き継いでいるそうよ」
普通、遺伝の順番から行けばお祖父ちゃんや父さんの方が曾祖父の血や力を濃く継いでいそうだけど、竜の血と力は他種と交じり合った時、直ぐに子に引き継がれる場合もあるが、大概は隔世遺伝の様に何世代も後になって突如として現れる事が多いのだそうだ。
しかも、たった1人にしか受け継がれない。竜の血を濃く受け継いでいた子には、竜の名を贈るのが竜人族の習わしとなっている。その名は竜の血に引かれた悪しき者から生涯守護する力が秘められているそうだ。
「グヴァイラヤーってね、竜人族の古語で“翔び起つ者”って意味なのだそうよ」
「そして、タルはサーヴラーの古語で“愛しき子”って意味よね♪」
そう笑顔で言いながら姉さんが書斎に入ってきて母さんの隣に腰掛けた。
「俺達はね、グヴァイが生まれて来てからいつかお前はこの村を翔び起って行くだろうって解っていたんだ。だから、遠慮なんてしないで広い世界を見ておいで♪」
僕は、母さんや兄さん達の言葉に目から涙が溢れた。
「……あの、あのね?……ずっと、ずっと怖くて聞けなかったんだ。…ぼ、僕だけ兄さん達と似ていないし、……名前も違うから、僕はみんなと血が繋がっていない拾われっ子なんじゃないかって……っ!」
僕の兄弟はみんな父さん似の薄青い色の髪に背も高く、母さん似の銀色の瞳と肌は小麦色。
だけど、僕だけ髪は濃緑色で瞳は濃い青色。背も8才の頃の兄さんと比べて小柄だし肌は白。
だから、僕はみんなとは血が繋がっていない拾われっ子で推薦状を貰っても進学したいなんて言ったら駄目だと思っていた。と、つっかえつっかえ言葉を溢した。
「そんな事を思っていたの!?」
「……村の誰かに言われたのか?」
目を見張り驚く姉さんと「誰だ、そんな事を言う愚か者は……っ」と静かに怒る兄さんに聞かれるも、僕はもう声が出なくて、無言で頷くしか出来なかった。
止めたいのに涙が止まらない僕を優しく抱き上げ自分の膝に乗せた父さんは、僕の顔を見ながら母さんが用意してくれたタオルで優しく優しく顔を拭ってくれた。
「だから、お前は何処かいつも私達に遠慮をしている態度だったんだな」
「……う、うん」
「安心しなさい!誰が何と言おうとグヴァイは母さんから生まれたわよ♪」
母さんは、少し温くなったミルクを僕に手渡して飲ませてくれた。
「父さんの代わりに無理矢理立ち合わされた俺が証明するぞ」
その日父さんは村の外れが土砂崩れに遇い、復旧作業に追われ産気付いた母さんに付き添えなかったし出産の立ち会いにも間に合わなかったのだ。
おかげで当時8才だった俺は色々と学んで衝撃も受けたよ。と兄さんは苦笑いを見せながら説明する。
「私だって証明出来るわ♪分娩室から看護婦さんに抱っこされて出てきたあなたは、今まで見てきたどの赤ちゃんよりも綺麗だったから感激したのを覚えているわ!」
だから最初、あなたを女の子だと思っていたのよ♪と姉さんが僕の頬に口付けてウィンクをした。
「でも……」
「ん?」
僕が落ち着く様に、ずっと父さんが背中を撫でてくれたのでようやく涙を止める事が出来た。
しゃっくりを上げながら、僕はおずおずと父さんと兄さんを見る。
「ギドゥカ兄さんが、行かなかったのに、……僕が行って、良いの…?」
「当然だろう!」
兄さんは、父さんにそっくりな笑顔で僕に笑いかける。
「俺はたしかに勉強は好きだが、実はそんなに魔術式を扱うのは得意じゃないんだ。それに、学舎に通うより冒険者の話を聞きながら宿を手伝う方がずっと性に合っている♪」
「グヴァイは、イルツヴェーグへ行きたくないのか?」
そう聞いてきた父さんの目をじっと見つめて、僕は首を横に振り小さな声で答えた。
「……行きたい、です」
すると、全員とても嬉しそうに微笑んで代わる代わる僕の頬に口付けをくれる。
「そうと決まれば明日から出発の準備に取り掛かるわよ~!」
姉さんがそう言い、母さんと顔を見合わせて力強く頷き合う。
入学は秋口だけど、向こうでの生活に馴染める様に半月前には入寮しておいた方が良く、そうなると一月半で準備をしないとならない。
それにお金をかけないでイルツヴェーグへ向かうには飛ぶのが最適ではあるが、子供の力では片道1週間は掛かってしまう。道程はどうするか、又誰が付き添うか等も考えなくてはいけないと父さんと兄さんが話し出す。
「そうね。話し合いたい事は沢山あるけれど、でも今夜はもう遅いわ!だから、また明日話し合う事にして寝ましょう♪」
たしかに明日の朝もまた早くから出発する冒険者達を見送らなくてはならない。
「女の寝不足は、美容の大敵なのよ♪」と言う母さんの言葉にみんなで頷き、兄さんと姉さんと僕は書斎を出て、2階の寝室へ向かう。
兄さんと同室の僕は、何故か兄さんに手を引かれて一緒に階段を上がる。
「僕、もう小さい子じゃないよ?」
「俺からしたらまだ小さいよ」
まあ確かに、見た目も兄さんからしたら小さいかも知れないけどさ……。と何となく内心文句を呟きながら不満に思っていると、僕の思った事が解ったのか、兄さんが小さく吹き出す。
「ふふっ♪……俺がグヴァイと手を繋いでいたいんだ。俺よりも8つも下なのに、俺よりも沢山悩んで考えて偉いなぁって思ったんだよ。……だけど、グヴァイ?俺やミトゥルカにもう少し甘えてくれても良いんだぞ?」
今まで謂われない事の所為で俺達に遠慮していたみたいだから、お前が出発する日まで兄ちゃんが目一杯お前を甘やかして可愛がってやるからな♪と兄さんは笑った。
馬車の中は仕入れた物で溢れたけど、父さんと母さんは慣れた手つきで整理をしてくれたので難なくみんな座るスペースを確保出来た。
最後に食べ物屋が並んでいる屋台へ寄り、移動しながらもこぼさないで済む野菜をたっぷり挟んだテッカンのフイとテフ茶を人数分購入し食べながら村へと進路を取る。
いつも以上に重い荷馬車を引く2頭の愛馬を気遣いながら、父さんがゆっくりと馬車を動かす。晴れ渡る空に緩やかに吹く風はとても気持ちが良く、まるでピクニックに来ている気分になった。
40分程を掛けて宿屋まで戻り、今日は道具屋をお休みにしていた母さんと姉さんは家の中に荷を運び終えると帰宅後直ぐに夕食の料理を作り始めると言って入っていった。
父さんは馬から荷馬車の連結を外し、厩まで連れて行き労い丁寧に世話を焼く。この雄雌の2頭は、子馬の頃から父さんが大切に育て、頭が良くて性格も優しいから僕やチリュカが乗っても怒らない素晴らしい僕達の家族だ。
父さんが馬の世話をしている間に、兄さんと僕と夕方までの勤務のマアスフィさん(サーヴラー人・42才主婦)の3人で宿屋用の食材を貯蔵庫へ運び入れる。
丁度荷運びが済んだ頃に、厩から父さんが戻ったので僕と兄さんは家に戻る事にした。
ダイニングで飾り付けを始めている妹を兄さんは手伝い出す。
手持ちぶさたになった僕も姉さんや兄さんに何か手伝えないか聞くも「主役だからダメ~!」と妹に言われてしまったので、呼ばれるまで部屋で待つ事になってしまった。
仕方がなく僕は式服から普段着に着替え、自分の机の整理を始める。
だけど、僕の机はいつも片付いているので特にこれと言って掃除も整理する所も無かった。とりあえず、今まで使ってきた僕のノートや教科書は妹が参考書代わりに使うだろうから空き箱に入れて机の脇に置き、今日手渡された卒業証書と推薦状を机の上に置く。
「………………はぁ」
僕は、推薦状を見て小さく溜め息を吐いた。
5年間の成績と素行、そして卒業試験の結果で推薦者を決めていると学長は教えてくれた。
『まさか、本当に僕に推薦状を書いてくれるなんて思わなかったな』
今日僕が卒業した様な学舎は少し大きな街には必ずあり、3~8才の子供は絶対に通う事が義務付けられている。
そして、卒業後はだいたい3通りの道に別れて先へ進む。
何処かに弟子入りして手に職を付ける道、実家の家業を手伝いながら将来そのまま継ぐ道、そして進学の道。
学長からの推薦状で願書を送り、ソイルヴェイユへ入学が認められれば国で一番高度で最新の授業を受ける事が可能。
それに、王宮勤務の役人や騎士になる事を望むならここに入学し上位以上のクラスに在籍し続け卒業をするのが一番早い近道となる。
ちなみにソイルヴェイユは全寮制で、約10年間通う。
ソイルヴェイユ以外の学舎は、10年間通う所も有れば8年間だけの所も有る。
サーヴラーの成人は18才だけど、職種や本人の能力いかんでは16才で成人同等と許される事も有るので、私立の高等学舎は10年と8年の2種類が存在する。
ソイルヴェイユは無理でも、高等学舎へ進学を希望する子供はそちらへ入学をする。だけど、多くは寮が無い所が殆んど。下宿が基本で、学費は大変高い。よって通う者は貴族や豪商等お金にゆとりがある家の子しか通えない。
逆にソイルヴェイユは、将来国を支える文官や武官、魔術使いの育成を主とした国の管理下である為、学費・寮費はまだ安い。
『他に比べたら安いってだけで本当に安い訳じゃないけどね~…』
国花の紅カユラの花で染めた推薦状はほのかにその花の香りを漂わせ、上部に金で国印が押され濃紺のインクで学舎の名前・学長名、そして僕の名前と推薦する旨が書かれていた。かなり上質な紙で作られていて、手触りも優しく透かせば学舎の校章が見える。
それだけ学長推薦とは重要な事なのだろう。ぼんやりと推薦状を眺めていると、兄さんと手を繋いだ妹が部屋に入ってきた。
「兄ちゃ!用意出来たよ♪」
「…うん!今行くよ♪」
引き出しに推薦状を仕舞い、僕は椅子から立ち上がる。
3人でダイニングに入ると、テーブルいっぱいに僕の好物が並べられていた。
「うわ~!美味しそう!!」
「卒業試験の結果、ギドゥカより点が良かったのよ!だからそのお祝いも兼ねてるわ♪」
濡れた手をタオルで拭きながら母さんが笑顔で教えてくれた。
「そうだったの!?」
卒業試験と言っても、点が悪いと卒業出来ない訳では無くて5年間学んだ事の総復習を試験するだけの物。5教科の筆記及び魔術の実技を試験し、結果は先生から保護者へ手渡されるので僕は結果を知らなかった。
「勉強と魔術はまだ勝てると思っていたんだけどなぁ」
兄さんは母さんから手渡された僕の試験結果表を見て感心する。
「僕は兄さんと姉さんが残してくれたノートがあったから試験勉強の結果が良かっただけだよ」
卒業後も勉強を続けている兄さんにまだまだ敵わないと僕は思っている。
「それでも試験結果を上回るんだから凄いよ。頑張ったな❤️」
兄さんは笑いながら僕の頭を撫でてくれた。
僕は、尊敬する兄さんに誉められたから嬉しくて照れてしまう。
そんな中、宿の夕食を作り終えて後を通いの従業員に任せた父さんがダイニングに入ってきた。
「お疲れ様、ガファル♪さあ、全員揃ったわ。みんな、席に着いて♪」
母さんに言われて全員椅子に座る。
そして父さんが全員に飲み物を注ぎ、みんなでカップを手に取り一斉に僕を見る。
「改めて、卒業おめでとう。グヴァイ」
「「「おめでと~!」」」
「めと~!」
父さんの言葉の後に母さん、兄さん、姉さんが続き、妹は相変わらずな言い方をしてみんなを笑わせた。
「ありがとう!」
「さあ!食べましょう♪」
「「「「「いただきま~す!」」」」」
普段は質素倹約を心掛けた食事だけど、お祝い事の時は主役の好物を並べてくれる我が家の食事スタイルが僕は大好きだ。
今夜は全部僕の好物ばかりで、嬉しくて僕はいつも以上に沢山食べてしまった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
コンコン
お風呂から上がった僕は、父さんの書斎のドアをノックした。
「どうぞ」
部屋に入ると、正面の書机で書類に目を通していた父さんが顔を上げる。
「寒くないか?」
「うん、大丈夫」
テルトー村はサーヴラー国の中で北方に位置する為、初夏が近い今の季節でも日が暮れると冷え込む。
でも僕は、綿織物の長袖長ズボンのパジャマの上に姉さんが編んでくれた長袖で裾が足首まであるカーディガンを着ているので暖かい。
父さんの書斎兼執務室は、あまり広くは無いけれど書机の隣に4人が据われるソファセットが置かれ、室内のとても落ち着く雰囲気が僕は好きだ。
「母さんとギドゥカももう少ししたら来るから、それまでそこに座って待っていてくれるか?」
父さんが座る位置から一番近い椅子に座る様に言われて僕は頷く。
「解った」
家族間での大切な相談事は、必ず母さんと兄さん(時に姉さんも)と僕も交えて話し合うと我が家では決めている。
また書類に目を通し始めた父さんの邪魔をしない様に僕は本棚から本を取り出し、それを読みながら2人を待つ事にした。
「お待たせ~」
僕が丁度本を一冊読み終えた頃に、温かいミルクが入ったカップと焼き菓子を乗せたトレーを手に持ちながら母さんが入ってきた。
「チリュカが寝たら、ミトゥルカも来るって」
母さんの後ろから兄さんも入ってきて、僕の隣に座る。
「そうか」
書類から目を離し、それ等を両手でトントンと綺麗に揃え机の脇に置いた父さんは僕に顔を向ける。
「グヴァイ」
「……はい」
「イルツヴェーグへ行っておいで」
「!?」
父さんはそう言いながら優しい眼差しで僕を見つめる。
驚き、母さんの顔を見れば、母さんもにこにこと微笑みながら頷き僕を見ていた。
「グヴァイは、学ぶ事が好きで楽しくて仕方がなくて、いつも真剣に取り組んできていたね。俺も父さん達もその姿をずっと見てきた。学長からの推薦状はそんなグヴァイの姿を何よりも物語っているよね」
優しい笑顔を浮かべる兄さんも、僕の頭を撫でながらそう話す。
「でも……。凄くお金がかかっちゃうよ?」
「金の事なら心配するな!」
ニカッと歯を見せながらワッハッハッ!と父さんは豪快に笑った。
「グヴァイ、あなたは自分の名前の由来って知っていたかしら?」
「……え?」
「あなたの名前だけはね、お父さんのお祖父様が付けて下さったのよ」
お父さんのお祖父様、つまり僕の曾祖父は実は竜人。
今もとても元気に暮らしている。竜人と言ってもクシュマルレミクスと呼ばれる種族で、寿命は200~250年で竜になっても2ミヤ強位にしかならない小型竜。
子供が全員独立後は妻の曾祖母と2人で故郷の森に帰り、気ままな隠居生活を楽しんでいたのだそうだけど、僕が産まれた日に突然ふらりと訪れて僕の顔を一目見て、名を与えてくれたのだそうだ。
「あなたは私達家族の中で一番お祖父様の血と力を強く引き継いでいるそうよ」
普通、遺伝の順番から行けばお祖父ちゃんや父さんの方が曾祖父の血や力を濃く継いでいそうだけど、竜の血と力は他種と交じり合った時、直ぐに子に引き継がれる場合もあるが、大概は隔世遺伝の様に何世代も後になって突如として現れる事が多いのだそうだ。
しかも、たった1人にしか受け継がれない。竜の血を濃く受け継いでいた子には、竜の名を贈るのが竜人族の習わしとなっている。その名は竜の血に引かれた悪しき者から生涯守護する力が秘められているそうだ。
「グヴァイラヤーってね、竜人族の古語で“翔び起つ者”って意味なのだそうよ」
「そして、タルはサーヴラーの古語で“愛しき子”って意味よね♪」
そう笑顔で言いながら姉さんが書斎に入ってきて母さんの隣に腰掛けた。
「俺達はね、グヴァイが生まれて来てからいつかお前はこの村を翔び起って行くだろうって解っていたんだ。だから、遠慮なんてしないで広い世界を見ておいで♪」
僕は、母さんや兄さん達の言葉に目から涙が溢れた。
「……あの、あのね?……ずっと、ずっと怖くて聞けなかったんだ。…ぼ、僕だけ兄さん達と似ていないし、……名前も違うから、僕はみんなと血が繋がっていない拾われっ子なんじゃないかって……っ!」
僕の兄弟はみんな父さん似の薄青い色の髪に背も高く、母さん似の銀色の瞳と肌は小麦色。
だけど、僕だけ髪は濃緑色で瞳は濃い青色。背も8才の頃の兄さんと比べて小柄だし肌は白。
だから、僕はみんなとは血が繋がっていない拾われっ子で推薦状を貰っても進学したいなんて言ったら駄目だと思っていた。と、つっかえつっかえ言葉を溢した。
「そんな事を思っていたの!?」
「……村の誰かに言われたのか?」
目を見張り驚く姉さんと「誰だ、そんな事を言う愚か者は……っ」と静かに怒る兄さんに聞かれるも、僕はもう声が出なくて、無言で頷くしか出来なかった。
止めたいのに涙が止まらない僕を優しく抱き上げ自分の膝に乗せた父さんは、僕の顔を見ながら母さんが用意してくれたタオルで優しく優しく顔を拭ってくれた。
「だから、お前は何処かいつも私達に遠慮をしている態度だったんだな」
「……う、うん」
「安心しなさい!誰が何と言おうとグヴァイは母さんから生まれたわよ♪」
母さんは、少し温くなったミルクを僕に手渡して飲ませてくれた。
「父さんの代わりに無理矢理立ち合わされた俺が証明するぞ」
その日父さんは村の外れが土砂崩れに遇い、復旧作業に追われ産気付いた母さんに付き添えなかったし出産の立ち会いにも間に合わなかったのだ。
おかげで当時8才だった俺は色々と学んで衝撃も受けたよ。と兄さんは苦笑いを見せながら説明する。
「私だって証明出来るわ♪分娩室から看護婦さんに抱っこされて出てきたあなたは、今まで見てきたどの赤ちゃんよりも綺麗だったから感激したのを覚えているわ!」
だから最初、あなたを女の子だと思っていたのよ♪と姉さんが僕の頬に口付けてウィンクをした。
「でも……」
「ん?」
僕が落ち着く様に、ずっと父さんが背中を撫でてくれたのでようやく涙を止める事が出来た。
しゃっくりを上げながら、僕はおずおずと父さんと兄さんを見る。
「ギドゥカ兄さんが、行かなかったのに、……僕が行って、良いの…?」
「当然だろう!」
兄さんは、父さんにそっくりな笑顔で僕に笑いかける。
「俺はたしかに勉強は好きだが、実はそんなに魔術式を扱うのは得意じゃないんだ。それに、学舎に通うより冒険者の話を聞きながら宿を手伝う方がずっと性に合っている♪」
「グヴァイは、イルツヴェーグへ行きたくないのか?」
そう聞いてきた父さんの目をじっと見つめて、僕は首を横に振り小さな声で答えた。
「……行きたい、です」
すると、全員とても嬉しそうに微笑んで代わる代わる僕の頬に口付けをくれる。
「そうと決まれば明日から出発の準備に取り掛かるわよ~!」
姉さんがそう言い、母さんと顔を見合わせて力強く頷き合う。
入学は秋口だけど、向こうでの生活に馴染める様に半月前には入寮しておいた方が良く、そうなると一月半で準備をしないとならない。
それにお金をかけないでイルツヴェーグへ向かうには飛ぶのが最適ではあるが、子供の力では片道1週間は掛かってしまう。道程はどうするか、又誰が付き添うか等も考えなくてはいけないと父さんと兄さんが話し出す。
「そうね。話し合いたい事は沢山あるけれど、でも今夜はもう遅いわ!だから、また明日話し合う事にして寝ましょう♪」
たしかに明日の朝もまた早くから出発する冒険者達を見送らなくてはならない。
「女の寝不足は、美容の大敵なのよ♪」と言う母さんの言葉にみんなで頷き、兄さんと姉さんと僕は書斎を出て、2階の寝室へ向かう。
兄さんと同室の僕は、何故か兄さんに手を引かれて一緒に階段を上がる。
「僕、もう小さい子じゃないよ?」
「俺からしたらまだ小さいよ」
まあ確かに、見た目も兄さんからしたら小さいかも知れないけどさ……。と何となく内心文句を呟きながら不満に思っていると、僕の思った事が解ったのか、兄さんが小さく吹き出す。
「ふふっ♪……俺がグヴァイと手を繋いでいたいんだ。俺よりも8つも下なのに、俺よりも沢山悩んで考えて偉いなぁって思ったんだよ。……だけど、グヴァイ?俺やミトゥルカにもう少し甘えてくれても良いんだぞ?」
今まで謂われない事の所為で俺達に遠慮していたみたいだから、お前が出発する日まで兄ちゃんが目一杯お前を甘やかして可愛がってやるからな♪と兄さんは笑った。
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若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
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