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初めての治癒

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 小鳥のさえずりが聞こえる。

 風が爽やかに俺の体を撫でていくと、草木のざわめきも聞こえた。

 心地よい。

 まだ寝ていたくて寝返りをうつと、体の下に草の感触があった。

 薄目を開けると、すぐ目の前に草が生えていて、その上を蟻がはっていた。

「虫っ!」

 びっくりして飛び起きた。

 服に付いた細かい草やら土やらを払う。

 そして気が付いた。俺、こんな服、持ってたっけ?

 上は、ところどころにカッコいい金の刺繍がされている白いライダースジャケット。のようなもの。

 インナーは、黒いメッシュ素材のTシャツ。のようなもの。

 下は白いデニム。のようなもの。

 あとブーツを履いていた。

 素材の質感と着心地が良く、たぶん高い服なんじゃないかと思う。

 足元にワンショルダーバッグが置いてあった。

 周りは草原で、俺は小川のほとりに立っていた。俺以外、誰もいない。

 それですぐに、俺はボクチンのことを思い出した。

 夢っぽかったけど、たぶん現実なんだと思う。

 転生させてくれるって言ってたけど……。

「赤ちゃんスタートじゃないのかよ」

 まあ赤ちゃんスタートなら、しばらくは母乳や離乳食生活になるだろうし、親の監視の元で何年も育てられるってのは、俺にとってストレスになっていただろう。

「このバッグも俺のってことでいいんだよな」

 バッグを開けると小袋があって、見たことがないコインが沢山入ってた。

 他には携帯食らしきビーフジャーキーのような肉と、固いクッキーのようなパンがいくつか。それと空の水筒。

「これだけ?」

 周りを見ても、どっちに行けばいいのか分からない。

 俺、遭難してないか?

 どうしたものかと途方に暮れていると、ピロンと音がして、目の前に黒いウィンドウが現れた。

「あっ、えっ!? ステータスウィンドウだ!」

 ということは、何? 俺が転生した先はファンタジーな異世界ってことでいいのか?

 あー、そういえばボクチンが、治癒師がどうとか言ってた気がする。

【ステータスの確認】

 ウィンドウには、そう表示されていた。

 タッチすればいいのか?

 俺はウィンドウにタッチしてみた。カツンと硬い感触があった。

【コイヤー・カカツテ】

【治癒師:レベル1】

【スキル:クリーン:あらゆるものを無害化する浄化魔法】

【スキル:ヒール:あらゆる状態異常を正常に戻す回復促進魔法】

「魔法が使えるってか!」

 俺はテンションが上った。

 名前が勝手にコイヤー・カカツテになっているのが気になったが、あとで変更できるだろと思って、俺はとりあえず魔法を試すことにした。

 いま試すなら、クリーンだろう。

 俺は空の水筒をバッグから取り出した。

 小川に駆け寄って水を汲む。わざと不純物が入るようにした。

 水筒の中を覗き込むと、細かい何かがふよふよと漂っていた。

 よし。

「えーっと、どうすりゃいいんだ?」

 水筒の中に意識を集中して「クリーン」と言ってみた。ちょっと恥ずかしかった。

 水筒の中からジュワッと音がした。

 えっ、と思って水筒の中を見たら、何も漂っていない綺麗な水が入っていた。

「うおーっ、すげえ!!」

 でもこれ、本当に飲める水になっているんだろうか。ちょっと怖くてまだ飲めないな。

 とりあえず水筒をバッグにしまった。

 ひとまずここがファンタジーな世界だということは分かった。そうなると、モンスターもいるのだろう。

 見上げると太陽が一つあった。もし地球と同じ朝と夜の周期があるのなら、夜になる前に人がいる場所に避難した方がいい。

 俺は川の流れを見て、下流に向かうことにした。

 もし海に出られたら、漁村ぐらいはあるかなという安易な考えだった。



 三十分ほど歩いただろうか。時計がないから分からない。

 景色があまり変わらなくて、だんだん不安になってきた。

 上流か下流かの選択が、もしかして生死を分ける選択だったのではなかろうか。

 いや、たぶん、本当に生死を分けるんだと思う。

 かと言って、今さら引き返せない。俺は行くしかないんだ。

 喉が乾いてきたけど、さっきの水を飲む勇気はまだない。

 火起こしして煮沸できればいいんだけど、そもそも火起こしなんてしたことがない。

 火起こしに時間がかかって、日が暮れてしまったなんてのも避けたい。

「もしかして俺って詰んでる?」

 俺が軽い絶望を感じ始めていたその時、前方の茂みがガサガサと音を立てた。

 俺はすぐに姿勢を低くして息を止めた。

 マジか。野生の動物だったらマズイぞ。俺に戦えるか……!?

 心臓が早鐘のように打っている。

 様子を見ていると、少しして茂みの中から「いたいっ」という女の子の声が聞こえた。

 人がいる!

 俺はすぐに立ち上がって茂みに向かって走った。

「誰かっ、いるのか!?」

 茂みをかき分けると、四つん這いになっている女の子がいた。

「きゃーっ!!」

 女の子は、俺を見るや悲鳴を上げた。

「ちょっ、アホか! 静かにしろ!」

 近くにどんな動物が潜んでるか分からんのに。

 しかしその女の子は急に静かになって、俺の顔をまじまじと覗き込んだ。

「白馬の、王子……様?」

「なんでだよ!」

 白馬いねえだろ。

「俺は通りすがりの、その、旅人だよ。声がしたから来たんだよ」

 女の子はパッと顔を赤らめて下を向いた。

「あっ、ごめんなさい。その……、うっ、痛っ」

 女の子は左脚をおさえた。

 見ると、ふくらはぎがサックリ切れていて血が流れている。

 側には鋭利に研がれた木の破片が落ちていた。

「おいおい、大丈夫かよ! なんだこれ、どうしたんだ!?」

「獲物用の罠にかかってしまいました。ああもう……私ってば本当にドジだ……」

 悔しさからか、痛みに耐えてなのか、女の子は土を爪でえぐった。

「よし、じっとしてろ」

 女の子の年齢は十代後半ってところだろうか。見た目は普通の人間だ。

 西洋の町娘といった感じの服装で、スカートを履いていた。

 こんな格好で一人でいるということは、きっと家が近いに違いない。

 俺は助けることにした。女の子の足元にしゃがみ込む。

「あ、あの……」

「大丈夫、俺は治癒師だ」

 大丈夫かどうかは自信がなかったが、やるしかない。

 傷口をよく見ると、土で少し汚れていた。罠に付いていたものだろうか。それとも女の子が痛みで暴れたか。

 俺は閃いた。

 傷口に集中する。

「クリーン」

 ジュワッと音がして、傷口まわりの汚れが一瞬で綺麗になった。

 それと同時に、四つん這いになっていた女の子の腰がビクンと上がった。

「あっ……な……に……?」

「うまくいった。傷口を綺麗にしたんだ。ばい菌が入ると大変だからね」

 よし、クリーンの効果は間違いなさそうだ。あとで水筒の水を飲もう!

 さて、お次は傷が治せるかどうかだ。

「傷を治すけど、少し痛むかもしれない。我慢してくれな」

「は、はい……」

 女の子の腰が小刻みに震えていた。痛むのだろうか。早く治してあげなくては。

 俺はもう一度、傷口に集中した。

「ヒール」

 俺の手がじんわりと温かくなった。

 あ、これ、手を当てて使う魔法なのか。

 俺は傷口を温かくなった手で覆った。

「んっ、ぐっ」

 女の子が声を押し殺している。

 すまない、傷に直接触っているから痛いんだろう。

 どれぐらい魔法をかければいいのか分からない。

 ここは出し惜しみせずにかけ続けた方がいいだろう。

「ヒール。ヒール。ヒール」

「あっ、ひっ、あっ」

 女の子は腰を跳ね上げて震わせた。スカート越しにぶるんと揺れる尻肉がいやらしかった。

 手を離してみると、驚いたことに傷がほとんど消えていた。

 すごいぞ治癒魔法!

 だけど、まだうっすらと傷跡が見えていた。その傷跡を指でなぞる。

「あぁっ、やっ、め……」

 女の子は上体だけ地面に突っ伏して、お尻を突き出した格好になった。

「まだ痛むか」

「ち、がっ……」

「任せろ。傷跡も絶対に消してやる」

 俺は傷跡を優しく撫でながらヒールを唱えた。

「あっ。いや、あぁ」

 最初は気づかなかったが、見れば右足の方にも細かい傷がいくつも付いていた。

 倒れた拍子に切ったのか。

 俺は右足に向かって「クリーン」と唱えた。

 女の子の腰ががくんと揺れて、股間のあたりから雫がぽたりと地面に落ちた。

「?」

「ま、まってっ……。で、でちゃ、う」

「?」

 俺は両ふくらはぎに手を添えて「ヒール」と唱えた。

「あっ! あっ! それっ、すごっいっ!」

 女の子は突然、足を先までピーンと伸ばすと全身を震わせた。

 そして股間からぴしゃぴしゃと透明の液体を垂らすと、完全に地面に突っ伏して痙攣を続けた。

「お、おいおい。そんなに痛かった?」

 痛すぎて失禁したのか? やべえ魔法だな、これ。

 とりあえず色々と見て見ぬふりをして、俺は女の子を起こした。

 ちょっとおかしかったのは、起こすときに女の子が恍惚とした表情で俺に顔を近づけてきたことだった。

 あわや唇が重なるかというところで俺は避けて、女の子をぎゅっと抱きしめた。

「よく頑張った。もう大丈夫だよ」

 女の子の首筋から汗の匂いがする。俺は、この匂いは好きだった。

「さてと」なぜか強い力で俺にしがみつく女の子を引き剥がした。「頼みがあるんだ」

 女の子は残念そうに俺を上目遣いで見ている。

「このあたりで泊まれる宿はないか?」

 お金はたぶん、足りると思うんだ。

 すると女の子はパッと明るい表情になって手を叩いた。

「あっ、じゃあ、うちに泊まりませんか? この近くなんです!」
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