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クライアントは神様です!
死地最寄の村
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ソニンが現場最寄りの村に着いたのは夕方を少し過ぎてからだった。
ギルド長のウィルに突き放されたときは、わけが分からなくなって耐えられず事務所内で吐いてしまった。
自分は死ぬのだろうか。いやしかし絶対に死ぬようなクエストをギルドが課してくるとも思えない。思いたくなかった。そんなのはブラック以前の問題だ。だが何度クエスト票を確認しても、希望の光が一筋も差してこないのだ。
「可能性があるとしたら、卵を守るドラゴンが不在ということだけ、か」
そんな可能性はゼロだった。
ケイブ・ドラゴン。洞窟に好んで棲み着く中型のドラゴンだ。主に群れで生息し、知能が高い。この知能の高さが厄介で、同族の弱い個体を群れで守る行動がよく確認されている。
ケイブ・ドラゴン絡みのクエストは、基本的には討伐系がメインだ。だがその際、絶対に巣を襲ってはいけないとされている。巣を中心に守りに入ったケイブ・ドラゴンは死物狂いで抵抗してくる。ケイブ・ドラゴンの幼体や卵を守るためだ。
「どうやって秘密裏に卵を奪うんだよぉ……」
その方法はもちろんクエスト票に記載されていた。恐ろしく強引な手段だった。
支給された特殊な矢は持ってきた。できれば使いたくないが、使わなければクエストの成功はない。
目眩がしてきた。また吐きたい。
「おいおい、どうしたよ。今にも死にそうな顔してるじゃねえか」
ソニンが吐く場所を探していると、横から見知らぬ戦士系の男が声をかけてきた。
「死にそうじゃなくて死ぬんですよ」
ソニンは聞こえないように呟くと、吐き気を無理やり抑えて男を観察した。
体格は筋肉隆々でがっしりとしているが、身につけているのはチェインメイルだった。背中にはかなり重そうな大剣を背負っている。体格に似合わず機動力を確保しながらも、武器は大火力。今回のクエストでケイブ・ドラゴンとやり合うならこういう装備だろうとソニンは思った。だがそれも開けた場所での話だ。
「"ドラゴンスレイヤーズ"の方ですね。ソニンです。明日はよろしくお願いします」
ソニンは頭を下げた。
「ああ、よろしく、ディックだ。あんたが来ないって"アトラス"の他の奴らが真っ青になって慌ててたぜ」
ソニンは下を向いて小さく首を振った。
「大丈夫です」
大丈夫ではなかったが、今のディックの言葉で他のメンバーの不安をソニンは認識した。
ソニンは逃げ出したかったが、もし本当に逃げれば残されたメンバーが危険になる。クエストの中止なんて考えられなかった。クエストは強行され、ソニン以外の誰かが死に追いやられるのだ。
「そんなに心配しなさんな。ドラゴンは俺たちが抑えてやっから」
明日のクエストはケイブ・ドラゴンが活発に活動する時間帯に行われる。多くのケイブ・ドラゴンが狩りに出ている隙に"アトラス"が洞窟に侵入。"ドラゴンスレイヤーズ"は入り口で待機して、戻ってきたケイブ・ドラゴンの侵入を阻む。中で何が行われるのか"ドラゴンスレイヤーズ"は知らない。
「ありがとうございます。ちょっと、準備に手間取ってしまって、それで遅れたんです。他のみんなにもこれから謝りに行きます」
「"アトラス"ってあれだろ? あの超ブラックなところだろ? 若いんだから、このクエストが終わったら辞めちまえそんなとこ」
ディックはガハハと笑うと、もう一度「そんなに心配しなさんな」と言って立ち去った。
ソニンが宿に着くと"アトラス"のメンバーがほっと胸を撫で下ろしていた。それと同時にソニンが決めた覚悟を理解して、誰も言葉をかけることができなかった。
ソニンは一言だけ「遅れてすみませんでした」と謝って自分の部屋に入った。
明日は失敗が許されない。チャンスが少しでもあれば、それを活かして生還したい。そのためにも装備のチェックは念入りにしようと思った。
荷物を整理していると一緒に遺書も出てきた。ソニンが冒険者になると決めたとき、親に書かされたものだ。所属したギルドが"アトラス"だからではない。冒険者とは常にそういうものだからだ。
冷静なときに書いて封をしたものなので、なんて書いたのかよく覚えていない。かと言って今書き直そうと思っても、感情が複雑すぎて単純な言葉しか思いつかなかった。
「本当は『ありがとう』と『ごめんなさい』だけでいいのかもね」
遺書は荷物の上に置いた。
その夜は全く眠れなかった。ずっとクエストのことばかり考えて、もしかしたら見落としがあるかもと何度もクエスト票を読み返した。当然、何も見落としはなかった。
家族の声が聞きたかった。友達にも会いたかった。しかし、もし生きて帰れたら、とは一度も考えなかった。
明け方近くになり、どうしてこんな事になったのかとようやく考え始めたところで、短く深い眠りに落ちた。
はっと目が覚めたとき、自分が寝ていたのかそれとも目を閉じていただけなのか分からなかった。かなり短い間だけしか眠れていないのは間違いない。
「ああもう……やっちゃった」
こんなコンディションでは生存確率が下がってしまう。超初歩的なミスだ。
自己嫌悪を覚えながら、せめて食事はしっかり取ろうと食堂に向かった。
「……えっ」
食堂にイーヴァルがいた。
ギルド長のウィルに突き放されたときは、わけが分からなくなって耐えられず事務所内で吐いてしまった。
自分は死ぬのだろうか。いやしかし絶対に死ぬようなクエストをギルドが課してくるとも思えない。思いたくなかった。そんなのはブラック以前の問題だ。だが何度クエスト票を確認しても、希望の光が一筋も差してこないのだ。
「可能性があるとしたら、卵を守るドラゴンが不在ということだけ、か」
そんな可能性はゼロだった。
ケイブ・ドラゴン。洞窟に好んで棲み着く中型のドラゴンだ。主に群れで生息し、知能が高い。この知能の高さが厄介で、同族の弱い個体を群れで守る行動がよく確認されている。
ケイブ・ドラゴン絡みのクエストは、基本的には討伐系がメインだ。だがその際、絶対に巣を襲ってはいけないとされている。巣を中心に守りに入ったケイブ・ドラゴンは死物狂いで抵抗してくる。ケイブ・ドラゴンの幼体や卵を守るためだ。
「どうやって秘密裏に卵を奪うんだよぉ……」
その方法はもちろんクエスト票に記載されていた。恐ろしく強引な手段だった。
支給された特殊な矢は持ってきた。できれば使いたくないが、使わなければクエストの成功はない。
目眩がしてきた。また吐きたい。
「おいおい、どうしたよ。今にも死にそうな顔してるじゃねえか」
ソニンが吐く場所を探していると、横から見知らぬ戦士系の男が声をかけてきた。
「死にそうじゃなくて死ぬんですよ」
ソニンは聞こえないように呟くと、吐き気を無理やり抑えて男を観察した。
体格は筋肉隆々でがっしりとしているが、身につけているのはチェインメイルだった。背中にはかなり重そうな大剣を背負っている。体格に似合わず機動力を確保しながらも、武器は大火力。今回のクエストでケイブ・ドラゴンとやり合うならこういう装備だろうとソニンは思った。だがそれも開けた場所での話だ。
「"ドラゴンスレイヤーズ"の方ですね。ソニンです。明日はよろしくお願いします」
ソニンは頭を下げた。
「ああ、よろしく、ディックだ。あんたが来ないって"アトラス"の他の奴らが真っ青になって慌ててたぜ」
ソニンは下を向いて小さく首を振った。
「大丈夫です」
大丈夫ではなかったが、今のディックの言葉で他のメンバーの不安をソニンは認識した。
ソニンは逃げ出したかったが、もし本当に逃げれば残されたメンバーが危険になる。クエストの中止なんて考えられなかった。クエストは強行され、ソニン以外の誰かが死に追いやられるのだ。
「そんなに心配しなさんな。ドラゴンは俺たちが抑えてやっから」
明日のクエストはケイブ・ドラゴンが活発に活動する時間帯に行われる。多くのケイブ・ドラゴンが狩りに出ている隙に"アトラス"が洞窟に侵入。"ドラゴンスレイヤーズ"は入り口で待機して、戻ってきたケイブ・ドラゴンの侵入を阻む。中で何が行われるのか"ドラゴンスレイヤーズ"は知らない。
「ありがとうございます。ちょっと、準備に手間取ってしまって、それで遅れたんです。他のみんなにもこれから謝りに行きます」
「"アトラス"ってあれだろ? あの超ブラックなところだろ? 若いんだから、このクエストが終わったら辞めちまえそんなとこ」
ディックはガハハと笑うと、もう一度「そんなに心配しなさんな」と言って立ち去った。
ソニンが宿に着くと"アトラス"のメンバーがほっと胸を撫で下ろしていた。それと同時にソニンが決めた覚悟を理解して、誰も言葉をかけることができなかった。
ソニンは一言だけ「遅れてすみませんでした」と謝って自分の部屋に入った。
明日は失敗が許されない。チャンスが少しでもあれば、それを活かして生還したい。そのためにも装備のチェックは念入りにしようと思った。
荷物を整理していると一緒に遺書も出てきた。ソニンが冒険者になると決めたとき、親に書かされたものだ。所属したギルドが"アトラス"だからではない。冒険者とは常にそういうものだからだ。
冷静なときに書いて封をしたものなので、なんて書いたのかよく覚えていない。かと言って今書き直そうと思っても、感情が複雑すぎて単純な言葉しか思いつかなかった。
「本当は『ありがとう』と『ごめんなさい』だけでいいのかもね」
遺書は荷物の上に置いた。
その夜は全く眠れなかった。ずっとクエストのことばかり考えて、もしかしたら見落としがあるかもと何度もクエスト票を読み返した。当然、何も見落としはなかった。
家族の声が聞きたかった。友達にも会いたかった。しかし、もし生きて帰れたら、とは一度も考えなかった。
明け方近くになり、どうしてこんな事になったのかとようやく考え始めたところで、短く深い眠りに落ちた。
はっと目が覚めたとき、自分が寝ていたのかそれとも目を閉じていただけなのか分からなかった。かなり短い間だけしか眠れていないのは間違いない。
「ああもう……やっちゃった」
こんなコンディションでは生存確率が下がってしまう。超初歩的なミスだ。
自己嫌悪を覚えながら、せめて食事はしっかり取ろうと食堂に向かった。
「……えっ」
食堂にイーヴァルがいた。
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