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第二章
④二十年前の事件とは
しおりを挟む七月
天文部では、私の講義の他に、生徒同士のディスカッションや、ゲストを招いての講演、研究所からの調査・報告会などを行っている。
講演では九回目を生きる人を招き、こちらからはテーマを指定せず皆の前で自由に話をしてもらう。
講演者は学園内部からも、外部からも選んでいる。色々な人の話を聞くことで、部員の思考が偏らないようにという意図があった。
学園内の教諭、職員は、他の学校に比べたら九回目の人がとても多い為、講義をしてもらう人選には事欠かない。
本日の講演は、美智雄の番だ。
「皆さん、こんにちは。昨年度までこの部の顧問だった花睡美智雄です」
流石に慣れた雰囲気だ。
「天文部には 「九回目を豊かに過ごすことにこそ、魂の意味がある。豊かに過ごすとは、人の役に立つことである」という教えが伝統的にあります。私には賛同しかねる部分もありますが概ね……」
美智雄が話し始めたところで、敦貴がいきなり「はい」と手を挙げその場に立ち上がった。美智雄はジロリと敦貴を睨み牽制したが、敦貴はそのまま無作法に発言をした。
「二十年前、高校生が背中を刺され死ぬという殺人が多発した年があったと聞きました。日本だけでも一年で三十人以上が亡くなったと。そのうち二人はこの学園内で殺されたそうですね」
私も美智雄も突然の話題に驚いた。天文部の部員たちだって、ほとんどは知らない事件だろう。あんな大きな事件だったけれど、報道、警察、政界、どの組織にもいる九回目の人たちが、できるだけ話題にならぬよう働きかけ、皆が忘れる方向へ導いたのだから。
「その事件について調べました。殺された高校生は、全て八回目で残りが六十年以下の人だった。違いますか?まぁここで副理事が「はいそうです」とは立場上言えないかもしれないけど。でも、もしもそうだと仮定した場合、副理事はどう思いますか?」
美智雄が答えようとする前に、私が「敦貴」と彼を窘めた。人の講演の邪魔をしたことを、謝るように促す。しかし美智雄は「柚木先生、構いませんよ」と話を始めた。
「私はその事件の真相を詳しくは知りません。その頃私はこの学園に在籍していましたが、詳しい情報を得る立場にいませんでしたから。でももし、もしもそれが八回目の人に対して意図的に行われた殺人だった場合。当時は「それこそが正義だ。そうするべきだ」と思っていた人たちが極少数ですが、いたのでしょう」
この天文部ですら、この事件はタブーとされていた。美智雄は長年、タブー視するのはよくないと、一緒にワインを飲んだりした際に愚痴っていた。
「魂は必ず九回を生きるのです。では八回目の十八才の時点で残りが六十年だったらどうでしょう。七十才で死んだら、次の栄えある九回目は八才で死にます。能力が開花する前です。だから「十八才で八回目を終わりにし、次の九回目を六十年生きた方が幸せだ」と考える人たちがいたのでしょう。何しろ九回目は、一回目から八回目に蓄積された深みをふまえて過ごすことができるのだから。勉強でも、事業でも、思慮深くこなすことができ成功できるのだから。また、九回目の人は皆、人の役に立ちたい気持ちが強い傾向を持っています。だから九回目を長く生きる人が多い程、世の中の為になると、考える人もいたのでしょう」
部員皆が、納得いかない顔をして、話を聞いている。この話を聞いて同調するような子たちでなくよかった。私は密かに胸を撫でおろす。
「私は、その考えを強く非難します。もう二度とそんなことが起きない世の中になるよう私にできることをしていきたい」
美智雄はきっぱりと言い切って、部員たちを見渡した。
当時、私も美智雄も天文部に所属していたから、その年の冬休み前に、世の中にそういう動きがあったことを、当時の顧問の黒部先生から聞いていた。
黒部先生は「その考えは間違っている」と私たちに、丁寧に熱心に繰り返し話してくれた。
そして周りにいる残り年数が少ない八回目のことを気にかけてあげてほしいと訴え、学園内の対象者リストも配布してくれた。光夜も、彼と親しかった和登の名前も、そこにあった。
それでも、こんな閉鎖された森の中にいる私たちにとって、それは遠い世界の話だとしか、思っていなかった……。
「柚木先生はどう思っていますか?」
敦貴は私の発言も促す。
「私は……。私は、天文部の活動と矛盾するかもしれませんが、そもそも自分の人生が何回目であるか、ということに囚われないで生きてほしいと思っています。少し前の時代に最終回の人生を生きた人々は、誰に学ぶでもなく自然の摂理としてその宿命を感じ、皆のリーダーになり、手本になり、自分が得た知識、考え方を後世に伝えて死んでいったのです。魂は九回の人生を生き、寿命は四百十八年という数字が研究により確定したからこそ、あの時の事件が起きました。天文部の顧問として私は君たちに、回数にそして年数に縛られず、自由に正しく生きてほしいと思っています」
敦貴は美智雄と私に深々と頭を下げ「邪魔して申し訳ありませんでした。ありがとうございました」と言い席に座った。
*
なぜか今年度に入って、光夜を思い出す機会がグッと増えた。今までだって忘れたことはないけれど、できるだけ表面的な思い出に触れるのみでいようと、自分を制御していたのに。
ただでさえ寝つきの悪い私が、睡眠を妨げる思考に傾かない為に、自己防衛でそうしていたのに。
光夜が恋しくて恋しくて堪らなくて寝付けない夜。自慰をする気力もないし、犬のクロウもいない。猫のコウは温室が好きで部屋までは来てくれない。
だからやっぱり、余計なことは考えないよう、自分の思考を抑制せねばならない。
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