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第三章
盗み聞きで。
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吉野に「年末はどうするの?」と聞いたら「別に何もしません。この家でゆっくりさせてもらいます」と言う。クリスマスも吉野にはあまり関係なかったようで、ケーキもチキンも、食卓には並ばなかった。
「実家には帰らないの?」
「実家と呼べる場所はもうないし、家族もいません。どうぞお気遣いなく」
「じゃあさ、一緒に僕の実家に行こうよ」
勢いで誘ってしまった。実家の正月は毎年賑やかで、父の仕事関係、多数の親戚、家族の友人知人、多くの人が出入りするし泊まっている。実際、吉野が一人増えても、料理の準備に差はないだろう。
吉野にそのことを話すと「お兄さんたちは?」と聞かれた。
「一彦兄さんは婚約者の家に行くんだって。怜二兄さんはスノボ。弟の四郎は予備校じゃないかな」
僕の返答にしばらく考え込んでいたから「レンタカーを借りて吉野の運転で行きたい」と背中を押す。吉野は長距離の運転が好きだから。「お兄さん達がいないなら、伺わせてもらいましょうか」と了承してくれた。
大晦日。紅白が始まる時間から宴会が始まって、吉野もその中に混じっている。父の仕事関係だろう知らないおじさんたちと、吉野は酒を酌み交わし、楽しそうに美味しそうに料理をつついていた。僕は、高校の同級生からメッセージが届き「初詣行こうぜ」と誘われた。広間に吉野の様子を見に行くと、大晦日らしく蕎麦を食べ、知らないおじさんたちと、まだ盛り上がっている。だから吉野に「僕、初詣に行ってくるね」と、耳打ちして家を出た。懐かしいメンバーで集まり、除夜の鐘を聴く。年が明ければ大混雑の神社に行列し参拝した。更に二十四時間営業のファミレスで、ダラダラと内容のない会話を初日の出が昇るまで続ける。会話が誰かの悲恋の話に傾けば、さりげなく違う話題に誘導することにも、成功した。
日の出とともに解散し家に帰ると、母や親戚のおばさんたちはもう台所に立って雑煮を作っている。母に吉野を起こしてくるよう言われ、僕の部屋で布団を敷いて眠っている執事の様子を見に行く。
「吉野、おはよう。雑煮、食べるでしょ?」
布団の上から身体を揺すって声を掛ければ、もぞもぞと動き出し目を覚ました。
「あぁ、郁三さま。明けましておめでとうございます」
「おめでとうございます、吉野」
「今、帰ったのですか?徹夜?若いですね」
「うん、さすがに眠い。雑煮食べたら風呂に入って寝るよ」
こんなに沢山の人が泊まっていたのかと驚く程、ぞろぞろと広間に皆が集まり、父さんが挨拶をして、揃って雑煮を食べた。食べている途中から眠くなってウトウトしてしまい、隣に座る吉野に笑われる。
「郁三さまの部屋にあるスポーツ漫画、あとで読んでもいいですか?」
「吉野、少年漫画なんて読むの?」
「自分の興味がない漫画を読むのって、人の家に泊まりに来た醍醐味じゃないですか」
美味しそうに雑煮を食べる吉野は正月の行事を楽しんでいるように見え一緒に来てよかったと思えた。シャワーを浴び、自室に戻ってベッドに入り、僕はいつの間にか眠っていた……。
夢なのか現実なのか、ボソボソとした声が耳に入ってくる。
「ちょっと今、いいか」
「……。正月は留守にしてるんじゃなかったのか?」
「雪矢が来てるって、父さんに聞いたから、寄ったんだ……郁三は?」
「昨晩、徹夜で遊びに行って、さっき寝た」
「父さんに聞いたよ。東京で、郁三の様子を時々見に行ってくれてるんだって?」
「あぁまぁ。そんなところだ」
「まさかオマエら二人が、顔見知りになってるなんてな」
ドアが閉まって、誰かが部屋に入ってくる気配がある。吉野は僕が眠る時、部屋の炬燵で漫画を読み始めたところだったはず。誰が入ってきたのかとても気になったが、僕の中ではまだ眠気が勝っていて再び微睡んだ。次に意識が浮上したのは「はぁ」と甘ったるい吐息が聞こえた時だ。
「ゆ、ゆきや……あっ」
チュッチュッというリップ音も耳に入る。
「なぁ、もっと。なぁ、ゆきや……。キスだけじゃなくて……そこだけじゃなくて……」
布がこすれる音がする。
「いちひこ、脱いで」
吉野の声だ。相手は一彦兄さん?
「い、郁三が、起きちまう……」
「じゃ、ここでやめるか、いちひこ」
僕は掛布団を握りしめ、ギュっと目を閉じ、寝たふりを続ける。
「あっ、んぁっ」
「結婚するだって、いちひこ?おめでとう」
「ゆ、ゆきや……あっ」
「いちひこ、元々、女の子好きだし、元に戻れて、よかったよ」
「あっ、そこ、触んな、あっ」
「でも、どうするんだ?乳首とか。こんな風に、奥さんは触ってくれないだろ?」
「ゆ、ゆきやじゃなきゃ……触ってほしい、なんて、思わねぇんだよっ、あっ」
「ふーん」
「最後だから、これで。挿れられる側で、セックスすんのは、もう……最後だから。き、きもちよく、してくれよ、なぁ。あっ」
「そんな、センチメンタルな感情に、正月から付き合わせるのか。この俺を。しかも弟が寝てる部屋で。なぁ、いちひこ」
僕と接する時よりも強い口調で話す吉野と、大好きな兄さんの甘く掠れた声。嫌悪感よりも、盗み聞きの興奮が上回って、心臓がバクバクと高鳴ってどうしようもない。ピチャピチャという水音がして、吉野が兄さんの乳首を舐めているところが容易に想像できたから僕の股間まで勃ちそうになる。我慢できなくなった僕は、二人に見つからぬよう、ゆっくりと薄目を開けた。僕の眠るベッドからでは、炬燵の天板と吉野が積み上げた漫画本が邪魔して、その向こうで寝転ぶ二人の姿は見えない。けれど、だらしなく脱ぎ散らかされたセーターやシャツが見えた……。
「風呂場で準備してきたから、ゆきや。……もう挿れて大丈夫だから、なっ、挿れろっ」
「いちひこっ。これで、本当に最後?そうだよな。うん、最後。これで、おしまい」
僕は混乱する頭で吉野と兄さんに、いつどこでどんな接点があったのだろう?と考える。一体、二人はどんな関係なのだろうと。
「気持ちよく、してやるから」
兄さんは快楽に負けて、僕がこの部屋にいることなんて忘れてしまっているのだろう。でも吉野は、ひょっとすると僕に聞かれてもいいと、思っているのかもしれない……。そこから先、二人に会話は無かった。ただただ、一彦兄さんの「あっあっ」と喘ぐ声と、吉野の「はぁはぁ」と乱れた呼吸と、肌と肌がぶつかり合う音と、グチュグチュという卑猥な想像を掻き立てるものだけが聞こえていた。兄さんが気持ちよさそうに絶頂に達した時、僕は嫉妬心を感じた。
しばらくし、二人が服を着ているのが、布の擦れる音で分かった。
「いちひこ、幸せになれ」
吉野は涙声だった。薄目を開けると、立ち上がった二人がハグしているのが見え、慌ててまた目を閉じた。兄さんの声は聞こえないまま、ドアの開く音がしパタンと閉まった。
僕は寝たふりを続けた。それから一時間程経っただろうか。白々しくモゾモゾ動いて、ふぁーと欠伸をして、たった今、目を覚ましたってフリをして、上半身を起こした。吉野は炬燵に入り、漫画を開いていたが、まだ一巻のままだった。
「あぁよく寝た。吉野ずっとそこにいたの?全然気が付かなかったよ」と伝えれば「よく眠れたならよかったです」と言ってくれた。そして「おかしな夢を見たのなら、それを忘れる為に、まじないでもしてあげましょうか?」と真面目な顔をして僕に言った。
元旦の夜はまた宴会だったが、その宴に一彦兄さんはいなかった。酔った父が「そうだ郁三、面白いものがあるぞ」と結婚式場のパンフレットを取り出した。
「ほらこれ、吉野くんだ。数年前だが、モデルが病欠で、カメラマンと知り合いだった吉野くんが急遽来てくれて」
吉野は僕からしたら見慣れたタキシード姿で、そこに写っていた。
「うちの衣装レンタルの仕事だ。あの時の担当は一彦だったな。吉野くんの写真、好評だったのにもうやってくれんのか?」
父の問いに吉野は「二度とやりません」と断言した。
「実家には帰らないの?」
「実家と呼べる場所はもうないし、家族もいません。どうぞお気遣いなく」
「じゃあさ、一緒に僕の実家に行こうよ」
勢いで誘ってしまった。実家の正月は毎年賑やかで、父の仕事関係、多数の親戚、家族の友人知人、多くの人が出入りするし泊まっている。実際、吉野が一人増えても、料理の準備に差はないだろう。
吉野にそのことを話すと「お兄さんたちは?」と聞かれた。
「一彦兄さんは婚約者の家に行くんだって。怜二兄さんはスノボ。弟の四郎は予備校じゃないかな」
僕の返答にしばらく考え込んでいたから「レンタカーを借りて吉野の運転で行きたい」と背中を押す。吉野は長距離の運転が好きだから。「お兄さん達がいないなら、伺わせてもらいましょうか」と了承してくれた。
大晦日。紅白が始まる時間から宴会が始まって、吉野もその中に混じっている。父の仕事関係だろう知らないおじさんたちと、吉野は酒を酌み交わし、楽しそうに美味しそうに料理をつついていた。僕は、高校の同級生からメッセージが届き「初詣行こうぜ」と誘われた。広間に吉野の様子を見に行くと、大晦日らしく蕎麦を食べ、知らないおじさんたちと、まだ盛り上がっている。だから吉野に「僕、初詣に行ってくるね」と、耳打ちして家を出た。懐かしいメンバーで集まり、除夜の鐘を聴く。年が明ければ大混雑の神社に行列し参拝した。更に二十四時間営業のファミレスで、ダラダラと内容のない会話を初日の出が昇るまで続ける。会話が誰かの悲恋の話に傾けば、さりげなく違う話題に誘導することにも、成功した。
日の出とともに解散し家に帰ると、母や親戚のおばさんたちはもう台所に立って雑煮を作っている。母に吉野を起こしてくるよう言われ、僕の部屋で布団を敷いて眠っている執事の様子を見に行く。
「吉野、おはよう。雑煮、食べるでしょ?」
布団の上から身体を揺すって声を掛ければ、もぞもぞと動き出し目を覚ました。
「あぁ、郁三さま。明けましておめでとうございます」
「おめでとうございます、吉野」
「今、帰ったのですか?徹夜?若いですね」
「うん、さすがに眠い。雑煮食べたら風呂に入って寝るよ」
こんなに沢山の人が泊まっていたのかと驚く程、ぞろぞろと広間に皆が集まり、父さんが挨拶をして、揃って雑煮を食べた。食べている途中から眠くなってウトウトしてしまい、隣に座る吉野に笑われる。
「郁三さまの部屋にあるスポーツ漫画、あとで読んでもいいですか?」
「吉野、少年漫画なんて読むの?」
「自分の興味がない漫画を読むのって、人の家に泊まりに来た醍醐味じゃないですか」
美味しそうに雑煮を食べる吉野は正月の行事を楽しんでいるように見え一緒に来てよかったと思えた。シャワーを浴び、自室に戻ってベッドに入り、僕はいつの間にか眠っていた……。
夢なのか現実なのか、ボソボソとした声が耳に入ってくる。
「ちょっと今、いいか」
「……。正月は留守にしてるんじゃなかったのか?」
「雪矢が来てるって、父さんに聞いたから、寄ったんだ……郁三は?」
「昨晩、徹夜で遊びに行って、さっき寝た」
「父さんに聞いたよ。東京で、郁三の様子を時々見に行ってくれてるんだって?」
「あぁまぁ。そんなところだ」
「まさかオマエら二人が、顔見知りになってるなんてな」
ドアが閉まって、誰かが部屋に入ってくる気配がある。吉野は僕が眠る時、部屋の炬燵で漫画を読み始めたところだったはず。誰が入ってきたのかとても気になったが、僕の中ではまだ眠気が勝っていて再び微睡んだ。次に意識が浮上したのは「はぁ」と甘ったるい吐息が聞こえた時だ。
「ゆ、ゆきや……あっ」
チュッチュッというリップ音も耳に入る。
「なぁ、もっと。なぁ、ゆきや……。キスだけじゃなくて……そこだけじゃなくて……」
布がこすれる音がする。
「いちひこ、脱いで」
吉野の声だ。相手は一彦兄さん?
「い、郁三が、起きちまう……」
「じゃ、ここでやめるか、いちひこ」
僕は掛布団を握りしめ、ギュっと目を閉じ、寝たふりを続ける。
「あっ、んぁっ」
「結婚するだって、いちひこ?おめでとう」
「ゆ、ゆきや……あっ」
「いちひこ、元々、女の子好きだし、元に戻れて、よかったよ」
「あっ、そこ、触んな、あっ」
「でも、どうするんだ?乳首とか。こんな風に、奥さんは触ってくれないだろ?」
「ゆ、ゆきやじゃなきゃ……触ってほしい、なんて、思わねぇんだよっ、あっ」
「ふーん」
「最後だから、これで。挿れられる側で、セックスすんのは、もう……最後だから。き、きもちよく、してくれよ、なぁ。あっ」
「そんな、センチメンタルな感情に、正月から付き合わせるのか。この俺を。しかも弟が寝てる部屋で。なぁ、いちひこ」
僕と接する時よりも強い口調で話す吉野と、大好きな兄さんの甘く掠れた声。嫌悪感よりも、盗み聞きの興奮が上回って、心臓がバクバクと高鳴ってどうしようもない。ピチャピチャという水音がして、吉野が兄さんの乳首を舐めているところが容易に想像できたから僕の股間まで勃ちそうになる。我慢できなくなった僕は、二人に見つからぬよう、ゆっくりと薄目を開けた。僕の眠るベッドからでは、炬燵の天板と吉野が積み上げた漫画本が邪魔して、その向こうで寝転ぶ二人の姿は見えない。けれど、だらしなく脱ぎ散らかされたセーターやシャツが見えた……。
「風呂場で準備してきたから、ゆきや。……もう挿れて大丈夫だから、なっ、挿れろっ」
「いちひこっ。これで、本当に最後?そうだよな。うん、最後。これで、おしまい」
僕は混乱する頭で吉野と兄さんに、いつどこでどんな接点があったのだろう?と考える。一体、二人はどんな関係なのだろうと。
「気持ちよく、してやるから」
兄さんは快楽に負けて、僕がこの部屋にいることなんて忘れてしまっているのだろう。でも吉野は、ひょっとすると僕に聞かれてもいいと、思っているのかもしれない……。そこから先、二人に会話は無かった。ただただ、一彦兄さんの「あっあっ」と喘ぐ声と、吉野の「はぁはぁ」と乱れた呼吸と、肌と肌がぶつかり合う音と、グチュグチュという卑猥な想像を掻き立てるものだけが聞こえていた。兄さんが気持ちよさそうに絶頂に達した時、僕は嫉妬心を感じた。
しばらくし、二人が服を着ているのが、布の擦れる音で分かった。
「いちひこ、幸せになれ」
吉野は涙声だった。薄目を開けると、立ち上がった二人がハグしているのが見え、慌ててまた目を閉じた。兄さんの声は聞こえないまま、ドアの開く音がしパタンと閉まった。
僕は寝たふりを続けた。それから一時間程経っただろうか。白々しくモゾモゾ動いて、ふぁーと欠伸をして、たった今、目を覚ましたってフリをして、上半身を起こした。吉野は炬燵に入り、漫画を開いていたが、まだ一巻のままだった。
「あぁよく寝た。吉野ずっとそこにいたの?全然気が付かなかったよ」と伝えれば「よく眠れたならよかったです」と言ってくれた。そして「おかしな夢を見たのなら、それを忘れる為に、まじないでもしてあげましょうか?」と真面目な顔をして僕に言った。
元旦の夜はまた宴会だったが、その宴に一彦兄さんはいなかった。酔った父が「そうだ郁三、面白いものがあるぞ」と結婚式場のパンフレットを取り出した。
「ほらこれ、吉野くんだ。数年前だが、モデルが病欠で、カメラマンと知り合いだった吉野くんが急遽来てくれて」
吉野は僕からしたら見慣れたタキシード姿で、そこに写っていた。
「うちの衣装レンタルの仕事だ。あの時の担当は一彦だったな。吉野くんの写真、好評だったのにもうやってくれんのか?」
父の問いに吉野は「二度とやりません」と断言した。
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