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第二章:私の心を掻き乱さないでくださいっ!

64.公爵家へ行く②

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私達が馬車へと乗り込むと、ゆっくりと動き出した。
エルネストが用意してくれた馬車なので、中はゆったりとしたスペースになっている。
二人並んで座ったとしても、決して窮屈に感じることはない広さだ。
そして、エルネストは当然の様に私の隣に座っていた。

(たしかに並んで座っても狭く感じないけど)

私は落ち着いて話がしたかったので、窓際へと少し移動し、距離を取ろうとした。
それなのに、私が奥に詰めるとエルネストもこちらに寄ってくる。
おかげで私は壁とエルネストに挟まれてしまい、これ以上動くことが出来なくなってしまった。

(なんでこっちに近寄ってくるの!?)

「こんな狭い空間で逃げようとするなんて、フェリシアの考えは随分と甘いね。自ら罠に嵌まっていくようなものだな。それに、そんな態度を取れば逆効果になるって、私の性格を考えれば分からない?」
「うっ……」

悔しいけど言い返せない。
最近の彼は、以前に増して強引になったと気付いていたはずなのに。
気の焦りから、そのことが頭からすっぽりと抜けていたようだ。

「エルネスト様、お話があるのでもう少し離れてください」
「どうして?話すのに離れる必要はないだろう」

「ありますっ! 私が気になって上手く話せなくなってしまうので」
「確かに君はすぐに恥ずかしがるよな。今だって顔が随分と真っ赤だ」
 
私は慌てるように即答で返した。
密閉にも近い空間で、こんな近い距離にいたら、つい昨日のことを思い出してしまう。
それに今の私には、公爵家に到着するまでに話しておかないといけない事があるというのに。

「……っ、時間があまりないので、今日は許してくださいっ!」

私はエルネストの手を両手でぎゅっと握り、懇願するように少し強い口調で答えた。
すると一瞬エルネストは驚いた顔を見せて、小さく笑った。

「分かったよ。大事な話みたいだし、今は邪魔をするのはやめておく」
「ありがとうございますっ」

意外とあっさり納得して貰えて、私は内心ほっとしていた。
エルネストは少しつまらなそうな顔をしていたが、距離を取って座り直してくれた。

「それで話って、何かな?」
「あの、エルネスト様はイルメラ様の事をどう思っておられるのですか?」

「え?」

唐突過ぎる質問に、エルネストは気の抜けたような声を漏らた。
その後すぐに思い悩んだ表情へと変わる。
その様子に見て、私まで戸惑ってしまう。

(あれ……?聞いちゃいけないことだった?)

「フェリシア、質問の意図が良く分からないのだけど……」
「あ、そうですよね。説明不足でごめんなさい。イルメラ様は恐らく、エルネスト様のことを慕われているのだと思います。昨日見ていてそう感じました。だから、私と親しくしている姿を見るのは辛いと思うんです」

「それはかつてのフェリシアがそうだったから?」
「……はい」

私も実際に同じ経験しているから、その気持ちは誰よりも分かっているつもりだ。
あんなに憎んでいたミレーユと、今の私は同じようなことをしている気がして心が痛む。

「だけど、遅かれ早かれ私達の関係は周知されることになる」
「で、でもっ、私はまだエルネスト様と婚約したわけではありません!保留、です……」

「ふっ」
「……!?」

私が勢い良く答えてしまうと、エルネストは突然笑い出した。
何故笑われたのか理解出来ず、私はぽかんとした顔を見せてしまう。

「確かに今は保留にしているけど、求婚した私の目の前で堂々と言うなんて、フェリシアも結構良い性格をしているね」
「あっ……、ご、ごめんなさいっ」

(求婚って……)

求婚という言葉を聞いて急にドキドキしてしまう。
だけど、今エルネストに失礼な発言をしてしまったことだけは分かる。
仮にも王族なのに。
私は慌てるように頭を下げると、暫くして髪に温かいものが触れていることに気付いた。

(え……?)

「別に怒っているわけではないから、謝る必要はない。だけど、フェリシアの口から改めて言われると、是が非でも君を手に入れたくなる。最初から逃すつもりなんてなかったけど、早く君を手に入れたいから更に頑張らないといけなくなったな」
「……っ」

エルネストの声は優しいのに、言われていることは私にとってはとんでもない内容で、恥ずかしくなり顔を俯かせた。
すると耳元で微かに吐息を感じ、ビクッと体を跳ねさせてしまう。

「とりあえず顔を上げて」
「…………」

私は恐る恐る顔を上げた。
ドキドキしながらエルネストの顔を覗くと、彼は優しく微笑んでいた。
その瞬間、胸の奥がドクンと揺れる。

「とりあえずイルメラ嬢の話だったな。屋敷に到着するまでに話しておきたいのだろう?」
「そうでした!」

「本当に君は面白いな。見ていて飽きない」
「どういう意味ですか?」

「褒め言葉だよ。君と過ごしていると、時間がいくらあっても惜しいと感じてしまうくらい、楽しいからね」
「……っ」

そんな風に言われると、顔が更に赤くなってしまう。
なんでこの人は恥ずかしい事ばかり平気で言うくせに、私みたいに照れたりしないんだろう。
いつも反応するのは私ばかりで、振り回されている様な気分だった。
だけどそれは決して嫌なわけではない。
楽しいと感じてしまうのだから、なんだか悔しい気分になる。

「フェリシア、そんなに顔を染めて。照れている場合か?」
「……っ!エルネスト様が余計な事を言うからっ!」

「余計なことではないよ。これからは本気でフェリシアを口説くことに決めたからね。この話はまた後にして、そろそろ本題に入ろうか。フェリシアは私にどうして欲しいんだ?先に言っておくけど、イルメラ嬢に特別優しくするつもりはないよ。私は彼女と親しくなりたいわけではないし、公爵家もそれを望んではいないからね」
「……え?」

(望んでいないって、どういうこと……?)

「随分と驚いた反応だな」

私は逆だと思っていた。
イルメラはエルネストのことを慕っているのだから、公爵家としても彼女の気持ちを尊重して後押ししているものだと考えていた。
エルネストは王族だし、決して悪い相手ではないはずだ。
応援しない理由の方が浮かばない。

「別に隠していたことではないし、フェリシアが変な気遣いをしそうだから話すけど、あまり良い話では無いから、これから伝えることはフェリシアの心の中だけに留めておいて欲しい」
「……分かりました」

私はごくりと唾を呑み込んだ。
一体これからどんな話をされるのだろう。
エルネストが『良い話ではない』と断言していたので、余計に不安を感じてしまう。
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