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第二章:私の心を掻き乱さないでくださいっ!

62.似た者同士-sideイルメラ-

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「オクレール様、この後のご予定は何かございますか?」
「予定は特にはないが……。僕の事は名前で呼んでくれて構わない」

わたくしの問いかけに、彼は戸惑ったように視線を泳がせた。

「そうですか。それではロジェ様と呼ばせて頂きますね。わたくしのことはイルメラで構いませんわ」
「分かった。イルメラ嬢」

彼が進もうとしていた先にはわたしの教室がある。
しかも今は放課後だ。
こんな時間にここを訪れると言うことは、何をしに来たのか大体想像がついた。

「そういえば、わたくしが教室を出る時には、フェリシアさんの姿はあったわ。きっとまだ教室にいるのではないかしら……」
「……っ」

わたくしがそれとなく話すと、彼は敏感に反応していた。

(分かりやすい人)

「イルメラ嬢、申し訳ない。少し待っていて貰っても構わないだろうか」
「ええ、勿論です。そうだわ。わたくしも付いて行っても構いませんか?」

「え……」
「実は机の中に忘れ物をしてしまったの」

わたくしは咄嗟に嘘を付いた。
どうせならあの子の反応も見てみたい。
少しでも彼に反応するようなら、今後取る行動を変えなくてはならないからだ。

「そういうことなら」
「ありがとうございますっ」

彼は少し困った顔を浮かべていたが、了承してくれた。
そしてわたくし達は教室へと向けて歩き始めた。

廊下にはこれから帰ろうとする学生の姿がちらほらあり、賑やかな話し声が聞こえてくる。
不意に隣を歩く彼の方に視線を向けると、どこか厳しい表情に見えた。
 
(無理もないか。あの子は今も誤解をしたままなのよね。きっと彼のことを恨んでいるんでしょうね……)

そんなことを考えていると、突然彼の足がぴたっと止まる。
わたくしはそれに気付かず数歩進んでしまったが、ある光景が目に映るとわたくしの足も止まった。

(……エルネスト様! なんでこちらに)

教室の前にはエルネスト様の姿があった。
鼓動が高まり次第に嬉しそうな顔を浮かべてしまうが、次の瞬間笑顔は消え無表情に変わる。

教室から出て来たあの子を見つけると、エルネスト様の表情がぱっと明るくなった。
わたくしは何年もの間、エルネスト様を見てきたからすぐに気付いた。
普段人前で見せている、作り物の笑顔ではないことに。
子供の頃、わたくしに見せてくれた本物の笑顔だった。
そしてそんな顔を向けているのは、わたくしではなく、またあの子だ。

(どうして……)

暫く眺めていると、エルネスト様はあの子の手を握り始めた。
ここからだと何を話しているのかまでは分からないが、あの子の頬は僅かに赤く染まっていて、まんざらでもなさそうに見える。

見たくないのに、その光景に目が釘付けになってしまう。
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃に、目眩がする。
そんな時、少し後ろから苦しそうな声が耳に届いた。

「……シア」

彼は低い声で小さく、確かにそう呟いていた。
わたくしはハッとして彼の方に視線を向けた。
すると悔しそうな顔で二人を睨み、爪が食い込むのではないかと思う程に拳を強く握りしめていた。

わたくしはそんな憐れな彼の姿を見て、不謹慎にも笑ってしまいそうになった。
きっと今のわたくしも彼と同じような顔をしているのだろう。 
笑いたくなったのは自分自身にだ。

わたくしの方がずっと前からエルネスト様のことを思っているのに、どうして後から現れたあの子にあんな笑顔を簡単に見せてしまうの。
あの女さえいなければ、ずっとエルネスト様の傍にいられたかもしれないのに……。

(あの女さえいなければっ……!)

彼の顔を見ていると、なんだか気持ちを共感している気分になる。
少なくとも今のわたくし達は、同じ感情を持っているはずだ。
悔しくて、惨めで、情けなくて……。
だけど何も出来ない。
声を掛ける勇気すらないのだから。
だけど、そんな風に思っている人間が隣にいると思うだけで、少しだけ心が楽になった気がした。

「ロジェ様、大丈夫ですか……?」
「……あ、悪い」

わたくしが心配そうな顔で問いかけると、彼は我に返り視線を下に逸らした。

(彼もあの女の被害者なのだわ。本当にあの悪女は疫病神ね)

今の彼の姿を見て、あの子への気持ちは本物だと分かった。
わたくしと同じ反応をしていたし、その後も戸惑ったような態度をとっている。
これが演技であるというのなら、彼は相当の役者だ。
だけど多分違う気がする。
 
「一応聞きますが、追いかけますか?」
「…………」

彼は俯いたまま黙っていた。
私はその反応を見て、小さく息を吐いた。

(そうよね。あんな場面を見せつけられたら、追いかける気なんて起きなくて当然よ。わたくしなんて今日で二度目よ。本当に最悪な気分だわ。だけど、頑張らないと)

「ロジェ様、お話は後日にしますか?」

わたくしが声を掛けると、俯いていたロジェの顔が静かに上がった。
そして真っ直ぐにわたくしを見つめた。

「いや、僕なら構わない。君の方は平気か?」
「……え?」

「君はエルネスト殿下のことを好きなんだよね?」
「……っ、気づいていらっしゃったの?」

鋭く指摘されて、わたくしは少し目を細めた。
世間では、わたくしがエルネスト様の婚約者最有力候補と言われている。
彼もその噂を耳にしていたのだろう。

「僕達の目的は、愛する人を取り戻すことで合っているかな?」
「ええ。話が早くて助かりますわ。だけど大事なことがもう一つ」

「え?」
「あの悪女を引きずり下ろしたいの」

廊下の真ん中でこんな話をしているのだが、名前は伏せているので問題はないだろう。
わたくしの言葉を聞いて彼は驚いたように目を丸くしていた。

「……ははっ、最高だな」

彼は突然おかしそうに笑い始めた。

(笑われた?)

「冗談だと思っていらっしゃるのなら、お生憎様。わたくしは至って本気よ」
「申し訳ない。突然笑ったりして失礼だったよな。だけど冗談だと思って笑ったわけではないよ。僕と同じ気持ちの人間がいて、嬉しかったんだ」

「……本当に?」
「ああ。僕はもう、これ以上あの女の言いなりにはなる気はない」

名前は伏せていたが、言わなくても誰か分かってくれたようだ。
先程まではあんなにも絶望の顔に染まっていたというのに、わたくし達は希望を見出したかのように目を輝かせていた。
こんなにも意見が合うとは思っていなかったので、少し驚いてしまった。
だけど良い協力者を手に入れることが出来た。
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