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35.遭遇

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 それから暫くして、夜会の会場である大広間に入ると天井からは大きなシャンデリアがいくつも吊るされていて煌びやかな光を放っていた。
 室内はとても賑やかで奥の方からはアップテンポの生演奏が聞こえ、楽しそうに話す貴族の話し声もあちらこちらから聞こえてくる。
 そんな夜会の雰囲気に私は胸を躍らせていた。

「レオンさん、すごいっ!夜会ってこんなに楽しそうな雰囲気なんですねっ…」

 私が楽しそうに笑顔を振りまきながら話すと、レオンは私の手を握った。
 思わず手を取られて私はドキッとしてしまう。

「ニナがそこまで喜んでくれるなら、連れて来て正解だったな。この辺は人が多いからはぐれない様に俺の腕に捕まるか手を繋いでいようか」
「……っ…じゃあ…こっちの方がいいっ…」

 私は恥ずかしそうに顔を赤く染めるとレオンの手を一度離し、すぐに腕に抱き着いた。

「ニナは本当に可愛い事をしてくれるな。少し奥の方に行くか?あっちの方はそれほど人が居ないから、ゆっくりこの雰囲気を楽しめそうだぞ?それにニナが好きそうな甘いものも色々用意されているんじゃないか?」
「……行くっ!」

 私が嬉しそうに満面の笑みで答えてしまうと、レオンは可笑しそうに笑っていた。

「レオンさん、笑い過ぎですっ…」

 私がむっとした顔でレオンの事を睨むと、レオンは「悪い」と言って謝ってきたがその顔は笑ったままだった。

 そんな時だった。

「あれ、レオか…?」

 突然背後から声を掛けられた。
 レオンと私は同時に振り返った。

(レオって言ってたけど…レオンさんの知り合い…かな?)

「……カイン、それにエリーヌ…、久しぶり…だな」
「やっぱり、レオか!久しぶり…!レオに会うのはもう4年ぶりくらいか。懐かしいな…」

 カインと呼ばれる男はレオンの事を『レオ』と呼び、かなり親しい間柄なのが見て取れた。

 真っ赤に燃えるような赤髪に、正装を纏っている為肌は見えないが、服の上からでも鍛えられているのはなんとなく分かる。
 右頬には切られたような傷が残っていて、直ぐに騎士なのだと分かった。
 年齢もレオンと同じ位の様に見える。

「レオ、久しぶりね。元気にしてた…?」
「……ああ」

 エリーヌと呼ばれる綺麗な金髪の令嬢に話しかけられると、レオンは気まずそうな顔で小さく答えていた。

 私がその光景を眺めていると、カインと目が合った。

「レオ、もしかして…その子はレオの奥さんか?」
「ああ…。そうなる予定だ。ニナにも紹介しとくな」

 レオンは私の方に視線を向けると、カインの質問に迷うことなく即答で答えた。
 私は『奥さん』と言われて恥ずかしくなり顔を赤く染めてしまう。

(奥さんって…。今日はそんなことばっかり言われて…恥ずかしい…。嬉しいけど…)

「この騒がしい赤髪の男はカイン・アベラール。俺の騎士時代の仲間だ。噂では騎士を辞めて今は伯爵家の当主になったと聞いたが…」
「ああ、1年くらい前にな。俺、エリーヌと婚約しているんだ…」

 カインはエリーヌの方をちらっと見て呟いた。
 レオンはそれを聞いて小さく「そうか」と答えた。

「彼女はエリーヌ・ラングレー、俺の婚約者であり…レオの元婚約者…だな」
「カイン…!余計な事は言わなくていい…」

 カインは隣にいるエリーヌを私に紹介すると、レオンの元婚約者だと告げた。
 その言葉を聞いてすぐさま反応したのはレオンだったが、エリーヌも曇った表情をしていた。

(レオンさんの…元婚約者…?)

 私は私でそんなことを聞かされてしまい、なんだか胸の奥がもやもやとしていた。
 エリーヌはとても綺麗な金髪の美女で、身長も高くスタイルもとても綺麗だ。
 幼く見えてしまう私とは対照的な存在に見えた。

(美人だ…、羨ましい体系。私も頑張ればあんな風になれるかな…)

「余計な事…?レオにとってはエリーヌはどうでも良い女だもんな。簡単に切り捨てる位…」
「カイン、いい加減にしろ…」

 カインは鼻で笑いながらレオンの事を煽るかのように続ける。
 レオンはカインを睨みつけると、押し殺した様な声で低く呟いた。

「レオは…ディレク兄さんが死んでショックだったかもしれないが、レオの事を必死に支えようとしていたエリーヌを裏切って捨てた事には変わりは無いだろ?」
「カイン、もうやめて…!こんな所で…そんな話、しないでっ…」

 エリーヌはカインの腕を掴み、辛そうな表情で制止させた。
 レオンもすごく苦しそうな表情をしていて、私だけが事情を知らなかったが、レオンの表情を見ていたら何故か私まで胸が詰まった。

 二人がそんなやり取りをしていると、いつの間にか周りからの注目が集まっていた。
 私はそんな視線に気付き、レオンの腕をぎゅっと握った。

「お話の途中、すみませんっ!レオンさん…私、こういう所慣れて無くて…。人酔いしてしまったみたいです…」

 私はこの場から離れる方法を必死に考えた。
 顔を上げてじっとレオンの方に視線を送っていると、レオンはそんな私の意図に気付いてくれた様だ。

「……ニナ。悪いな、カイン…彼女はこういう場に来るのは初めてで慣れてないんだ。そういう事だから、悪いが失礼する」
「……ああ」

 私はレオンの過去を何も知らない部外者だが、レオンに酷い言葉を浴びせるカインをきつく睨みつけた。
 そんな私の視線に気付いたカインは、ばつが悪そうな顔で一言だけそう言った。

(最悪ね、あの人。でも上手く逃げられて良かった…)

 私はレオンに手を繋がれると、引っ張られる様に大広間から抜けて奥にある庭の方へと歩いて行った。


 ***


 外はもう真っ暗だったが、大広間からの強い光があるせいか庭の方も大分明るく感じられた。

「ニナ、ごめんな。嫌な話を聞かせてしまったな…」

 私達はベンチに並んで腰かけると、レオンは弱弱しい口調で言った。

 レオンの過去については私から聞いたことは無かったし、レオンも自らは余り話してくれたことは無かった為、詳しい事はほとんど知らない。
 それにレオンは王子であるのだから、過去に婚約者がいたとしても何ら不思議はない。

 今レオンが大事にしてくれているのは私で、傍にいるのも私だ。
 だから元婚約者が現れたからと言って、不安を感じることは余りなかった。
 それよりも私はレオンを苦しめるカインに腹が立っていた。

(あの人、失礼過ぎるよっ!私の前であんなことわざわざいう必要なんてないのに…)

「私の事は気にしなくて大丈夫ですっ…。それよりレオンさん…大丈夫ですか?」
「俺なら平気だ。さっき会ったカインは、俺の身代わりで死んだディレクの双子の弟なんだ」

「そう…なんだ。レオンさん、思い出したく無かったら無理に話さなくても大丈夫だから…」

 私が心配そうに声を掛けると、レオンは私の方に顔を傾け、私の手をぎゅっと握った。

「いや…、ニナには聞いて欲しい」
「レオンさんの話なら…なんだって聞きます」

 私はレオンの掌の上から更に手を重ね、真直ぐにレオンの顔を見つめた。

「ニナは優しいな。ありがとな…」
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