上 下
66 / 72
第二章

66.隠していた思い-sideルチア-

しおりを挟む
「ルチア、貴女はどうしてもカール様との婚約が嫌だと言うのね」
「……はい」

お母様は目を細め、私の表情を覗うかのようにじっと見つめていた。

「本気で嫌だというのであれば、カール様に変わる方を探す事ね。そうすればきっとあの人も認めてくれるわ」
「自分で婚約者を見つけろって事ですか?」

あの人というのはお父様のことだ。
以前は優しかったが、詐欺師に騙され財産の大半を無くしてから性格が変わってしまった。
気性が荒くなり、突然怒鳴り出すこともある。

「そうよ。ロゼが駆け落ちなんてふざけたことをしたせいで、我が家に援助をしてくれる者がいなくなってしまった。本当に親不孝者の娘だわ。まさか執事と一緒に出て行くなんてね。だけど、私は貴女のことは信じているから。私達の事を見捨てないって……」
「……っ」

ロゼと言うのは私の二歳上の姉の事だ。
お姉様を連れて行ったのはこの屋敷に長年仕えていた執事。
二人が恋仲であることは気付いていた。
だけど、まさかこんな事件を起こすとは思っても見なかった。
それ程までに二人の絆は強かったのだろう。

好きでもない相手と結婚するくらいなら、駆け落ちをして好きな人と生きていく道を選ぶ理由も分かる。
それもこんなどうしようもない家族の為に一生を台無しにするくらいなら、家を捨てて自由に生きていく方が遥かにマシだろう。
私達は、ただ贅を尽くした生活を送る為の駒にしか思われていないのだろう。
だからお姉様の選択はきっと間違ってはいない。
その所為で、とばっちりが私に来ているのだけど……。

(お姉様、今頃どこにいるんだろう……。幸せにやってるのかな)

私がそんなことを考えていると、お母様に突然両手を掴まれた。
しかも掴む力が強くて、ぎゅうっと締め付けられて痛みを感じる程だ。
狂気を孕んだ瞳に囚われ、足が竦み逃げることが出来ない。

「ドレッセル公爵家のロラン様……」
「……っ!」

「貴女がずっと思いを寄せている殿方よね。しかも公爵家の嫡男」
「な、なんで……」

「なんで知っているかって?それは貴女の日記に書かれていたからよ」
「私の日記を勝手に読んだのですか!?酷いわ……」

(うそでしょ……)

「酷い?私は母親なのだから娘の心配をするのは当たり前よ。変な男に引っかかっていたら大変だし。だけどロラン様なら問題ないわ。私はね、あんな成り上がり風情のゲスな男に大切な娘を渡したくないと思っていたのよ。だから応援するわ。なんとしてもロラン様との婚約を決めなさい」

「いきなり何を言い出すの?そんなの無理よ……。ロランには婚約者だっているし」
「ああ、元王子の婚約者だった公爵令嬢の事ね。大体の事情は察しが付くわ。王子に捨てられた汚名を消すために、強引に急いで決めたのでしょう」

(違う。ロランはずっとシャルロッテ様のことを好きだったから)

私はロランのことがずっと好きだったので、自分の口からその事実を告げたくはなかった。

「ルチア、決めるのは貴女よ。予定通りカール様との婚約を進めるか、ずっと貴女が思い続けているロラン様を選ぶか」
「…………」

お母様は私の耳元で「幸せな道を自分で選びなさい」と囁くと、私の手をぱっと離した。


***


それから私は自分の部屋に戻った。
そして慌てて机の奥に隠してある自分の日記を手に取った。
きっと私が出かけている間に、お母様はこの部屋に入り勝手に盗み見ていたのだろう。

(……酷いよ。お母様でも許せないっ!)

この中には誰にも言えない気持ちを、幼い頃からずっと書き綴ってきた。
中にはお父様に関しての不満を書いたこともあるが、ほとんどがロランとの事だ。

私にとっての大切な思い出がこの日記には詰まっている。
それを勝手に覗かれて腹が立ち、持っている日記を床に叩きつけようかと一瞬思ってしまったが直ぐに思い留まった。
これは私にとっては大切なものだ。
それを私の手で傷付けたりなんてしたくない。

「私、どうしたらいいんだろう……」

ロランのことは好き。
ずっと手の届かない存在だと思っていたし、ロランにはずっと思っている存在がいることも知っていた。
いつもシャルロッテ様のことを見つめる瞳は切なかった。

二人が婚約したと知った時、ロランの思いが成就したのだから喜ぶべきことなのだとは思う。
だけど私にはどうしてもそれが出来なかった。

シャルロッテ様はジェラルド王子の事が好きだったのに、ダメになってすぐにロランとの婚約が決まった。
家の問題が大いに関わっていることは分かっているが、それでも素直に喜ぶなんて私には出来なかった。

私だってずっとロランのことを思っていたのに、身分の差があるだけでその思いを告げる事すら出来ない。
きっと私はシャルロッテ様が羨ましかったのだと思う。
そして同時に憎らしかった。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...