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28.私は選ばれた①-sideニコル-
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私の名前はニコル。
教会の入口の横で、ひっそりと毛布に包まれた状態で置かれているのを見つけられた、それが私だ。
私は生まれてすぐに捨てられた。
だから本当の両親には一度も会った事が無いし、名前や顔すら分からない。
その後、私は孤児院へと送られ、8年間そこでの生活を送っていた。
私に『ニコル』と名前を与えてくれたのはシスターだった。
孤児院には私みたいな家の無い子供が数十人いて、教会に贈られる貴族からの寄付金で生活が成り立っている。
その為最低限の食事と、薄汚い大部屋で眠っている。
昼間は孤児院の掃除をしたり、栽培した野菜を市場に売りに行ったり、あとは私よりも小さい子供のお世話をしたりして過ごしている。
決して満足出来るような暮らしでは無かったが、まだ幼い私には働き口も無いし他に行く当てなどなく、仕方が無いことだと諦めていた。
もう少し大きくなれば冒険者になったり、外での仕事を見つけることが出来るようになり、今よりはましな生活が送れるはずだ。
だからもう少しの辛抱だと自分に言い聞かせ耐えていた。
そして月に数回、綺麗に着飾った貴族達がやって来ては、甘いお菓子や果物などを配ってくれる。
私も当然お菓子などを貰えることを楽しみにしていたが、いつか私もあんな風に高価な服装を身に付けてみたいと、心の中で妄想なんかして一人で楽しんでいた。
***
そんなある日の事、私はシスターに呼ばれた。
呼ばれた部屋に入ると、最近たまに見かける貴族の夫妻の姿がそこにはあった。
私は何だろう?と不思議そうに顔を傾けると、不意に夫人と視線が合った。
ドキッとして視線を泳がせていると、夫人は私に向けて優しそうに微笑み、更にドキドキしてしまう。
「ニコル、貴女に良い知らせよ。こちらのプラーム夫妻が、貴女の事を養子にしたいとおっしゃっているの」
「……え?」
突然の言葉に私の頭は追い付いて行かなかった。
だけど過去にもここにいた孤児の中から、貴族に養子として引き取られて行く者の姿を目にしたことがあった。
そして今回は私が選ばれたんだと徐々に実感が沸き上がっていく。
(わたし、貴族になれるの? 憧れている綺麗なお洋服とか、着れるの?)
そう思うに連れて私の中ではいくつかの感情が生まれていく。
この窮屈な生活から抜け出せるという安堵感、ずっと憧れていた貴族の生活を送ることが出来る期待。
だけどそれと比例する様に私なんかがやって行けるのだろうかという不安も大きかった。
色々な感情が入り混じり、私は不安にも似た困惑した表情を浮かべていたのかもしれない。
そんな事を考えていると、夫人が私の目の前まで歩いて来た。
私の前に到着すると、身を屈めて私と同じ視線になる様に、床に膝を付き、そっと私の頬に綺麗な手を添えた。
体は細く、少し病的にやつれているように見えるが、それでも私の瞳には綺麗な人のように映って見えた。
そしてそんな人に触れられていることにドキドキしてしまう。
「そんな困ったような顔はしなくて平気よ。突然こんなことを言われたら驚くわよね。だけど、私の娘になってはくれないかしら…?あなたのこと、大切にするって誓うわ」
夫人は真直ぐに私の瞳を見つめていた。
その瞳はひどく優しくて、穏やかな表情に見えていたが、どことなく哀愁を漂わせるような雰囲気を感じた。
「……わたしで、いいんですか?」
私はその言葉を聞いて一度唾を飲み込むと、震えた声で問い返した。
「ええ、あなたがいいの」
夫人は私の震えている手を優しく包み込む様に握ると、小さく微笑んだ。
その手から伝わって来る夫人の体温を感じると、感情が昂り私の目からは熱いものがぽろぽろと零れて落ちていった。
私は今まで誰にも必要とされたことなんて無かった。
生まれてすぐに捨てられて、これから先も孤児の私の事など求めてくれる人なんて誰一人いないと諦めていたからだ。
だからこんな風に私を選んでくれて、私を必要としてくれる人が一人でもいると知った瞬間、本当に嬉しくて涙が止まらなかった。
(わたし、生きてて良かった……)
大袈裟かも知れないが、その時は本気でそう思った。
その時の私は本当にそれが嬉しかった。
だけど貴族の暮らしに慣れていくに連れて、その時感じた気持ちは徐々に薄れて良く。
そして私は欲に溺れ、生まれた頃から何もかもを持っていた姉のアリーセに対して激しく嫉妬心を抱く事となる。
この時の感謝の気持ちを持ち続けていれば、私はあんなにも堕ちていく事は無かったのかもしれない。
全ての始まりはアリーセの婚約者であるルシアノと出会ったあの日だ。
私は初めてルシアノを見た瞬間、彼に一目惚れをしてしまった。
教会の入口の横で、ひっそりと毛布に包まれた状態で置かれているのを見つけられた、それが私だ。
私は生まれてすぐに捨てられた。
だから本当の両親には一度も会った事が無いし、名前や顔すら分からない。
その後、私は孤児院へと送られ、8年間そこでの生活を送っていた。
私に『ニコル』と名前を与えてくれたのはシスターだった。
孤児院には私みたいな家の無い子供が数十人いて、教会に贈られる貴族からの寄付金で生活が成り立っている。
その為最低限の食事と、薄汚い大部屋で眠っている。
昼間は孤児院の掃除をしたり、栽培した野菜を市場に売りに行ったり、あとは私よりも小さい子供のお世話をしたりして過ごしている。
決して満足出来るような暮らしでは無かったが、まだ幼い私には働き口も無いし他に行く当てなどなく、仕方が無いことだと諦めていた。
もう少し大きくなれば冒険者になったり、外での仕事を見つけることが出来るようになり、今よりはましな生活が送れるはずだ。
だからもう少しの辛抱だと自分に言い聞かせ耐えていた。
そして月に数回、綺麗に着飾った貴族達がやって来ては、甘いお菓子や果物などを配ってくれる。
私も当然お菓子などを貰えることを楽しみにしていたが、いつか私もあんな風に高価な服装を身に付けてみたいと、心の中で妄想なんかして一人で楽しんでいた。
***
そんなある日の事、私はシスターに呼ばれた。
呼ばれた部屋に入ると、最近たまに見かける貴族の夫妻の姿がそこにはあった。
私は何だろう?と不思議そうに顔を傾けると、不意に夫人と視線が合った。
ドキッとして視線を泳がせていると、夫人は私に向けて優しそうに微笑み、更にドキドキしてしまう。
「ニコル、貴女に良い知らせよ。こちらのプラーム夫妻が、貴女の事を養子にしたいとおっしゃっているの」
「……え?」
突然の言葉に私の頭は追い付いて行かなかった。
だけど過去にもここにいた孤児の中から、貴族に養子として引き取られて行く者の姿を目にしたことがあった。
そして今回は私が選ばれたんだと徐々に実感が沸き上がっていく。
(わたし、貴族になれるの? 憧れている綺麗なお洋服とか、着れるの?)
そう思うに連れて私の中ではいくつかの感情が生まれていく。
この窮屈な生活から抜け出せるという安堵感、ずっと憧れていた貴族の生活を送ることが出来る期待。
だけどそれと比例する様に私なんかがやって行けるのだろうかという不安も大きかった。
色々な感情が入り混じり、私は不安にも似た困惑した表情を浮かべていたのかもしれない。
そんな事を考えていると、夫人が私の目の前まで歩いて来た。
私の前に到着すると、身を屈めて私と同じ視線になる様に、床に膝を付き、そっと私の頬に綺麗な手を添えた。
体は細く、少し病的にやつれているように見えるが、それでも私の瞳には綺麗な人のように映って見えた。
そしてそんな人に触れられていることにドキドキしてしまう。
「そんな困ったような顔はしなくて平気よ。突然こんなことを言われたら驚くわよね。だけど、私の娘になってはくれないかしら…?あなたのこと、大切にするって誓うわ」
夫人は真直ぐに私の瞳を見つめていた。
その瞳はひどく優しくて、穏やかな表情に見えていたが、どことなく哀愁を漂わせるような雰囲気を感じた。
「……わたしで、いいんですか?」
私はその言葉を聞いて一度唾を飲み込むと、震えた声で問い返した。
「ええ、あなたがいいの」
夫人は私の震えている手を優しく包み込む様に握ると、小さく微笑んだ。
その手から伝わって来る夫人の体温を感じると、感情が昂り私の目からは熱いものがぽろぽろと零れて落ちていった。
私は今まで誰にも必要とされたことなんて無かった。
生まれてすぐに捨てられて、これから先も孤児の私の事など求めてくれる人なんて誰一人いないと諦めていたからだ。
だからこんな風に私を選んでくれて、私を必要としてくれる人が一人でもいると知った瞬間、本当に嬉しくて涙が止まらなかった。
(わたし、生きてて良かった……)
大袈裟かも知れないが、その時は本気でそう思った。
その時の私は本当にそれが嬉しかった。
だけど貴族の暮らしに慣れていくに連れて、その時感じた気持ちは徐々に薄れて良く。
そして私は欲に溺れ、生まれた頃から何もかもを持っていた姉のアリーセに対して激しく嫉妬心を抱く事となる。
この時の感謝の気持ちを持ち続けていれば、私はあんなにも堕ちていく事は無かったのかもしれない。
全ての始まりはアリーセの婚約者であるルシアノと出会ったあの日だ。
私は初めてルシアノを見た瞬間、彼に一目惚れをしてしまった。
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