上 下
44 / 68
第一章:聖女から冒険者へ

43.敵国の動向③

しおりを挟む
 その後もイザナの話は続いた。

 災厄は本来、一つだった。
 世界を壊すほどの強大な力だったため、先人達はそれを五つに分けて封印することにしたそうだ。
 分割された力であれば、後世の者達でも再び封印することが可能だと思ったのだろう。
 そして、一時代に一つしか現れないように調整した。
 もし同時に封印が解けてしまったら、それに干渉するように他のものも解けてしまう可能性があるからだ。
 つい最近私達が第一の災厄を封じたので、最低でも百年は何も起こらないはずだ。
 不穏なことが何も無ければ……。
 
 続いて、昨日ソフィアに呼ばれた理由を話してくれた。
 それは、この建物内でずっと解析していた、ある魔法書の解読が一部出来たと知らせが入ったからだった。
 大災厄の時に先導するように戦い、更に五つの封印を行った伝説の勇者が残したもののようだ。
 しかし全ページ暗号化されていて解析は不能だと思われていたのだが、最近になってそれが突然前進した。
 その理由について、ダクネス法国が呼び寄せた聖女が関わっているのではないかとイザナは話していた。
 
「……ルナ、理解出来たか?」
「えっと、あんまり……」

 ゼロに突然話を振られ、私は苦笑した。
 彼も眉間に皺を寄せた表情をしているので、きっと私と同じであまり良く理解出来ていないのだろう。

「ふふっ、ルナはこう言った話は普段聞かないから、少し難しいかもしれないね」
「うん……。一気に聞かされたから少し混乱しちゃった。これからどうするの?」

 私は不安そうな顔でイザナの事を見つめた。
 こんな話をして来たということは、イザナの国もダクネス法国と戦うつもりでいるのだろうか。
 不安要素は早めに取り除いておいた方が良いとは思うけど、魔物ではなく人間を相手にして戦うのだと思うと恐怖心が込み上げてくる。
 今まで多くの魔物とは戦ってきたが、人間同士の争いはしたことがない。
 当然、出来ることならば避けたいところだ。

(どうしよう、なんかすごく怖いことになってる……)

「そんなに不安そうな顔をして、ルナは何を考えているのかな?」
「イザナは、あの国と戦うつもりなの?」

 私は眉を寄せて掌をぎゅっと握りしめると、イザナの顔をじっと見つめながら問いかけた。
 すると彼は小さく微笑んだ。

「そんなことは考えていないから、不安そうな顔はしないで。私の説明不足だったね、ごめん」
「ほ、本当に!?」

 私が慌てるように問い返すと、イザナは「本当だよ」と言った。
 その言葉を聞いてほっとした途端、体から強張っていた力が抜けていく。
 私はソファーの背に凭れ掛かった。

(良かったー……)

「今後についてだけど、暫くジースで過ごした後、西側にあるラーズ帝国の方に進もうかと考えている。私達の目的は、あくまでも世界を巡ることだからね。旅をしながら世界の情勢を見て、私はその情報を我が国ベルヴァルトに伝える。これが陛下から与えられた私の使命だからね。だから、それ以上のことはしないよ。勿論、危険な戦いにも参加したりはしないから安心してね」
「うんっ」

 私はその話を聞きながら、何度も首を縦に振っていた。
 顔の強張った頬の筋肉も次第に解れ、いつもの表情に戻っていった。

「ある程度ダクネス法国の動向も知れたし十分だと思う。勇者が残したとされる魔法書については気になる所だけど、全ての解析にはまだ時間を要するようだし、後は別の調査員に引き継いで私達は次の国を目指すことしようか」
「でもさ、その情報って本当に正しいのか? ソフィアは敵国の人間なんだろ? 嘘の情報を掴まされてるってこともあるんじゃないか?」

 ゼロが言っていることは尤もなことだ。
 ソフィアと出会ったことが偶然でないとすれば、彼女が故意的に近づいたのには必ず理由が存在する。
 そして、私達にとっては良くない内容なのだろう。

「これは私の予想にはなってしまうけど、ソフィアはあることを試したかったんだと思う」
「あること……?」

 ゼロが聞き返す。
 私は顔を横に傾けて、イザナの顔をじっと眺めていた。

「ルナと私は実際に災厄と戦って封印まで行った。この時代にそれを体験したのは間違いなく私達だけだろう。そして私はベルヴァルトの王族の血を引いている。となれば、戦いに赴く前に大災厄の真実を知らされたと考えるのが妥当だろうね。勇者が残した書物の存在をちらつかせることで、こちらの情報を聞き出そうとした……ってところなのかな」
「なるほどな。そうなると、ダクネス法国の人間は、まだ真実までは辿り着いてないってことか」

「恐らくは。ソフィアの反応を窺っていたけど、意図があって私に近づいて来たのは間違いない。封印した時の話をあれこれと聞いて来たからね。それに彼女も思考を読み取られない訓練くらいはしているはずだから、こちらの質問にも慎重に答えていて核心につくようなことは残念ながら聞き出せなかった」

 私は二人の会話を聞き流しながら、別の事を考えていた。
 全然違う理由で二人の関係を疑って、半ば強引にゼロを引き攣れて二人の元に乗り込んでしまった。
 そのことを今思い出すと、とても恥ずかしい。

(イザナは仕事をしていただけなのに、私は勘違いして。……っ、もうやだ……)

 イザナの顔を見ることが出来なくなり、私は顔を俯かせた。
 恥ずかしさと同時に、彼の事を信じられなかった自分自身に少し後悔を滲ませていたからなのだろう。

「ルナ、どうした?」
「……っ、な、なんでもないよっ!」

 私の態度に気付いたイザナは不思議そうに問いかけてきたが、私は慌てるように返した。 
 咄嗟に顔を上げてしまい、そのことで彼の掌が伸びて来て私の頬に当てられる。
 イザナは心配そうに私の顔を覗き込んでいるが、私は心の中で『お願い、そんなに見ないで!』と叫んでいた。

「顔が僅かに赤いな。もしかして、また熱が……」
「ち、違うっ! 熱は無いから気にしないで続けてっ!」

 私は慌ててイザナの掌を剥がすと、話に戻させようとした。

「イザナ、気付いているとは思うが、あれは熱があるんじゃなくて、何かに照れているだけだろ」
「……っ!!」
 
 ゼロは遠慮すること無く言い張った。
 イザナは困った様に笑っていたが、私の頬は更に熱を持っていく。

「先に言っておくけど、いちゃつくのは説明が終わってからにしてくれ」
「……っ!!」

 ゼロは意地悪そうな笑みを浮かべながら、私に向けて言っているように見える。
 彼は日に日に意地悪になっていくような気がする。
 これは絶対に勘違いなんかではない。

「ゼロ、あまりルナをからかわないでくれ。こんなに顔を赤くして、また熱をぶり返したら困るからね」

 イザナは私を庇うような言葉をかけると、そのまま私の肩を引き寄せて胸の中に閉じ込めた。
 突然のことに私の心臓はバクバクと激しく上昇していく。

(なっ、なに!?)

「結局のところ、ダクネス法国は今のところ脅威にはならないのか?」
「ソフィアを使い探りを入れて来たことを考えれば、何か企んでいるのは間違い無いだろうね。だけど深追いするのも危険だし、こちらに敵意を向けていないのであれば、今は警戒しながら様子を見るのが得策かな」
 
 二人は私の存在を無視して、再び話を始めていく。

「たしかにな。変に敵対心を持たれると面倒だしな。それじゃあ向こうに動きが出るまでは、今まで通り旅を続けるって感じでいいんだな」
「うん。そのつもりでいる。ルナもそれでいいか?」

 イザナは顔を下げて私の方に視線を向けると、優しい声で聞いて来た。
 私はまだ火照った顔を浮かべたまま、小さく頷いた。

「ルナは風邪を引いてしまったから、あまりジースの街も見れていなかったよね。ルナの体調が良さそうなら、明日にでも散策してみようか」
「う、うんっ!」

 私が嬉しそうに答えると、イザナは穏やかな顔で微笑んでいた。

「良かったな。ルナ」
「……っ」

 背後からゼロの言葉が響いて来て、私はぴくっと体を反応させるも振り返らなかった。
 またこの顔を見られたら、何か言われる事が分かっていたからだ。

「正直、ほっとしたわ。あの国はマジでやばいって噂を聞くから、出来る限り関わり合いになりたくなかったんだよ。でもさ、本気で大災厄なんて大それたことを起こそうとしているのかね」
「一つの兆候としては聖女召喚になるけど、仮にそれを行ったとしても、封印を解くのを早めるなんてことが出来るのかが謎なんだよな。現に今は平和な状態だからね。直ぐにどうこうなるとは思えないし、あの国が準備をしている間に、他の国々が力を合わせて何か対策を考えなければならないとは思うけどね」

 今すぐに何かが起こるわけでは無いと聞いたことで、私はほっとしていた。
 そして今まで通り、三人で旅を続けられる事が嬉しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

孕まされて捨てられた悪役令嬢ですが、ヤンデレ王子様に溺愛されてます!?

季邑 えり
恋愛
前世で楽しんでいた十八禁乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したティーリア。婚約者の王子アーヴィンは物語だと悪役令嬢を凌辱した上で破滅させるヤンデレ男のため、ティーリアは彼が爽やかな好青年になるよう必死に誘導する。その甲斐あってか物語とは違った成長をしてヒロインにも無関心なアーヴィンながら、その分ティーリアに対してはとんでもない執着&溺愛ぶりを見せるように。そんなある日、突然敵国との戦争が起きて彼も戦地へ向かうことになってしまう。しかも後日、彼が囚われて敵国の姫と結婚するかもしれないという知らせを受けたティーリアは彼の子を妊娠していると気がついて……

執着系皇子に捕まってる場合じゃないんです!聖女はシークレットベビーをこっそり子育て中

鶴れり
恋愛
◆シークレットベビーを守りたい聖女×絶対に逃さない執着強めな皇子◆ ビアト帝国の九人目の聖女クララは、虐げられながらも懸命に聖女として務めを果たしていた。 濡れ衣を着せられ、罪人にさせられたクララの前に現れたのは、初恋の第二皇子ライオネル殿下。 執拗に求めてくる殿下に、憧れと恋心を抱いていたクララは体を繋げてしまう。執着心むき出しの包囲網から何とか逃げることに成功したけれど、赤ちゃんを身ごもっていることに気づく。 しかし聖女と皇族が結ばれることはないため、極秘出産をすることに……。 六年後。五歳になった愛息子とクララは、隣国へ逃亡することを決意する。しかしライオネルが追ってきて逃げられなくて──?! 何故か異様に執着してくるライオネルに、子どもの存在を隠しながら必死に攻防戦を繰り広げる聖女クララの物語──。 【第17回恋愛小説大賞 奨励賞に選んでいただきました。ありがとうございます!】

絶対、離婚してみせます!! 皇子に利用される日々は終わりなんですからね

迷い人
恋愛
命を助けてもらう事と引き換えに、皇家に嫁ぐ事を約束されたラシーヌ公爵令嬢ラケシスは、10歳を迎えた年に5歳年上の第五皇子サリオンに嫁いだ。 愛されていると疑う事無く8年が過ぎた頃、夫の本心を知ることとなったが、ラケシスから離縁を申し出る事が出来ないのが現実。 悩むラケシスを横目に、サリオンは愛妾を向かえる準備をしていた。 「ダグラス兄様、助けて、助けて助けて助けて」 兄妹のように育った幼馴染であり、命の恩人である第四皇子にラケシスは助けを求めれば、ようやく愛しい子が自分の手の中に戻ってくるのだと、ダグラスは動き出す。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...