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第一章:聖女から冒険者へ

37.会いに行く②

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 転送装置を使い魔術研究所まで飛ぶと、円状の無機質な部屋の中心に私達は立っていた。
 周りには窓などは一切無く、部屋内は薄暗い。
 壁側には灯篭のような物がいくつか置かれていて、オレンジ色の朧げな光を放っていた。

(うわ……。これ、肝試しにでも来たような気分だよ。魔術研究所って怖い所だったらどうしよう。幽霊とか絶対無理っ!! ゾンビとか作ってないよね……?)

 私はいらぬことを想像し、一人でビクビクと震えていた。

「ここ、ちょっと怖いね」
「実は俺も、この内部に入るのは初めてなんだよな。だから詳しくは分からないけど、とりあえず奥に進んでみるか」

 ゼロは進行方向にある一本通路を眺めながら呟いた。

「うん、早く行こうっ!」

 私は恐怖心を抑えながら、掌にぎゅっと力を込めて覚悟を決めると一歩づつ歩き出した。
 通路の脇にも灯篭の様なものが置かれていて、不気味さを感じて足が何度も竦みそうになる。

「ルナ、大丈夫か?」
「ゆ、幽霊が出たらどうしよう!!」

 私が本気で怖がっていると、ゼロは困った様な顔を見せた。

「幽霊か。たしかに……、それっぽい雰囲気はあるが、そんな様な場所では無いと思うけどな。ルナが泣き出す前にさっさと進むか」
「わ、私、幽霊なんかこ、怖くないもんっ!」

 私が震えた声で答えるとゼロは、ははっと苦笑していた。

「はいはい。ルナは強い子だもんな。本気で泣き出す前に行くぞ」
「……っ!!」

 ゼロは棒読みの様に呟くと、震える私の手を取って少し早足で進んだ。
 きっと私の気持ちを察してくれたのだろう。

 ***

 長い通路を抜けると、大きな部屋へと出た。
 ここも円状の造りの部屋ではあったが、先程の様な無機質な感じはない。
 幾層にも続く本棚が部屋を取り囲み、まさに巨大な図書館といった感じで見る者を圧倒させる。
 頭上には複数の光の玉がふわふわと浮遊していて、室内全体を照らしているようだ。

「すごい……。周りにあるの全部本だよ! こんなの初めて見た……」
「恐らくここにある本は全て魔術書なんだろうな。噂で聞いたことはあったが、内部はこんな風になっているのか」

 私達は初めて目にする光景に驚き、暫く足を止めて周囲を食い入るように見渡していた。
 そこにはローブを身に付けた研究者と思われる者達が忙しなく歩き回っている。

「あの人達ってここの研究員かな?」
「見た感じそれっぽいな。意外と多いんだな」

「ルナ、取り合えずイザナを探すか」
「うんっ! でも結構広そうだから、二手に分かれて探す? 集合場所はこの中央の広場に決めて」

 私が提案するとゼロは少し悩んだ後「そうするか」と答えた。

「俺は二階と三階を探すから、ルナは一階を任せてもいいか?」
「うん、わかった! でもゼロは大変じゃない? ここ、かなり広そうだよ?」

「俺はルナより早く動けるからな。こういう時は結構役に立つだろ?」
「確かにっ! こういう時じゃなくても、ゼロはいつも役に立ってるよっ!」

 私が即答で返すと、ゼロは少し照れくさそうに「任せてくれ」と呟いた。

「取り合えず二時間くらい探してみるか。もし見つからなかったとしても、二時間後にここに集合な」
「はいっ! じゃあ、行って来るねっ!」

 私は元気良く答えるとゼロと別れて室内を歩き始めた。
 顔を上げて改めて全体を見渡して見ると、三階の天井にまで届きそうな程、本棚が積み上げられていて感心してしまう。
 身長より上に置かれている本はどうやって取るんだろう、なんてつい考えてしまう。

(まるで本の迷宮みたい……)

 この部屋の作りが円状で出来ている為、ぐるっと一周しながら見て周らないと、どこか見落としてしまいそうだ。
 もしここにイザナがいるとして、彼も動き回っていたらすれ違ってしまう可能性も高い。
 こんなに広いのだから、それは出来るだけ避けたいところだ。
 
(イザナはこんな所で何をしているんだろう。早くイザナに会いたいな……)

 彼の看病のおかげで私は早く回復出来たのだと思っている。
 だからそのお礼を直接伝えたい。

 勿論、それだけではない。
 イザナがソフィアと一緒にいる事を思い浮かべると、つい不安を感じてしまう。
 決してイザナの事を信じてないわけではないが、勝手に不安になってしまうのだから仕方が無い。
 二人が仲良く話していた姿を思い出すと、胸の奥がざわついてしまう。
 イザナの事ばかりを考えていると早く会いたくて、気持ちばかりが先走り、足取りも焦るように早くなる。

 先程からすれ違う者はいるが、ほとんどがここの研究者らしき人達だった。
 私は焦っていた為、角を曲がった先で周りの確認を怠り、人とぶつかってしまった。

(……!?)


「……大丈夫か?」

 ぶつかった衝撃で倒れそうになってしまったが、相手が私の体を支えてくれたおかげで倒れるのはどうやら免れたようだ。
 しかし、倒れはしなかったが体が密着する様な形になってしまい、私は慌てて離れた。

「ご、ごめんなさいっ!」

 私は慌てて謝った。
 その後ゆっくりと顔を上げると、長い赤髪のすらっとした体系の男が立っていた。
 その者は穏やかそうな表情をしながら、私の事を見つめていた。

「そんなに謝らなくても大丈夫だぞ。それより、ここは割と人がいるから、特に角では気を付けた方がいい」
「そうですよね。私、つい気持ちが焦ってしまって……、確認を忘れてしまいました。ごめんなさいっ」

 私は苦笑しながら答えた。

「あんたはここ来るのは初めてか? 見ない顔だよな。恰好から研究員って感じにも見えないし」
「私は今日初めて来ました。ちょっと人探しをしていて……」

「探し物は本じゃなくて人なのか? もしかして迷子か?」
「ち、違いますっ! どちらかと言えば私が探してる方で……」

 私は早くこの場から立ち去りたいのに、男がやたらと質問してくる所為で離れられずにいた。

「じゃあ迷子の誰かを探しているのか?」
「迷子って言うか……、探し人ですっ!」

(どうしよう、会話が終わらない……。早くイザナを探しに行きたいのにっ!)

「それって迷子と同じじゃないのか?」
「違いますっ! ……私急いでるので、これで」

 私がぺこっと頭を下げて先に進もうとすると「ちょっと待って」と言われ手首を掴まれた。

「あの、まだ何か?」
「その、迷子……じゃなくて、探し人の特徴教えてもらえるか?」

「え?」

 突然そんな事を聞かれ、私が戸惑って怪訝そうな表情を向けていると、その男は困った顔を見せた。

「あー、ごめん。説明不足だったな。俺さ、魔法でこの空間にある物を識別出来る能力を持っているんだよ。それは物じゃなくて人でも識別可能なんだ。だからあんたが特徴を教えてくれたら俺が調べてやれる。このフロア全てを周るのは相当大変だぞ? 俺に任せてくれたらすぐに終わるけど、どうする?」

「そんな便利な魔法があるんですか?」
「疑ってるのか? まあいいけどさ。試しに言ってみろよ。今回は特別にタダで探してやる。あんた、本当に焦ってそうに見えたからな」

 この男は嘘を言っている様には見えなかった。
 信じたわけでは無いが特徴を教えるくらいなら問題無いと思うし、特に見返りを求めている様子もうかがえなかったのでお願いすることにした。
 私はこの男にイザナの容姿を伝えた。

「なるほど……。長い金髪の髪を後ろで結んでいて、緑色の瞳。20代半ばで、職業は剣士か。白いコートを着ていて、身長は俺くらいと。とりあえずこれ位情報があればいけるかな。それじゃあ始めるから、少し待っていろよな」
「お願いしますっ……」

 私はドキドキしながら見守っていた。

(本当に、これだけで見つかるのかな……)
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