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第一章:聖女から冒険者へ
10.私の想い
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二階に戻って来ると、イザナの姿が目に入った。
そして近くにはまだティアラとその執事であるレイラスの姿もあり、私は表情を曇らせた。
「ルナ、大丈夫だったか?」
イザナは私達の存在に気が付くと、こちらに近づいて来た。
私の顔を真直ぐ見つめながら心配そうにそう問いかけてくる。
「うん」
私の心の中はティアラの所為で些か曇ったままではあるが、イザナの顔を見るとどこか安心感を覚えた。
私が笑顔で答えると、イザナは安堵したように笑い「良かった」と返して来た。
「無事、任務完了だな」
ゼロは私の方に視線を向けると、にっと悪戯ぽく笑っていた。
「あの、宜しかったらこれから私の別邸でお茶でもしませんか? 迷惑をかけてしまったので、そのお詫びも兼ねて……。いかがかしら?」
「悪いな。俺達は疲れてるんだ。遠慮する」
ティアラは突然そんなことを言い出して来たが、ゼロはすぐさま言い返した。
私も今は疲れているので休みたかったし、何よりティアラと一緒には過ごしたくなかった。
きっと反省なんていうのは嘘で、私にイザナとの仲を見せつけようとでも考えているのだろう。
先程の勝ち誇った顔を思い出すと、どうしてもそんな風に思えて来てしまう。
「……そう、残念ね。ルナさん、貴女はどうかしら?」
「え?」
ティアラはゼロにあっさり断られてしまい残念そうに肩を落とすと、今度は名指しで私に聞いて来た。
(行きたくない……)
私がどうしようと狼狽えていると、横からゼロが口を挟んでくる。
「悪いがルナもパスな。ああ、ルナはイザナに何か話したい事があるらしい。ってことでイザナもパスな。悪いな、お嬢様」
「……なっ!!」
ゼロに先に答えられてしまい、ティアラは口をパクパクとして戸惑っている様子だ。
一応ティアラは公爵令嬢だが、ゼロはそのことを知らないのかもしれない。
そしてゼロが何食わぬ顔で「行こうか」と言い出したので、私達もそれに倣い出口の方へと歩き出した。
イザナはティアラの姿を一瞥するも、何も言葉を口にすることはなかった。
とりあえずこれでティアラから避けられたので、私はほっとしていた。
***
「ルナ、私に話って何かな?」
「……っ、それはっ!」
隣を並んで歩くイザナに突然話を振られ、私は動揺していた。
たしかに自分の気持ちをイザナに伝えるのだと覚悟を決めたが、まだ心の準備が何も出来ていない。
しかも先にゼロに話があることを言われてしまい、なんて答えたら良いのか分からなくなり言葉を詰まらせていた。
(どうしよう……。まだどうやって言おうかも決めてないのにっ!)
「俺は一度ギルドに寄るから、ルナはイザナとゆっくり話して来なよ。あー、それと俺、今日はちょっと予定あるからそのまま出かけるわ。って事でまたな!」
「え!? ちょ、ちょっと待って……!」
私が焦った様に声を掛けるも、既にゼロは走り出していてあっという間に遠ざかっていく。
(ゼロ、お願いだから二人にしないでっ……! この状況でイザナと二人とか、無理っ!!)
ただでさえ動揺しているというのに、この状態で二人にされてしまったら余計に変に意識してしまい、何を話していいのかすら分からなくなってしまう。
「ルナ、今日は本当にごめん。まさかティアラがこんな場所にいるなんて思ってもいなくて。どこか怪我をしたりとかはしていないか?」
「ううん、それは大丈夫。……私もびっくりした。ゼロって本当に強いんだね。ちょっと驚いちゃった」
彼は戦闘慣れしていたし、ドラゴンにすら怯まなかった。
寧ろ愉しんでいるように見えたくらいだ。
「ゼロは一応Sランク冒険者だからな」
「S!? 本当に!? ……でも、納得かも」
(ゼロってそんなすごい人だったんだ……。それなら慣れているのも当然か)
私は驚きから、思わず声を張り上げてしまった。
Sランク冒険者と言えば最上級に当たる者達だ。
だけど、それならば色々と納得も出来てしまう。
「私も今回のでランク上がるかな」
「上がるのは間違いないはずだ。元々ここはDランク向けの依頼だったからな」
「そうだよね! ちょっと報告が楽しみになって来た!」
今の話を聞いて胸が高鳴り、私は嬉しそうに答えていた。
「ルナ、ところでさっきゼロが言っていた話って何?」
「え、っと……それはっ!」
再びその話題に戻され、私は戸惑いから目を泳がせてしまう。
こんな狼狽えた姿を見せてしまっては怪しまれると分かっているが、まだ何も考えていないので当然言葉なんて出て来ない。
(ど、どうしよう……!)
今日は心の準備も出来て無いし、戦闘で疲れているし、また別の機会にして貰おうとも考えてしまう。
しかし、これはゼロが私の為に作ってくれたチャンスだ。
今を逃してしまったら、また覚悟が鈍って伝える機会がどんどん遠ざかってしまうに違いない。
もう迷わないって決めたのに、私はまた後回しにして逃げようとしている。
私は本当に臆病者だ。
(こんな考え方じゃ、いつまで経っても変わらないよね……)
そう自分に言い聞かせると、ぎゅっと掌を握りしめ私は覚悟を決めた。
「私、イザナに話したい事があるの! あのっ、出来たら落ち着いたところで話したいかも……」
「分かった。それならば、私が泊っている部屋で話そうか? あそこなら誰にも邪魔をされることはないし、ゆっくり出来るはずだ」
イザナは快く私の言葉を受け入れてくれた。
これからイザナに自分の気持ちを伝えると思うと、ドキドキして鼓動が早くなる。
***
私達は遺跡を抜けるとそのまま街に帰り、イザナが宿泊している施設の部屋へと来ていた。
ここに来るのは二度目になるが、貴族の部屋と言う感じがして私は落ち着くことが出来なかった。
数年間は王城での暮らしをしていたわけだが、その時も豪華なものに囲まれていて、やっぱり落ち着けなかった。
家具に傷を付けたらどうしようとか、余計なことをつい考えてしまうようだ。
「ルナ、喉が乾いたんじゃないか? 何か用意するから座って待っていて」
「それなら私がっ!」
「今日はルナに迷惑をかけてしまったし、戦闘で疲れているだろう? だから遠慮しないで座っていて」
イザナにそう言われて、私は中央にあるソファで待つことにした。
今のうちに何を言おうか考えなきゃ! と必死に頭の中で言葉を纏めていた。
(落ち着こう、うん。まずはそこから……)
私は高鳴っていく心を落ち着かせる様に、深呼吸を繰り返す。
しかし考えれば考える程、バクバクと鼓動が速くなっていく様な気がする。
まるで自分を追い込んでいる様な気分だ。
「はい。ルナの好きな果実水だよ」
イザナは用意してくれた果実水を私に手渡してくれた。
中には氷が入っていて、グラスに触れるだけでその冷気を感じることが出来て気持ち良かった。
私はごくごくと一気に飲み干した。
喉が渇いてたこともあったが、緊張から思わず全部飲んでしまった。
(冷たくて美味しい!)
「ふふっ、そんなに喉が渇いていたのか? まだあるから沢山飲んでいいよ」
そう言うとイザナは私の持ってるグラスに果実水を注いでくれた。
「あ、あのっ! 私……」
私は手に持っているグラスをテーブルに置き、隣に座っているイザナの方に体を傾けた。
意を決して声をかけてみるが、目が合った瞬間緊張から言葉がそこで止まってしまう。
「ゆっくりでいいよ」
「……っ、うん」
イザナはそんな私を落ち着かせるかのように、穏やかな声をかけてくれる。
いつも余裕が無いのは私ばかりで、少し悔しくも思えて来てしまう。
私は自分の胸に手を当てて心を落ち着かせようとする。
(ちゃんと伝えるって決めたんだから!)
もうこんな曖昧な関係でいるのは耐えられなかった。
もしかしたら、はっきりと否定されるかもしれない。
そう言われたらきっと私はショックを受けてしまうだろうけど、またティアラが現れて耐えるだけなのはもう嫌だった。
イザナが私の思いに答えてくれなかった時は、潔く身を引こうとも考えていた。
「私、イザナの事が好きなのっ!」
「私もルナの事が好きだよ」
私が必死な顔で気持ちを伝えると、イザナは一瞬驚いた顔を見せた。
だけどすぐにいつもの様な優しい表情へと変わり、普段の口調でさらりと答えた。
「え……っと、違うの。そう言う意味の好きじゃなくて。私の好きは、恋人のような関係になりたいって意味での好きで」
自分で言っていて恥ずかしくなる。
次第に私の顔は沸騰する様に真っ赤に染まっていった。
(自分の口で恋人のようにとか……、恥ずかしいっ!)
「ルナは本当に可愛いな。必死な顔で好きだと言ってくれて、堪らない気持ちになるよ。私の好きもルナと同じだよ」
「違うよっ!」
私はムッと顔を顰めると、思わず強い口調で言い返してしまう。
イザナの好きは、私の思っているものとは違う気がする。
恋人に向けるような感情ではなく、どちらかと言えば友人や家族に向けるような感覚に近いのだろう。
大事にして貰っているのは分かるけど、恋人の様に愛されていると感じたことは一度もない。
今までそういった雰囲気になった事がなかったからであり、私がそう思うのも当然だと言える。
「違う? それはどういう意味かな?」
「だって、私と結婚してくれたのは命令だったからでしょ? イザナは優しいから、私が一人になるのが可哀そうだと思って、一緒にいてくれてるんだよね。分かってるよ……」
今の私の心は様々な感情が混ざり合い、つい責めるような言い方をしてしまう。
イザナが悪いわけではないことくらい分かっているのに、私の中の感情が暴走し止まらなった。
しかし私の話を大人しく聞いていたイザナは、突然「はぁ」と大きくため息を漏らした。
「やっぱり、そう思われていたか。いつもルナはからかっていると言っていたから、なんとなく予想は付いていたけどな」
「……違うの?」
私が恐る恐る聞くとイザナの手が私の方へと伸びて来て、頬に添えるように触れられた。
「全然違うよ。だけど、誤解をさせるような態度を取った私も悪い。確かに私は父である国王の命によりルナと結婚した。だけどそれは私の意思でもあるんだ。我が国はどうしてもルナの事を手放したくはなかったようだ。国の中にルナを囲おうとして、王子である私との結婚を決めさせた。世界は救われたけど、聖女であるルナの力は偉大だ。そんな力をみすみす逃したくはなかったのだろう。本当にどこまでも身勝手過ぎて呆れるよな。もし私が結婚を拒めば、他の貴族を宛てがうつもりだと言われたよ」
その話に絶句した。
私は世界が平和に戻る事で、聖女としての役目を果たしたのだと思っていた。
しかし、それでもまだ私の事を押さえつけて、利用しようと思っていたのだろうか。
(そんなのって……、酷い!)
「王族の人間として謝らせて欲しい。本当にすまない」
「……っ、別にイザナが悪いわけではないよ! イザナは私の話を聞いてくれたし、イザナだけは違っていた……」
イザナは過去を思い出すように話していて、その表情は何処か苦し気に見えた。
彼の今の姿を見ていると、私の方まで辛い気持ちになってしまう。
私はイザナに謝って欲しいわけでもなければ、その事に対して責めるつもりも無い。
彼はそのような考え方をしてない事が分かっているからこそ、私がそんな表情をさせてしまっていることが辛く思えた。
それに、そこまで私のことを考えてくれているのだと知り嬉しかった。
でもそんな話を聞いてしまうと、本当に私が可哀そうで傍にいてくれているとも思えて来てしまう。
(やっぱり、そういうことなのかな……)
「ルナは誤解している様だから、今日ははっきり言わせてもらうね。私がルナのことを思う気持ちは同情からなんかではないよ。共に戦うようになって、傍でずっと見て来たつもりだ。一人だから可哀そうだなんて思ったことは一度もないよ。我慢してしまう所はあるようだけど、ルナは強い人間だと思う。きっと私が傍に居なくても、ルナは一人で生きていけるだろう。だけど、そうしたくはなかったんだ。離したくなかった」
「それなら、どうして私に触れてくれないの?」
愛されているのかずっと分からなかった。
結婚して二年経つけど、イザナは一度も私を求めて来ない。
だから不安になって、同情から傍に居るのだと考えてしまった。
「それは、一度でも抱いてしまえば二度と手放せなくなると思ったからだよ。ルナはこの世界の人間では無い。いつか帰る方法が見つかるかもしれない。そうなった時、私はきっとルナの事を返してやれなくなる。それが怖かった……」
イザナはどこか悲し気な瞳をしているように見えた。
(それって、イザナも私と同じ気持ちでいてくれたってこと……? そう思ってもいいの?)
「だけど、もう手遅れだな」
「え……?」
イザナは僅かに瞳を細めると、ゆっくりと私との距離を縮めていく。
真直ぐに見つめられ、視線を逸らす事なんて出来ない。
私はただドキドキしながらイザナの顔を見つめていた。
それから暫くすると唇に柔らかいものが当たった。
「ルナが私の事を求めてくれるのなら、もう絶対に離さない」
そして近くにはまだティアラとその執事であるレイラスの姿もあり、私は表情を曇らせた。
「ルナ、大丈夫だったか?」
イザナは私達の存在に気が付くと、こちらに近づいて来た。
私の顔を真直ぐ見つめながら心配そうにそう問いかけてくる。
「うん」
私の心の中はティアラの所為で些か曇ったままではあるが、イザナの顔を見るとどこか安心感を覚えた。
私が笑顔で答えると、イザナは安堵したように笑い「良かった」と返して来た。
「無事、任務完了だな」
ゼロは私の方に視線を向けると、にっと悪戯ぽく笑っていた。
「あの、宜しかったらこれから私の別邸でお茶でもしませんか? 迷惑をかけてしまったので、そのお詫びも兼ねて……。いかがかしら?」
「悪いな。俺達は疲れてるんだ。遠慮する」
ティアラは突然そんなことを言い出して来たが、ゼロはすぐさま言い返した。
私も今は疲れているので休みたかったし、何よりティアラと一緒には過ごしたくなかった。
きっと反省なんていうのは嘘で、私にイザナとの仲を見せつけようとでも考えているのだろう。
先程の勝ち誇った顔を思い出すと、どうしてもそんな風に思えて来てしまう。
「……そう、残念ね。ルナさん、貴女はどうかしら?」
「え?」
ティアラはゼロにあっさり断られてしまい残念そうに肩を落とすと、今度は名指しで私に聞いて来た。
(行きたくない……)
私がどうしようと狼狽えていると、横からゼロが口を挟んでくる。
「悪いがルナもパスな。ああ、ルナはイザナに何か話したい事があるらしい。ってことでイザナもパスな。悪いな、お嬢様」
「……なっ!!」
ゼロに先に答えられてしまい、ティアラは口をパクパクとして戸惑っている様子だ。
一応ティアラは公爵令嬢だが、ゼロはそのことを知らないのかもしれない。
そしてゼロが何食わぬ顔で「行こうか」と言い出したので、私達もそれに倣い出口の方へと歩き出した。
イザナはティアラの姿を一瞥するも、何も言葉を口にすることはなかった。
とりあえずこれでティアラから避けられたので、私はほっとしていた。
***
「ルナ、私に話って何かな?」
「……っ、それはっ!」
隣を並んで歩くイザナに突然話を振られ、私は動揺していた。
たしかに自分の気持ちをイザナに伝えるのだと覚悟を決めたが、まだ心の準備が何も出来ていない。
しかも先にゼロに話があることを言われてしまい、なんて答えたら良いのか分からなくなり言葉を詰まらせていた。
(どうしよう……。まだどうやって言おうかも決めてないのにっ!)
「俺は一度ギルドに寄るから、ルナはイザナとゆっくり話して来なよ。あー、それと俺、今日はちょっと予定あるからそのまま出かけるわ。って事でまたな!」
「え!? ちょ、ちょっと待って……!」
私が焦った様に声を掛けるも、既にゼロは走り出していてあっという間に遠ざかっていく。
(ゼロ、お願いだから二人にしないでっ……! この状況でイザナと二人とか、無理っ!!)
ただでさえ動揺しているというのに、この状態で二人にされてしまったら余計に変に意識してしまい、何を話していいのかすら分からなくなってしまう。
「ルナ、今日は本当にごめん。まさかティアラがこんな場所にいるなんて思ってもいなくて。どこか怪我をしたりとかはしていないか?」
「ううん、それは大丈夫。……私もびっくりした。ゼロって本当に強いんだね。ちょっと驚いちゃった」
彼は戦闘慣れしていたし、ドラゴンにすら怯まなかった。
寧ろ愉しんでいるように見えたくらいだ。
「ゼロは一応Sランク冒険者だからな」
「S!? 本当に!? ……でも、納得かも」
(ゼロってそんなすごい人だったんだ……。それなら慣れているのも当然か)
私は驚きから、思わず声を張り上げてしまった。
Sランク冒険者と言えば最上級に当たる者達だ。
だけど、それならば色々と納得も出来てしまう。
「私も今回のでランク上がるかな」
「上がるのは間違いないはずだ。元々ここはDランク向けの依頼だったからな」
「そうだよね! ちょっと報告が楽しみになって来た!」
今の話を聞いて胸が高鳴り、私は嬉しそうに答えていた。
「ルナ、ところでさっきゼロが言っていた話って何?」
「え、っと……それはっ!」
再びその話題に戻され、私は戸惑いから目を泳がせてしまう。
こんな狼狽えた姿を見せてしまっては怪しまれると分かっているが、まだ何も考えていないので当然言葉なんて出て来ない。
(ど、どうしよう……!)
今日は心の準備も出来て無いし、戦闘で疲れているし、また別の機会にして貰おうとも考えてしまう。
しかし、これはゼロが私の為に作ってくれたチャンスだ。
今を逃してしまったら、また覚悟が鈍って伝える機会がどんどん遠ざかってしまうに違いない。
もう迷わないって決めたのに、私はまた後回しにして逃げようとしている。
私は本当に臆病者だ。
(こんな考え方じゃ、いつまで経っても変わらないよね……)
そう自分に言い聞かせると、ぎゅっと掌を握りしめ私は覚悟を決めた。
「私、イザナに話したい事があるの! あのっ、出来たら落ち着いたところで話したいかも……」
「分かった。それならば、私が泊っている部屋で話そうか? あそこなら誰にも邪魔をされることはないし、ゆっくり出来るはずだ」
イザナは快く私の言葉を受け入れてくれた。
これからイザナに自分の気持ちを伝えると思うと、ドキドキして鼓動が早くなる。
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私達は遺跡を抜けるとそのまま街に帰り、イザナが宿泊している施設の部屋へと来ていた。
ここに来るのは二度目になるが、貴族の部屋と言う感じがして私は落ち着くことが出来なかった。
数年間は王城での暮らしをしていたわけだが、その時も豪華なものに囲まれていて、やっぱり落ち着けなかった。
家具に傷を付けたらどうしようとか、余計なことをつい考えてしまうようだ。
「ルナ、喉が乾いたんじゃないか? 何か用意するから座って待っていて」
「それなら私がっ!」
「今日はルナに迷惑をかけてしまったし、戦闘で疲れているだろう? だから遠慮しないで座っていて」
イザナにそう言われて、私は中央にあるソファで待つことにした。
今のうちに何を言おうか考えなきゃ! と必死に頭の中で言葉を纏めていた。
(落ち着こう、うん。まずはそこから……)
私は高鳴っていく心を落ち着かせる様に、深呼吸を繰り返す。
しかし考えれば考える程、バクバクと鼓動が速くなっていく様な気がする。
まるで自分を追い込んでいる様な気分だ。
「はい。ルナの好きな果実水だよ」
イザナは用意してくれた果実水を私に手渡してくれた。
中には氷が入っていて、グラスに触れるだけでその冷気を感じることが出来て気持ち良かった。
私はごくごくと一気に飲み干した。
喉が渇いてたこともあったが、緊張から思わず全部飲んでしまった。
(冷たくて美味しい!)
「ふふっ、そんなに喉が渇いていたのか? まだあるから沢山飲んでいいよ」
そう言うとイザナは私の持ってるグラスに果実水を注いでくれた。
「あ、あのっ! 私……」
私は手に持っているグラスをテーブルに置き、隣に座っているイザナの方に体を傾けた。
意を決して声をかけてみるが、目が合った瞬間緊張から言葉がそこで止まってしまう。
「ゆっくりでいいよ」
「……っ、うん」
イザナはそんな私を落ち着かせるかのように、穏やかな声をかけてくれる。
いつも余裕が無いのは私ばかりで、少し悔しくも思えて来てしまう。
私は自分の胸に手を当てて心を落ち着かせようとする。
(ちゃんと伝えるって決めたんだから!)
もうこんな曖昧な関係でいるのは耐えられなかった。
もしかしたら、はっきりと否定されるかもしれない。
そう言われたらきっと私はショックを受けてしまうだろうけど、またティアラが現れて耐えるだけなのはもう嫌だった。
イザナが私の思いに答えてくれなかった時は、潔く身を引こうとも考えていた。
「私、イザナの事が好きなのっ!」
「私もルナの事が好きだよ」
私が必死な顔で気持ちを伝えると、イザナは一瞬驚いた顔を見せた。
だけどすぐにいつもの様な優しい表情へと変わり、普段の口調でさらりと答えた。
「え……っと、違うの。そう言う意味の好きじゃなくて。私の好きは、恋人のような関係になりたいって意味での好きで」
自分で言っていて恥ずかしくなる。
次第に私の顔は沸騰する様に真っ赤に染まっていった。
(自分の口で恋人のようにとか……、恥ずかしいっ!)
「ルナは本当に可愛いな。必死な顔で好きだと言ってくれて、堪らない気持ちになるよ。私の好きもルナと同じだよ」
「違うよっ!」
私はムッと顔を顰めると、思わず強い口調で言い返してしまう。
イザナの好きは、私の思っているものとは違う気がする。
恋人に向けるような感情ではなく、どちらかと言えば友人や家族に向けるような感覚に近いのだろう。
大事にして貰っているのは分かるけど、恋人の様に愛されていると感じたことは一度もない。
今までそういった雰囲気になった事がなかったからであり、私がそう思うのも当然だと言える。
「違う? それはどういう意味かな?」
「だって、私と結婚してくれたのは命令だったからでしょ? イザナは優しいから、私が一人になるのが可哀そうだと思って、一緒にいてくれてるんだよね。分かってるよ……」
今の私の心は様々な感情が混ざり合い、つい責めるような言い方をしてしまう。
イザナが悪いわけではないことくらい分かっているのに、私の中の感情が暴走し止まらなった。
しかし私の話を大人しく聞いていたイザナは、突然「はぁ」と大きくため息を漏らした。
「やっぱり、そう思われていたか。いつもルナはからかっていると言っていたから、なんとなく予想は付いていたけどな」
「……違うの?」
私が恐る恐る聞くとイザナの手が私の方へと伸びて来て、頬に添えるように触れられた。
「全然違うよ。だけど、誤解をさせるような態度を取った私も悪い。確かに私は父である国王の命によりルナと結婚した。だけどそれは私の意思でもあるんだ。我が国はどうしてもルナの事を手放したくはなかったようだ。国の中にルナを囲おうとして、王子である私との結婚を決めさせた。世界は救われたけど、聖女であるルナの力は偉大だ。そんな力をみすみす逃したくはなかったのだろう。本当にどこまでも身勝手過ぎて呆れるよな。もし私が結婚を拒めば、他の貴族を宛てがうつもりだと言われたよ」
その話に絶句した。
私は世界が平和に戻る事で、聖女としての役目を果たしたのだと思っていた。
しかし、それでもまだ私の事を押さえつけて、利用しようと思っていたのだろうか。
(そんなのって……、酷い!)
「王族の人間として謝らせて欲しい。本当にすまない」
「……っ、別にイザナが悪いわけではないよ! イザナは私の話を聞いてくれたし、イザナだけは違っていた……」
イザナは過去を思い出すように話していて、その表情は何処か苦し気に見えた。
彼の今の姿を見ていると、私の方まで辛い気持ちになってしまう。
私はイザナに謝って欲しいわけでもなければ、その事に対して責めるつもりも無い。
彼はそのような考え方をしてない事が分かっているからこそ、私がそんな表情をさせてしまっていることが辛く思えた。
それに、そこまで私のことを考えてくれているのだと知り嬉しかった。
でもそんな話を聞いてしまうと、本当に私が可哀そうで傍にいてくれているとも思えて来てしまう。
(やっぱり、そういうことなのかな……)
「ルナは誤解している様だから、今日ははっきり言わせてもらうね。私がルナのことを思う気持ちは同情からなんかではないよ。共に戦うようになって、傍でずっと見て来たつもりだ。一人だから可哀そうだなんて思ったことは一度もないよ。我慢してしまう所はあるようだけど、ルナは強い人間だと思う。きっと私が傍に居なくても、ルナは一人で生きていけるだろう。だけど、そうしたくはなかったんだ。離したくなかった」
「それなら、どうして私に触れてくれないの?」
愛されているのかずっと分からなかった。
結婚して二年経つけど、イザナは一度も私を求めて来ない。
だから不安になって、同情から傍に居るのだと考えてしまった。
「それは、一度でも抱いてしまえば二度と手放せなくなると思ったからだよ。ルナはこの世界の人間では無い。いつか帰る方法が見つかるかもしれない。そうなった時、私はきっとルナの事を返してやれなくなる。それが怖かった……」
イザナはどこか悲し気な瞳をしているように見えた。
(それって、イザナも私と同じ気持ちでいてくれたってこと……? そう思ってもいいの?)
「だけど、もう手遅れだな」
「え……?」
イザナは僅かに瞳を細めると、ゆっくりと私との距離を縮めていく。
真直ぐに見つめられ、視線を逸らす事なんて出来ない。
私はただドキドキしながらイザナの顔を見つめていた。
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どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
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*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
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