6 / 45
6.上書き
しおりを挟む
どれ位の時間があれから経ったのだろう。
さっきまで賑やかだった声も、今は何も聞こえず静かな空間へと変わっていた。
ハーラルトはずっと私の事を抱きしめていてくれた。
温かい体温を感じるだけで、心がほっと安らげるような気になる。
ここにハーラルトが居てくれて良かったと思った。
「少しは落ち着いたか…?」
「はい…、なんかごめんなさい…」
私は真っ赤にした目でハーラルトを見ながら力なく笑って見せた。
「無理に笑う必要はない。それに…すごく目が腫れているな、今日はもう帰るか?さすがに勉強する気にもなれないだろう?」
ハーラルトは真っ赤に染まった私の目の下を優しく指で撫でて、涙を拭ってくれた。
「……あの、良かったら…少し話を聞いてくれませんか?」
私がそう言うとハーラルトは『構わないよ』と優しい口調で言ってくれた。
ずっと一人で胸の奥にしまっていた事。
誰かに話を聞いてもらいたいと急に思った。
ハーラルトの優しさに甘えてしまいたいと思ってしまった。
「廊下で立ったままでいるのは疲れるだろう、教室に戻ろうか。きっともう誰も居ないはずだ」
「はい…」
私達は教室に引き返すことにした。
戻る間、ハーラルトはずっと私の手を握っていてくれた。
掌から伝わるハーラルトの体温が私を安心させてくれる気がした。
どうしてこの人はこんなに優しいんだろう。
そんなことを考えていると教室に着いて、空いている椅子に座った。
私は一度深呼吸をして心を落ち着かせるとゆっくりとした口調で今までの事をハーラルトに説明した。
突然婚約が解消されてしまった事、そしてマティアスには既に新しい婚約者が決まった事。
そして私の想いについても。
私が話し終わるとハーラルトは私の事を再び優しく抱きしめた。
突然抱きしめられ私はドキドキしてしまう。
「辛かったな、だけど無理に忘れようとする必要は無いんじゃないか?」
「……そうかな?」
「無理に忘れようとすると余計に思い出したりするものだろ。それに大抵の事は時間が経てば自然と忘れられるものだ」
「確かにそうかもしれないけど……思い出すと…辛いんです」
早く忘れられたらどんなに楽なんだろう。
私はマティアスを見る度に、何度もきっと思い出してしまうのだろう。
楽しかった日々も、あの残酷な言葉も。
私が泣きそうな顔をしていると、不意にハーラルトの掌が私の頬に優しく添えられた。
思わず私が視線を上げると、真直ぐに見つめるハーラルトの顔がそこにはあった。
「それなら、その記憶を僕に上書きされてみる気はあるか?」
「え…?」
なんの事を言ってるのかわからないと言った表情でハーラルトを私はただ見つめていた。
「意味が分からないって顔をしているな。こういう事だ…」
「………っ…」
ハーラルトは優しい口調で小さく笑みを見せると、暫くしてから唇に柔らかいものが当たった。
突然の事で私は驚いて固まってしまった。
「黙っているならもっとするぞ?」
「あっ…まって……んんっ…!」
我に返ると私の顔は真っ赤に染まっていた。
その言葉に慌てて拒否しようとするも、再び唇は奪われていた。
「君の唇は涙の味がするな…」
さっきまで賑やかだった声も、今は何も聞こえず静かな空間へと変わっていた。
ハーラルトはずっと私の事を抱きしめていてくれた。
温かい体温を感じるだけで、心がほっと安らげるような気になる。
ここにハーラルトが居てくれて良かったと思った。
「少しは落ち着いたか…?」
「はい…、なんかごめんなさい…」
私は真っ赤にした目でハーラルトを見ながら力なく笑って見せた。
「無理に笑う必要はない。それに…すごく目が腫れているな、今日はもう帰るか?さすがに勉強する気にもなれないだろう?」
ハーラルトは真っ赤に染まった私の目の下を優しく指で撫でて、涙を拭ってくれた。
「……あの、良かったら…少し話を聞いてくれませんか?」
私がそう言うとハーラルトは『構わないよ』と優しい口調で言ってくれた。
ずっと一人で胸の奥にしまっていた事。
誰かに話を聞いてもらいたいと急に思った。
ハーラルトの優しさに甘えてしまいたいと思ってしまった。
「廊下で立ったままでいるのは疲れるだろう、教室に戻ろうか。きっともう誰も居ないはずだ」
「はい…」
私達は教室に引き返すことにした。
戻る間、ハーラルトはずっと私の手を握っていてくれた。
掌から伝わるハーラルトの体温が私を安心させてくれる気がした。
どうしてこの人はこんなに優しいんだろう。
そんなことを考えていると教室に着いて、空いている椅子に座った。
私は一度深呼吸をして心を落ち着かせるとゆっくりとした口調で今までの事をハーラルトに説明した。
突然婚約が解消されてしまった事、そしてマティアスには既に新しい婚約者が決まった事。
そして私の想いについても。
私が話し終わるとハーラルトは私の事を再び優しく抱きしめた。
突然抱きしめられ私はドキドキしてしまう。
「辛かったな、だけど無理に忘れようとする必要は無いんじゃないか?」
「……そうかな?」
「無理に忘れようとすると余計に思い出したりするものだろ。それに大抵の事は時間が経てば自然と忘れられるものだ」
「確かにそうかもしれないけど……思い出すと…辛いんです」
早く忘れられたらどんなに楽なんだろう。
私はマティアスを見る度に、何度もきっと思い出してしまうのだろう。
楽しかった日々も、あの残酷な言葉も。
私が泣きそうな顔をしていると、不意にハーラルトの掌が私の頬に優しく添えられた。
思わず私が視線を上げると、真直ぐに見つめるハーラルトの顔がそこにはあった。
「それなら、その記憶を僕に上書きされてみる気はあるか?」
「え…?」
なんの事を言ってるのかわからないと言った表情でハーラルトを私はただ見つめていた。
「意味が分からないって顔をしているな。こういう事だ…」
「………っ…」
ハーラルトは優しい口調で小さく笑みを見せると、暫くしてから唇に柔らかいものが当たった。
突然の事で私は驚いて固まってしまった。
「黙っているならもっとするぞ?」
「あっ…まって……んんっ…!」
我に返ると私の顔は真っ赤に染まっていた。
その言葉に慌てて拒否しようとするも、再び唇は奪われていた。
「君の唇は涙の味がするな…」
3
お気に入りに追加
1,792
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる