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38.己を信じる②

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「ユーリ……!」
「無事で何よりだ」

 私の声に気付いたユーリは安堵した声で小さく呟いた。
 その声に私は「うん」と嬉しそうに答えた。

 今の私はウィッグを被り、仮面を付けている状態。
 そのこともあり私がセラであることは、カレンもクリストフも全然気付いていない様子だった。 

「まだ仲間がいたのか……。マルセル殿、目の前に立っているのは亡霊です。今の貴方なら完全にそれを断ち切ることが出来る。勇者として真価を皆に示してください。そして直ぐ傍には聖女様もいらっしゃる。さあ、マルセル殿……、悪しき亡霊を倒してください」
「……亡霊か。たしかにその通りだな。兄上はもうこの世にはいない……。確かにあの時死んでいるのを確認した……」

 マルセルはクリストフの言葉を聞いてブツブツと独り言を呟いていた。

「これが亡霊? 普通の人間に見えるけど……。しかも綺麗な顔。殺すのは少し勿体なくない?」

 そんな傍らでカレンはクリストフに呑気なことを告げていた。
 私は彼女らしい言葉に思わず苦笑してしまう。

「彼をのさばらせておけば、後々面倒な事になる。カレン分かって欲しい」
「そうなの? それなら、どんな風に面倒なことになるのか教えて。私は聖女よ、勝手に倒すことは許さないわ! それにさっきマルセル皇子は兄上って言っていたわ……」

「カレン、今は口を出さないで欲しい」
「はぁ? 聖女である私に口答えするつもり!?」

 カレンは不満そうに文句をぶつけると、クリストフに迫っている様子だった。
 彼女のおかげでクリストフの注意は他のところに向けられている。
 今ならマルセルを振り切りさえすれば、この場から逃れることが出来そうだ。

 私は咄嗟にユーリの傍に近づいた。

「ユーリ、このまま転移魔法でどこかに逃げれば……」
「いや、それは出来ない」

「どうして……?」
「私の魔法は封じられているようだ」

 ユーリはマルセルに視線を向けたまま、声だけ私に返してくれている。
 私は彼の代わりに周囲を見渡して見るも、人数が多すぎて誰が阻害しているのか直ぐに特定るすることは出来なかった。
 一人ずつステータスを覗いていけば、そのうち特定出来るのかもしれないが、今はそんな悠長なことを考えている余裕も無い。

「それなら私が弟さんの動きを封じるから、様子が変わったらすぐに私の手に掴まって」
「何をするつもりだ?」

「多分上手くいくと思う。ううん、絶対に上手くいく。だから私を信じて……」
「……分かった」

 この場でもユーリは武器を手に持っていなかった。
 魔法を封じていると言っていたので、魔法の掛けられた大剣が使えないと言うことなのだろうか。
 詳しい理由は分からなかったが、あのナイフが有効であることは先程のゼフィルで確認済みだ。
 少しでも擦ることが出来たら私の勝ち。
 
(絶対に上手くいく……!)

 私はそう信じて、マルセルの太ももを狙うようにしてナイフを投げた。 
 するとナイフは彼の足下に触れて、直ぐに地面へと落ちた。
 考えてみれば、私の攻撃は必中なので外れることはなかった。

 ナイフが当たった瞬間、マルセルの血走った目が私の方へと向けられる。
 殺意に満ちた瞳に囚われ、ゾクッと全身に鳥肌が立ち一瞬体が震えてしまう。
 だけど今は怯んでいる場合ではないのだと、私は自分に言い聞かせた。

「ユーリ、掴まって」
「ああ」

 彼が私の手を握るのを確認すると、直ぐに体を浮遊させた。

「セラ、魔法が使えるのか?」
「違う。これは……って今は説明している暇はなさそうかも」

 私達が浮き上がっていることに気付くと、クリストフがこちらに向けて呪文を唱え出しているのが見えた。
 そこでそれが放たれる前に、扉へと向けと飛び出した。
 速度強化を取っていたため、意識を強めると、一気に加速し扉をくぐり抜けていった。

(ユーリが扉を蹴破ってくれたおかげで、すんなりと通れた)

 あっという間に屋敷内から出て、夜の闇へと消えていく。
 暫く飛んでいると、王都の外まで問題なく出ることが出来た。
 あまりにもあっさりと解決出来てしまい、少し拍子抜けだ。

 そして森の中に開けた場所が見えたので、そこに着地することにした。
 夜の森は危険とされているが、それは敵だって同じこと。
 恐らくここに身を隠している限り、敵も直ぐには追っては来ないだろう。

「ここまで来れば安心かも。もう手を離しても大丈夫です」

 着地したことを確認して私はユーリに声を掛けると、突然腕を引かれ彼の胸の中に押し込められた。
 そして気付くときつく抱きしめられていた。

「本当に無事で良かった……。あの時、セラと離れてしまったことを深く後悔した」
「ユーリ……」
 
 ユーリの声はどこか震えているように聞こえた。
 本気で心配していることが伝わってきて、私も彼のことを抱きしめ返していた。
 胸が熱くなり、目尻からは涙が溢れてくる。

「わた、しもっ……」
「セラ、もう私の元から離れないでくれ」

「うんっ、絶対に離れないっ……」

 彼の温もりに包まれて、次第に私の心は安堵感に包まれていく。
 暫くすると彼の腕が緩まり、今度は顔を覗かれる。
 夜ではあるが月の光が辺りを照らしているため、ユーリの表情を確認することが出来た。

 彼の大きな掌が私の頬に触れて、優しい手付きで撫でられる。
 それが擽ったくて、だけどすごく恋しくて、胸が高鳴っていく。

「この場所、覚えているか?」
「え……?」

 ユーリの言葉に私は周囲を見渡した。
 そこは薄暗くて直ぐには気付かなかったが、私達が出会った場所だった。

「ここって……」
「またここに戻って来るとはな。やはりセラとは運命めいたものを感じる」

 彼の口から出た『運命めいた』という言葉を聞いて、あることを思いだした。

「ユーリ、あのね……私昨日夢を見たんだ」
「夢……?」

「姿は見えなかったけど、声の主は女神だと名乗ってた」
「セラも見たのか……」

「もしかしてユーリも?」
「ああ。昨晩うとうとしていたら、夢の中に女神が現れた」

 私だけでは無く、ユーリの元にも現れたと聞いて少し驚いてしまった。

「ユーリ、女神の話では私が……」
「セラ、その話は後でも構わないか?」

 突然彼の指が私の唇に押し当てられ、言葉を止められた。
 そして熱っぽい視線を送られていることに気付き、胸が更に高鳴っていく。

「今すごく誘惑されている、お前に……」
「あ……、そうかも。ポーション4本飲んじゃったから」

「だろうな。お前からすごく甘い匂いが漂っている。あの場でお前を見つけた瞬間、襲いたくて仕方がなかった。さすがに耐えたが」
「うっ……ごめん」

 四本目までは私には効果は出ないが、ユーリには何らかの変化が出ていることを考えていなかった。
 焦っていたし、彼なら耐えられると勝手に思っていたからだ。

(悪いことしちゃったかな……)

「謝らなくていい。今から責任を取って貰うから」
「え? ここでするのっ!?」

 私は周囲を慌てるように見渡した。
 今のところ誰の気配も感じないが、外ですることに対して抵抗感を持ってしまう。

「ああ、ここで。今すぐにお前を抱きたい」
「……っ」

「ダメだと言われても今日は譲らない」
「……んんっ」

 強引に言いくるめられると、そのまま唇を重ねられる。
 彼の唇はとても熱くて、触れられた瞬間抵抗することはやめた。
 私もこうされたいとずっと思っていた。
 離れていることで、彼が欲しいという気持ちが強くなっていたのだろう。
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