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33.絶望と希望
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再び目覚めると、そこは薄暗い室内のようだった。
私はベッドの上に寝かされていて、今は体の自由も利くようだ。
ガバッと音を立てるようにベッドから起き上がると、私は直ぐにそこから抜け出し室内を歩き回った。
薄暗くはあるが、夕焼けの真っ赤な光に照らされて、僅かに室内の様子を確認することが出来る。
恐らくここはバルムート王宮内の一室なのだろう。
置かれている家具がどれも高価そうに見えたし、部屋もとても広々としている。
それにあの男、ゼフィルに誘拐されたことも思い出した。
(どうしよう、早くここから抜け出してユーリに事情を説明しないと……!)
ユーリの実力はこの目で実際に見ているので、簡単にやられたりはしないだろうとは信じている。
しかしまたしても親しい者に裏切られたら……、彼の心が傷付いてしまうのではないかと心配していた。
それにクリストフまで関わっているのなら、尚更警戒しなければならないはずだ。
最悪なことに、恐らくここにはユーリの弟マルセルや、聖女に選ばれたカレンもいるはずだ。
マルセルはゼフィルに操られていたとはいえ、ユーリのことを恨んでいることは間違いなさそうだし、カレンだってバルムート側に付いている以上、敵と見なして考えるべきだろう。
(このままだとユーリが……。折角一緒に生きていこうって決めたばかりなのに……)
私がそんなことを考えていると、ガチャッと奥の扉が開く音が聞こえた。
私はその音にビクッと体を震わせて、恐る恐る扉の方へと視線を向けた。
「おや、目覚めていたのか」
「……っ、クリストフ王子……」
暗闇に隠れて影しか見えなかったが、その声で直ぐに誰だか分かった。
私は恐怖心を感じて、彼と距離を置くように後退りしていく。
「そんなに怯えないで。私は君の敵ではないよ。ああ、もしかして一度君のことを手放してしまったから、怒っているのかな?」
「……っ」
クリストフは出会った頃と同じように穏やかな口調で話していた。
私に敵意を向けるような素振りは感じられなかったが、あんな話を聞いてしまった以上、警戒するしかなかった。
今の態度がどうであれ、間違いなくこの男は敵だ。
私はクリストフを威嚇するように睨み付けていた。
「そんなに怖い顔をしないで。あの時は仕方がなかったんだ。カレンの機嫌を取るためにね。だけどあの女は本当に図々しい上に、傲慢で、聖女でなければ今すぐにでも追い出していたよ。それに比べて、怯えている君はまさに愛玩動物のようで愛らしい……。私の好む女性だ」
「き、気持ち悪いっ」
私は思わず本音を漏らしてしまう。
しまったと思い戸惑った顔を浮かべていると、突然クリストフは笑い出した。
「ははっ、そんなことを言われたくらいで怒ったりはしないよ。私は温厚な人間だからね。それに反抗的な姿も更に愛らしく感じるね。時間をかけて、ゆっくりと従順になるように育てていってあげるよ」
「……来ないでっ」
気付けばこれ以上下がれなくなり、私は逃げ場を失っていた。
私の背中は壁に阻まれいて、これ以上奥には進めない。
戸惑っているとクリストフが目の前に立っていて、壁に手を付いて私の逃げ場を完全に奪った。
「鬼ごっこはここまでだよ。可愛い可愛い、私の愛玩姫」
「変な名前を付けないでくださいっ!」
咄嗟に私は嫌そうな顔で文句を言った。
「ふふっ、怒った姿も間近で見るとかなり可愛らしいね。この日のために、色々な服を作らせておいたんだ。サイズについては少し大きく感じるかも知れないけど、直ぐに君にあったものを作らせてるから、少しだけ我慢してね。奥のクローゼットに入っているから、試しに身に付けてみたらいい。ああ、それから可愛い首輪も色々と用意しておいたんだけど、君はどれが気に入るかな。隷属契約を結ぶまでに考えておいてね」
「隷属契約って……」
そういえば、ゼフィルもそのようなことを言っていた。
聞き慣れない言葉で私が眉を顰めていると、クリストフがにっこりと微笑みながら教えてくれた。
「隷属契約っていうのは、君が一生私のものであるという契約だね」
「そんなの、絶対に結びませんっ!」
私は間髪入れずに即答した。
この男のペットになるつもりは更々無い。
「今は無理だね。君には別の契約が結ばれているようだから」
「え……?」
(別の契約……? もしかして番契約のこと?)
私がそんなことを考えていると、突然クリストフは更に距離を詰めるように迫ってきた。
そして私の耳元に唇を押しつける。
クリストフの吐息を感じる度に気持ち悪くなり、必死になって胸を押し返そうとしても私の力ではびくともしない。
「君の結んでいる契約は明日の夜にでも解かれるはずだ。結んでいるどちらかが消滅すれば、その契約も無効になるって知っているかな?」
「……どういう意味ですか?」
「ああ、やっぱり怯えた顔の君は可愛らしいな。もっと近くで見せて」
「……いやっ、触らないでっ!」
クリストフは今度は私の頬に手を添えると、じっくりと顔を覗き込んできた。
私は必死に抵抗しようとしたが、やはり私の力では敵わなかった。
「セラ、君は猫のようだね。警戒心が強くて、反抗的で……。まあいい。そんな風に言っていられるのも今のうちだけかな。実はね、明日の晩、仮面舞踏会を開くことになったんだ。ある貴族の館を借りてね」
「まさか……」
「ここで因縁の再会が果たされるんだ。一方的に劣等感を抱き続けていた弟、そしてもう一方は大切な人を誘拐されたと思い込んでいる兄……。中々興味深い構図だとは思わない? 聖剣を持っているのは弟の方だから結果はみえているけど、面白い余興にはなりそうだ」
「……二人に殺し合いをさせるつもりですか?」
私が震えた声で答えると、クリストフは不気味な笑顔を浮かばせた。
「勘が良いね。厄介な方は間違いなく兄の方だから今度こそ消えて貰う。しかも弟に負けるという屈辱を味わいながら……」
「そんなこと、絶対にさせないっ!」
私は声を震わせながら、きつくクリストフを睨み付けた。
「君は今の状況を全く理解していないようだね。言っておくけど、明日君を連れて行くつもりはないよ。さすがに私はそこまで非道な人間ではないからね。君の心にトラウマを植え付けることなんてしないから、安心して」
「こんなことを計画している時点で、あなたは十分非道だと思いますっ!」
「まあ、反論はしないさ。間違ってはいないからね。だけど、そんな強気なことを言って君に何が出来るの? 先に言っておくけど、この塔は高いから窓から抜け出すのはまず不可能だ」
私がちらっと窓の方に視線を向けると、耳元で「落ちたら即死だろうね」と意地悪そうに囁かれ、慌ててクリストフのことを睨み付けた。
「次は扉の方だけど、勿論鍵は付けておくよ。それに外には腕の立つ騎士を複数配置させている。運良く扉が開いたとしても、直ぐに捕らえられてこの部屋に戻されるだけだよ。さあ、どうする? まだ抵抗したいのなら好きにすれば良い。明日の夜、全てが終わるまで君はこの部屋で自由に過ごしたら良いよ。君の契約が解けたら、私と隷属の契約を結んで貰うからね」
クリストフは愉しげな口調で言いたいことを伝えると、私からスッと離れていった。
「約一日にはなるけど、君の好きに時間を使うといい」
彼はそう言って、部屋から出て行った。
クリストフが出て行くと、外から鍵がかけられている音が聞こえてきたが、私は慌てて扉の方に移動し、ガチャガチャと扉を動かした。
だけど鍵がかけられているのか、開くことはなかった。
(どうしよう……。まずはここから抜け出す方法を考えないと……)
私はうろうろと部屋内を歩き回りながら、良い方法がないかを模索し始めた。
まず最初に考えたのは私の強い武器になるポーションだ。
しかしこれは四回までしか使えない。
ユーリと離れた場所にいるとはいえ、五回使ってあの症状が起これば私達二人は不利な状況に陥る。
そのため、使う回数は最初から四回と決めておいた方がいいだろう。
「ポーションを作る回数は気にしなくていいから、なるべく効果が強いものを使ったほうがいいよね」
それにクリストフが言っていた仮面舞踏会には、恐らくゼフィルも現れるはずだろう。
あの眠らされる魔法はかなり厄介だ。
私は二度もあれによって深い眠りに落ち、戦闘不能にされてしまった。
「あれを封じるために、状態異常回避は外せないかな……」
私はアイテムボックスを開き、手持ちの材料を確認してみた。
こんなことになるとは思ってもみなかったので、材料は決して多くはない。
ここにある限られた材料で、希望の効果を生む出すポーションを作るのはかなり難しい。
ランダムだから運要素がかなり強かった。
それに問題はそれだけではない。
第一に、この部屋から抜け出す方法を見つけなければならないということ。
そして第二に、仮面舞踏会がどこで行われるのかを突き止めなくてはならない。
更に付け加えるのなら、そこに忍び込むための方法も探らなくてはならないだろう。
この全ての問題をたった一日で、しかも一人でやり遂げなければならない。
この中のどれか一つでも失敗すれば、ユーリは命を奪われ、私もあの変態クリストフの玩具にされてしまう。
そんなことは絶対に避けたい。
(折角二人で生きていこうって決めたばっかりなのに、こんなのってあんまりだよ……。まるで試練みたい……)
「でも……、やるしかないよね!」
ユーリは絶対に私のことを助けに来てくれるはずだ。
だったら私のやるべきことも決まっている。
「時間もないし、早く始めよう」
私はそう決意すると、アイテムボックスから所持している全ての材料と錬金釜を取り出した。
「まずはポーションから。これで運命が決まると言っても過言ではないんだよね……。うっ、そう思うとすごく緊張しちゃう」
私はいつも通りにポーションの素材を釜の中に入れた。
今作れる量は恐らく20本程度。
こんなにも緊張しながら作るのは初めてだった。
材料を全て使い作って見たのだが、希望するものは数本しか作れなかった。
基礎値が上昇するポーションも出来たが、それは僅かなものであり、これを飲んでどうこう出来るとは到底思えなかった。
「とりあえずゼフィル対策は出来そうだけど、これだと他がいまいちな気がする。どうしよう……もう材料がないよ」
絶望感に打ちのめされながら、顔を俯かせていると不意にレシピ本が視界に入った。
私はなんとなくそれを手に取り、パラパラとページを捲っていく。
材料がないのだから、これ以上作れるものがないことは分かっている。
こんな本を今更読んだところで、どうにもならないと思っていた。
最後のページを捲るまでは。
「……これって……」
私は最後のページに書かれていることを見て、息を呑んだ。
そこにはこう書かれていた。
『二つ以上の素材があれば錬金可能』
※錬金済みのものも、更に強化するために使用することが出来ます。
それを見た瞬間、私の心の中に希望が生まれた。
早速失敗したポーションを二つ手に取ると、それを釜の中に入れてみた。
すると本来よりも純度の濃いポーションが出来上がった。
回復量も通常の倍以上であり、更に追加効果がパワーアップされたものが作られたのだ。
「なにこれ……。すごい……! 今作ったのを入れたらもっと強いポーションが作れるのかな? 試しにやってみよう……」
その結果、私の考え通りのものが作れた。
(これなら、いけるかもしれない……!)
私はベッドの上に寝かされていて、今は体の自由も利くようだ。
ガバッと音を立てるようにベッドから起き上がると、私は直ぐにそこから抜け出し室内を歩き回った。
薄暗くはあるが、夕焼けの真っ赤な光に照らされて、僅かに室内の様子を確認することが出来る。
恐らくここはバルムート王宮内の一室なのだろう。
置かれている家具がどれも高価そうに見えたし、部屋もとても広々としている。
それにあの男、ゼフィルに誘拐されたことも思い出した。
(どうしよう、早くここから抜け出してユーリに事情を説明しないと……!)
ユーリの実力はこの目で実際に見ているので、簡単にやられたりはしないだろうとは信じている。
しかしまたしても親しい者に裏切られたら……、彼の心が傷付いてしまうのではないかと心配していた。
それにクリストフまで関わっているのなら、尚更警戒しなければならないはずだ。
最悪なことに、恐らくここにはユーリの弟マルセルや、聖女に選ばれたカレンもいるはずだ。
マルセルはゼフィルに操られていたとはいえ、ユーリのことを恨んでいることは間違いなさそうだし、カレンだってバルムート側に付いている以上、敵と見なして考えるべきだろう。
(このままだとユーリが……。折角一緒に生きていこうって決めたばかりなのに……)
私がそんなことを考えていると、ガチャッと奥の扉が開く音が聞こえた。
私はその音にビクッと体を震わせて、恐る恐る扉の方へと視線を向けた。
「おや、目覚めていたのか」
「……っ、クリストフ王子……」
暗闇に隠れて影しか見えなかったが、その声で直ぐに誰だか分かった。
私は恐怖心を感じて、彼と距離を置くように後退りしていく。
「そんなに怯えないで。私は君の敵ではないよ。ああ、もしかして一度君のことを手放してしまったから、怒っているのかな?」
「……っ」
クリストフは出会った頃と同じように穏やかな口調で話していた。
私に敵意を向けるような素振りは感じられなかったが、あんな話を聞いてしまった以上、警戒するしかなかった。
今の態度がどうであれ、間違いなくこの男は敵だ。
私はクリストフを威嚇するように睨み付けていた。
「そんなに怖い顔をしないで。あの時は仕方がなかったんだ。カレンの機嫌を取るためにね。だけどあの女は本当に図々しい上に、傲慢で、聖女でなければ今すぐにでも追い出していたよ。それに比べて、怯えている君はまさに愛玩動物のようで愛らしい……。私の好む女性だ」
「き、気持ち悪いっ」
私は思わず本音を漏らしてしまう。
しまったと思い戸惑った顔を浮かべていると、突然クリストフは笑い出した。
「ははっ、そんなことを言われたくらいで怒ったりはしないよ。私は温厚な人間だからね。それに反抗的な姿も更に愛らしく感じるね。時間をかけて、ゆっくりと従順になるように育てていってあげるよ」
「……来ないでっ」
気付けばこれ以上下がれなくなり、私は逃げ場を失っていた。
私の背中は壁に阻まれいて、これ以上奥には進めない。
戸惑っているとクリストフが目の前に立っていて、壁に手を付いて私の逃げ場を完全に奪った。
「鬼ごっこはここまでだよ。可愛い可愛い、私の愛玩姫」
「変な名前を付けないでくださいっ!」
咄嗟に私は嫌そうな顔で文句を言った。
「ふふっ、怒った姿も間近で見るとかなり可愛らしいね。この日のために、色々な服を作らせておいたんだ。サイズについては少し大きく感じるかも知れないけど、直ぐに君にあったものを作らせてるから、少しだけ我慢してね。奥のクローゼットに入っているから、試しに身に付けてみたらいい。ああ、それから可愛い首輪も色々と用意しておいたんだけど、君はどれが気に入るかな。隷属契約を結ぶまでに考えておいてね」
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「隷属契約っていうのは、君が一生私のものであるという契約だね」
「そんなの、絶対に結びませんっ!」
私は間髪入れずに即答した。
この男のペットになるつもりは更々無い。
「今は無理だね。君には別の契約が結ばれているようだから」
「え……?」
(別の契約……? もしかして番契約のこと?)
私がそんなことを考えていると、突然クリストフは更に距離を詰めるように迫ってきた。
そして私の耳元に唇を押しつける。
クリストフの吐息を感じる度に気持ち悪くなり、必死になって胸を押し返そうとしても私の力ではびくともしない。
「君の結んでいる契約は明日の夜にでも解かれるはずだ。結んでいるどちらかが消滅すれば、その契約も無効になるって知っているかな?」
「……どういう意味ですか?」
「ああ、やっぱり怯えた顔の君は可愛らしいな。もっと近くで見せて」
「……いやっ、触らないでっ!」
クリストフは今度は私の頬に手を添えると、じっくりと顔を覗き込んできた。
私は必死に抵抗しようとしたが、やはり私の力では敵わなかった。
「セラ、君は猫のようだね。警戒心が強くて、反抗的で……。まあいい。そんな風に言っていられるのも今のうちだけかな。実はね、明日の晩、仮面舞踏会を開くことになったんだ。ある貴族の館を借りてね」
「まさか……」
「ここで因縁の再会が果たされるんだ。一方的に劣等感を抱き続けていた弟、そしてもう一方は大切な人を誘拐されたと思い込んでいる兄……。中々興味深い構図だとは思わない? 聖剣を持っているのは弟の方だから結果はみえているけど、面白い余興にはなりそうだ」
「……二人に殺し合いをさせるつもりですか?」
私が震えた声で答えると、クリストフは不気味な笑顔を浮かばせた。
「勘が良いね。厄介な方は間違いなく兄の方だから今度こそ消えて貰う。しかも弟に負けるという屈辱を味わいながら……」
「そんなこと、絶対にさせないっ!」
私は声を震わせながら、きつくクリストフを睨み付けた。
「君は今の状況を全く理解していないようだね。言っておくけど、明日君を連れて行くつもりはないよ。さすがに私はそこまで非道な人間ではないからね。君の心にトラウマを植え付けることなんてしないから、安心して」
「こんなことを計画している時点で、あなたは十分非道だと思いますっ!」
「まあ、反論はしないさ。間違ってはいないからね。だけど、そんな強気なことを言って君に何が出来るの? 先に言っておくけど、この塔は高いから窓から抜け出すのはまず不可能だ」
私がちらっと窓の方に視線を向けると、耳元で「落ちたら即死だろうね」と意地悪そうに囁かれ、慌ててクリストフのことを睨み付けた。
「次は扉の方だけど、勿論鍵は付けておくよ。それに外には腕の立つ騎士を複数配置させている。運良く扉が開いたとしても、直ぐに捕らえられてこの部屋に戻されるだけだよ。さあ、どうする? まだ抵抗したいのなら好きにすれば良い。明日の夜、全てが終わるまで君はこの部屋で自由に過ごしたら良いよ。君の契約が解けたら、私と隷属の契約を結んで貰うからね」
クリストフは愉しげな口調で言いたいことを伝えると、私からスッと離れていった。
「約一日にはなるけど、君の好きに時間を使うといい」
彼はそう言って、部屋から出て行った。
クリストフが出て行くと、外から鍵がかけられている音が聞こえてきたが、私は慌てて扉の方に移動し、ガチャガチャと扉を動かした。
だけど鍵がかけられているのか、開くことはなかった。
(どうしよう……。まずはここから抜け出す方法を考えないと……)
私はうろうろと部屋内を歩き回りながら、良い方法がないかを模索し始めた。
まず最初に考えたのは私の強い武器になるポーションだ。
しかしこれは四回までしか使えない。
ユーリと離れた場所にいるとはいえ、五回使ってあの症状が起これば私達二人は不利な状況に陥る。
そのため、使う回数は最初から四回と決めておいた方がいいだろう。
「ポーションを作る回数は気にしなくていいから、なるべく効果が強いものを使ったほうがいいよね」
それにクリストフが言っていた仮面舞踏会には、恐らくゼフィルも現れるはずだろう。
あの眠らされる魔法はかなり厄介だ。
私は二度もあれによって深い眠りに落ち、戦闘不能にされてしまった。
「あれを封じるために、状態異常回避は外せないかな……」
私はアイテムボックスを開き、手持ちの材料を確認してみた。
こんなことになるとは思ってもみなかったので、材料は決して多くはない。
ここにある限られた材料で、希望の効果を生む出すポーションを作るのはかなり難しい。
ランダムだから運要素がかなり強かった。
それに問題はそれだけではない。
第一に、この部屋から抜け出す方法を見つけなければならないということ。
そして第二に、仮面舞踏会がどこで行われるのかを突き止めなくてはならない。
更に付け加えるのなら、そこに忍び込むための方法も探らなくてはならないだろう。
この全ての問題をたった一日で、しかも一人でやり遂げなければならない。
この中のどれか一つでも失敗すれば、ユーリは命を奪われ、私もあの変態クリストフの玩具にされてしまう。
そんなことは絶対に避けたい。
(折角二人で生きていこうって決めたばっかりなのに、こんなのってあんまりだよ……。まるで試練みたい……)
「でも……、やるしかないよね!」
ユーリは絶対に私のことを助けに来てくれるはずだ。
だったら私のやるべきことも決まっている。
「時間もないし、早く始めよう」
私はそう決意すると、アイテムボックスから所持している全ての材料と錬金釜を取り出した。
「まずはポーションから。これで運命が決まると言っても過言ではないんだよね……。うっ、そう思うとすごく緊張しちゃう」
私はいつも通りにポーションの素材を釜の中に入れた。
今作れる量は恐らく20本程度。
こんなにも緊張しながら作るのは初めてだった。
材料を全て使い作って見たのだが、希望するものは数本しか作れなかった。
基礎値が上昇するポーションも出来たが、それは僅かなものであり、これを飲んでどうこう出来るとは到底思えなかった。
「とりあえずゼフィル対策は出来そうだけど、これだと他がいまいちな気がする。どうしよう……もう材料がないよ」
絶望感に打ちのめされながら、顔を俯かせていると不意にレシピ本が視界に入った。
私はなんとなくそれを手に取り、パラパラとページを捲っていく。
材料がないのだから、これ以上作れるものがないことは分かっている。
こんな本を今更読んだところで、どうにもならないと思っていた。
最後のページを捲るまでは。
「……これって……」
私は最後のページに書かれていることを見て、息を呑んだ。
そこにはこう書かれていた。
『二つ以上の素材があれば錬金可能』
※錬金済みのものも、更に強化するために使用することが出来ます。
それを見た瞬間、私の心の中に希望が生まれた。
早速失敗したポーションを二つ手に取ると、それを釜の中に入れてみた。
すると本来よりも純度の濃いポーションが出来上がった。
回復量も通常の倍以上であり、更に追加効果がパワーアップされたものが作られたのだ。
「なにこれ……。すごい……! 今作ったのを入れたらもっと強いポーションが作れるのかな? 試しにやってみよう……」
その結果、私の考え通りのものが作れた。
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