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32.囚われる
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話が終わり部屋から出ようとすると、扉の横にはザイールの姿があった。
「ザイール、どうした?」
「ユーリウス様、少しお話があります」
ザイールの表情は少しだけ強ばっているように見えた。
「ああ、別に構わないが」
「出来れば、ユーリウス様とお二人で話したいのですが。セラさん、少しだけユーリウス様を借りても宜しいですか?」
ザイールは私に視線を移すと、少し済まなさそうに聞いて来た。
まるでユーリが私のものみたいな言い方をされて、少し焦ってしまう。
恐らく私達の関係は完全にザイールにはバレている様子だった。
元々隠すつもりは無かったし気付かれても何も問題はないのだが、他人からその様に言われると少し照れてしまう。
「セラ、話が済むまで少し外で待っていてくれるか?」
「分かりました」
私が頷くと、二人は先程の部屋の中へと入っていた。
きっと直ぐに話は終わるのだろうと思い、私は廊下で待っていたのだが暫く立っても扉が開く気配はない。
急遽明日にはこの街を旅立つことに決まり、二人は色々と話すこともあるのだろう。
(暇だな……。この街に立ち寄るのも今日で最後になるし、少しギルドの雰囲気でも感じておこうかな)
私は暇を持て余してしまい、退屈しのぎに一階へと下りていくことにした。
きっと話が終われば、ユーリ達もここに来るはずだ。
それにザイールの話では聖女達一行は、先日王都へと戻って行ったそうだ。
もう周囲を警戒することなく、街中を自由に歩けるようになったというわけだ。
そのこともあり、私の警戒心もどこか緩んでいた。
私はとりあえずギルドの掲示板が置かれている方へと移動してみることにした。
この街に来てからは極力目立つ行動は控えていた為、狩りを一切していなかったのだが、どんな魔物がこの周辺に生息しているのかは知っておいて損はないと考えた。
これから旅に出るのだから、道中の魔物の情報はないよりもあったほうがいい。
(結構、色々あるんだ……)
掲示板を見上げると、王都では見なかった魔物の写真もいくつか張られてあり私は感心そうに眺めていた。
私が掲示板に夢中になっていると背後から「貴女がセラ様ですか?」と突然名前を呼ばれ、慌てるように振り返った。
その声には一切聞き覚えがなかったため、私は構えてしまう。
(……え? この人って……)
そこに立っていたのは背が高くスラッとした体型の男で、漆黒の髪をしていた。
左目には黒い眼帯をかけており顔半分しか窺うことは出来なかったが、綺麗な顔立ちに見えた。
実はこの姿には見覚えがあった。
間違いない。二週間前ここで見かけたあの男だ。
恐らく彼はユーリの元侍従であり、たしか名はゼフィルだった気がする。
現在彼の弟と共に、カレン達と行動しているはずだ。
ザイールの話では聖女一行は王都へ帰って行ったと聞いていたはずなのに、どうしてこの場に彼がいるのだろう。
そして今間違いなくこの男は私の名前を呼んだ。
同行しているカレンやクリストフから、もう一人異世界から召喚された人間がいることを知らされている可能性は高い。
しかしいくら説明したからと言っても、どうして私の姿まで知り得ることが出来たのだろう。
鉢合わせた機会など一度もなかったはずだ。
「ひ、人違いではないでしょうか?」
私は咄嗟に嘘を付いてしまった。
直感的にこの男は危険だと全身で感じ取っていたからだ。
碧色の瞳は氷のように冷たく、その瞳を覗いているだけで全身に鳥肌が走って行く。
まるで危険信号が出ているかのように、早くこの場から逃げろと言われているような気分だった。
「人違い……ですか」
「は、い。探している方、見つかると良いですねっ! 私はこれで失礼します」
強引に笑顔を作りなんとかその場をやり過ごすと、私はそそくさと彼の前から立ち去った。
ここにいるとまた声をかけられそうな予感がして、私はギルドの外に出てしまった。
あの男がここから離れるまでは、暫く身を隠しておいた方が良いのかもしれない。
本当は直ぐにでもユーリに知らせた方が良いのだろうが、再び建物の中に入り、またあの男に声をかけられるのではないかと思うと、入ろうという気分にはなれなかった。
(ユーリはあの人の顔を知っているだろうし、多分、大丈夫……だよね)
しかしこの街に彼がいるということは、カレン達もいる可能性が高い。
このまま街で彷徨いていたら、見つかってしまうのではないかという不安に包まれていく。
(どうしよう……。一度あの部屋に戻った方がいいかな。でも、そうしたらきっとユーリが心配して私のことを探すかもしれない。その時に弟さんと鉢合わせてしまったら……)
私は焦りながらも頭を絞り、必死になって良い方法を考えようとしていた。
そんな時だった。
「やはり貴女がセラ様ですよね。嘘を付くのは余り感心しませんよ」
「……ひっ」
(どうして、ここにっ!?)
突然背後から低く冷め切った声が響いた。
それは私の直ぐ後ろから聞こえており、思わず声を上げそうになるが、彼の掌によって言葉を塞がれてしまう。
「声を上げられては困ります」
「んんっ!!」
再び私の耳元からは先程の冷めた声が響く。
私は口元を塞がれているため、くぐもった声を上げることしか出来ない。
次第に体から力が抜けていき、意識が朦朧とし始めていく。
(体に、力が、はいらな……)
この男は間違いなく私達の敵であると認識したが、それと同時に私の意識はそこでぷつりと途切れた。
***
ガタガタと車輪が回る音に気付き、私はゆっくりと目を開けていく。
「ここ……は?」
「目を覚ましましたか」
私がぼやけた瞳で周囲を見渡していると、前方に座っている男と目が合った。
そこにいたのはあの漆黒の髪の男で、その姿を見た瞬間全てを思い出した。
「……っ!!」
「そう怯えなくてもいい。今は何もしませんから」
恐らくここは馬車の中で、私は座席の部分に体を倒した状態で寝かされていたようだ。
あの時、何らかの魔法をかけられて意識を失ったのだろう。
再び恐怖心が芽生えてきて、必死に逃げようとしたが体が思うように動かない。
「無駄ですよ。今貴女の体には負荷をかけてありますので。変に傷を付けては、商品としての価値が落ちてしまいますからね」
「しょう……ひん?」
一体この男は何の話をしているのだろう。
「貴女が異世界から呼ばれた人間であることは知っています。今は『セラ』と名乗っていることも」
「……っ」
「誰から聞いたのかは、言わなくても想像は付きますよね。貴女をこの世界に召喚させたバルムート国の第二王子、クリストフ殿下の元にこれから送り届けます」
「……は?」
私は意味が分からないと言った表情を浮かべていた。
あの男は私のことを自ら追放した人間だ。
今更何故そんなことをするのか、その意図が全然分からなかった。
「実はクリストフ殿下はセラ様の容姿を大層気に入られているご様子で、是非愛玩として飼われたいそうです」
「……飼う?」
(何を言っているの? 飼うって、まるでペットみたいな言い方……)
「簡単に言えば隷属契約を結ばせて、一生あの方に飼われるということですね。セラ様は元いた世界でも『愛玩』扱いされていたとカレン様から聞いております。手込めにされるでしょうが王子に気に入られているうちは贅沢が許されるはずです。その生活を長く続けたいのなら、上手く取り入っておくといいでしょう」
「ちょっと待ってくださいっ! いきなりそんなことを言われても困ります」
一度に色々なことを詰め込まれて、私の頭の中は混乱していた。
私はユーリと共に生きていくと決めているので、当然そんなことには従うつもりは無い。
「ユーリウス様のことでしたら、心配はいりません」
「え?」
ユーリの名前を出されて、私は眉を顰めた。
「あの方が生きていることは知っています」
「……っ!?」
その言葉を聞いて私の表情は次第に引き攣っていく。
この男は私の事を誘拐するくらいだから、恐らく敵であることは間違いない。
私の正体も、ユーリが生きていることも知っていると言うことは色々な憶測が考えられる。
まず一つ目の憶測は、聖女ではない私をユーリから引き剥がすために誘拐させた場合だ。
「ユーリのことをどうするつもりですか?」
「どうするとは?」
「あなたの目的は、私をユーリから引き剥がすためですか?」
「それは関係ないな。単にクリストフ殿下が貴女を気に入られている様子だったので、献上品として引き渡すだけのこと。恩を売っておけば、後々優位に進められますので」
どうやら私の憶測は外れたようだ。
この男は私には一切興味がなさそうに見えた。
ということは、私の能力にも恐らくは気付いていないのだろう。
「私はペットではありませんっ!!」
「それは私達にとってはどうでもいい話だ。クリストフ殿下が貴女を愛玩として飼いたいと言われていたから、それを差し出すだけのことです」
冷たい言葉で簡単にあしらわれてしまい、私は表情をひどく歪めた。
「そんなっ……!」
「それにユーリウス様は一度死んだ人間。亡霊は亡霊らしく消えて貰います。その為の舞台をクリストフ殿下が作ってくださるそうです。貴女を献上する対価として、ね」
その言葉を聞いて、全身にゾクゾクとした寒気が走った。
この人は本気でユーリの事を消そうとしている。
この男の生気の無い瞳を見ていると、怒り、憎しみ、恨みと言った負の感情を感じ取ることが出来た。
私には全く見当もつかないが、ユーリに対して深い憎悪を持っているように思えて来る。
間違いなくこの男は私達の敵だ。
とりあえずそこまでは結論付けることが出来たので、会話を長引かせて更にこれから行おうとしている計画を探ろうと考えた。
「……それは、どういう意味ですか? ユーリをまた殺そうと考えているんですかっ!? 弟さんが首謀者ではなかったの!?」
「本当に良く喋る愛玩ですね、君は」
私は必死な剣幕で質問攻めにしていた。
すると彼は疲れたように大きくため息を漏らした。
向こうの世界では愛玩扱いされることを嫌だと感じることはなかったが、今はその言葉を聞く度に不快感が生まれてくる。
しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「教えてくださいっ! あなたが黒幕だったんですか!?」
「黒幕か……。良い響きですね。第二皇子マルセルをそそのかすのは実に簡単でした。あの男は劣等感の塊のような人間でしたから」
男は口角を少し上げて、嘲るようにクスクスと笑い始めた。
私はその異様な姿に顔を引き攣らせてしまうが、気にせず話を続けていく。
「一体何のためにそんなことを……」
「何のため……? そんなことは貴女には関係のない話だ。あの方の話によれば貴女はユーリウス様と心を通わせているそうですね。残念ですが、もう二度とユーリウス様とは会うことはないでしょう。その代わりと言ってはなんですが、一つだけ事実を教えてさしあげます」
(あの方……? 他にも誰か仲間がいるってこと……?)
男はふぅと息を吐くと、じっと私の瞳を真直ぐに見つめて来た。
目が合うと背筋にぞくりと鳥肌が立ったが、我慢しながらじっと睨みつけるような視線を送り続けていた。
今は怯んではいけない場面な気がしたからだ。
「本来であれば、私が第一皇子になるはずだった。ですから、その地位を返して頂くだけです」
「……それはどういう」
「本当にお喋りな愛玩ですね。鬱陶しいのでもう暫く寝ていなさい」
彼は面倒臭そうに呟くと、私の傍へと近づいてきた。
そして耳元で何かを囁くと、再び頭の奥が朦朧としていくのが分かる。
「……まっ、て……」
(早く、このことをユーリに伝えないと……)
しかし私の思いは届かず、そこでぷつりと意識が途切れてしまった。
「ザイール、どうした?」
「ユーリウス様、少しお話があります」
ザイールの表情は少しだけ強ばっているように見えた。
「ああ、別に構わないが」
「出来れば、ユーリウス様とお二人で話したいのですが。セラさん、少しだけユーリウス様を借りても宜しいですか?」
ザイールは私に視線を移すと、少し済まなさそうに聞いて来た。
まるでユーリが私のものみたいな言い方をされて、少し焦ってしまう。
恐らく私達の関係は完全にザイールにはバレている様子だった。
元々隠すつもりは無かったし気付かれても何も問題はないのだが、他人からその様に言われると少し照れてしまう。
「セラ、話が済むまで少し外で待っていてくれるか?」
「分かりました」
私が頷くと、二人は先程の部屋の中へと入っていた。
きっと直ぐに話は終わるのだろうと思い、私は廊下で待っていたのだが暫く立っても扉が開く気配はない。
急遽明日にはこの街を旅立つことに決まり、二人は色々と話すこともあるのだろう。
(暇だな……。この街に立ち寄るのも今日で最後になるし、少しギルドの雰囲気でも感じておこうかな)
私は暇を持て余してしまい、退屈しのぎに一階へと下りていくことにした。
きっと話が終われば、ユーリ達もここに来るはずだ。
それにザイールの話では聖女達一行は、先日王都へと戻って行ったそうだ。
もう周囲を警戒することなく、街中を自由に歩けるようになったというわけだ。
そのこともあり、私の警戒心もどこか緩んでいた。
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この街に来てからは極力目立つ行動は控えていた為、狩りを一切していなかったのだが、どんな魔物がこの周辺に生息しているのかは知っておいて損はないと考えた。
これから旅に出るのだから、道中の魔物の情報はないよりもあったほうがいい。
(結構、色々あるんだ……)
掲示板を見上げると、王都では見なかった魔物の写真もいくつか張られてあり私は感心そうに眺めていた。
私が掲示板に夢中になっていると背後から「貴女がセラ様ですか?」と突然名前を呼ばれ、慌てるように振り返った。
その声には一切聞き覚えがなかったため、私は構えてしまう。
(……え? この人って……)
そこに立っていたのは背が高くスラッとした体型の男で、漆黒の髪をしていた。
左目には黒い眼帯をかけており顔半分しか窺うことは出来なかったが、綺麗な顔立ちに見えた。
実はこの姿には見覚えがあった。
間違いない。二週間前ここで見かけたあの男だ。
恐らく彼はユーリの元侍従であり、たしか名はゼフィルだった気がする。
現在彼の弟と共に、カレン達と行動しているはずだ。
ザイールの話では聖女一行は王都へ帰って行ったと聞いていたはずなのに、どうしてこの場に彼がいるのだろう。
そして今間違いなくこの男は私の名前を呼んだ。
同行しているカレンやクリストフから、もう一人異世界から召喚された人間がいることを知らされている可能性は高い。
しかしいくら説明したからと言っても、どうして私の姿まで知り得ることが出来たのだろう。
鉢合わせた機会など一度もなかったはずだ。
「ひ、人違いではないでしょうか?」
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そんな時だった。
「やはり貴女がセラ様ですよね。嘘を付くのは余り感心しませんよ」
「……ひっ」
(どうして、ここにっ!?)
突然背後から低く冷め切った声が響いた。
それは私の直ぐ後ろから聞こえており、思わず声を上げそうになるが、彼の掌によって言葉を塞がれてしまう。
「声を上げられては困ります」
「んんっ!!」
再び私の耳元からは先程の冷めた声が響く。
私は口元を塞がれているため、くぐもった声を上げることしか出来ない。
次第に体から力が抜けていき、意識が朦朧とし始めていく。
(体に、力が、はいらな……)
この男は間違いなく私達の敵であると認識したが、それと同時に私の意識はそこでぷつりと途切れた。
***
ガタガタと車輪が回る音に気付き、私はゆっくりと目を開けていく。
「ここ……は?」
「目を覚ましましたか」
私がぼやけた瞳で周囲を見渡していると、前方に座っている男と目が合った。
そこにいたのはあの漆黒の髪の男で、その姿を見た瞬間全てを思い出した。
「……っ!!」
「そう怯えなくてもいい。今は何もしませんから」
恐らくここは馬車の中で、私は座席の部分に体を倒した状態で寝かされていたようだ。
あの時、何らかの魔法をかけられて意識を失ったのだろう。
再び恐怖心が芽生えてきて、必死に逃げようとしたが体が思うように動かない。
「無駄ですよ。今貴女の体には負荷をかけてありますので。変に傷を付けては、商品としての価値が落ちてしまいますからね」
「しょう……ひん?」
一体この男は何の話をしているのだろう。
「貴女が異世界から呼ばれた人間であることは知っています。今は『セラ』と名乗っていることも」
「……っ」
「誰から聞いたのかは、言わなくても想像は付きますよね。貴女をこの世界に召喚させたバルムート国の第二王子、クリストフ殿下の元にこれから送り届けます」
「……は?」
私は意味が分からないと言った表情を浮かべていた。
あの男は私のことを自ら追放した人間だ。
今更何故そんなことをするのか、その意図が全然分からなかった。
「実はクリストフ殿下はセラ様の容姿を大層気に入られているご様子で、是非愛玩として飼われたいそうです」
「……飼う?」
(何を言っているの? 飼うって、まるでペットみたいな言い方……)
「簡単に言えば隷属契約を結ばせて、一生あの方に飼われるということですね。セラ様は元いた世界でも『愛玩』扱いされていたとカレン様から聞いております。手込めにされるでしょうが王子に気に入られているうちは贅沢が許されるはずです。その生活を長く続けたいのなら、上手く取り入っておくといいでしょう」
「ちょっと待ってくださいっ! いきなりそんなことを言われても困ります」
一度に色々なことを詰め込まれて、私の頭の中は混乱していた。
私はユーリと共に生きていくと決めているので、当然そんなことには従うつもりは無い。
「ユーリウス様のことでしたら、心配はいりません」
「え?」
ユーリの名前を出されて、私は眉を顰めた。
「あの方が生きていることは知っています」
「……っ!?」
その言葉を聞いて私の表情は次第に引き攣っていく。
この男は私の事を誘拐するくらいだから、恐らく敵であることは間違いない。
私の正体も、ユーリが生きていることも知っていると言うことは色々な憶測が考えられる。
まず一つ目の憶測は、聖女ではない私をユーリから引き剥がすために誘拐させた場合だ。
「ユーリのことをどうするつもりですか?」
「どうするとは?」
「あなたの目的は、私をユーリから引き剥がすためですか?」
「それは関係ないな。単にクリストフ殿下が貴女を気に入られている様子だったので、献上品として引き渡すだけのこと。恩を売っておけば、後々優位に進められますので」
どうやら私の憶測は外れたようだ。
この男は私には一切興味がなさそうに見えた。
ということは、私の能力にも恐らくは気付いていないのだろう。
「私はペットではありませんっ!!」
「それは私達にとってはどうでもいい話だ。クリストフ殿下が貴女を愛玩として飼いたいと言われていたから、それを差し出すだけのことです」
冷たい言葉で簡単にあしらわれてしまい、私は表情をひどく歪めた。
「そんなっ……!」
「それにユーリウス様は一度死んだ人間。亡霊は亡霊らしく消えて貰います。その為の舞台をクリストフ殿下が作ってくださるそうです。貴女を献上する対価として、ね」
その言葉を聞いて、全身にゾクゾクとした寒気が走った。
この人は本気でユーリの事を消そうとしている。
この男の生気の無い瞳を見ていると、怒り、憎しみ、恨みと言った負の感情を感じ取ることが出来た。
私には全く見当もつかないが、ユーリに対して深い憎悪を持っているように思えて来る。
間違いなくこの男は私達の敵だ。
とりあえずそこまでは結論付けることが出来たので、会話を長引かせて更にこれから行おうとしている計画を探ろうと考えた。
「……それは、どういう意味ですか? ユーリをまた殺そうと考えているんですかっ!? 弟さんが首謀者ではなかったの!?」
「本当に良く喋る愛玩ですね、君は」
私は必死な剣幕で質問攻めにしていた。
すると彼は疲れたように大きくため息を漏らした。
向こうの世界では愛玩扱いされることを嫌だと感じることはなかったが、今はその言葉を聞く度に不快感が生まれてくる。
しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「教えてくださいっ! あなたが黒幕だったんですか!?」
「黒幕か……。良い響きですね。第二皇子マルセルをそそのかすのは実に簡単でした。あの男は劣等感の塊のような人間でしたから」
男は口角を少し上げて、嘲るようにクスクスと笑い始めた。
私はその異様な姿に顔を引き攣らせてしまうが、気にせず話を続けていく。
「一体何のためにそんなことを……」
「何のため……? そんなことは貴女には関係のない話だ。あの方の話によれば貴女はユーリウス様と心を通わせているそうですね。残念ですが、もう二度とユーリウス様とは会うことはないでしょう。その代わりと言ってはなんですが、一つだけ事実を教えてさしあげます」
(あの方……? 他にも誰か仲間がいるってこと……?)
男はふぅと息を吐くと、じっと私の瞳を真直ぐに見つめて来た。
目が合うと背筋にぞくりと鳥肌が立ったが、我慢しながらじっと睨みつけるような視線を送り続けていた。
今は怯んではいけない場面な気がしたからだ。
「本来であれば、私が第一皇子になるはずだった。ですから、その地位を返して頂くだけです」
「……それはどういう」
「本当にお喋りな愛玩ですね。鬱陶しいのでもう暫く寝ていなさい」
彼は面倒臭そうに呟くと、私の傍へと近づいてきた。
そして耳元で何かを囁くと、再び頭の奥が朦朧としていくのが分かる。
「……まっ、て……」
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