上 下
17 / 41

17.この世界のお風呂事情②

しおりを挟む
 浴場は部屋の一番奥にあり、その間にはちゃんと脱衣所まで完備されている。
 大きな鏡や洗面台のようなものまであって私は感動していた。

 浴場については、この世界にも存在していることは以前から知っていた。
 だけどそれが置かれているのは貴族の邸や王宮のみだ。
 平民は水で濡らした手ぬぐいで体を拭くのが一般的で、髪は近くの水辺に出向いて洗っていた。
 それに魔力を持たない平民は、簡単にお湯を沸かすことは出来ない。

 この世界に来て一番耐えられなかったのは、お風呂に入れないということだった。
 だからこそ、目の前に浴場あるのだと知って私は目を輝かせていた。

(二ヶ月ぶりにお風呂に入れるっ! しかも湯船もあるなんて、本当に嬉しいな!)

「随分と興奮しているな」
「だって、嬉しくって!」

「そうか。楽しそうにはしゃぐ姿も可愛らしいな」
「……っ、ユーリは入ったの?」

「ああ。私はセラが寝ている間に済ませておいた」
「そっか。じゃあ、後は一人で大丈夫なので!」

 ユーリの腕から解放されると、私は興奮しながら脱衣所の周りを歩き回っていた。

「お前って魔力は使えないんだよな?」
「うん……」

 私が答えると彼は「付いて来て」と言って、半ば強引に私の手首を掴み浴場の中へと入っていった。

「これ、使えるか?」

 彼が立ち止まった先には、見覚えのあるシャワーが掛けられていた。
 しかし、お湯を出す為のつまみのようなものが見当たらない。
 私は実際にシャワーを手に持ち、お湯が出てくるであろう所に手をかざしてみるが何も反応もしない。

「……出ない。なんで?」
「これは魔道具だと言っただろう。魔力が無ければ発動しない」

 彼は私の手からシャワーを取ると掌をかざした。
 するとそれから間もなくして、ジャーッと音と共にお湯が出てきた。

「魔道具って魔力がないと使えないの?」
「ああ。お前、知らなかったのか?」

 彼はいぶかし気な顔で私のことを見つめていた。
 私は錬金釜という魔道具を所持しているが、あれは魔力を持たない私にも扱えた。
 だから魔道具は魔力がなくても使えるものだと勝手に思い込んでいたようだ。
 その事実を突き付けられ、私は苦笑するしか無かった。

「知りませんでした……」
「シャワーのことは知っているのに?」

「あれは……っ、誰かから聞いたんです。そう言った便利な物があるって。でも現物を見るのは初めてで」
「だから、あんなにはしゃいでいたのか」

「そうです、そうです!」

 私は強引にそういうことにした。
 彼は少し腑に落ちないと言った表情をしていたが、それ以上は突っ込んで来なかった。

「今ので分かったよな」
「はいっ!」

「お前にこれは使えない」
「……っ!!」

(そうだった……! 折角シャワーが使えると思ったのにっ……)

 喜んだ分、残念感が半端なく押し寄せてきて、私はしょんぼりと肩を落としてしまう。

「そう落ち込むな。私が傍にいれば使える」
「……あ!」

 その言葉を聞くと私の表情は明るくなるが、彼の意地悪そうな顔を見てハッと嫌な予感を察知した。

「湯船の中にお湯を張ってくれたら、そのお湯を使って体を洗ったり出来るので大丈夫です!」
「折角のシャワーが使えないぞ?」

「いえいえ、お風呂に入れるってだけで私は大満足ですっ!」
「お風呂……? お前、変なところは知識があるんだな」

「え……?」
「まあいい。私が洗ってやる」

「ちょ、ちょっと……」
「お前の体は既に全て見ている。今更恥ずかしがることも無いだろう」

 彼は当然のように言い放つと、私の着ているナイトガウンを簡単に脱がせてしまった。
 これ一枚しか身に付けていなかった為、私は再び一糸纏わぬ姿を晒してしまう。
 急な展開に顔を真っ赤にさせ、胸元を手で隠した。

「これを置いてくるから、セラはそこで待っていて」
「……はい」

 彼は私から奪い取ったナイトガウンを手に持って脱衣所に戻り、白い手ぬぐいを持って直ぐに戻ってきた。

(なんで、こんなことに……!)

「まずは体から洗うか」
「あのっ!」

「どうした?」
「私、本当に自分で洗えます。ユーリの手を煩わせる必要なんてないので。それに服を濡らせちゃうのは申し訳ないです」

「別に構わない。どうせ暇だしな。服も後で乾かせばいいだけだ」
「うっ……」

 彼に簡単に言いくるめられてしまい、私は言葉を詰まらせた。
 シャワーの隣には全身映る鏡が置かれていて、私はそこに立たされている。
 ということは、その鏡には何も身につけてない私の姿が映っていると言うことだ。

(これって、なんの羞恥プレイなのっ! こんなの、無理っ……)

 私がそんなことを考えていると、彼は傍に置かれている固形の石けんらしきものを手に取り、慣れた手付きで手ぬぐいに擦りつけた。
 やはりこれは体を洗うための石けんのようだ。

「後ろから洗うから、大人しくしていろよ」
「……は、い」

 ここまで来たら、もう耐えるしかない。
 そう思って私は大人しく彼の指示に従うことにした。

 温かいお湯に湿らせた手ぬぐいを背中に当てられると、心地良く感じる。
 それに石けんのいい匂いもしてきて、焦っていた気持ちが少し穏やかになっていく。
 しかし後ろにユーリがいるのだと思うと、完全に落ち着くことは出来なかった。

「力加減は平気そうか?」
「うん、大丈夫です……」

 彼は力を加減しながら、時折こうやって声を掛けてくれる。
 本当は皇子であるのに、ただの一般人の私に気を遣うなんて本当に変な感じがする。
 だけど、そんな彼の優しさが嬉しくも思える。

(私に優しくしてくれてるのって、ただの気まぐれだよね。命を助けたから、恩だと思っているのかな)

 鏡の奥に映る彼の姿を見つめながら、そんなことを考えていた。
 すると不意に、視線を下ろしていた彼の目線が上がり、鏡の中で視線が絡む。
 ドキッと心臓が飛び跳ねて、私は慌てて視線を逸らした。

「セラ、何をしているんだ?」
「ひぁっ……!!」

 突然耳元で囁かれ体を大きく跳ね上げてしまう。
 私は直ぐに体を反転させて、彼に向かい合うようにして立ち、ムッとした顔で睨み付ける。
 頬は僅かに赤み付いているのかもしれない。

「まだ洗っている途中だぞ」
「……っ、ユーリが変なことをするからっ!」

 私が不満そうに呟くと、彼の口端が上がりそのまま唇を奪われる。
 だけど触れたのはほんの一瞬だけ。
 突然のことに私の顔は更に熱を持ち始める。

「セラが可愛いことをするから、いじめたくなった」
「もうっ……!」

 私は恥ずかしくなり、くるっと前を向いた。
 後ろから小さな笑い声が聞こえて来る。

(悔しい……!)

 それから全身をくまなく洗われ、最後はシャワーで体についた泡を流してもらった。
 シャワーは私がいた世界と同じ感覚で、とても気持ちが良かった。
 体を洗い終えて次は髪かなと思い、立っていると彼に手を引かれた。

「ずっと立ちっぱなしも辛いだろう。とりあえず湯船に浸かってて」
「うん……」

 私は湯船の中に指を浸してみると、人肌よりも少し高めな適温に保たれているようだ。
 そしてゆっくりと足元から浸かっていく。

「はぁ……、最高っ」

 思わず気の抜けた声を漏らし、目を閉じて至福の時間に浸ってしまいたくなる。

「そうなるよな」
「うん、すごく気持ちいい。温度も丁度良いし」

「それなら良かった。ちょっと私は準備してくるから、お前はそのまま浸かっていて」
「わかった……」

 彼はそう言うと浴場から出て行った。
 どこに行ったのだろう、と少し気になっていたが少しすると戻ってきた。
 彼の手には椅子が持たれていて、それを私の背中側に置いた。
 そして石けんの横に置かれている透明な瓶を持ってくると、椅子の傍に置いた。
 ここまでくると、彼が何をしようとしているのか何となく想像がついた。

「髪、洗ってくれるんですか?」
「ああ。ついでに、ここで話をしてもいいか?」

「はい、ありがとうございます」
「いや、これは昨日無理をさせてしまった詫びだ。だから気にすることは無い」

「意外とユーリって律儀なんですね」
「まあ、お前は特別だからな。私の良さをアピールしたいという下心もある」

「それ、自分で言いますか?」

 冗談のつもりで彼は言っているのだろう。
 だけどこの何気ない会話も何となく楽しい。

 そして、久しぶりの穏やかな時間にも思えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。

sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。 気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。 ※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。 !直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。 ※小説家になろうさんでも投稿しています。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【R18】突然召喚されて、たくさん吸われました。

茉莉
恋愛
【R18】突然召喚されて巫女姫と呼ばれ、たっぷりと体を弄られてしまうお話。

憧れの童顔巨乳家庭教師といちゃいちゃラブラブにセックスするのは最高に気持ちいい

suna
恋愛
僕の家庭教師は完璧なひとだ。 かわいいと美しいだったらかわいい寄り。 美女か美少女だったら美少女寄り。 明るく元気と知的で真面目だったら後者。 お嬢様という言葉が彼女以上に似合う人間を僕はこれまて見たことがないような女性。 そのうえ、服の上からでもわかる圧倒的な巨乳。 そんな憧れの家庭教師・・・遠野栞といちゃいちゃラブラブにセックスをするだけの話。 ヒロインは丁寧語・敬語、年上家庭教師、お嬢様、ドMなどの属性・要素があります。

処理中です...