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60.護身術の訓練②

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「リリア、耳に集中して」
「……はいっ」
 
 視界を遮られているため、私は手を前に伸ばしながら声のする方へとゆっくりと足を進めていく。
 手探りに伸ばした掌は先程から空をつかんでばかりで、未だになにも捉えられてはいない。
 アレクシスの声は確かに傍から聞こえているはずなのに、全く触れることが出来なかった。

「アレクシス様は、普段からこういった訓練をされているんですか?」
「今はしていないよ。昔、騎士団に入りたての頃に少しだけやったかな」

「初歩の訓練って感じなんですね」

 私はしれっと答えながら、耳を傾け歩みを進める。

(話しかけていれば、位置が特定しやすいかも……!)

 我ながら妙案だと思い、その後も話を続けていく。
 アレクシスは特に警戒することもなく、私の問いかけには返答してくれた。

「対魔物戦だと特に有効かな。時には想像してないような場所から、突如として現れてくることもあるからね」
「やっぱり魔物戦って大変なんですか?」

「んー……、どうかな。私はあまり大変だと感じたことはないかな」
「あ、はは、そうですよね」

 分かりきったことを聞いてしまい、私は乾いた笑いで流した。
 
(今のは完全に愚問だったわ。きっとアレクシス様の手にかかれば、苦戦なんて殆どないはずなのに……)

「リリアとお喋りしているのは楽しいけど、今は気配を感じとる訓練をしているんだよ。声にばかり気を取られていると……、簡単に隙を狙われてしまうかもしれないね」
「……え? ……っ!?」

 前方にいると思っていたのだが、不意に背後に気配を察知して私は慌てて後ろを振り返った。
 空中に手を伸ばしてみるが、何にもぶつからない。
 私は警戒するように顔を左右に動かした。

「今は私一人だけど、もしかしたら敵は複数潜んでいる可能性もあるからね。一人が囮で、こうやって背後から襲われることだってあるかもしれないよ」
「……っ、……ぁっ、耳だめっ」

 アレクシスは背後から私のことを捕まえると、耳元に息を吹きかけてきた。
 油断していたこともあり、思わず甘い声を漏らしてしまう。

「リリア、今は訓練中だよ。そんなに甘い声を出して……。ああ、もしかして誘惑して私を油断させようとしているの?」
「……ち、ちがっ……やめっ……んぅ」

 背後から伸ばされた腕が、私の体に絡みついているようで身動きが取れない。
 アレクシスは熱の篭もった舌先を私の耳に這わせ、ゆっくりと滑らせていく。
 視界が遮られていることもあり、耳に意識が集中してしまい、普段以上にゾクゾクしてきてしまう。

「相手を誘惑させるのは決して悪い手ではないとは思うけど、そんな甘い声……私以外の男に聞かせるなんて絶対に許さないよ」
「そんなこと、しなっ、い。おね、がい、だからっ、喋りながら耳、舐めない……っで、……んぅ」

 私は必死に言葉を繋ぎながら、耳から伝わる愛撫に耐えていた。

(なんでこんなことになっているの!? 訓練するんじゃなかったの……?)

「リリアがそう思っていたとしても、相手側もそうとは限らないからね。やはり公の場に出すのはやめておこうか」
「はぁっ……、アレクシスさ、まは、心配し過ぎ……っん」

「心配するのは当然だよ。リリアは私の宝物なのだからね」
「……っ」

「足がガクガクしているようだけど、立っているのが辛くなってきた?」
「……誰の、せいだとっ……」

 私の足は先程から力が抜けて、アレクシスの腕に掴まっていなければ、直ぐにその場に座り込んでしまいそうだった。

「決していじめているわけではないよ? リリアの弱点の克服を手伝っているだけ……」

 絶対にそんなことはないと思う。
 アレクシスのことだから、私を追いつめて楽しんでいるのだろう。
 先程から聞こえてくるアレクシスの声質は、どこか愉しそうに響いてくるのがその証拠だ。

「体が随分と熱くなってきているね。これはまた解放させないとダメかな?」
「……っ」

 その言葉が耳の奥に響いてくると、私はビクッと体を震わせた。
 今回のことは熱暴走ではなく、アレクシスが耳を責めたことで起こった生理現象だ。
 だけど、あの日のことを思い出すと更に体の奥がぞわぞわと熱くなっていくのを感じる。
 私はまた触れて貰えることに、期待しているのかも知れない。

「そうかも……しれないです」

 今なら全て熱暴走の所為に出来るはずだ。
 アレクシスは分かっていてそんなことを言っているのだとは思うけど、私の真意まではきっと読み取られていないはずだ。
 今は顔を向かい合わせることも出来ないのだから、表情を隠す必要もない。

 始めて抱かれたあの日のように、また幸福感に満たされたいと思ってしまった。
 きっとそれだけではない。
 初めて知ったあの甘美な世界を、もう一度味わってみたかった。

「それじゃあ、直ぐ傍のソファーに座ろうか。私が手を引いて歩いてあげるから、目隠しはそのままでね」
「……はい」

 きっと今の私の顔は、熱で浮かされるほど真っ赤に染まっているはずだ。
 目隠しで覆っていれば、多少は表情を隠すことが出来る。
 そうなれば私の羞恥心も少しだけ和らぐかもしれない。

「着いたよ。このままゆっくり座って」
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