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31.変化③

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 私は馬車の中にいた。
 前に座っているのは、この屋敷を訪れた日に出合ったあの執事だった。
 年齢は40代前後で体格が良く、服の上からでも分かる逞しい肉体。
 そして厳つい顔立ち。
 執事と言うには勿体なく、執事服を着ていなければ間違いなく騎士や傭兵などの職に就いてそうな容姿だった。

(アレクシス様も騎士だし、引き抜いたのかな)

「リリア様。本日はこのグレインがアレクシス殿下に変わり、貴女様をお守り致します」

 私があまりにもまじまじと見つめていたせいか、不安がっていると誤解させてしまったのかもしれない。
 三人以外の人間と顔を合わせるのが数ヶ月ぶりで少し緊張してしまい、様子を窺うように鋭い視線を向けていたようだ。

「グレインさんと言うのですね。今日はよろしくお願いします」
「はい」

 彼は寡黙なのか、挨拶を終えた後は終始無言だった。
 それが緊迫した空気を生ませ、私の緊張は更に高まっていく。
 気を紛らわすために窓の外に視線を向けようとしても、何故かカーテンに閉ざされていて、外の景色を確認することが出来ない。
 私が馬車に乗り込む以前から、このカーテンはしまっていた。

 暫く馬車に揺られていると馬車の速度が徐々に落ちていき、さらにそれから少しして完全に動きが止まった。

(到着したみたいね。何もしてないのに、もう疲れちゃった……)

 馬車の中の重苦しい空気で、気疲れしてしまったようだ。
 グレインは先に降りると、私の前に手を差し出し「お気を付けてお降りください」と紳士的な態度を取ってくれた。
 白い手袋に覆われた手を取って、馬車から降りる。
 目の前には大きな王城が構えていて、いよいよだという緊張感に固唾を呑んだ。
 
(着ちゃった……。どうしよう、緊張し過ぎて上手く話せる自信が全くないわ)

 気持ちを落ち着かせようと、胸に手を当ててみる。
 だけど鼓動は早いままで、いくら待っても収まる気配はない。
 こんな時、傍にアレクシスがいてくれたら……。
 幾分か落ち着くことも出来たかも知れない。
 だけど、無い物ねだりをしても仕方が無いだけだ。
 私は現実を受け入れると、覚悟を決めた。


***


「リリア様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
「はい……」

 私が馬車から降りると、案内役の人間がこちらへやってきた。
 簡単に挨拶を済ますと、王宮内へと案内される。
 その間、余計な会話は無く、私達の歩く足音だけが響いている状態だった。
 グレインは私の数歩後ろを歩き、相変わらず黙ったままだった。
 そのまま暫く歩いていると、大きな扉の前で案内人の足が止まった。

(嘘でしょ……。いきなり謁見の間に入るの?)

 王宮に到着したら、国王の準備が整うまで暫くの間応接室で待機かと思っていた。
 呼び出したのは国王だが、私は今や底辺である平民だ。
 国王の都合がつくまで、待たされることは覚悟していた。
 それなのに、到着してすぐここに通されるなんて、私が来るのを待っていたとでもいうのだろうか。

「これより先は、リリア様お一人でお入りください」
「……っ、分かりました」

 不安そうな顔でグレインを見ると、彼は小さく頷いていた。
 私は大きく深呼吸をして、覚悟を決めた。
 ここまで来て逃げることは出来ない。
 何を言われても今日は耐えよう、そう心に決めた。
 そして静かに眼鏡を外した。


***


 扉が開かれると、中央には赤い絨毯が引かれていて長い通路が奥まで続いてる。
 重々しい空気に包まれ、足が竦んでしまう。
 奥に視線を向けると玉座には国王の姿あり、隣には宰相が立っていた。 
 ここまで来たら、もう逃げられない。
 
 私は貴族令嬢だった頃を思い出すように綺麗に一礼をすると、重く感じる足をゆっくりと踏み出した。
 一歩歩き出す毎に、鼓動が早くなっていくような気がする。
 緊張で足が蹌踉けてしまいそうになるのを耐えながら、奥へと進んでいく。
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