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初恋と命運
記録
しおりを挟む「臥鐵さんと顛さんは?」
「二人なら、今朝早くに行きました」
「元気になったんだ。良かった」
椿は膝の上で組んだ手をじっと見ている。
「椿さん、塾ではないんですか?」
「うん」
椿はぼんやりどこか上の空だ。
「?」
「あ、そうだ。忘れ物を取りにきたんだっけ」
「忘れ物、ですか?」
「診察室の机ってまだそのまま?」
「少し移動させましたけど、引き出しの中はそのままですよ」
「よいしょっ!」
椿はソファから立つと診察室へ向かった。
ヨルもその後をついていく。
「なんか、緊張しちゃって」
椿は机の引き出しからノートを1冊取り出した。
ノートは他にもたくさん入っている。
「それは?まだ新しいですね」
「これはね、見て」
椿が机に広げたノートをヨルは覗き込んだ。
「もしかして、これって」
「そうこれはヨルせんせ、こっちはボンボン」
フフっと椿は笑って次のページを開いた。
「これは雪舞蝶」
「なるほど……絵が」
「うん、絵が?」
「天才的に、」
「天才的に?」
「な、」
「天才的な?」
「いいえ、なんでも……ありません」
ヨルは、椿のノートに描かれた、棒人間的な下手くそなイラストを見て諦める。
「天才的!!でしょう?うん、これに注訳をつけようと思ってるんだ」
「わかるかな」
「え?」
「いえ、かなり詳しく書けばあるいは」
「そうか、詳しくね。わかった、そうする」
「はい」
「ヒロ君の初めてアヤカシ図鑑、by椿ってところ」
「アヤカシ図鑑?」
「私は初めて蟲を見ても、まったく怖くなくて、ただ不思議?って感じだったの。でも普通の人は、びっくりするのかな?害はないって知らないから?アヤカシもそうで、ヨルせんせとボンボン、それに患者さんたち、アヤカシのこと、誤解しないでちゃんと知って欲しいんだ」
「ヒロくん……鈴木くんですね」
「まぁ」
椿はノートを閉じて胸に抱く。
「なんか嫌われてるみたいなんだけど……それも盛大に」
「そう、なんですか?」
「うん、完全に避けられてる。ま、しょうがないか、私って変人だし」
椿はへへっと自嘲的に笑い、ノートをカバンにしまう。
「でも、また偶然にどこかで会うかもしれないでしょう?だからいつでも渡せるように、持っていようと思って。それに」
「それに?」
「試験前に緊張するから、これ書いて落ち着こうかと」
「落ち着くんですか?!」
「書いてると落ち着く、すっごく」
「試験会場に蟲がいないといいですね、椿さんはきっとそっちに集中してしまう」
「だよね、絶対そう。ヨルせんせ、1日だけアヤカシや蟲が見えなくなる薬ってないの?」
「うーん」
ヨルは顎に手を当て、本気で考えているようだった。
「冗談だよ。ヨルせんせや、ボンボンが見えなくなるなんて考えただけで寂しくなっちゃう」
「たった1日でも?」
「そう。たった1日でも」
「そうは言っても、毎日は来てないですよねぇ」
「ええと、嘘つきました、ごめんなさい。正直3日くらいは平気かも、いや1週間会わなくてもいける?まぁ……さすがに1ヶ月は寂しいってとこ?」
「はいはい、わかりました。では試験頑張ってください」
「うん、自信は無いけど全力は尽くしてこようと思う!!」
「何を言いたいのかはわかりませんが、力強い感じは伝わりました」
椿は診察室を出ると、そのまま玄関へ向かった。
「もう行きますか?」
「うん、じゃあね。診察室っていつ直るの?」
「明日、業者さんに来て貰うので、椿さんの試験が終わる頃には綺麗になっていると思いますよ」
「ふーん、じゃあ試験終わったらまた来るね」
「わかりました」
椿は靴を履くと、ヨルに手を振り笑顔を向けた。
「あれ?びしょ濡れのシューズがない」
「ボンボンが干したんじゃないかな」
「そ?」
「はい」
「じゃあ。……あ、お母さんが美味しいって言ってたよ、飴」
「それは良かったです」
「ありがとうヨルせんせ」
椿は満面の笑みを浮かべ、ペコッと頭を下げた。
「どういたしまして」
ヨルは頷き優しく微笑んだ。
そして椿はヒラッと手を振りヨルに背を向けた。
実央は診察室にいて、引き出しに入っていた椿のノートを見ていた。
「椿さん行きましたよ……勉強熱心でしょう?」
ヨルが隣に立った。
「これは、薬の作り方かなにかですか?」
「はい。薬草や蟲を使ってつくるアヤカシのための薬です」
「アヤカシだけの薬ですよね?自分にも人にも関係ない」
「そうですよ、そこにこんなに労力を使うなんて、自分で言うように随分と変わっている子です」
「……あの古書に書かれていることは、本当にあったことですよね」
実央はヨルの鳶色の瞳をまっすぐに見る。
「はい、椿さんと鈴木くんの話です」
「じゃあ、虎玉の期限が尽きるってことも?」
ヨルは黙って頷いた。
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