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再会と初雪
記憶
しおりを挟む「おとこ?なにそれ??」
「ひろくんて呼ぶね!」
「ひろくん……」
「わたし、つーちゃん」
「つーちゃん?」
「うん」
「つーちゃん、あの」
「私たち、きっと同じ部屋だよ。本当は男の子と女の子は一緒の部屋にはならないんだけど、他のお部屋はいっぱいなんだって、昨日までいた子は養子に出たからもういないの」
「ようし?」
「新しいお父さんとお母さんが出来て一緒に暮らすことなんだって、よくわからないけど」
「新しい?」
「私たち、親がいない子は誰かに引き取ってもらうか、ずっとここにいるか、どっちかなの」
「いやだ」
実央は大きく首を振った。
「どっちもいや?」
「そうじゃない、お母さんが迎えにくるから」
「お母さんいるんだ。いいな」
「そう、明日迎えにくる」
「なんだ、じゃあすぐに行っちゃうんだね」
「ただいま」
玄関に脱ぎ散らかされた靴を並べ部屋へ入る。
母親はまだ寝ているのか自室の襖は閉まっていた。出勤するつもりなら、そろそろ起きる時間だろう。
実央はダウンジャケットをハンガーにかけ玄関近くの壁にぶら下げた。
流し台の前に立ちトレーナーの袖を捲り蛇口をひねる。
シンクの中には皿とグラスとフライパンが無造作に突っ込んである。水がフライパンに当たり飛沫がはねた。
実央は蛇口を閉じ、そのままぼんやりしながらソファに倒れこんだ。
そして、目を閉じ気絶したように眠ってしまった。
椿は学校のトイレで泣いていた。
今朝までは嬉しくてこの秘密と気持ちを、彼と共有出来る、そうしたかった、それだけだった。
なのに、今は崖っぷちから突き落とされたような気分である。
梵天から聞いて確信があり、てっきり話が合うと思い込んでいた。
けれど、彼は何も言わなかった。
君と同じものが僕にも見える、とは言ってはくれなかったのだ。
わかり会えると思っていたのに、それどころか拒絶と、最後は無視だ。
学校までの道は我慢した、けれど誰もいない教室に入ってからは、もう無理だった。
トイレに駆け込んで声を殺して泣いた。
結局、私は誰ともわかり会えないし、みんな他人なのだ。
期待しただけ、その反動も大きかった。
「実央、ダウンかりるよ」
遠くで母親の声がする。
「うん」
実央はソファの上で寝返りをうちながら答える。
身体が重くとても眠かった。
「携帯入れっぱなしだよ、なにこれーんん?ナンパでもされた?」
目を開けると母親が立っていて、スマホとメモのようなものを付き出していた。
「たちばなつばき」
「いらないそれ、捨てて」
「綺麗な名前……じゃあ捨てるよ」
「ちょ、ちょっと待って!今、なんて?」
実央は飛び起きて母親の顔を見た。
「綺麗な名前」
「かして」
実央は、母親の手からメモを奪い取り食い入るようにそれを見た。
「なに、かわいい子だった?」
「つばき……」
母親は実央の携帯電話をテーブルの上に置くと怪訝そうに息子を眺めた。
「へんなやつ。私、行くね」
母親が玄関を開けるとやわらかく明るい光がリビングを照らした。
「ああ、気をつけて……」
パタンとドアが閉まり室内はまた暗くなるが光はまだそこに留まり実央を包んでいるようだった。
実央はソファに座りメモを握りしめたまま茫然としている。
「生きてたんだ」
心の底から嬉しさが込み上げ身体が震えた。
「生きてた」
声のない笑いはそのうち嗚咽に変わり喉を塞ぐ。
長い間、重く抱えていた罪悪感が涙と一緒に流され消えていく。
椿が生きていた。
あの火事の後、実央は長く入院していたから、ニュースも見ていないし、あらためて火事について調べたこともなかった。
目の前で椿が倒れていて、それを見て死んでしまった。
そう思い込んでいただけだったのか。
あのとき、電気をつけろなんて言わず、危ないから一緒にいよう、そう言っていれば良かったと、ずっと後悔していた。
自分より小さかった椿なら、ベッドの隙間から逃げられたに違いない、だから自分のせいで椿は死んでしまった。
そんなふうにずっと考えて、忘れることが出来なかった。
でも、良かった。
本当に良かった。
あの子が、つーちゃん。
そういえば少し面影があるだろうか、どうして気づかなかったんだろう。
実央はスマホを手に取り、椿のSNSのIDを入力しようと指を動かしたが途中でやめる。
生きていた、それだけで十分じゃないか。
あの後、養子に行って今は幸せに暮らしているのだろう。
事務所での会話を思い出し胸が痛んだ。
生まれた時から恵まれている、苦労知らずのお嬢様だと思っていたから。
傷つけたかもしれない。
変なモノが見える、同じだよ、そう言ってあげれば良かっただろうか。
いや、今幸せでこの先もきっと幸せに違いないんだから、俺なんかとは付き合わない方がいい。
ましてや変なモノが見える友達なんて必要ない。
あれで良かったんだ。
実央はスマホをテーブルに置きソファに横たわると天井を仰いだ。
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