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第3章 帰らぬ善者が残したものは
28話 語り合うものたち
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『まさか、あんな人数がいたなんて』
息切れして両膝をついている心一を他所に、護は部屋にいた子供たちの人数に驚く。恐怖が去ったことを感じ取ったのか、ソファーやテーブルの影に隠れていた子供たちが一斉に姿を見せる。30名ほどの少年少女たち。人種は様々だが、灯真らよりも小さい子供が多い。護が話をしてみれば、皆、光の柱の存在はおろか、どうしてこの世界にいるのかもわかっていなかった。
『マモルと同じ日本人は全部で6人。1人は訳あって別室にいる。他はアメリカにイギリス、オーストラリアにロシア……いろんなところの出身者がいる。アフリカ圏の子がいないとなると、向こうの連中の仕業か?』
魔法使いをまとめている協会だが、未だ賛同を得られぬものたちもいる。その中でも最も大きな組織が、アフリカ圏をまとめ上げている【エスピダラ (楽園の意)】という団体である。不毛な土地に住むため、日常的に魔法を使う独自の文化を築いている彼らは、協会の考えを受け入れられずにいる。
『協会の傘下に入るのは拒んでいるけど、一般人の前で魔法を使わないという考えには賛同してくれている。何より、島津さんが関わっているとなると』
『エスピダラではなく、俺たち側の魔法使いが関与していると考えるべきか』
サムの回答を聞き、護は嘆息をもらす。
『法執行機関の内部調査だって必要かも知れませんよ、これは』
『避けられないだろうな……』
島津が関わったことを考えれば至極当然な考え。大きな体が縮んだかと錯覚するほどに、サムは肩を落とす。自分たちの仲間を疑わなければならないのだから無理もない。
『とはいえ、元の世界に戻らないと始まらない話です。現状、島津さんを見つける以外に有効な手掛かりもありません。彼の持ち物が一つでもあればと思うのですが、どこを探せば良いのやら』
大人二人が今後について話している中、少し離れた場所では同じ日本人ということで蛍司や誠一らが身の上話に花を咲かせていた。
「なんや、セチが二つし下で、とっちんは同い年か!」
蛍司は早速二人にあだ名を付けていた。慣れない呼び方に戸惑っていた2人も、蛍司の明るさもあって徐々に気にしなくなっていった。
「兄さんは、国生さんや如月さんの一つ上ですね」
「あのゲンコツバカ……年上かい……」
「誰が……ゲンコツバカだ……このやろう……」
「兄さんはしばらくじっとしててください。あだ名をつけられたのは自業自得です」
拳を届かせる余裕もないほど、心一は疲労していた。それだけ本気だったということなのだろう。息一つ切らせずにサムと話している護を見て、心一の中に悔しさだけが蓄積されていく。
「いつもああなんか?」
「あそこまで酷くはなかったと思うんですけど……」
「大変だった……から?」
「いえ……こっちに来てから兄は逆に活き活きしてます。自分たちの世界では日常生活で魔力を使うことを禁止されていましたから」
「え? 俺らの世界でも、魔力使う人っておるん?」
「護さんがそうみたい」
「僕らの世界……地球って言っておきましょうか。地球でも魔力を扱う人、魔法使いはいます。ただ、悪用されないように魔法使いだけの法律があって、みんな力を隠して生きてるんです」
「漫画みたいな世界やな」
「あの……」
声をかけてきたのは、目の部分に包帯を巻かれている青年、稲葉 光秀だった。杖を持たずに真っ直ぐ灯真たちの方へ歩いてくる彼を見て、誠一は首を傾げた。
「その話、詳しく聞かせて欲しいんですが」
「おう、ヒデミーも入るか?」
「その呼び方やめてくださいよ」
「良いやないか。将来子供ができた時、可愛いって喜ばれんで?」
「そんなわけないでしょう」
肩を竦めつつも、光秀はゆっくりと蛍司の隣に腰を下ろした。近づいてきたときの、まるで目が見えているかのような動きとは違い、地面の位置を確認するように手を伸ばしゆっくりとしゃがんていく姿に誠一は再び首を傾げる。
「こいつは光秀。こっちにきた時、事故か何かにあったみたいで、目がほとんど見えんのや」
「稲葉 光秀です。すみません、話の途中に割り込んで」
「こいつも俺やとっちんと同い年やで」
「その目……」
気になって誠一が飛ばした魔力の膜。それが捉えたのは、光秀の上に浮かぶ見えない物体だった。
「もしかして、魔法で視力を補ってるんですか!?」
「セチ、すごいな。教えてもらうまで俺わからんかったで」
「お前が無知なだけだ」
「兄さん!」
いつの間にか床の上で横になっていた心一は、誠一に咎められたことでそっぽを向く。
「こちらに来た時に怪我ということは、魔法もこっちで?」
「助けてくれた人たちに色々と教えてもらって。使えるようになってからまだ1ヶ月も経ってませんが」
「すごいです! 魔法を使えるようになるまで何年もかかる人だっているのに」
「そうなん?」
「魔力を扱うことはできても魔法を覚えられるとは限らないんですよ。僕や兄さんだって」
「誠一 余計なことを言うな!」
「何やお前、魔法使えないんかい」
「必要ないって思ってるんですよ。魔力自体を上手く扱えた方が有用だって」
「ヒデミーみたいに目が見えんくなったいう人には良いもんやけど、人に迷惑かけることだってあるしな。ええ考えやと思うで」
「……勝手に言ってろ」
「褒められたときは素直に喜ぶもんやで、しーやん」
「テメェ……次にその変な呼び方したらただじゃすまねえからな……」
「強がっても動けんやろ。ゆっくり休んどけや、しーやん」
いやらしい笑顔を見せる蛍司に、腸が煮えくり返るような思いを顔に表す心一だが、拳を向ければまた護に止められる。その未来を否定できなかった。話をしながらも彼の意識がこの部屋全体に広がっていることに、心一は気付いていた。
(親父みてぇな奴だな……)
一度も勝てたことがない相手。触れることすら出来なかった絶対的強者。心一は、護に自分の父親の姿を重ねる。自分よりも遥か高みにいる存在を前に、いつかあの澄ました顔に一撃当ててやるという気持ちが湧き上がっていく。
心一の意識が自分に向いている。そう感じ取った護は、彼の方を向いて口角を上げた。特に意味があったわけではない。あまり経験がなく、どんな顔をしていいのかわからなかっただけ。逆にそれが、心一を不機嫌にさせるとも思っていなかった。
いつでもかかってこい。心一には、護がそう言っているように感じられ、自然と拳に力が入る。
『あまり挑発するんじゃないぞ』
『え?』
『ああ……お前はそういう男だったな』
笑顔を絶やさないのは護のいいところだが、相手を選ばない。一緒に仕事をしていた時のことを思い出し、その行動に納得してしまったサムは、護が知り合いの飼っている犬に見えてくる。
「兄さんをあだ名で呼ぶ人、初めて見ました」
「じっちゃんが言うてたんや。人と仲ようなる方法の一つは、親しみを込めたあだ名をつけることやて」
「誰がテメェなんかと仲良くなるかよ」
(さっきまで喧嘩してたのに……変な人たちだ……)
灯真の中に浮かぶ素朴な疑問。嫌われたら無視される。言葉すら交わさない。そういうものだと思っていた彼にとって、蛍司と心一が言葉を交わしていること自体、不思議でならない。
「ところでヒデミー、セチに話が聞きたいって何なん?」
「地球では、魔法使いの人たちはどういう生活をされているのか気になって」
「地球で?」
「僕はこの通り、魔法がないと目が不自由です。でも、魔法を使えたら普通の人と同じように動くことが出来ます。親に心配かけずに済むかなと思って」
「それは……」
誠一は言葉を濁す。光秀が求めている答えは分かっている。しかし、現実はそう甘くはない。どう答えるか迷っていると、まるで背中を優しく叩くような、頼れる兄の声が聞こえてくる。
「出来るとも言えるし、出来ないとも言える」
全員の視線が仰向けになって天井を見つめる心一へと集まった。
「さっき誠一が言っただろう。魔法使いは力を隠して生きてるって。それは、魔法使いの法に明記されているからだ。だから、お前が魔法を使って普通の人と同じように生活できるかと聞かれたらNOだ」
もっと違う言い方はないものか。心一の言葉にそう感じる蛍司だったが、誠一の申し訳なさそうな顔を見れば、間違ったことを言っていないとすぐにわかった。下がっていく光秀の肩に蛍司の手が優しく乗る。
「ただ、法があるってことはそれを取り締まることも必要だし管理する人も必要になる。そういう仕事は間違いなくあって、それは魔法使いにしか出来ない。仕事中に魔法を使うことも許されてる。だから魔法を使った仕事があるかと聞かれたらYESだ」
「ありがとう……ございます」
「誠一に代わりに答えてやっただけだ」
フンっと鼻を鳴らすと、立ち上がった心一は部屋の入り口に向かって歩き始める。
「兄さん、どこに?」
「ここにいてもつまんねぇから、うろうろしてくるだけだ。外には出ねぇよ」
静かに扉を開けると、心一はそのまま部屋を後にした。もう少し雑な開け方をするかと思っていた蛍司の想像とは少し違った。歩いている時の真っ直ぐ伸びた背筋、音を立てずにゆっくりとドアを開ける動作。偏見は良くないと思いつつも、蛍司は彼の乱雑な口調とそれらがミスマッチに感じられた。
「なんか面白い奴だな、しーやん」
「口の悪さだけでも直れば、喧嘩も減るんですけど……」
「僕が知りたいことはわかったので助かりました」
「アノ……」
突然聞こえた自信なさげな声。最初にその声の方へ振り向いたのは灯真だった。そこにいたのはクルクルした茶色い髪が印象的な黒人の少年。体の線は細く、灯真といい勝負だ。
「ニホンノヒト……デスカ?」
片言で日本語を話す彼の名は、マーク・アレクサンダー。後に《守護者の軌跡》という作品を生み出す漫画家となる人物であった。
息切れして両膝をついている心一を他所に、護は部屋にいた子供たちの人数に驚く。恐怖が去ったことを感じ取ったのか、ソファーやテーブルの影に隠れていた子供たちが一斉に姿を見せる。30名ほどの少年少女たち。人種は様々だが、灯真らよりも小さい子供が多い。護が話をしてみれば、皆、光の柱の存在はおろか、どうしてこの世界にいるのかもわかっていなかった。
『マモルと同じ日本人は全部で6人。1人は訳あって別室にいる。他はアメリカにイギリス、オーストラリアにロシア……いろんなところの出身者がいる。アフリカ圏の子がいないとなると、向こうの連中の仕業か?』
魔法使いをまとめている協会だが、未だ賛同を得られぬものたちもいる。その中でも最も大きな組織が、アフリカ圏をまとめ上げている【エスピダラ (楽園の意)】という団体である。不毛な土地に住むため、日常的に魔法を使う独自の文化を築いている彼らは、協会の考えを受け入れられずにいる。
『協会の傘下に入るのは拒んでいるけど、一般人の前で魔法を使わないという考えには賛同してくれている。何より、島津さんが関わっているとなると』
『エスピダラではなく、俺たち側の魔法使いが関与していると考えるべきか』
サムの回答を聞き、護は嘆息をもらす。
『法執行機関の内部調査だって必要かも知れませんよ、これは』
『避けられないだろうな……』
島津が関わったことを考えれば至極当然な考え。大きな体が縮んだかと錯覚するほどに、サムは肩を落とす。自分たちの仲間を疑わなければならないのだから無理もない。
『とはいえ、元の世界に戻らないと始まらない話です。現状、島津さんを見つける以外に有効な手掛かりもありません。彼の持ち物が一つでもあればと思うのですが、どこを探せば良いのやら』
大人二人が今後について話している中、少し離れた場所では同じ日本人ということで蛍司や誠一らが身の上話に花を咲かせていた。
「なんや、セチが二つし下で、とっちんは同い年か!」
蛍司は早速二人にあだ名を付けていた。慣れない呼び方に戸惑っていた2人も、蛍司の明るさもあって徐々に気にしなくなっていった。
「兄さんは、国生さんや如月さんの一つ上ですね」
「あのゲンコツバカ……年上かい……」
「誰が……ゲンコツバカだ……このやろう……」
「兄さんはしばらくじっとしててください。あだ名をつけられたのは自業自得です」
拳を届かせる余裕もないほど、心一は疲労していた。それだけ本気だったということなのだろう。息一つ切らせずにサムと話している護を見て、心一の中に悔しさだけが蓄積されていく。
「いつもああなんか?」
「あそこまで酷くはなかったと思うんですけど……」
「大変だった……から?」
「いえ……こっちに来てから兄は逆に活き活きしてます。自分たちの世界では日常生活で魔力を使うことを禁止されていましたから」
「え? 俺らの世界でも、魔力使う人っておるん?」
「護さんがそうみたい」
「僕らの世界……地球って言っておきましょうか。地球でも魔力を扱う人、魔法使いはいます。ただ、悪用されないように魔法使いだけの法律があって、みんな力を隠して生きてるんです」
「漫画みたいな世界やな」
「あの……」
声をかけてきたのは、目の部分に包帯を巻かれている青年、稲葉 光秀だった。杖を持たずに真っ直ぐ灯真たちの方へ歩いてくる彼を見て、誠一は首を傾げた。
「その話、詳しく聞かせて欲しいんですが」
「おう、ヒデミーも入るか?」
「その呼び方やめてくださいよ」
「良いやないか。将来子供ができた時、可愛いって喜ばれんで?」
「そんなわけないでしょう」
肩を竦めつつも、光秀はゆっくりと蛍司の隣に腰を下ろした。近づいてきたときの、まるで目が見えているかのような動きとは違い、地面の位置を確認するように手を伸ばしゆっくりとしゃがんていく姿に誠一は再び首を傾げる。
「こいつは光秀。こっちにきた時、事故か何かにあったみたいで、目がほとんど見えんのや」
「稲葉 光秀です。すみません、話の途中に割り込んで」
「こいつも俺やとっちんと同い年やで」
「その目……」
気になって誠一が飛ばした魔力の膜。それが捉えたのは、光秀の上に浮かぶ見えない物体だった。
「もしかして、魔法で視力を補ってるんですか!?」
「セチ、すごいな。教えてもらうまで俺わからんかったで」
「お前が無知なだけだ」
「兄さん!」
いつの間にか床の上で横になっていた心一は、誠一に咎められたことでそっぽを向く。
「こちらに来た時に怪我ということは、魔法もこっちで?」
「助けてくれた人たちに色々と教えてもらって。使えるようになってからまだ1ヶ月も経ってませんが」
「すごいです! 魔法を使えるようになるまで何年もかかる人だっているのに」
「そうなん?」
「魔力を扱うことはできても魔法を覚えられるとは限らないんですよ。僕や兄さんだって」
「誠一 余計なことを言うな!」
「何やお前、魔法使えないんかい」
「必要ないって思ってるんですよ。魔力自体を上手く扱えた方が有用だって」
「ヒデミーみたいに目が見えんくなったいう人には良いもんやけど、人に迷惑かけることだってあるしな。ええ考えやと思うで」
「……勝手に言ってろ」
「褒められたときは素直に喜ぶもんやで、しーやん」
「テメェ……次にその変な呼び方したらただじゃすまねえからな……」
「強がっても動けんやろ。ゆっくり休んどけや、しーやん」
いやらしい笑顔を見せる蛍司に、腸が煮えくり返るような思いを顔に表す心一だが、拳を向ければまた護に止められる。その未来を否定できなかった。話をしながらも彼の意識がこの部屋全体に広がっていることに、心一は気付いていた。
(親父みてぇな奴だな……)
一度も勝てたことがない相手。触れることすら出来なかった絶対的強者。心一は、護に自分の父親の姿を重ねる。自分よりも遥か高みにいる存在を前に、いつかあの澄ました顔に一撃当ててやるという気持ちが湧き上がっていく。
心一の意識が自分に向いている。そう感じ取った護は、彼の方を向いて口角を上げた。特に意味があったわけではない。あまり経験がなく、どんな顔をしていいのかわからなかっただけ。逆にそれが、心一を不機嫌にさせるとも思っていなかった。
いつでもかかってこい。心一には、護がそう言っているように感じられ、自然と拳に力が入る。
『あまり挑発するんじゃないぞ』
『え?』
『ああ……お前はそういう男だったな』
笑顔を絶やさないのは護のいいところだが、相手を選ばない。一緒に仕事をしていた時のことを思い出し、その行動に納得してしまったサムは、護が知り合いの飼っている犬に見えてくる。
「兄さんをあだ名で呼ぶ人、初めて見ました」
「じっちゃんが言うてたんや。人と仲ようなる方法の一つは、親しみを込めたあだ名をつけることやて」
「誰がテメェなんかと仲良くなるかよ」
(さっきまで喧嘩してたのに……変な人たちだ……)
灯真の中に浮かぶ素朴な疑問。嫌われたら無視される。言葉すら交わさない。そういうものだと思っていた彼にとって、蛍司と心一が言葉を交わしていること自体、不思議でならない。
「ところでヒデミー、セチに話が聞きたいって何なん?」
「地球では、魔法使いの人たちはどういう生活をされているのか気になって」
「地球で?」
「僕はこの通り、魔法がないと目が不自由です。でも、魔法を使えたら普通の人と同じように動くことが出来ます。親に心配かけずに済むかなと思って」
「それは……」
誠一は言葉を濁す。光秀が求めている答えは分かっている。しかし、現実はそう甘くはない。どう答えるか迷っていると、まるで背中を優しく叩くような、頼れる兄の声が聞こえてくる。
「出来るとも言えるし、出来ないとも言える」
全員の視線が仰向けになって天井を見つめる心一へと集まった。
「さっき誠一が言っただろう。魔法使いは力を隠して生きてるって。それは、魔法使いの法に明記されているからだ。だから、お前が魔法を使って普通の人と同じように生活できるかと聞かれたらNOだ」
もっと違う言い方はないものか。心一の言葉にそう感じる蛍司だったが、誠一の申し訳なさそうな顔を見れば、間違ったことを言っていないとすぐにわかった。下がっていく光秀の肩に蛍司の手が優しく乗る。
「ただ、法があるってことはそれを取り締まることも必要だし管理する人も必要になる。そういう仕事は間違いなくあって、それは魔法使いにしか出来ない。仕事中に魔法を使うことも許されてる。だから魔法を使った仕事があるかと聞かれたらYESだ」
「ありがとう……ございます」
「誠一に代わりに答えてやっただけだ」
フンっと鼻を鳴らすと、立ち上がった心一は部屋の入り口に向かって歩き始める。
「兄さん、どこに?」
「ここにいてもつまんねぇから、うろうろしてくるだけだ。外には出ねぇよ」
静かに扉を開けると、心一はそのまま部屋を後にした。もう少し雑な開け方をするかと思っていた蛍司の想像とは少し違った。歩いている時の真っ直ぐ伸びた背筋、音を立てずにゆっくりとドアを開ける動作。偏見は良くないと思いつつも、蛍司は彼の乱雑な口調とそれらがミスマッチに感じられた。
「なんか面白い奴だな、しーやん」
「口の悪さだけでも直れば、喧嘩も減るんですけど……」
「僕が知りたいことはわかったので助かりました」
「アノ……」
突然聞こえた自信なさげな声。最初にその声の方へ振り向いたのは灯真だった。そこにいたのはクルクルした茶色い髪が印象的な黒人の少年。体の線は細く、灯真といい勝負だ。
「ニホンノヒト……デスカ?」
片言で日本語を話す彼の名は、マーク・アレクサンダー。後に《守護者の軌跡》という作品を生み出す漫画家となる人物であった。
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