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第2章 その瞳が見つめる未来は
3話 で……どいつなんだ?
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* * * * * *
「ロウドルォウ コールヴェロ イーエ」
稲葉 光秀のものとして登録されているそれは、あらゆる角度から自身を含む周囲の状況を視ることができる魔法。
その正体は、周囲の景色に同化し人の目に映ることのない円錐状のレンズの創造と、自身の目の再構成。円錐状のレンズで見ているものを、再構成された目を介して彼の脳に映像として送る。
使えなくなった目を作り替える力として、研究者からは高い評価を受けている。
* * * * * *
(どこだ……どこから聞こえた?)
耳に入った鈴の音は、間違いなく明希のカバンについているもの。光秀が自分を見つけられるようにと、彼女がつけてくれたそれを聞き間違えるはずはなかった。
音自体は非常に小さく少し離れたところにいると考えた光秀は、駅の改札付近や商店街の方にレンズを向けて鈴の在処を探っていく。膨大な量の情報が光秀の頭の中に送り込まれ、目の奥に痛みを感じるがそれでも彼は止めようとはしない。
「おい、大丈夫か?」
「ちょっと黙ってくれるか」
メガネの上から目を抑える光秀を見て彼のことを心配した正信だったが、そんな彼の言葉に耳を貸している余裕は光秀にはない。レンズから送られてくる映像を確認しながら、耳は再び鈴の音が鳴らないかと神経を研ぎ澄ませてる。車の走る音、道を歩く人々の足音、話し声など耳に入るいらない雑音にフィルターをかけ、決して忘れることのない家族の音だけに耳の感度を合わせる。
相手が光秀でなければ、正信はその場から立ち去っていたかもしれない。しかし彼を放っておくという選択を、正信は選ばなかった。光秀の言う通り何も口にせず、そして彼のそばを離れず駅から出てくる人々の中に明希の姿がないか探し続ける。
チリーン……チリーン……
先ほどよりもその音は近かった。向きは光秀の後ろ……彼が来た道の方から。すぐにレンズを動かし、音がした方向の確認を始める。正信がその音に気付いている様子はない。それは、光秀が日頃からその音に慣れ親しんでいるからというだけではない。
魔法による視覚の補助が許されているのは、あくまでも魔法使いであることが知られているネフロラジャパン内での業務のみ。そのため光秀は、白杖を持って一般の視覚障害者と同じ生活を送っている。そのおかげか、彼の聴力は一般的な成人男性と比べて非常に優れている。小さな物音だけでなく、同僚たちの会話や独り言も聞き逃さないほどに。
右耳を音がした方に向け、歩道に設置された柵に体を預けながら歩く人々の姿を確認していくが、彼女の姿はない。
(音が聞こえた方向に、彼女の荷物はあるはず……でも、どこに……)
歩いていれば鈴が鳴り続けているはず。だが、音が聞こえたのは2回だけ。光秀の焦りが、耳のフィルターの効果を徐々に薄めていく。不意に速度オーバーで走る車の音とそれを見つけたパトカーのサイレンが雑音として混ざり始める。それに続くように歩く人の靴音が、駅の改札を出る音が、電車が発車する音が、次々と光秀の耳の中で混ざり合っていく。いくら集中しようとも、それらを除外することができない。
(冷静になれ……もうあの時の僕じゃないんだ……)
胸に手を当て、光秀は深く深呼吸を繰り返す。しかし、冷静になろうと意識すほどに彼の焦りは加速し、心臓の動きを速めていく。
チリーン……
それは、明らかに今までで一番近い距離からの音だった。何か薄い壁に阻まれているような感覚ではあったが、自分の頭上にあるレンズの向きを変えて自身の周囲を見回してみる。彼らがいるのは駅の外にある歩道。後ろには車の走る車道だけ。彼女が隠れられる場所もなければ、歩いている彼女も彼女の荷物を持った人も見当たらない。
「なあ、マサ……今、鈴の音がしなかったか?」
「鈴?……ああ、聞こえたけど……多分、あの人が運んでる荷物に入ってるんだろ」
明希の付けている鈴の存在を、正信は知らない。彼は自分たちの目の前を横切るように通った、つなぎ姿の配送員の男を横目に見る。よほど重いのか、それとも振動に弱いものなのか。大きなダンボールを乗せた荷台を段差に気をつけながら慎重に進んでいる。
光秀のレンズの視野に、その配送員の姿は入っていた。しかし、彼の中にある固定観念が荷物の搬送業者を無意識に容疑者から除外していた。
光秀はすぐに、正信がいう配送員の姿をレンズで捉える。ダンボールの大きさは、大人一人が丸まれば十分に入れるサイズである。
「ケオゾン……」
光秀が小さく呟くと、レンズから送られてくる映像が切り替わる。何もない黒い空間と、その中に点在するのは輪郭がなく水色のインクが塗りつぶされたような人の姿。
ケオゾンとは、『覗く』という意味のヴィルデム語の命令形。その言葉を合図に変化した映像は、彼のレンズが持つもう一つの撮影形態によるもので、魔力の存在のみを映し出している。魔力の通っていないものは全く見えなくなるが、建物の壁などを透過して中にいる魔力を持つモノの存在を確認することができる。人の姿がインクで塗りつぶされたように見えるのは、肉体と魂を繋ぐ糸が無数に存在するのと肉体の魔力抵抗が邪魔しているからである。
レンズの位置を動かし、男が運ぶ台車に焦点を合わせる。ダンボールや台車自体は魔力が通っていないため見えないが、その中にある荷物は彼のレンズによってはっきりと映し出された。手足を曲げているが、その長さや体の大きさから考えてそれが大人の人間であることは間違いなかった。
それが明希であるという証拠は何もない。しかし、光秀の体は勝手に動き出していた。左手に持っていた白杖を剣のように構え、人の入ったダンボールを運ぶ男に振り下ろそうとする。
「おい、待てよ!」
白杖が下される寸前のところで、正信が後ろから羽交い締めにして光秀のことを止めた。激しく抵抗する光秀の様子に、通りがかる人々が好奇の眼差しを向け、何人かの若者はスマートフォンで撮影を始めている。
「離せ、マサ!」
「落ち着けよ! いくら奥さんが見つからなくて焦ってるからって」
「僕は冷静だ!」
後ろで騒ぐ二人に気付いた配送員の男だったが、帽子のつばをより深く下げて何食わぬ顔でその場を後にする。遠ざかる男をレンズだけがそのまま追い続けるが、光秀の体は動かない。
「このっ、離せよ!」
「だったら少し落ち着けって!」
「何の騒ぎかと思えば……気でも狂ったか? ヒデミー」
遠巻きに見ている野次馬たちの中から、足音が近づくと共に光秀のことを他の誰とも違う呼び方をする男の声が光秀の耳を奪う。
「まさか……国生か!?」
「久しぶりに見かけたと思ったら……こんなに立派なお腹になって……」
光秀の前に現れたのは、彼の知人である国生 蛍司だった。ヒデミーというあだ名は、彼が頭でっかちな光秀には可愛い名前の方がいいと付けたもの。最も浸透することはなく、今もその呼び方をするのは蛍司だけである。
蛍司は最後に会った時から存分に蓄えられたであろう腹の出っ張りを、哀れむような目で見つめる。
「邪魔をしないでくれ、僕は」
「邪魔も何も、お前が熱くなったら人の言うこと全く聞かないのは知ってるよ」
自分のことを押さえている正信の腕を振りほどこうと踠いている光秀を見て、蛍司は肩を竦める。体のことを揶揄われてもそれに対して何も言ってこないあたり、彼が正常な心境でないのは明白だった。
「僕は至って冷静だ!」
こうしている間にも、台車を押している男はどんどん遠ざかっていく。光秀の焦りはピークに達しようとしていた。
「ヒデミー……それは冷静とは言わないんだよ。とっちんの時もそうだったけど——」
「あいつのことは関係ない! こんなことしてる場合じゃ」
「はいはい。で……どいつなんだ?」
暴れる光秀を必死になって押さえる正信は耳を疑った。会話の様子から、突然現れたこの男が光秀の知り合いだということは察しがついた。しかし、今さっき来たばかりだというのに、彼の口から出た言葉はまるで光秀が何をしたいのかわかっているかのようだった。
「国生……お前……」
光秀にとっても、蛍司の言葉は予想外であった。暴れていた彼の腕から力が抜けていく。
「どれを追ってるんだ?」
「どうして……」
「急いでるんだろ? 早く教えろよ」
「……僕の正面、距離はおそ20m。でかいダンボールを台車で運んでる男だ」
「OK」
一瞬口元を緩めたかと思えば、メガネの奥の糸目を鋭くさせた蛍司は光秀のいう男の位置を確認する。彼の目を見た正信は、思わず足を一歩後ろへ下げる。光秀と話していたときは温厚な感じだったが、今の蛍司から感じ取れる圧に正信は恐怖を覚えた。
蛍司の体がわずかに前のめりになって正信の視界から外れていくと、次の瞬間、蛍司は指先で地面を力強く蹴り上げて走り出す。背負ったリュックを上下に揺らしながらも、両手を激しく振って男を追いかけていく。
状況の整理が追いつかない正信の拘束が緩み、その隙をついて光秀が彼の腕から抜け出すと、レンズを通して見えるダンボールの中身を細かく見ていく。体の中に魔力はしっかりと巡っており、中の人間がまだ生きているということはわかる。しかし、それ以上のことはわからない。
先ほどまでの焦りは、光秀の中からいつの間にか消えていた。自分でも驚くほど光秀の胸の鼓動は緩やかになっている。
「ミツ、一体どういうことなんだよ?」
「……後で話す」
光秀はそう言うと、走って行った蛍司の方を向いたままレンズを少しだけダンボールから離し、それを運ぶ男と追いかける蛍司の姿の両方を捉える。蛍司の足がやたらと色濃く見えるが、それは彼が活性を使っているためだ。しかし、それ以上に気になる映像が光秀の頭の中に送られてくる。
(あれは……何だ?)
それは荷物を運ぶ男の胸の位置にあった。いくら彼のレンズが魔力を映し出せると言っても、肉体の内側をはっきりと見ることはできない。魂の形も、そこから出ている肉体と魂をつなぐ糸も。しかし今、彼の作り出したレンズは蛍司が追いかける男の胸の中心に、はっきりとした輪郭を持つ何かを映し出していた。
それはとても小さかった。体のサイズと比べてみるとおそらくピンポン球程度のものだろう。その表面は宝石のように規則正しくカットされていて完全な球体ではない。
それが何なのかという疑問を抱いているうちに、蛍司の右手が男の肩を掴む。手で感じる肉の厚みと硬さが、つなぎの下にある鍛えられた肉体の存在を蛍司に伝える。同時に、自身に向けられた気配に蛍司の左手が自然と身構えていた。
「ロウドルォウ コールヴェロ イーエ」
稲葉 光秀のものとして登録されているそれは、あらゆる角度から自身を含む周囲の状況を視ることができる魔法。
その正体は、周囲の景色に同化し人の目に映ることのない円錐状のレンズの創造と、自身の目の再構成。円錐状のレンズで見ているものを、再構成された目を介して彼の脳に映像として送る。
使えなくなった目を作り替える力として、研究者からは高い評価を受けている。
* * * * * *
(どこだ……どこから聞こえた?)
耳に入った鈴の音は、間違いなく明希のカバンについているもの。光秀が自分を見つけられるようにと、彼女がつけてくれたそれを聞き間違えるはずはなかった。
音自体は非常に小さく少し離れたところにいると考えた光秀は、駅の改札付近や商店街の方にレンズを向けて鈴の在処を探っていく。膨大な量の情報が光秀の頭の中に送り込まれ、目の奥に痛みを感じるがそれでも彼は止めようとはしない。
「おい、大丈夫か?」
「ちょっと黙ってくれるか」
メガネの上から目を抑える光秀を見て彼のことを心配した正信だったが、そんな彼の言葉に耳を貸している余裕は光秀にはない。レンズから送られてくる映像を確認しながら、耳は再び鈴の音が鳴らないかと神経を研ぎ澄ませてる。車の走る音、道を歩く人々の足音、話し声など耳に入るいらない雑音にフィルターをかけ、決して忘れることのない家族の音だけに耳の感度を合わせる。
相手が光秀でなければ、正信はその場から立ち去っていたかもしれない。しかし彼を放っておくという選択を、正信は選ばなかった。光秀の言う通り何も口にせず、そして彼のそばを離れず駅から出てくる人々の中に明希の姿がないか探し続ける。
チリーン……チリーン……
先ほどよりもその音は近かった。向きは光秀の後ろ……彼が来た道の方から。すぐにレンズを動かし、音がした方向の確認を始める。正信がその音に気付いている様子はない。それは、光秀が日頃からその音に慣れ親しんでいるからというだけではない。
魔法による視覚の補助が許されているのは、あくまでも魔法使いであることが知られているネフロラジャパン内での業務のみ。そのため光秀は、白杖を持って一般の視覚障害者と同じ生活を送っている。そのおかげか、彼の聴力は一般的な成人男性と比べて非常に優れている。小さな物音だけでなく、同僚たちの会話や独り言も聞き逃さないほどに。
右耳を音がした方に向け、歩道に設置された柵に体を預けながら歩く人々の姿を確認していくが、彼女の姿はない。
(音が聞こえた方向に、彼女の荷物はあるはず……でも、どこに……)
歩いていれば鈴が鳴り続けているはず。だが、音が聞こえたのは2回だけ。光秀の焦りが、耳のフィルターの効果を徐々に薄めていく。不意に速度オーバーで走る車の音とそれを見つけたパトカーのサイレンが雑音として混ざり始める。それに続くように歩く人の靴音が、駅の改札を出る音が、電車が発車する音が、次々と光秀の耳の中で混ざり合っていく。いくら集中しようとも、それらを除外することができない。
(冷静になれ……もうあの時の僕じゃないんだ……)
胸に手を当て、光秀は深く深呼吸を繰り返す。しかし、冷静になろうと意識すほどに彼の焦りは加速し、心臓の動きを速めていく。
チリーン……
それは、明らかに今までで一番近い距離からの音だった。何か薄い壁に阻まれているような感覚ではあったが、自分の頭上にあるレンズの向きを変えて自身の周囲を見回してみる。彼らがいるのは駅の外にある歩道。後ろには車の走る車道だけ。彼女が隠れられる場所もなければ、歩いている彼女も彼女の荷物を持った人も見当たらない。
「なあ、マサ……今、鈴の音がしなかったか?」
「鈴?……ああ、聞こえたけど……多分、あの人が運んでる荷物に入ってるんだろ」
明希の付けている鈴の存在を、正信は知らない。彼は自分たちの目の前を横切るように通った、つなぎ姿の配送員の男を横目に見る。よほど重いのか、それとも振動に弱いものなのか。大きなダンボールを乗せた荷台を段差に気をつけながら慎重に進んでいる。
光秀のレンズの視野に、その配送員の姿は入っていた。しかし、彼の中にある固定観念が荷物の搬送業者を無意識に容疑者から除外していた。
光秀はすぐに、正信がいう配送員の姿をレンズで捉える。ダンボールの大きさは、大人一人が丸まれば十分に入れるサイズである。
「ケオゾン……」
光秀が小さく呟くと、レンズから送られてくる映像が切り替わる。何もない黒い空間と、その中に点在するのは輪郭がなく水色のインクが塗りつぶされたような人の姿。
ケオゾンとは、『覗く』という意味のヴィルデム語の命令形。その言葉を合図に変化した映像は、彼のレンズが持つもう一つの撮影形態によるもので、魔力の存在のみを映し出している。魔力の通っていないものは全く見えなくなるが、建物の壁などを透過して中にいる魔力を持つモノの存在を確認することができる。人の姿がインクで塗りつぶされたように見えるのは、肉体と魂を繋ぐ糸が無数に存在するのと肉体の魔力抵抗が邪魔しているからである。
レンズの位置を動かし、男が運ぶ台車に焦点を合わせる。ダンボールや台車自体は魔力が通っていないため見えないが、その中にある荷物は彼のレンズによってはっきりと映し出された。手足を曲げているが、その長さや体の大きさから考えてそれが大人の人間であることは間違いなかった。
それが明希であるという証拠は何もない。しかし、光秀の体は勝手に動き出していた。左手に持っていた白杖を剣のように構え、人の入ったダンボールを運ぶ男に振り下ろそうとする。
「おい、待てよ!」
白杖が下される寸前のところで、正信が後ろから羽交い締めにして光秀のことを止めた。激しく抵抗する光秀の様子に、通りがかる人々が好奇の眼差しを向け、何人かの若者はスマートフォンで撮影を始めている。
「離せ、マサ!」
「落ち着けよ! いくら奥さんが見つからなくて焦ってるからって」
「僕は冷静だ!」
後ろで騒ぐ二人に気付いた配送員の男だったが、帽子のつばをより深く下げて何食わぬ顔でその場を後にする。遠ざかる男をレンズだけがそのまま追い続けるが、光秀の体は動かない。
「このっ、離せよ!」
「だったら少し落ち着けって!」
「何の騒ぎかと思えば……気でも狂ったか? ヒデミー」
遠巻きに見ている野次馬たちの中から、足音が近づくと共に光秀のことを他の誰とも違う呼び方をする男の声が光秀の耳を奪う。
「まさか……国生か!?」
「久しぶりに見かけたと思ったら……こんなに立派なお腹になって……」
光秀の前に現れたのは、彼の知人である国生 蛍司だった。ヒデミーというあだ名は、彼が頭でっかちな光秀には可愛い名前の方がいいと付けたもの。最も浸透することはなく、今もその呼び方をするのは蛍司だけである。
蛍司は最後に会った時から存分に蓄えられたであろう腹の出っ張りを、哀れむような目で見つめる。
「邪魔をしないでくれ、僕は」
「邪魔も何も、お前が熱くなったら人の言うこと全く聞かないのは知ってるよ」
自分のことを押さえている正信の腕を振りほどこうと踠いている光秀を見て、蛍司は肩を竦める。体のことを揶揄われてもそれに対して何も言ってこないあたり、彼が正常な心境でないのは明白だった。
「僕は至って冷静だ!」
こうしている間にも、台車を押している男はどんどん遠ざかっていく。光秀の焦りはピークに達しようとしていた。
「ヒデミー……それは冷静とは言わないんだよ。とっちんの時もそうだったけど——」
「あいつのことは関係ない! こんなことしてる場合じゃ」
「はいはい。で……どいつなんだ?」
暴れる光秀を必死になって押さえる正信は耳を疑った。会話の様子から、突然現れたこの男が光秀の知り合いだということは察しがついた。しかし、今さっき来たばかりだというのに、彼の口から出た言葉はまるで光秀が何をしたいのかわかっているかのようだった。
「国生……お前……」
光秀にとっても、蛍司の言葉は予想外であった。暴れていた彼の腕から力が抜けていく。
「どれを追ってるんだ?」
「どうして……」
「急いでるんだろ? 早く教えろよ」
「……僕の正面、距離はおそ20m。でかいダンボールを台車で運んでる男だ」
「OK」
一瞬口元を緩めたかと思えば、メガネの奥の糸目を鋭くさせた蛍司は光秀のいう男の位置を確認する。彼の目を見た正信は、思わず足を一歩後ろへ下げる。光秀と話していたときは温厚な感じだったが、今の蛍司から感じ取れる圧に正信は恐怖を覚えた。
蛍司の体がわずかに前のめりになって正信の視界から外れていくと、次の瞬間、蛍司は指先で地面を力強く蹴り上げて走り出す。背負ったリュックを上下に揺らしながらも、両手を激しく振って男を追いかけていく。
状況の整理が追いつかない正信の拘束が緩み、その隙をついて光秀が彼の腕から抜け出すと、レンズを通して見えるダンボールの中身を細かく見ていく。体の中に魔力はしっかりと巡っており、中の人間がまだ生きているということはわかる。しかし、それ以上のことはわからない。
先ほどまでの焦りは、光秀の中からいつの間にか消えていた。自分でも驚くほど光秀の胸の鼓動は緩やかになっている。
「ミツ、一体どういうことなんだよ?」
「……後で話す」
光秀はそう言うと、走って行った蛍司の方を向いたままレンズを少しだけダンボールから離し、それを運ぶ男と追いかける蛍司の姿の両方を捉える。蛍司の足がやたらと色濃く見えるが、それは彼が活性を使っているためだ。しかし、それ以上に気になる映像が光秀の頭の中に送られてくる。
(あれは……何だ?)
それは荷物を運ぶ男の胸の位置にあった。いくら彼のレンズが魔力を映し出せると言っても、肉体の内側をはっきりと見ることはできない。魂の形も、そこから出ている肉体と魂をつなぐ糸も。しかし今、彼の作り出したレンズは蛍司が追いかける男の胸の中心に、はっきりとした輪郭を持つ何かを映し出していた。
それはとても小さかった。体のサイズと比べてみるとおそらくピンポン球程度のものだろう。その表面は宝石のように規則正しくカットされていて完全な球体ではない。
それが何なのかという疑問を抱いているうちに、蛍司の右手が男の肩を掴む。手で感じる肉の厚みと硬さが、つなぎの下にある鍛えられた肉体の存在を蛍司に伝える。同時に、自身に向けられた気配に蛍司の左手が自然と身構えていた。
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