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第1章 その翼は何色に染まるのか
26話 己力照顧
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森永から次の訓練の前に着替えと昼食の準備に入るといわれ、岩端は中庭の見える部屋へと案内された。畳が敷かれた八畳間の中央には立派な木のテーブルが置かれ、座布団も用意されている。この部屋もそうだが、家の中は手入れが行き届いており、犯罪者の収容施設と聞いて信じるものはいないだろう。
灯真はディーナと共に食事の準備を手伝いに行ってしまい、その部屋で1人時間を潰すことになった岩端は、庭に生える立派な銀杏の木を見つめながら先ほどの戦いの様子を思い出していた。
灯真の魔法はD-3級という一番下のランクだったはず。それなのに灯真は、A級に分類されている森永の魔法を防ぎ切った。確かに灯真の使うような守りの魔法は珍しいが、それでも協会に登録されている他の魔法とは雲底の差。怪我をさせないために手加減しているとはいえ、森永が魔法を当てられないというのは岩端にとって信じ難い結果である。
「お待たせしました」
そういって灯真はおにぎりや味噌汁が乗ったお盆を持ってディーナと共に現れた。
「ここで取れたお米と野菜で作ったそうですよ」
「……いただきます」
テーブルに食事を並べると、灯真は岩端の向かい側へ、ディーナは灯真の隣に腰を下ろし、もらった食事を口にする。
「美味しい……」
「そうですね」
中身は何も入っていない塩おにぎりに海苔が巻いてあるだけのシンプルなものだ。噛むほどにご飯の甘みが口の中に広がる。付け合わせの漬物の塩気がご飯の甘さをより際立たせ、野菜の出汁がしっかりと滲み出た味噌汁は飲むだけで不思議とホッとする。3人の口から言葉が出ることはなく、次々と食事を口に運んだ。漬物を噛んでパリポリと心地よい音を奏でながらおにぎりを口に入れる。二つの味の融合を楽しんだのち、味噌汁を口に含み喉を潤す。そして出るのは安堵の息だけ。ディーナに至っては、言葉を出すことよりも大事と言わんばかりに満面の笑みでおにぎりを頬張り他の二人よりも圧倒的なスピードで完食。無くなってしまったことに落ち込んだ彼女を見て、灯真は何も言わずそっと自分のおにぎりを一つ彼女の皿に移す。驚いて受け取りを拒否しようとするディーナだったが、灯真が小さく頷くのを見ると申し訳なさそうにおにぎりを口に運んだ。
「一体何を使ったんですか?」
用意してもらった食事によって気持ちが落ち着いたからか、ディーナの食いしん坊ぶりに呆れて感情がリセットされたからか、岩端は思い切って灯真に尋ねた。先程の訓練で、灯真が魔道具を使用していたのではないかと疑ったのだ。それは協会で登録されている情報を知っていれば自然な考えである。事実、協会本部で対峙した山本も同じことを考えていた。
「魔道具を使ったのか、ということですか?」
「そうです。如月さんの魔法ではあの人の魔法を防げるはずがない」
「使ってませんよ」
さらりと返した灯真は、大きく口を開けて残っていたおにぎりを一気に口の中に放り込む。
「そんなはずありません。なら、どうやって森永さんの攻撃を防いだっていうんですか!?」
「ほりぇあ……」
岩端からの返しが早すぎて、灯真は思わずおにぎりを口に含んだまま喋ってしまう。当然うまく喋れなかった彼は、すぐに味噌汁で喉の奥へと流し込み、一呼吸置いてから再度答える。
「それは教えられません。森永さんにもここの子供達にも、俺の魔法のことを教えたことはありませんし」
「なぜです?」
「力は晒すべきではない。俺はそう教わりました。ただ、協会に登録されている情報が嘘なわけじゃありません」
「登録されている以上の効果があると?」
「そんな感じですね」
灯真の言葉を聞き、岩端は愕然とする。もし彼のいうことが本当ならば、彼の魔法はD-3どころか、効果次第ではA級に並ぶD-1級にされてもおかしくはない。
「すごいんですね……僕なんかよりずっと……」
「岩端先輩は、どうして魔法のランクに拘るんですか?」
「それは……」
岩端は魔法そのものに対して自分とは違う認識を持っていて、それに対して何か強い拘りのようなものがある。灯真はそれがずっと気になっていた。事務所でも魔道具が使えればいいじゃないかという口ぶりであったり、覚える魔法は変えられないと声を荒げたり。灯真自身にはその理由が何となく頭に浮かんでいる。
「僕は……」
岩端は言葉が出なかった。彼の問いに対する答えはすでに彼の心の中にある。だがそれは、今まで誰にも打ち明けてこなかった思いであり、コンプレックスでもある。
言葉に詰まる岩端の様子を見て、灯真は別の問いを岩端に投げる。
「岩端先輩は自分の魔法のこと、どれくらい理解してますか?」
「理解……ですか?」
灯真の問いの意味が岩端にはわからなかった。魔法の理解とは、つまり魔法の効果のことを意味するのだろうが、そんなのはとうの昔に知っている。
「俺が森永さんの魔法を防げたのは、何度も試したからです。どれくらい細かい操作ができるのか、一度にどれくらい羽を作れるのか、何ができないのか。俺に魔法のことを教えてくれた人に言われたんです。『強い力を求めるなら、自分自身と向き合い理解しろ』って」
「自分自身と……向き合う……」
「覚えた魔法によって得手不得手があるのは仕方のないことです。岩端先輩の言う通り、自分で選ぶことも変えることもできませんから。でも大事なのは自分の持った力を知ること、できることを理解することなんですって。岩端先輩の魔法は何ができますか?」
「何が……」
岩端はそんな風に考えたことがなかった。自分の魔法のランクを父親に付けられてから、父や兄と同じ場所に立てないと思った。比較されるのが恥ずかしかったから、自分の魔法を使うことを拒んだ。
俯いて自分の右手を見つめる岩端を前にして、灯真はかつての自分と岩端を重ねていた。だからかもしれない。自分に道を示してくれたあの人ならそう言うんじゃないかと思ったのは。
灯真から感じ取ったものに不安を覚えたのか、気付くと灯真の膝の上にディーナの手が乗っている。過去の自分を振り返っている彼が、再びこの前のようになってしまわないかとディーナは心配だった。そんな彼女と目があった灯真は、持っていたお椀を置いて彼女の頭を撫でた。激しく、髪がボサボサになるほどに。
「と……灯真さん?」
突然のことでパニックになるディーナを見ながら口角を微かに上げたように見えた灯真は、置いてあったサンダルを履いて庭に出るとゆっくりと背筋を伸ばす。
「岩端先輩、もし良かったら午後の訓練に参加しませんか?」
「訓練に……?」
「魔法使いの成長に年齢は関係ない。協会ではそう提言しています。言い方を変えれば、いつから始めたっていいってことです。岩端さんが良ければ、ですが」
協会の提言は岩端も知っている。大人になってからでも魔法の力は鍛えられるだと。しかし岩端は訓練を勧められても断ってきた。自分よりも良い魔法を使える連中と一緒にいたら惨めな気分になると思ったから。そういった態度を知られてからは、灯真のように誘ってきたものはいない。
「いや、僕なんか」
「何かダメな理由ありますか?」
岩端が灯真の方に顔を向けると、彼もまた振り向いて岩端の目をじっと見つめた。いつもと同じで目の下にクマを作って、まぶたが少し下がっていて眠たそうで、そんな目でも冗談を言ってるわけではないというのは伝わってくる。
「見てるだけでもいいです。何か感じるものがあるかもしれませんし」
「ああ、いたいた」
2人の会話に割って入るように現れたのは、つなぎ姿からロングTシャツにスキニーパンツへと着替えてきた森永であった。彼女は2人の顔を見て、きまずいタイミングだったことに気付く。
「なんか大事な話の途中だった?」
「いえまぁ、大丈夫です。それより、どうしたんですか?」
「買い出しに行って来るから、訓練の方はよろしく頼むわね」
「またですか……」
そういって灯真は顔が隠れてしまうほど項垂れる。このところ灯真が訓練に来ると、毎回森永は自分がやるべき業務を彼に押し付けて何処かへ行ってしまう。
「俺はここに訓練に来てるんですけど?」
「人に教えるのは、最高にいい訓練になるのよ。まかせたわね」
財布を持った右手を軽く振って森永は玄関の方へと歩いていった。それを横目に見て灯真は大きなため息を吐く。
「どういうことですか?」
「……あの人の言った通りですよ」
森永の言葉の意味を理解できてない岩端とディーナが揃って首を傾げた。
* * * * * *
「森永かなえが他の職員と一緒に建物から離れていきます」
「今は目標の2人と、一緒に来ている調査機関の事務員が1人。あとはこの施設のガキどもだけのはずです」
田畑のさらに奥、茂みの中に身を潜めている男たちが、単眼鏡を片手に無線で報告を入れる。
「あの女に気付かれると厄介だ。連中が確実に離れたのを確認できたところで、結界を張る」
「施設の子供達は?」
「問題を起こして親からも見放されてるようなガキどもだ。不慮の事故でいなくなったところで大して騒がれることもあるまい」
「それはいくらなんでも……」
「元はと言えば、貴様らがあの女を回収できていればこんなことにはなっていないんだぞ、広瀬。あのガキどもを不憫に思うなら、誰にも気付かれずにあの女を回収してくるんだな」
森の中で待機する男たち。ダークグリーンの服に身を包む彼らの中で、一人長い黒髪を後ろで結った男が隣にいる金髪の部下を蔑んだような目で見る。
「前回は支部長に止められたが、今回は結界もある。俺に恥をかかせたあの男を絶対に始末してやる」
目を血走らせ不気味な笑みを浮かべる男は、その手に持った無線機を強く握りしめる。男の名は、松平 恭司。そして彼と共にいるのは法執行機関日本支部、第1捜査班。その中でも主任である松平直属のA級魔法を使う犯罪者への対応を目的に編成された第1戦闘部隊である。灯真たちと対峙した広瀬や山本の姿もそこにある。
松平に何も言い返すことができない広瀬の肩に、山本の大きな手が乗る。その手の震えから、山本も同じ思いでいることを広瀬は察した。しかしもう止められない。それは自分たちの失態が招いたことなのだから。
* * * * * *
灯真はディーナと共に食事の準備を手伝いに行ってしまい、その部屋で1人時間を潰すことになった岩端は、庭に生える立派な銀杏の木を見つめながら先ほどの戦いの様子を思い出していた。
灯真の魔法はD-3級という一番下のランクだったはず。それなのに灯真は、A級に分類されている森永の魔法を防ぎ切った。確かに灯真の使うような守りの魔法は珍しいが、それでも協会に登録されている他の魔法とは雲底の差。怪我をさせないために手加減しているとはいえ、森永が魔法を当てられないというのは岩端にとって信じ難い結果である。
「お待たせしました」
そういって灯真はおにぎりや味噌汁が乗ったお盆を持ってディーナと共に現れた。
「ここで取れたお米と野菜で作ったそうですよ」
「……いただきます」
テーブルに食事を並べると、灯真は岩端の向かい側へ、ディーナは灯真の隣に腰を下ろし、もらった食事を口にする。
「美味しい……」
「そうですね」
中身は何も入っていない塩おにぎりに海苔が巻いてあるだけのシンプルなものだ。噛むほどにご飯の甘みが口の中に広がる。付け合わせの漬物の塩気がご飯の甘さをより際立たせ、野菜の出汁がしっかりと滲み出た味噌汁は飲むだけで不思議とホッとする。3人の口から言葉が出ることはなく、次々と食事を口に運んだ。漬物を噛んでパリポリと心地よい音を奏でながらおにぎりを口に入れる。二つの味の融合を楽しんだのち、味噌汁を口に含み喉を潤す。そして出るのは安堵の息だけ。ディーナに至っては、言葉を出すことよりも大事と言わんばかりに満面の笑みでおにぎりを頬張り他の二人よりも圧倒的なスピードで完食。無くなってしまったことに落ち込んだ彼女を見て、灯真は何も言わずそっと自分のおにぎりを一つ彼女の皿に移す。驚いて受け取りを拒否しようとするディーナだったが、灯真が小さく頷くのを見ると申し訳なさそうにおにぎりを口に運んだ。
「一体何を使ったんですか?」
用意してもらった食事によって気持ちが落ち着いたからか、ディーナの食いしん坊ぶりに呆れて感情がリセットされたからか、岩端は思い切って灯真に尋ねた。先程の訓練で、灯真が魔道具を使用していたのではないかと疑ったのだ。それは協会で登録されている情報を知っていれば自然な考えである。事実、協会本部で対峙した山本も同じことを考えていた。
「魔道具を使ったのか、ということですか?」
「そうです。如月さんの魔法ではあの人の魔法を防げるはずがない」
「使ってませんよ」
さらりと返した灯真は、大きく口を開けて残っていたおにぎりを一気に口の中に放り込む。
「そんなはずありません。なら、どうやって森永さんの攻撃を防いだっていうんですか!?」
「ほりぇあ……」
岩端からの返しが早すぎて、灯真は思わずおにぎりを口に含んだまま喋ってしまう。当然うまく喋れなかった彼は、すぐに味噌汁で喉の奥へと流し込み、一呼吸置いてから再度答える。
「それは教えられません。森永さんにもここの子供達にも、俺の魔法のことを教えたことはありませんし」
「なぜです?」
「力は晒すべきではない。俺はそう教わりました。ただ、協会に登録されている情報が嘘なわけじゃありません」
「登録されている以上の効果があると?」
「そんな感じですね」
灯真の言葉を聞き、岩端は愕然とする。もし彼のいうことが本当ならば、彼の魔法はD-3どころか、効果次第ではA級に並ぶD-1級にされてもおかしくはない。
「すごいんですね……僕なんかよりずっと……」
「岩端先輩は、どうして魔法のランクに拘るんですか?」
「それは……」
岩端は魔法そのものに対して自分とは違う認識を持っていて、それに対して何か強い拘りのようなものがある。灯真はそれがずっと気になっていた。事務所でも魔道具が使えればいいじゃないかという口ぶりであったり、覚える魔法は変えられないと声を荒げたり。灯真自身にはその理由が何となく頭に浮かんでいる。
「僕は……」
岩端は言葉が出なかった。彼の問いに対する答えはすでに彼の心の中にある。だがそれは、今まで誰にも打ち明けてこなかった思いであり、コンプレックスでもある。
言葉に詰まる岩端の様子を見て、灯真は別の問いを岩端に投げる。
「岩端先輩は自分の魔法のこと、どれくらい理解してますか?」
「理解……ですか?」
灯真の問いの意味が岩端にはわからなかった。魔法の理解とは、つまり魔法の効果のことを意味するのだろうが、そんなのはとうの昔に知っている。
「俺が森永さんの魔法を防げたのは、何度も試したからです。どれくらい細かい操作ができるのか、一度にどれくらい羽を作れるのか、何ができないのか。俺に魔法のことを教えてくれた人に言われたんです。『強い力を求めるなら、自分自身と向き合い理解しろ』って」
「自分自身と……向き合う……」
「覚えた魔法によって得手不得手があるのは仕方のないことです。岩端先輩の言う通り、自分で選ぶことも変えることもできませんから。でも大事なのは自分の持った力を知ること、できることを理解することなんですって。岩端先輩の魔法は何ができますか?」
「何が……」
岩端はそんな風に考えたことがなかった。自分の魔法のランクを父親に付けられてから、父や兄と同じ場所に立てないと思った。比較されるのが恥ずかしかったから、自分の魔法を使うことを拒んだ。
俯いて自分の右手を見つめる岩端を前にして、灯真はかつての自分と岩端を重ねていた。だからかもしれない。自分に道を示してくれたあの人ならそう言うんじゃないかと思ったのは。
灯真から感じ取ったものに不安を覚えたのか、気付くと灯真の膝の上にディーナの手が乗っている。過去の自分を振り返っている彼が、再びこの前のようになってしまわないかとディーナは心配だった。そんな彼女と目があった灯真は、持っていたお椀を置いて彼女の頭を撫でた。激しく、髪がボサボサになるほどに。
「と……灯真さん?」
突然のことでパニックになるディーナを見ながら口角を微かに上げたように見えた灯真は、置いてあったサンダルを履いて庭に出るとゆっくりと背筋を伸ばす。
「岩端先輩、もし良かったら午後の訓練に参加しませんか?」
「訓練に……?」
「魔法使いの成長に年齢は関係ない。協会ではそう提言しています。言い方を変えれば、いつから始めたっていいってことです。岩端さんが良ければ、ですが」
協会の提言は岩端も知っている。大人になってからでも魔法の力は鍛えられるだと。しかし岩端は訓練を勧められても断ってきた。自分よりも良い魔法を使える連中と一緒にいたら惨めな気分になると思ったから。そういった態度を知られてからは、灯真のように誘ってきたものはいない。
「いや、僕なんか」
「何かダメな理由ありますか?」
岩端が灯真の方に顔を向けると、彼もまた振り向いて岩端の目をじっと見つめた。いつもと同じで目の下にクマを作って、まぶたが少し下がっていて眠たそうで、そんな目でも冗談を言ってるわけではないというのは伝わってくる。
「見てるだけでもいいです。何か感じるものがあるかもしれませんし」
「ああ、いたいた」
2人の会話に割って入るように現れたのは、つなぎ姿からロングTシャツにスキニーパンツへと着替えてきた森永であった。彼女は2人の顔を見て、きまずいタイミングだったことに気付く。
「なんか大事な話の途中だった?」
「いえまぁ、大丈夫です。それより、どうしたんですか?」
「買い出しに行って来るから、訓練の方はよろしく頼むわね」
「またですか……」
そういって灯真は顔が隠れてしまうほど項垂れる。このところ灯真が訓練に来ると、毎回森永は自分がやるべき業務を彼に押し付けて何処かへ行ってしまう。
「俺はここに訓練に来てるんですけど?」
「人に教えるのは、最高にいい訓練になるのよ。まかせたわね」
財布を持った右手を軽く振って森永は玄関の方へと歩いていった。それを横目に見て灯真は大きなため息を吐く。
「どういうことですか?」
「……あの人の言った通りですよ」
森永の言葉の意味を理解できてない岩端とディーナが揃って首を傾げた。
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「森永かなえが他の職員と一緒に建物から離れていきます」
「今は目標の2人と、一緒に来ている調査機関の事務員が1人。あとはこの施設のガキどもだけのはずです」
田畑のさらに奥、茂みの中に身を潜めている男たちが、単眼鏡を片手に無線で報告を入れる。
「あの女に気付かれると厄介だ。連中が確実に離れたのを確認できたところで、結界を張る」
「施設の子供達は?」
「問題を起こして親からも見放されてるようなガキどもだ。不慮の事故でいなくなったところで大して騒がれることもあるまい」
「それはいくらなんでも……」
「元はと言えば、貴様らがあの女を回収できていればこんなことにはなっていないんだぞ、広瀬。あのガキどもを不憫に思うなら、誰にも気付かれずにあの女を回収してくるんだな」
森の中で待機する男たち。ダークグリーンの服に身を包む彼らの中で、一人長い黒髪を後ろで結った男が隣にいる金髪の部下を蔑んだような目で見る。
「前回は支部長に止められたが、今回は結界もある。俺に恥をかかせたあの男を絶対に始末してやる」
目を血走らせ不気味な笑みを浮かべる男は、その手に持った無線機を強く握りしめる。男の名は、松平 恭司。そして彼と共にいるのは法執行機関日本支部、第1捜査班。その中でも主任である松平直属のA級魔法を使う犯罪者への対応を目的に編成された第1戦闘部隊である。灯真たちと対峙した広瀬や山本の姿もそこにある。
松平に何も言い返すことができない広瀬の肩に、山本の大きな手が乗る。その手の震えから、山本も同じ思いでいることを広瀬は察した。しかしもう止められない。それは自分たちの失態が招いたことなのだから。
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