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12 報告という名の雑談
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結果として、パーティーは概ね成功ということになったらしい。
あんなに積極的に会話を交わす王太子など、今まで一度もなかったと。令嬢達も、変な意地の張り合いや緊迫感を滲ませることなく、終始全体的に和やかに進んだことなど。大きな第一歩ではないかと、ヴェラ女官やチェルソン侍従長など、今まで苦労してきたらしい上官達は祝杯だと諸手を上げ喜んだ。
そしてパーティー後の令嬢達も、リリアナに嬉しそうに報告してきたくらいだ。衣装を褒められた、普段どう過ごしているのか聞いてくれた、など充分交流を深めることが出来たらしい。
リリアナの中でなんとなくやりきった感も、皆に釣られるように湧き上がってきた。だけど本当は、さして手応えを感じていないし、若干気になる点も多々ある。
一番の引っ掛かりは、ジルベルトが最後に残した「秘密」というあのニュアンスと仕草で、脳内に何度も出没してリリアナはそのたびにウンウン唸っているのだ。
それをスッキリ払拭しようと、現在オットーに相談しているにも関わらず、彼と言えば相変わらず姿勢悪く椅子の上で胡座をかいて背中を丸めつつクスクスと肩を震わせ笑っている。
「真剣に聞いてーっ」
「聞いてるって」
「じゃあ笑うなーっ」
「仕方ないだろ、勝手に込み上げるもんは」
なんだか知らないが、今日のオットーはえらくご機嫌だ。チェルソン侍従長が彼に特別手当をごっそり与えたのだろうかと、リリアナは考える。
「まあ、リリアナが言いたいことはわかるけどさー、そこまで深い意味ないって」
オットーは椅子の背凭れに体を預けるように伸びきった。
「えー、そーかな……。なんか、含みを感じたんだけどなー」
リリアナは顎を指先でつまみつつ首を捻る。
「あ、わかった。リリアナ、ひょっとしてそれって、違和感じゃなくて、恋のはじまりとか?」
「はあっ?」
奥手仲間みたいなオットーに、そんな発想があることにリリアナは驚いた。
「なんでそーなるのっ」
「ジルベルト王子に見つめられて恋に落ちない女なんて、いないってさ」
「どこ情報よっ」
「城にいる奴みんな言ってるぞ」
随分自慢げにふんぞり返って言うが、これも主従関係のなせるものなのか。
「とにかくオットーさん、その辺り探ってみてよ殿下に」
「はあっ?」
今度はオットーの方がすっとんきょうな声を上げる。
「俺の雇い主はお前か? アホなのか?」
「いーじゃない、ちょっとくらい。だって殿下のあの言い方、興味持ったからパーティーに出てきたって感じじゃないと思う。ほら、これ、まかない分けてあげるから」
リリアナは紙包装で包んだものをテーブルに置いた。
「なんだこれは」
「コックさんがね、いつもくれるんだ。頑張ってるからって。忙しい時にもパクッて食べやすいように」
リリアナが丁寧に包装紙を開くと、筒状の麦パンに燻製肉と甘酢っぱい香りのソースが切り込みに挟まれている。
「ほら、半分こね」
リリアナはそれを真ん中あたりでちぎってみせたが、両手を見比べ悩んだ末、短いほうをオットーに差し出した。
「……」
オットーは、あえて無言でそれを受けとる。
受けとったままジーッと物言いげにリリアナを見つめてくるものだから、リリアナはすぐさまかぶりつくことにした。
「お前……」
「だって、私がもらったんだもん」
「とりあえずソースが口についてるぞ」
「へへっ」
美味しそうに頬張るリリアナにつられるように、オットーも見た目が地味なソレを警戒しつつも口に運んだ。
しばらく黙って咀嚼して、それからポツリと「うまいな」と溢した。
「でしょ? オットーさんと一緒に食べようと思って我慢してたの。よかったよかった」
「そうか、こんなに沢山くれてありがと。本当は全部食べたかったんだな。我慢した結果、俺のは三分の一なんだな、なるほど」
「やだなーオットーさんったら。ちゃんと二分の一だったのに、ちっちゃいことをー」
「お前が言うな」
呆れつつもオットーは麦パンにかぶりつく。あっという間になくなって、しばらく目の前のリリアナの食事を見守る。
「あーやっぱ、お城で使ってるお肉って、高級なんだろなー。これビアーノで同じことしても、違ってくるかなー」
リリアナはポケットからメモ用紙を取り出し眺めながら唸る。
「お前さあ、そういえばあと数日だなこの仕事」
「え? あ、そーなの。思えば、あっという間だったな。あー心残りは王太子の妃選びがーっ」
リリアナが思い出したように頭を抱え、オットーはニヤニヤしている。
「残念だったな。まあ悔やむな。誰が頑張ったところで無理な話だったんだから」
「わー、そんなこと言われると、余計にムラムラするー」
「メラメラな」
もはや慣れたもので、オットーはサクッと訂正する。
「だけどさ、ここだけの話だけどさ、絶対チェルソン様やジルベルト殿下に言っちゃダメよ?」
「……何を聞かせる気だ」
「変なことじゃないって。単純に疑問なの。殿下が誰も選ばないって頑ななんだったら、そもそもその想い人と結婚しちゃえばいいのに。そう思わない?」
「……まあ、な」
「でしょっ?」
「だけど、それが無理だからこんなことなってる」
「え? 無理?」
オットーの躊躇ってる様子を前のめりでリリアナは待つ。無言の圧力で「ほら言ってしまえ」とばかりに瞬きを何度もしてみせた。
オットーは鬱陶しげにしながらも、口を開いた。
「もう、会えないんだよ。名前も居場所もわからない。面影だって消えてしまった。手掛かりどころか、彼女が本当に存在していたのかすらも、あやふやなんだ」
「……ええ?!」
予想外の答えにリリアナは言葉を失う。
身分がどうとか、国境を越えてとか、そういう以前の問題だとは思っていなかった。
「夢かもしれない相手ってこと? 存在すら怪しいって……そんな人をずっと想い続けてるってこと?」
「想うは想うでも、気持ちが引っ張られたままってこと。好きとかどうとかじゃないんだろうけど、頭から離れられないって感じ」
「えー……、あんなに爽やかな見た目なのに、一途というより……」
リリアナは続けようとして口を閉じた。
それに気付いてオットーが今度は「ほら言え」と声に出す。
「いや、ここでクビになったら、あと数日で手に入れるはずのお給料がっ」
と、首をブンブンと振った。
「ほーぉ、王太子殿下に対して、陰湿だ気持ち悪いだ、と言いたい訳だな」
「言ってない言ってないっ。ちょっくら根が暗いって思っただけですっ」
「よし、減給な!」
「わーっ、やめてーっ、頑張りますからっ、私まだ諦めてませんからっ」
ワタワタとリリアナが焦っているのを、オットーは面白そうに眺める。
「何を諦めてないって?」
「今度、令嬢達と庭園でティーパーティーするんですっ。もっと親睦を深めて、彼女達の素晴らしいところを拾って、ジルベルト殿下が謎の亡霊……謎めく面影を吹っ切れるような、」
「おい、謎の亡霊って言ったなっ」
「謎めく面影を追い求めて、現実に向き合えないままでは、王太子の、ひいてはこの国の未来はないですからっ。私は最後の最後まで諦めず職務を全うしますからっ」
「……絶対なんか失敗するなこれ」
「どうか減給だけはっ、どうか減給だけはーっ」
拝みはじめたリリアナに、オットーは脱力しつつポンポンと肩を叩いた。
「まあ、せいぜいがんばれ。……ほどほどに」
あんなに積極的に会話を交わす王太子など、今まで一度もなかったと。令嬢達も、変な意地の張り合いや緊迫感を滲ませることなく、終始全体的に和やかに進んだことなど。大きな第一歩ではないかと、ヴェラ女官やチェルソン侍従長など、今まで苦労してきたらしい上官達は祝杯だと諸手を上げ喜んだ。
そしてパーティー後の令嬢達も、リリアナに嬉しそうに報告してきたくらいだ。衣装を褒められた、普段どう過ごしているのか聞いてくれた、など充分交流を深めることが出来たらしい。
リリアナの中でなんとなくやりきった感も、皆に釣られるように湧き上がってきた。だけど本当は、さして手応えを感じていないし、若干気になる点も多々ある。
一番の引っ掛かりは、ジルベルトが最後に残した「秘密」というあのニュアンスと仕草で、脳内に何度も出没してリリアナはそのたびにウンウン唸っているのだ。
それをスッキリ払拭しようと、現在オットーに相談しているにも関わらず、彼と言えば相変わらず姿勢悪く椅子の上で胡座をかいて背中を丸めつつクスクスと肩を震わせ笑っている。
「真剣に聞いてーっ」
「聞いてるって」
「じゃあ笑うなーっ」
「仕方ないだろ、勝手に込み上げるもんは」
なんだか知らないが、今日のオットーはえらくご機嫌だ。チェルソン侍従長が彼に特別手当をごっそり与えたのだろうかと、リリアナは考える。
「まあ、リリアナが言いたいことはわかるけどさー、そこまで深い意味ないって」
オットーは椅子の背凭れに体を預けるように伸びきった。
「えー、そーかな……。なんか、含みを感じたんだけどなー」
リリアナは顎を指先でつまみつつ首を捻る。
「あ、わかった。リリアナ、ひょっとしてそれって、違和感じゃなくて、恋のはじまりとか?」
「はあっ?」
奥手仲間みたいなオットーに、そんな発想があることにリリアナは驚いた。
「なんでそーなるのっ」
「ジルベルト王子に見つめられて恋に落ちない女なんて、いないってさ」
「どこ情報よっ」
「城にいる奴みんな言ってるぞ」
随分自慢げにふんぞり返って言うが、これも主従関係のなせるものなのか。
「とにかくオットーさん、その辺り探ってみてよ殿下に」
「はあっ?」
今度はオットーの方がすっとんきょうな声を上げる。
「俺の雇い主はお前か? アホなのか?」
「いーじゃない、ちょっとくらい。だって殿下のあの言い方、興味持ったからパーティーに出てきたって感じじゃないと思う。ほら、これ、まかない分けてあげるから」
リリアナは紙包装で包んだものをテーブルに置いた。
「なんだこれは」
「コックさんがね、いつもくれるんだ。頑張ってるからって。忙しい時にもパクッて食べやすいように」
リリアナが丁寧に包装紙を開くと、筒状の麦パンに燻製肉と甘酢っぱい香りのソースが切り込みに挟まれている。
「ほら、半分こね」
リリアナはそれを真ん中あたりでちぎってみせたが、両手を見比べ悩んだ末、短いほうをオットーに差し出した。
「……」
オットーは、あえて無言でそれを受けとる。
受けとったままジーッと物言いげにリリアナを見つめてくるものだから、リリアナはすぐさまかぶりつくことにした。
「お前……」
「だって、私がもらったんだもん」
「とりあえずソースが口についてるぞ」
「へへっ」
美味しそうに頬張るリリアナにつられるように、オットーも見た目が地味なソレを警戒しつつも口に運んだ。
しばらく黙って咀嚼して、それからポツリと「うまいな」と溢した。
「でしょ? オットーさんと一緒に食べようと思って我慢してたの。よかったよかった」
「そうか、こんなに沢山くれてありがと。本当は全部食べたかったんだな。我慢した結果、俺のは三分の一なんだな、なるほど」
「やだなーオットーさんったら。ちゃんと二分の一だったのに、ちっちゃいことをー」
「お前が言うな」
呆れつつもオットーは麦パンにかぶりつく。あっという間になくなって、しばらく目の前のリリアナの食事を見守る。
「あーやっぱ、お城で使ってるお肉って、高級なんだろなー。これビアーノで同じことしても、違ってくるかなー」
リリアナはポケットからメモ用紙を取り出し眺めながら唸る。
「お前さあ、そういえばあと数日だなこの仕事」
「え? あ、そーなの。思えば、あっという間だったな。あー心残りは王太子の妃選びがーっ」
リリアナが思い出したように頭を抱え、オットーはニヤニヤしている。
「残念だったな。まあ悔やむな。誰が頑張ったところで無理な話だったんだから」
「わー、そんなこと言われると、余計にムラムラするー」
「メラメラな」
もはや慣れたもので、オットーはサクッと訂正する。
「だけどさ、ここだけの話だけどさ、絶対チェルソン様やジルベルト殿下に言っちゃダメよ?」
「……何を聞かせる気だ」
「変なことじゃないって。単純に疑問なの。殿下が誰も選ばないって頑ななんだったら、そもそもその想い人と結婚しちゃえばいいのに。そう思わない?」
「……まあ、な」
「でしょっ?」
「だけど、それが無理だからこんなことなってる」
「え? 無理?」
オットーの躊躇ってる様子を前のめりでリリアナは待つ。無言の圧力で「ほら言ってしまえ」とばかりに瞬きを何度もしてみせた。
オットーは鬱陶しげにしながらも、口を開いた。
「もう、会えないんだよ。名前も居場所もわからない。面影だって消えてしまった。手掛かりどころか、彼女が本当に存在していたのかすらも、あやふやなんだ」
「……ええ?!」
予想外の答えにリリアナは言葉を失う。
身分がどうとか、国境を越えてとか、そういう以前の問題だとは思っていなかった。
「夢かもしれない相手ってこと? 存在すら怪しいって……そんな人をずっと想い続けてるってこと?」
「想うは想うでも、気持ちが引っ張られたままってこと。好きとかどうとかじゃないんだろうけど、頭から離れられないって感じ」
「えー……、あんなに爽やかな見た目なのに、一途というより……」
リリアナは続けようとして口を閉じた。
それに気付いてオットーが今度は「ほら言え」と声に出す。
「いや、ここでクビになったら、あと数日で手に入れるはずのお給料がっ」
と、首をブンブンと振った。
「ほーぉ、王太子殿下に対して、陰湿だ気持ち悪いだ、と言いたい訳だな」
「言ってない言ってないっ。ちょっくら根が暗いって思っただけですっ」
「よし、減給な!」
「わーっ、やめてーっ、頑張りますからっ、私まだ諦めてませんからっ」
ワタワタとリリアナが焦っているのを、オットーは面白そうに眺める。
「何を諦めてないって?」
「今度、令嬢達と庭園でティーパーティーするんですっ。もっと親睦を深めて、彼女達の素晴らしいところを拾って、ジルベルト殿下が謎の亡霊……謎めく面影を吹っ切れるような、」
「おい、謎の亡霊って言ったなっ」
「謎めく面影を追い求めて、現実に向き合えないままでは、王太子の、ひいてはこの国の未来はないですからっ。私は最後の最後まで諦めず職務を全うしますからっ」
「……絶対なんか失敗するなこれ」
「どうか減給だけはっ、どうか減給だけはーっ」
拝みはじめたリリアナに、オットーは脱力しつつポンポンと肩を叩いた。
「まあ、せいぜいがんばれ。……ほどほどに」
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