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9 恐るべき無知力
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「チェルソンがお前にこの仕事を押し付けたのは、間違いなくお前のその王族に対する無知を買ったんだろうな」
オットーは腕を組み何度も頷いて、ひとりで納得している。
「え? マジメな仕事ぶりは?」
リリアナ的にはむしろそこしか取り柄がないのだが、さすがに無知を誉められているとは錯覚出来ずに眉尻を下げた。
マジメにはあえて触れずにオットーは続ける。
「王子に色目を使うような女なら問題外だもんな。その辺におけるお前の絶対的信頼感はすごいぞ」
「えー」
リリアナは不満げに異議を唱える。
「私だって色目のひとつやふたつ……恋のひとつやふたつ」
「ないだろ?」
「ないけど」
「だろっ?」
何故かオットーは嬉々とし、腕を組んだままふんぞり返る。
「お前の性質がだいたいわかってきたから教えてやるけど、銀髪はマルクレン王国のジョリッティ家直系にのみ現れる。さすがに現国王の顔は知ってるだろ?」
「むかーし、パレードか何かで見かけましたけどー、白髪なのかと思って」
「……お前な……。まあ、今は確かに、どっちかと言うと、だけど。てかそもそも、お前女子なら王子がどんな人なのかとか、すごい興味わかせてきてろよ。王子の成人の儀とか、号外の広報が街中配られてただろっ」
「だって、あれ白黒なんですもーん。それにまだ私子供だったし」
「ほんとお前、適任だなっ」
オットーは鼻息も荒く呆れている。
「つまりだ! お前が中庭で見たのは王子のどちらかだ」
「え? 王子って複数なんですかっ?!」
「は? お前まさかそれも知らないのかっ?!」
双方見合って固まった。
先に衝撃から脱出したのはリリアナだった。
「えー、双子とかやめてくださいよ。見分けつきませんから」
「……安心しろ、双子じゃない」
ドッと疲れが出て、オットーは再び椅子に座ることにした。
「二歳差で、お前が関係あるのは王太子、つまり兄のほうだ。よく覚えとけ」
「じゃあ、私が見かけたのはどっちだったんだろう」
「それは弟のほうだな」
「え、なんでわかるんですか。場所的に王太子殿下じゃないですか?」
「嫌がる王太子がわざわざ行くもんかそんな恐ろしいところ」
「恐ろしくないとぜひ伝えてくださいよっ。私そんなこと言ってませんからねっ、オットーさんの偏見ですからねっ」
リリアナ的には王太子にはぜひ来てもらわねばならぬのだ。自分の手柄で王太子といずれかの令嬢がめでたく結ばれ、それを酒の肴としてビアーノで披露するのだから。
「だけどな、弟だとしたら、なんでそんな所にいたのか……」
オットーの声がまた低くなる。
「やっぱ、美人を拝みにじゃないですかね」
「……お前と話をしていると、悩むことが無駄に思えるな」
「よく言われます。みんな元気になるって」
「俺は誉めてないからなっ」
**
結局のところ、二度目の花踏み潰し事件は起きなかった。
リリアナの言う成果が現れた形となった。勿論、犯人を突き止めたかったオヴェストとしては不満であったようだが、証拠も何もない状態な為、それ以上ごねることはなかった。
僅かの不安だけ残った結果となったが、その一方で客室棟の雰囲気は以前よりも良くなっていた。
客室棟専用厨に顔出せば「リリアナちゃんそんなに走り回ってたら腹減ってるだろ、ほら差し入れ」とコック達から、まかないの残りやお菓子を与えられる。
メイド達の手伝いを一緒にしていれば、みんなの恋話で盛り上がる。以前と比べて皆がだいぶ気を許しているのだ。
恋話になれば、毎回王子達の話題が必ずあがる。リリアナだけが王子達をよく知らないので、貴重な情報源である。
「王子様達を拝んでしまったら、もうなかなかお嫁にいけなくなっちゃう」
「あんな美しい人達に、一度でいいから間違いでもいいから愛を囁かれたいわ」
もっぱら夢見ごこちな内容ばかりである。だから、彼女達への相槌はたいがい「そんなにっ?」の一言になる。
「リリアナさんにも早く見て欲しいわ。どんな反応するか、そっちのほうが興味ある」
クスクスとメイド達が朗らかに笑い合う。完全に面白がられているようだ。
「ちなみに王子達の見分けはつくの?」
「そうですよね、リリアナさんはまずそこからですものね。ジルベルト殿下は、まさに正統派って感じです。立ち姿や振る舞いが気品溢れて、大きな瞳に吸い込まれそうになるんです」
「ロレット殿下は一見冷たそうなイメージなんですけど、微笑まれた時とのギャップが素敵なんです」
リリアナは唸った。
「うむむ、見分けられる自信が持てない」
どちらにせよ、自分が王子達を見分けたところでなんの役にも立たないと、見切りをつけた。
自分の仕事は王太子に令嬢へ興味持ってもらうことで、報告はオットー経由なのだから接触することもまずないのだ。
**
ところがヴェラ女官長によると、近日開かれるパーティーに王太子殿下が出席する可能性が高くなったという。
ヴェラ女官長は大喜びであった。実に数ヶ月ぶりに、令嬢達と王太子が会話を交わせるチャンスがくるのだ。
途端に客室棟周辺は連日、大騒ぎとお祭り騒ぎとなる。令嬢達やその侍女達だけではなくメイド達までも、そうめったに訪れない王太子を拝むチャンスがついに到来したと歓喜している。
もちろんリリアナも例に漏れず、このチャンスをものにしてやろうと鼻息荒くする。
とにかく王太子に、令嬢達を気に入ってもらわなければならない。せめて自分が城に滞在している間に何かしらの進展をさせておかなければ、気持ちよく給料を頂いて自慢気にビアーノで城での貴重な体験を喋り倒すことが出来ないのだから。
その為に真っ先に行ったのは、令嬢達へのありがた迷惑なアドバイスである。
リリアナが以前から気になっていた、オヴェストとスッドの派手の張り合い。
黄色やオレンジ色を好んで着るオヴェストに、「髪の色と喧嘩するから、黒、白、濃紺のようなドレスがいいよ」と助言した。当然のごとくオヴェストはご立腹だったが、侍女達の思わぬ援護射撃があった。きっと今まで彼女達も思うことがあったのだろう。誰も言い出せなかったのが容易に想像できる。
スッドには、とにかく肩出しを禁止した。ボリュームのある胸を強調したいのだろう。スタイルが良いのもよくわかる。だけどもやり過ぎは目のやり場に困るし、王太子のイメージからも好まぬような気がする。目を逸らされてしまってはもとも子もないぞと伝えれば、「そういえば、初めてお会いした時も、わたくし視線が合いませんでしたっ」と思い出したらしい。
こうなってくると、リリアナは初回のパーティーに出席してみたかったと思うのだ。面白そうだったから。
次に北棟のノルドへリリアナがアドバイスしたのは、反対にもっと目立てということ。
大人しい性格が見た目にも現れていて、せっかくの愛らしい顔がもったいない。見た目ではなくて、もっと積極的に王太子と話が出来るようにさせたい。だがこれは残念ながら男性相手に練習出来ない。懇親期の令嬢達が、王太子以外の男性と語らうなんてもってのほかと、ヴェラ女官長に却下され手立てがなく。仕方ないのでリリアナを男と思って会話をしてみてという、意味のない練習を行うのみ。
そして最後、東棟のエスト。こちらはもっと大変だった。
「わたくしが、王太子殿下に選ばれるなんてそんなおこがましい事、考えたこともありません」と、引っ込み思案や消極的どころか、耳を貸そうともしない。親に無理矢理連れてこられたのかと思うほどだ。
いや、リリアナは若干そうではないかと、ここ数日疑っている。そのくらいパーティーにたいして無頓着であった。
そんなこんなでドタバタしている間に、二度目のパーティーは開かれた。
オットーは腕を組み何度も頷いて、ひとりで納得している。
「え? マジメな仕事ぶりは?」
リリアナ的にはむしろそこしか取り柄がないのだが、さすがに無知を誉められているとは錯覚出来ずに眉尻を下げた。
マジメにはあえて触れずにオットーは続ける。
「王子に色目を使うような女なら問題外だもんな。その辺におけるお前の絶対的信頼感はすごいぞ」
「えー」
リリアナは不満げに異議を唱える。
「私だって色目のひとつやふたつ……恋のひとつやふたつ」
「ないだろ?」
「ないけど」
「だろっ?」
何故かオットーは嬉々とし、腕を組んだままふんぞり返る。
「お前の性質がだいたいわかってきたから教えてやるけど、銀髪はマルクレン王国のジョリッティ家直系にのみ現れる。さすがに現国王の顔は知ってるだろ?」
「むかーし、パレードか何かで見かけましたけどー、白髪なのかと思って」
「……お前な……。まあ、今は確かに、どっちかと言うと、だけど。てかそもそも、お前女子なら王子がどんな人なのかとか、すごい興味わかせてきてろよ。王子の成人の儀とか、号外の広報が街中配られてただろっ」
「だって、あれ白黒なんですもーん。それにまだ私子供だったし」
「ほんとお前、適任だなっ」
オットーは鼻息も荒く呆れている。
「つまりだ! お前が中庭で見たのは王子のどちらかだ」
「え? 王子って複数なんですかっ?!」
「は? お前まさかそれも知らないのかっ?!」
双方見合って固まった。
先に衝撃から脱出したのはリリアナだった。
「えー、双子とかやめてくださいよ。見分けつきませんから」
「……安心しろ、双子じゃない」
ドッと疲れが出て、オットーは再び椅子に座ることにした。
「二歳差で、お前が関係あるのは王太子、つまり兄のほうだ。よく覚えとけ」
「じゃあ、私が見かけたのはどっちだったんだろう」
「それは弟のほうだな」
「え、なんでわかるんですか。場所的に王太子殿下じゃないですか?」
「嫌がる王太子がわざわざ行くもんかそんな恐ろしいところ」
「恐ろしくないとぜひ伝えてくださいよっ。私そんなこと言ってませんからねっ、オットーさんの偏見ですからねっ」
リリアナ的には王太子にはぜひ来てもらわねばならぬのだ。自分の手柄で王太子といずれかの令嬢がめでたく結ばれ、それを酒の肴としてビアーノで披露するのだから。
「だけどな、弟だとしたら、なんでそんな所にいたのか……」
オットーの声がまた低くなる。
「やっぱ、美人を拝みにじゃないですかね」
「……お前と話をしていると、悩むことが無駄に思えるな」
「よく言われます。みんな元気になるって」
「俺は誉めてないからなっ」
**
結局のところ、二度目の花踏み潰し事件は起きなかった。
リリアナの言う成果が現れた形となった。勿論、犯人を突き止めたかったオヴェストとしては不満であったようだが、証拠も何もない状態な為、それ以上ごねることはなかった。
僅かの不安だけ残った結果となったが、その一方で客室棟の雰囲気は以前よりも良くなっていた。
客室棟専用厨に顔出せば「リリアナちゃんそんなに走り回ってたら腹減ってるだろ、ほら差し入れ」とコック達から、まかないの残りやお菓子を与えられる。
メイド達の手伝いを一緒にしていれば、みんなの恋話で盛り上がる。以前と比べて皆がだいぶ気を許しているのだ。
恋話になれば、毎回王子達の話題が必ずあがる。リリアナだけが王子達をよく知らないので、貴重な情報源である。
「王子様達を拝んでしまったら、もうなかなかお嫁にいけなくなっちゃう」
「あんな美しい人達に、一度でいいから間違いでもいいから愛を囁かれたいわ」
もっぱら夢見ごこちな内容ばかりである。だから、彼女達への相槌はたいがい「そんなにっ?」の一言になる。
「リリアナさんにも早く見て欲しいわ。どんな反応するか、そっちのほうが興味ある」
クスクスとメイド達が朗らかに笑い合う。完全に面白がられているようだ。
「ちなみに王子達の見分けはつくの?」
「そうですよね、リリアナさんはまずそこからですものね。ジルベルト殿下は、まさに正統派って感じです。立ち姿や振る舞いが気品溢れて、大きな瞳に吸い込まれそうになるんです」
「ロレット殿下は一見冷たそうなイメージなんですけど、微笑まれた時とのギャップが素敵なんです」
リリアナは唸った。
「うむむ、見分けられる自信が持てない」
どちらにせよ、自分が王子達を見分けたところでなんの役にも立たないと、見切りをつけた。
自分の仕事は王太子に令嬢へ興味持ってもらうことで、報告はオットー経由なのだから接触することもまずないのだ。
**
ところがヴェラ女官長によると、近日開かれるパーティーに王太子殿下が出席する可能性が高くなったという。
ヴェラ女官長は大喜びであった。実に数ヶ月ぶりに、令嬢達と王太子が会話を交わせるチャンスがくるのだ。
途端に客室棟周辺は連日、大騒ぎとお祭り騒ぎとなる。令嬢達やその侍女達だけではなくメイド達までも、そうめったに訪れない王太子を拝むチャンスがついに到来したと歓喜している。
もちろんリリアナも例に漏れず、このチャンスをものにしてやろうと鼻息荒くする。
とにかく王太子に、令嬢達を気に入ってもらわなければならない。せめて自分が城に滞在している間に何かしらの進展をさせておかなければ、気持ちよく給料を頂いて自慢気にビアーノで城での貴重な体験を喋り倒すことが出来ないのだから。
その為に真っ先に行ったのは、令嬢達へのありがた迷惑なアドバイスである。
リリアナが以前から気になっていた、オヴェストとスッドの派手の張り合い。
黄色やオレンジ色を好んで着るオヴェストに、「髪の色と喧嘩するから、黒、白、濃紺のようなドレスがいいよ」と助言した。当然のごとくオヴェストはご立腹だったが、侍女達の思わぬ援護射撃があった。きっと今まで彼女達も思うことがあったのだろう。誰も言い出せなかったのが容易に想像できる。
スッドには、とにかく肩出しを禁止した。ボリュームのある胸を強調したいのだろう。スタイルが良いのもよくわかる。だけどもやり過ぎは目のやり場に困るし、王太子のイメージからも好まぬような気がする。目を逸らされてしまってはもとも子もないぞと伝えれば、「そういえば、初めてお会いした時も、わたくし視線が合いませんでしたっ」と思い出したらしい。
こうなってくると、リリアナは初回のパーティーに出席してみたかったと思うのだ。面白そうだったから。
次に北棟のノルドへリリアナがアドバイスしたのは、反対にもっと目立てということ。
大人しい性格が見た目にも現れていて、せっかくの愛らしい顔がもったいない。見た目ではなくて、もっと積極的に王太子と話が出来るようにさせたい。だがこれは残念ながら男性相手に練習出来ない。懇親期の令嬢達が、王太子以外の男性と語らうなんてもってのほかと、ヴェラ女官長に却下され手立てがなく。仕方ないのでリリアナを男と思って会話をしてみてという、意味のない練習を行うのみ。
そして最後、東棟のエスト。こちらはもっと大変だった。
「わたくしが、王太子殿下に選ばれるなんてそんなおこがましい事、考えたこともありません」と、引っ込み思案や消極的どころか、耳を貸そうともしない。親に無理矢理連れてこられたのかと思うほどだ。
いや、リリアナは若干そうではないかと、ここ数日疑っている。そのくらいパーティーにたいして無頓着であった。
そんなこんなでドタバタしている間に、二度目のパーティーは開かれた。
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