恋するキャンバス

犬野花子

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峯森誠司

13話 正直な気持ち(2)

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 告白することが、こんなにも難易度高いものだとは思って、いや思ってたはるか上をいくほど高いとは思いもしなかった。

 その日は、はっきりと確信するほど羽馬に避けられた、いや逃げられた。ファンファーレが脳内で流れるほど、見事な瞬発力のダッシュだった。アイツの前世は馬だったのだろうか。
 次の日、遠目で見つけた時にはギョッとした。髪の毛をバッサリ切って、昔のショート並みになっていたからだ。
 俺は思わずネットで調べたくらいだ。『髪の毛を切るときの心境』を。失恋なのか? 俺の告白、失恋案件なのか?

 何かを吹き込まれたらしい幸太も休み時間にやってきて開口一番に言ってきたのは、やっぱり羽馬のバッサリショートカットの件で。

「美乃里ちゃんがさあ、怖くて怖くて」
「同意」
「なんかあった? 美乃里ちゃんが言うには、絶対峯森のせいだって言うからさあ」
「告った」
「そっかー、告ったのかー……。ん? こ、告ったっ!?」

 ガタガタガタッと大げさなくらいの音を立てて、幸太は後ろにあった椅子とともにすっ転んだ。

 こうなったら、最後までやりきる。腹をくくることにした。
 これはしっかりとカタをつけるべきことなんだ。俺が今まで逃げ回ってきた分、今度はそれを拾ってちゃんと渡さなければいけないんだ。

 幸太と騒ぎに気付いて戻ってきた竹井がこっちを指差しワーギャー言っているのを、俺はぼんやり眺めながら握りこぶしに力を入れ気合いを込めた。


 まずはとにかく、本人にしっかり気持ちを伝えよう。あの様子だと、羽馬の中で何かがネックになっているようだ。『あの誠司くん』という過去の俺がどれだけ羽馬を追い込んでしまっているのかわからないが、信じきれないのなら何度でも言い聞かせようと思った。
 だけど、なかなか捕まえられない。休み時間に校内で見つけても、しっかり話せる時間はないし、昼休みは見事に姿を消している。これは絶対逃げている。
 部活終わり、委員会終わり、とにかく帰宅時に待ち伏せしてやろうと待ち構えていれば、必ず筧にピッタリくっついて逃げるように去っていく。もちろん、筧がそばにいたぐらいなら引っ張り出す意気込みでいたが、何をどう吹き込んだのか一歩でも近づこうとすると筧の形相がこの世のものではないため、迂闊なことができない。

 念のため、幸太に確認を取った。筧がどこまで把握して俺を威嚇しているのかを。幸太は自分の体を抱きしめるようにして身震いをした。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって意味、知ってるかって言われた。意味はわかんねーけど、怖かった」

 つまり、幸太は彼氏の座から降格させられているようで、なんの情報を得ることも、加えてこちらに有利になるような情報操作なんてまったく行えない状態のようだった。

 水曜の委員会、俺は決行した。筧が毎回委員会で喋っていた友人と思われる女子に、事前に頼んでおいた。
 案の定、委員会終わりに俺へ鬼の形相を向けながら羽馬のところへ向かおうとしていた筧。そこで友人がヤツに慌てて声をかけ、その足は止まった。よし、鬼の門番の引き留め成功だ。
 すぐさま羽馬の委員会が行われている理科室へ向かう。ちょうど終わったらしく、ぞろぞろと生徒が出てきたところだった。羽馬もいた。きっと筧を見つけようとしてこっちを向いたのだろう。俺と目が合って驚きすぎて一瞬動きが止まった、のちダッシュした。「こら! 廊下を走るな!」という先生の声を背に受けながら俺も弾かれたようにダッシュ。先生の声に一瞬怯んだ羽馬の腕を捕まえて、引きずるようにしてそのまま一緒に走って逃げた。

 頭から足まで沸騰したみたいに血流がグルグルし、息も荒い。わかってやったことだけど、気が動転したみたいになにも考えられなくて、とにかくどこかで邪魔されずに話したいと校舎内をグルグル回った。下校時間のため、空いている教室なんてなく、たどり着いたのは渡り廊下の先の行き止まり、体育館前だった。

 ふたりでヨレヨレと倒れ込むように体育館前の段差へ腰をおろした。

「し、しぬかと、思った」

 ゼイハア息を吐く羽馬のその台詞に思わず噴き出せば、汗だくで真っ赤な顔をムッとさせて睨んできた。

「私、マネージャー業で、前職美術部なんだけどっ」
「わるかった」

 そうは言ったが、これでしばらく疲れて逃げ出さないだろうと安心して、ニヤケてしまう。

「美乃里ちゃんと、帰る約束、してるんだけど」
「それなら大丈夫。誰かと話し込んでたから」

 鞄から財布を引っ張り出して、そばにあった自販機でお茶を二本買う。一本を羽馬に渡しつつ、さっきよりも少し距離を詰めて彼女の横へ腰をおろしてみた。

「あ、りがと」

 よほど校内ダッシュが堪えたのか、羽馬は受け取るとすぐにキャップをあけてゴクゴクと豪快に飲み始めた。
 その感じが、なんだか懐かしくさえ感じて、でも少しどこかドギマギするようなもどかしさもあって、不思議な感覚になる。
 小学校中学校と、ずっと羽馬のイメージは元気ハツラツな夏休みの小学生男児だった。正確に言うと、後半は無理矢理そう思い込ませていた部分もある。そして高校の羽馬の印象はその真逆で、俺だけ成長しないまま置いてけぼりになったような感じでなんだか腹立たしかった。そう思っていた。
 けど、たぶん、羽馬が変わったんじゃなくて、俺の彼女を見る目が変わっていたんだと、たった今、ふとそんなふうによぎる。

 目の前の、美味しそうに豪快にお茶を飲む羽馬は、あの頃のまま。でもその汗に濡れて、噴き出した汗をキラキラさせている横顔は、ちょっと目に毒なくらいドギマギさせてくる。

「え! な、なに!」

 視線に気付いてしまったのか、羽馬はギョッとしたように上体をそらした。

「いや、美味しそうに飲むなーと、思って」

 手元のペットボトルのお茶は、すでに半分になっていた。
 それを隠すように羽馬はワタワタとボトルを両手を使って握る。

「下品って、思った?」

 こわごわと俺の様子をうかがう羽馬に、俺はたまらずこぼした。

「いや。かわいいなって、思った」

 一息つけたはずの彼女の顔は、再び真っ赤に染め上がっていく。


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