京に忍んで

犬野花子

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第二章

奪われていた過去

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 タキには過去がなかった。
 何らかの理由で山に捨てられていた、そして拾われ里で育った。それだけだ。しかもその拾われる前までの記憶すらなかったのだ。

 その、本人も知らない過去のタキを、この陰陽師は知っているという。
「……私、を、誰だかご存知なのですか?」
 喉がひどくかさついて上手く口が回らない。
 月乎は悲しげに目尻を下げた。
「……断定はできません。わたしが勝手に想像しているのです。……ですが、あなたはここで、このようにしているべき方ではないのはわかります」
「わ、わかりませんっそれだけではっ」
 タキはガバリと月乎の腕を掴んで強く握った。
「教えてください! 何をご存知なのですか?!」

 沈黙が訪れた。
 月乎は、眉根を寄せたまま自分の腕を掴むタキの細腕を見つめていた。
 やがて、決めたのか再び視線を合わせる。
「そうですね……信用してもらわなければですね……。嫌われはするでしょうけど」

 ゆっくりタキの手を腕から離し、両手を包むように握る。
「六、七年ほど前だと思います。とある貴族に、呼ばれました。記憶を奪い去る術を施して欲しい者がいると」
「き、記憶を奪い去る?」
 コクリと男は頷いた。
「わたしは少しばかり、その手のことを習得しています。奪い去る、というより蓋をする、のが近いのですが。そして、わたしが案内された場所に、まだ幼いあなたがいました」
「……わたしが……」
「そうです。実は、梨壺でお会いした時にわかりました。この腕の紐で……」

 ふと落とされた視線の先には、タキの左手首に巻き付いている汚れた布であった。
「もっと鮮やかな二つの色のようでしたが。あの時の女童もつけていましたよ」
「なぜ、私は記憶を消されなければならなかったのですか?」
「あなたは誘拐されたのではないでしょうか。多分ですが、あなたは東宮妃の座へ、一番近い場所にいたのだと思われます」
「私が? 東宮妃に?……信じられない」

 月乎は困ったように瞳を細めた。
「残念ながら、わたしはあなたの記憶を戻すことは出来ません……そのすべを持ち合わせていないのです」
「……ひどい人……」
 タキは沸々と込み上げてくる高ぶりを必死に抑えながら震える声で呟いた。
「はい。許しを請うつもりはありません。しかしわたしは、このまま断罪され死ぬつもりもありません」
「今度は脅しですか?」
「いいえ、正直にお伝えしているだけです」

 ふたりは間近でお互いの瞳を強く見つめあった。
 しばしの緊張感の中、簀子を通る足音が近付いてきてすぐ横の御簾向こうで止まる。

 タキは一瞬それに気を取られ、月乎が何事か小声で呪を唱えながら指先で印を結い、それを自らの唇に当てたのを見逃していた。

「弓削様、博士がお呼びです」
「わかりました。すぐ行くと伝えてください」

 人の気配が動き足音が遠のくやいなや、月乎はグイッとタキの腕を掴み引っ張り込む。そしてそのまま唇をふさいだ。

 突然のことに驚き目を見開くと、男の憂いた瞳とぶつかった。
 それはすぐに離され、タキはすぐに後ろへ体を反らす。
「なっ、なにっ?!」
 月乎は手を離すと申し訳なさそうに見つめ返す。
「少しばかり、術を施しました。悪気はないんですけれどね。怒りましたよね?」
「何をしたのっ?!」
「わたしはあなたに償いをしなければいけないのに、なかなか上手いことできませんね……」
「ちょっと!」

 スクッと立ち上がった月乎を睨み上げるが、男は相変わらず寂しそうに微笑んでいた。
「今は滝丸殿、とお呼びいたしましょうか。これ以上は深入りしないことです。これは、わたしの為ではなく、あなたの為の助言だと、受け取って欲しい……」

 そう言うと、素早く御簾を潜ってタキの前から消えてしまった。


 頭の中が混乱して、どこからどうまとめて思考を繋げればよいのかわからなくなっていた。

 陰陽師が言うことが正しいのなら、捨てられたのではなくて誰かの陰謀により連れ去られたということになる。それは東宮妃を競う立場の貴族からということだ。

 そもそもあの陰陽師は、いったい何者なのだろうか。
 侍医とのやり取りもそうだが、何をどこまで関与していて何をどこまで知っているのか。


「ねっ……ちょっとっ」
「ん?」
 タキは胸の頂きを執拗に舐めたおす男の頭を押し退けようとするが、ビクともしない。
「考えがまとまんない。今日くらいやめてくれない?」
 黒々とした丸っこい瞳を上目遣いで、舌先はその間もレロレロと先端をつつき、ちゅぱっと吸い付く。

「あっ」
「無理だろ。こんな美味しそうなの前に」
 両手で二つの豊かな膨らみを掴み寄せてみせると、風太郎は再び音を立てながら吸い付く。
「ま、まって、ほんとにっ……ねえ、前に言ってたことっ」
「んん?」
「村長を信じるなって……私が拾われた時のっ……んっ……教えてっ」

 風太郎はようやく口を離しジッと見下ろす。いつもはヘラヘラしているが、黙って真顔になると妙にいい男でタキは少しこの状態が恥ずかしくなる。
 真っ裸で聞く内容ではない。しかし、風太郎といるとずっとこの状態なのでどうしようもないのだが。

「なんだよ、なんか聞いたのか?」
「私、拾われた時、どんな状態だった?」
 風太郎は口を尖らせて見つめ返すが、口を開かない。

「ねえ、風太。なんでもいいから教えて」
 タキは手を伸ばし、少しごわついてあちこちに跳び跳ねている風太郎の髪をすいてやる。いつものように気持ち良さそうに瞳を細める。
「じゃ、俺の嫁になれ」
「ならない」
「なんだよー、もう里もババァも関係ねーじゃん」
「だって、風太は私の身体しか欲しくないんでしょ?」
「バカ。俺が言う『お前の身体しかいらない』ちゅーのはお前しかいらねえっていう求婚じゃねーか」
「……同じ意味にしか聞こえない」
「おかしいな、なんでだ?」
「日頃のおこないじゃない?」
「じゃあ、ご希望通りの日頃のおこないを」

 そう言うと風太郎は、タキの白く細い脚を持ち上げて硬い塊を潤う部分にあてがう。

 タキは観念して身をまかせることにした。
 物心ついた時から稼業を担ってきた男だ。簡単に口を割るなんてことはしないだろう。そうでなければ生きていけなかった世界にいたのだから。

 太くて熱い塊がヌチヌチと襞を絡ませるようにゆっくり侵食していく。そのまま行き止まると、互いに溜息を漏らす。
「ドロドロに熱くて柔らかくて、すげえ絞めてくる……タキ……」
 男らしい精悍な顔をトロンと惚けさせて風太郎は動かず繋がりを味わう。
「恥ずかしいこと、いわないでっ」
 真っ赤になって頬を膨らませるタキを見下ろし、ニヤリと笑うと途端に小刻みに腰を揺り動かす。
「かわいいなっお前はほんとっ」
 ぐちゅぐちゅと水音が増え、タキは畳に爪を立てながら身体を突っ張らせる。
「あっんっ……はぁはぁはぁ」
「お前はほんとっ……いいなあ……」
「あっあっあっ」
 喘ぐ小さな口元からチロチロと覗く舌に誘われるように唇を塞ぐと、腰の動きを早める。
 ぐちゅぐちゅにゅちにゅちとあちこちから卑猥な音が上がり、ふたりは行為に夢中になる。
 グイッとタキの脚を畳に押し付ける勢いで押さえ込むと、パンパンと肌をぶつけるように腰を打ち付け、風太郎はゴリゴリと粘膜を剥がすかのようにしごく。
「んっんっ! あふっんっんんっ!」

 やがて中のモノが膨張し、ぶちまけるように吐精すると、タキの身体は搾り取るように収縮してさらに男を喜ばせる。
「んはーーっ……タキぃ……」
「あっあっ……」
 まだ痙攣が続くなか、風太郎は胸の頂きを指先で弄りはじめる。
「気持ちいいなぁ……タキもだろ?」
「んっ……はぁはぁ……ん」
「ほら……言って……」
 僅かに腰をぐりっと回し込みながらピンッと赤く充血して膨らんだ乳首を弾く。するとまたきゅうきゅうと締め付けてくるのだ。
「やあっ……はぁはぁ……いいっ……」
「気持ちいいか?」
「……うん……」
 風太郎は真っ赤になった涙目のタキを衝動的に抱き締める。
「あーかわいい……」

 しかし、タキからは見えないその表情には、陰りがあった。

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