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第1章 病気が完治するまで
6話 エリザ
しおりを挟む再び目を閉じると、夕日の柔らかな光がまぶた越しに感じられ、心の奥底に沈んでいた感情が少しずつ浮かび上がってくる。
「自由に生きたい……ただ、私として……」
心の中で呟くたびに、その思いは強くなっていく。しかし、その一方で体は彼女を裏切り続ける。
手を動かすだけでも精一杯で、力を込めることすらままならない。病に縛られ、体が自分の意志に反しているのだと感じるたび、苛立ちと絶望が募っていった。
そのとき、部屋の扉が再び静かに開いた。
「セリーナ様、失礼いたします。」
優しくて穏やかな声だった。
セリーナがゆっくりと目を開けると、そこには侍女のエリザが立っていた。エリザはセリーナが幼い頃から仕えてきた人物で、彼女にとって唯一心を許せる存在だったと、母親からさっき聞かされた。
「エリザ……?」
セリーナはかすれた声で彼女の名を呼んだ。エリザはその声にすぐに反応し、セリーナのそばに近づいた。
「今日はご気分が優れませんか?」
エリザは優しく問いかけながら、セリーナの手をそっと取った。その温かい手の感触に、セリーナは少しだけ安堵を感じた。
「……ライオネルが来たの」
その言葉にエリザの顔が少し硬くなった。だが、すぐに平静を装い、セリーナの手を優しく握りしめたまま頷いた。
「そうですか……ライオネル様は、何かおっしゃいましたか?」
エリザの問いに一瞬だけ躊躇した。
ライオネルの冷たい態度と、彼が自分に対して抱いている無関心。それを言葉にするのは、どこか心が痛んだ。
「……彼は、私を治すと言ったわ。でも、ただの義務だって。家の名誉のために、私を救うんだって……」
その言葉を口にした瞬間、セリーナの心に再び重くのしかかるものがあった。エリザはその言葉を聞きながら、そっとセリーナの手を強く握りしめた。
「セリーナ様、ライオネル様のお気持ちはわかりませんが……彼もまた、重い責任を背負っているのでしょう。それが彼のやり方なのだと思います」
エリザの言葉は優しかったが、セリーナにはどうしてもそれが納得できなかった。
「……私は、誰かの責任や義務のために存在しているんじゃない。私だって、ただ私として生きたいのに……!」
セリーナの声は震え、感情が高ぶっていた。
エリザに向かって叫びたい気持ちを抑えながら、涙をこらえた。
「セリーナ様……」
エリザはその様子を見て、少し戸惑いながらも、彼女に寄り添うようにそっと背中を撫でた。
「あなたは、確かに貴族の一員として多くの期待を背負っています。でも、それがすべてではありません。セリーナ様には、あなた自身の価値があります。」
エリザの言葉に、セリーナは少しだけ目を見開いた。
その言葉は胸に深く響いたが、同時に自分がそう感じられないことが、さらに苦しさを増していた。
「……私は、本当にその価値があるの?」
自嘲気味に呟いたその言葉に、エリザは少しだけ微笑んだ。
「もちろんです。セリーナ様は、私たちにとってかけがえのない存在です。皆に誤解を招くこともあるのかもしれませんが、あなたは優しく、そして強いお心をお持ちですから」
その言葉に、セリーナは少し驚いたような表情を浮かべた。自分が「優しい」と言われることに、違和感を感じたからだ。
「私が……優しい?」
エリザは静かに頷いた。
「はい。セリーナ様はご自身で気づいていないかもしれませんが、あなたは周りの人々に対して思いやりを持って接しています。それは、決して簡単なことではありません」
その言葉に、セリーナは少しだけ考え込んだ。私は悪役令嬢だったのでは? 自分が思いやりを持っていたなんて。
だが、エリザの言葉はどこか真実味を帯びていて、セリーナの心に静かに沁み込んでいった。
「……私、変わりたいの。」
セリーナは小さな声で言った。
その言葉には決意がこもっていた。彼女は、病に囚われたままの自分から脱却し、新しい自分を見つけたいと強く願っていた。
エリザはその言葉を聞いて、優しく微笑む。
「きっと、変われます。セリーナ様にはその力があると、私は信じています。」
言葉を耳にして、ああ、私にも理解者がいたんだ、と思えた。
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