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第1章 病気が完治するまで
2話 婚約者
しおりを挟む再び孤独が襲いかかる。
部屋には誰もいない。
ただ豪華なカーテンに包まれたベッドと、静まり返る異世界の空間が広がっているだけだ。
セリーナとして転生した自分は、この世界で何をすることができるのだろうか。答えはまだ見つからない。ただ、また病床生活が続くのだという絶望が、胸の奥底にじわじわと染み込んでくる。
「どうして……」
再び言葉が喉の奥に詰まる。
前世の自分が病弱だったのは、自分のせいではない。けれど、転生してもまた同じ状況に置かれるというのは、何かの罰なのだろうか。過去の人生で、何か取り返しのつかないことをしたのかもしれない。そんな思いが頭をよぎる。
ドアが再び開く音がした。
入ってきたのは、年配の男性だった。白髪混じりの髪を丁寧に整え、貴族らしい端正な服を身にまとっている。
彼は静かにセリーナのベッドの傍に立ち、その表情にはどこか厳しさが漂っていた。
「お目覚めになったのですね、セリーナ様」
その声は冷たくもなく、温かくもない。ただ、事務的に事実を確認しているような響きがあった。
「あなたは……?」
「私は、ラーレル家に仕える執事、アルトです。セリーナ様がご記憶にないのも無理はありません。長いこと病に伏されていましたから」
セリーナは言葉に戸惑った。
記憶がないというのは、当然のことだ。この世界に転生してきたばかりなのだから、セリーナという名前以外には、何も知らない。
「病気は……治らないのですか?」
問いかける声はかすかで、震えていた。アルトは一瞬目を伏せ、再び静かな口調で答えた。
「残念ながら、医者たちは治療法を見つけることができておりません。しかし……」
「しかし?」
「治癒の魔法を持つ一族の方々が、希望を捨てずに治療法を探しています。セリーナ様の婚約者であるライオネル様も、その一族の一員です」
「婚約者……?」
この言葉にセリーナはさらに驚き、息をのんだ。自分に婚約者がいるという事実に、全く実感がわかなかった。
自分が病弱であることは、前世の自分に共通するものだったが、婚約者がいるというのは想像もしていなかったことだった。
「ライオネル様は、国王の信頼厚い治癒魔法の使い手でございます。彼はセリーナ様のために、海の底に眠ると言われる未知の魔法を探しておいでです。すでに何度も危険な旅に出られております」
「そんな……彼が私のために?」
セリーナの胸に複雑な感情が広がる。
自分のために命を賭けているというその事実が、ありがたさと同時に申し訳なさを感じさせた。
なぜ自分のために、そんな大変なことをしなければならないのだろうか。ましてや、婚約者といっても、今のセリーナには彼に対する感情が全くない。
「彼が……私を助けたいと思っているのですか?」
「……彼がどうお感じになっているかは、私には分かりかねます。ただ、婚約者としての責務を全うしようとしていらっしゃるのは事実です」
アルトの言葉は冷静だが、どこか距離感のある言い方だった。それは、ライオネルがセリーナに対して強い愛情を抱いているわけではないということを暗に示しているように思えた。
「そうですか……」
セリーナは薄く笑みを浮かべ、再び天井を見上げた。自分がこの世界で生きる意味は何なのだろう。病弱な体、婚約者という名の鎖、自由のない人生。それらすべてが一つの枠組みの中に閉じ込められているようで、どうにもならないという無力感が押し寄せる。
「嬢様、何かお召し上がりになられますか? それとも少しお休みになられますか?」
アルトの問いかけに、セリーナは首を横に振った。食欲はないし、眠る気にもなれなかった。むしろ、この現実を受け入れるために少しでも考えを整理したかった。
「いいえ、大丈夫です……少しだけ、このままで」
アルトは深く一礼し、部屋を後にした。再び静けさが戻る。
セリーナは天井を見上げたまま、これから自分がどうすべきかを考え続けた。
その時、ふと窓の外から一筋の光が差し込んだ。それは夕方の優しい夕日だった。前世では見ることのなかった、温かい光が部屋を包み込む。
その光に照らされながら、セリーナはふとある思いを抱いた。
「私は……ただ待つだけでいいの?」
これまでの人生は、待つことしかできなかった。病弱な体のせいで、何もできず、誰かの助けを待つだけの存在だった。
しかし、この世界では違うかもしれない。体は弱いが、それでも自分で何かを変えることができるのではないか。そんな希望が、胸の奥にわずかに芽生えた。
「もし、私が変わることができるなら……」
セリーナはゆっくりと手を握りしめた。その手はまだ弱々しかったが、確かな決意が宿り始めていた。
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