上 下
10 / 17

10話 恋心

しおりを挟む
 その声には微かな緊張が含まれていた。
 その言葉に疑念を抱きつつも、目の前の伯爵が何かを隠していることを感じ取った。
 静かに問いかける。

「ロベルト伯爵、あなたは何かを迷っているのではないですか?」

 その言葉にロベルトは動揺を隠せなかった。まるで内心を見透かされたかのような感覚に、視線を逸らしながら返答した。

「そんなことは…ただ、君たちのことが心配でね」

 言葉は嘘ではなかったが、真実の全てでもなかった。
 アンブレルはロベルトの曖昧な態度に対し、静かに見つめ続け、「何があっても、私は戦い続けるつもりです。例えそれがどれほどの危険を伴うものであっても。もし、ロベルト伯爵が何かを知っているなら、教えてほしい。それが私たちにとってどれだけ重要なことかを理解しているならば」とうったえかけた。
 その言葉には、揺るぎない決意が込められていた。
 ロベルトはしばらく沈黙する。
 目の前のアンブレルの強い意志を前に、自分が取るべき行動が何であるかを再び問い直していた。

「何故、そこまでして犯人を?」

 ロベルト伯爵は、まだ半信半疑だった。かつてのアンブレルに、散々振り回された過去もある。

「当然のことです」

 アンブレルは内心は、自分の立場と名誉の回復のことしか頭になかったが、そのギラついた瞳をロベルト伯爵は、清らかな聖女の輝きだと勘違いしてしまう。
 そして、ロベルト伯爵は何も答えることができないまま、その場を後にした。
 心の中で、自分がどの道を選ぶべきかがまだ定まらず、その葛藤はますます深まるばかりだった。

 アンブレルは背中を見送りながら、その心に何が隠されているのかを知りたいと強く願っていた。でも、それでも前に進まねばならない。

 私の自由を手に入れるためには。

 カシュパルという新たな協力者を得たことは大きい。アルベルタとの別れの痛みを少しだけ和らげて



 やはりカシュパルの持つ王族に近しい立場は大きな武器だった。宮廷内での情報を集めることにおいて大いに役立っていた。
 でも、カシュパルは、その内気な性格のために何度も足を引っ張ってしまうと感じていた。
 重要な会話を盗み聞く場面や、宮廷内での権力者たちとのやり取りでは、その緊張から言葉に詰まり、情報を取り損ねることがあった。その度にカシュパルは自分の未熟さを痛感し、無力感に苛まれていた。ある日、重要な情報を持つと思われる貴族との接触に失敗し、カシュパルは深く落ち込んでいた。

「…自分は本当に彼女の役に立っているのだろうか」

 少しだけ、自分とは真逆の性格のアンブレルに、憧れ? いや、恋心のような感情が芽生えていた。
 心の中でその問いを何度も繰り返し、カシュパルはその場に立ち尽くす。いつもならば感じる宮廷の威厳ある雰囲気も、その瞬間にはただ重苦しく、息苦しいものにしか思えなかった。
 カシュパルは自分が負担になっているのではないかと恐れ、その気持ちは心の底から離れなかった。
 しかし、そんなカシュパルのもとにアンブレルが現れた。
 カシュパルの様子を見てすぐに何かがあったことを察し、優しい口調で問いかけた。

「何があったの?」

 その声にはカシュパルを責める色はまったくなく、ただ純粋に心配している様子が表れていた。

 カシュパルは、自分の失敗を打ち明けることに躊躇した。アンブレルの期待に応えられなかったことが、どうしても口に出すのが辛かったのだ。しかし、アンブレルはその沈黙を受け入れ、ゆっくりと近づいてカシュパルの肩に手を置いた。

「失敗なんて、誰にだってあるわ。大事なのは、それをどう乗り越えるかよ」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢に転生しましたので

ララ
恋愛
「起きてください!」 違和感を感じ目を覚ますと、ドレスを着た金髪美人の姿が目に入った。 「やっと起きましたね!いくら何でも寝すぎですよ、お姉様!」 現代人とも思えぬ見知らぬ女性。 一人っ子の私がなぜかお姉様と呼ばれるこの状況。 私の頭が混乱を極めていると、彼女は再び叫んだ。 「早くしないと遅刻しますよ!パーティーは今日なんですよ!」 「パーティー?」 どうやら私は、乙女ゲームの世界に転生してしまったようです。

悪役令嬢に転生したので落ちこぼれ攻略キャラを育てるつもりが逆に攻略されているのかもしれない

亜瑠真白
恋愛
推しキャラを幸せにしたい転生令嬢×裏アリ優等生攻略キャラ  社畜OLが転生した先は乙女ゲームの悪役令嬢エマ・リーステンだった。ゲーム内の推し攻略キャラ・ルイスと対面を果たしたエマは決心した。「他の攻略キャラを出し抜いて、ルイスを主人公とくっつけてやる!」と。優等生キャラのルイスや、エマの許嫁だった俺様系攻略キャラのジキウスは、ゲームのシナリオと少し様子が違うよう。 エマは無事にルイスと主人公をカップルにすることが出来るのか。それとも…… 「エマ、可愛い」 いたずらっぽく笑うルイス。そんな顔、私は知らない。

【完結】どうやら転生先は、いずれ離縁される“予定”のお飾り妻のようです

Rohdea
恋愛
伯爵夫人になったばかりのコレットは、結婚式の夜に頭を打って倒れてしまう。 目が覚めた後に思い出したのは、この世界が前世で少しだけ読んだことのある小説の世界で、 今の自分、コレットはいずれ夫に離縁される予定の伯爵夫人という事実だった。 (詰んだ!) そう。この小説は、 若き伯爵、カイザルにはずっと妻にしたいと願うほどの好きな女性がいて、 伯爵夫人となったコレットはその事実を初夜になって初めて聞かされ、 自分が爵位継承の為だけのお飾り妻として娶られたこと、カイザルがいずれ離縁するつもりでいることを知る───…… というストーリー…… ───だったはず、よね? (どうしよう……私、この話の結末を知らないわ!) 離縁っていつなの? その後の自分はどうなるの!? ……もう、結婚しちゃったじゃないの! (どうせ、捨てられるなら好きに生きてもいい?) そうして始まった転生者のはずなのに全く未来が分からない、 離縁される予定のコレットの伯爵夫人生活は───……

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

【完結】潔く私を忘れてください旦那様

なか
恋愛
「子を産めないなんて思っていなかった        君を選んだ事が間違いだ」 子を産めない お医者様に診断され、嘆き泣いていた私に彼がかけた最初の言葉を今でも忘れない 私を「愛している」と言った口で 別れを告げた 私を抱きしめた両手で 突き放した彼を忘れるはずがない…… 1年の月日が経ち ローズベル子爵家の屋敷で過ごしていた私の元へとやって来た来客 私と離縁したベンジャミン公爵が訪れ、開口一番に言ったのは 謝罪の言葉でも、後悔の言葉でもなかった。 「君ともう一度、復縁をしたいと思っている…引き受けてくれるよね?」 そんな事を言われて……私は思う 貴方に返す返事はただ一つだと。

【完結】小悪魔笑顔の令嬢は断罪した令息たちの奇妙な行動のわけを知りたい

宇水涼麻
恋愛
ポーリィナは卒業パーティーで断罪され王子との婚約を破棄された。 その翌日、王子と一緒になってポーリィナを断罪していた高位貴族の子息たちがポーリィナに面会を求める手紙が早馬にて届けられた。 あのようなことをして面会を求めてくるとは?? 断罪をした者たちと会いたくないけど、面会に来る理由が気になる。だって普通じゃありえない。 ポーリィナは興味に勝てず、彼らと会うことにしてみた。 一万文字程度の短め予定。編集改編手直しのため、連載にしました。 リクエストをいただき、男性視点も入れたので思いの外長くなりました。 毎日更新いたします。

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

処理中です...