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10話 恋心

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 その声には微かな緊張が含まれていた。
 その言葉に疑念を抱きつつも、目の前の伯爵が何かを隠していることを感じ取った。
 静かに問いかける。

「ロベルト伯爵、あなたは何かを迷っているのではないですか?」

 その言葉にロベルトは動揺を隠せなかった。まるで内心を見透かされたかのような感覚に、視線を逸らしながら返答した。

「そんなことは…ただ、君たちのことが心配でね」

 言葉は嘘ではなかったが、真実の全てでもなかった。
 アンブレルはロベルトの曖昧な態度に対し、静かに見つめ続け、「何があっても、私は戦い続けるつもりです。例えそれがどれほどの危険を伴うものであっても。もし、ロベルト伯爵が何かを知っているなら、教えてほしい。それが私たちにとってどれだけ重要なことかを理解しているならば」とうったえかけた。
 その言葉には、揺るぎない決意が込められていた。
 ロベルトはしばらく沈黙する。
 目の前のアンブレルの強い意志を前に、自分が取るべき行動が何であるかを再び問い直していた。

「何故、そこまでして犯人を?」

 ロベルト伯爵は、まだ半信半疑だった。かつてのアンブレルに、散々振り回された過去もある。

「当然のことです」

 アンブレルは内心は、自分の立場と名誉の回復のことしか頭になかったが、そのギラついた瞳をロベルト伯爵は、清らかな聖女の輝きだと勘違いしてしまう。
 そして、ロベルト伯爵は何も答えることができないまま、その場を後にした。
 心の中で、自分がどの道を選ぶべきかがまだ定まらず、その葛藤はますます深まるばかりだった。

 アンブレルは背中を見送りながら、その心に何が隠されているのかを知りたいと強く願っていた。でも、それでも前に進まねばならない。

 私の自由を手に入れるためには。

 カシュパルという新たな協力者を得たことは大きい。アルベルタとの別れの痛みを少しだけ和らげて



 やはりカシュパルの持つ王族に近しい立場は大きな武器だった。宮廷内での情報を集めることにおいて大いに役立っていた。
 でも、カシュパルは、その内気な性格のために何度も足を引っ張ってしまうと感じていた。
 重要な会話を盗み聞く場面や、宮廷内での権力者たちとのやり取りでは、その緊張から言葉に詰まり、情報を取り損ねることがあった。その度にカシュパルは自分の未熟さを痛感し、無力感に苛まれていた。ある日、重要な情報を持つと思われる貴族との接触に失敗し、カシュパルは深く落ち込んでいた。

「…自分は本当に彼女の役に立っているのだろうか」

 少しだけ、自分とは真逆の性格のアンブレルに、憧れ? いや、恋心のような感情が芽生えていた。
 心の中でその問いを何度も繰り返し、カシュパルはその場に立ち尽くす。いつもならば感じる宮廷の威厳ある雰囲気も、その瞬間にはただ重苦しく、息苦しいものにしか思えなかった。
 カシュパルは自分が負担になっているのではないかと恐れ、その気持ちは心の底から離れなかった。
 しかし、そんなカシュパルのもとにアンブレルが現れた。
 カシュパルの様子を見てすぐに何かがあったことを察し、優しい口調で問いかけた。

「何があったの?」

 その声にはカシュパルを責める色はまったくなく、ただ純粋に心配している様子が表れていた。

 カシュパルは、自分の失敗を打ち明けることに躊躇した。アンブレルの期待に応えられなかったことが、どうしても口に出すのが辛かったのだ。しかし、アンブレルはその沈黙を受け入れ、ゆっくりと近づいてカシュパルの肩に手を置いた。

「失敗なんて、誰にだってあるわ。大事なのは、それをどう乗り越えるかよ」


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