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1話 追放の先に燃えるもの
しおりを挟む*30000文字数程度で、完結予定です。
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「アンブレル・エリントン侯爵令嬢。私は君との婚約をここに破棄する!」
第一王子ライオネルの無駄に響く声が、華やかな舞踏会場の空気を一気に凍りつかせた。会場中の視線がアンブレルに集中し、その瞳には好奇心と嘲笑の色が浮かんでいる。人々の表情には、おおよその予想が的中したことへの満足感すら漂っていた。
アンブレルとしては「やはり」としか思えなかった。言われた言葉は予想されていたものであり、むしろこの瞬間を待ち望んでいたとすら言える。見せかけの涙は流さない。ただ、冷ややかな微笑みを浮かべるだけで、堂々とその場に立っていた。
「私よりも遥かに品行方正で、優秀な人物がいます。カロリーナ嬢です」
ライオネルがそう言って手を差し伸べた先には、笑顔を浮かべた平民出身の特待生カロリーナ・フィッシャーが立っていた。知識に優れ、成績も常に上位でありながら、謙虚で人当たりの良い彼女は、多くの貴族たちに好かれている。アンブレルにとって、ライオネルがカロリーナに心を奪われていることなど、既に承知済みのことだった。
「なんと、まあ」
アンブレルは声を上げ、まるで事態に心底驚いているかのように両手を胸元で合わせた。周囲の人々の耳に届く程度の小声で、けれどもその響きには皮肉と嘲りが含まれている。カロリーナが王子の手を取る様子を見つめながら、アンブレルの内心は冷えた静寂に包まれていた。
——これで全て計算通り。
追放を望んでいた。なぜなら、このまま王家に留まることこそが危険であると理解していたからだ。王族に近い伯爵の暗殺計画、その存在に気づいたのはほんの偶然だった。しかし、それが事実であると確信した今、アンブレルはあえて自らを悪役に仕立て上げる道を選んだのだ。
「さようなら、アンブレル嬢。あなたの悪行の数々にはもう耐えられません」
ライオネルの宣告に対し、アンブレルは深く一礼する。彼女の眼差しには涙一つ浮かんでおらず、その瞳はどこか遠くを見据えていた。その光景に、周囲の人々は何か違和感を覚えたが、やがて王子とカロリーナの姿に視線を移し、歓声と祝福の拍手が会場を満たした。
アンブレルはその場を去る際、一度も振り返らなかった。ただ、追放という名の自由を手に入れるための第一歩を踏み出すように、静かに扉を閉じる。
---
追放先は、王国から遠く離れた孤島だった。荒涼とした土地には草木もまばらで、過酷な環境が広がっている。だが、アンブレルはそんな状況にも眉一つ動かさなかった。それどころか、その瞳には復讐の炎が燃え続けていた。
「こんな場所で朽ち果てるわけにはいかないわ」
冷たく言い放ち、周囲を見回す。船を降ろされ、一人で歩き出すと、心には計画が渦巻いていた。復讐という名の劇を上演するために、まずこの地で生き抜かなければならない。そして、そのために必要なのは知恵と忍耐、そして自分自身を信じる強さだった。
追放生活が始まってから数週間。荒れ果てた土地での生活に、アンブレルは意外なほどの適応力を見せていた。昼間は食糧を探し、夜は簡素な小屋で休息をとる。寂寥感や不安など感じている暇はなかった。ただひたすらに生き抜き、復讐の機会をうかがうことが、彼女の全てだった。
そんなある日、遠くから訪問者の姿が見えた。それは、アンブレルにとって唯一の味方である執事、アルベルタだった。彼の顔には疲れが滲んでいたが、どこか決意に満ちた表情を浮かべていた。
「お久しぶりです、アンブレル様」
その言葉に、島での孤独を耐え抜いていたアンブレルの表情がわずかに動く。追放されて以来、久方ぶりに見る知った顔への安堵感と同時に、何か良からぬ報せであることも予感していた。アルベルタの存在は、良くも悪くも運命の歯車を動かす兆しであることが多かったからだ。
「何があったの?」
問いかけに対し、アルベルタは重々しい口調で領地で起こった事件について語り始めた。有力な令嬢が暗殺されたという報せ、それはただの事故ではなく、何者かによって計画的に仕組まれたものだということも説明された。その言葉を聞いた瞬間、アンブレルの心には冷たい炎が再び燃え上がる。
「暗殺……まさか、そう簡単に手を引くと思っていなかったけれど、予想以上ね」
下手したら、私だった可能もある。
アンブレルは、そう考えながら、あれだけ悪事を働いたのだから、当然の報いなのかもしれない、とも思った。
アルベルタの顔には苦悩が見え隠れしていたが、アンブレルの決意は揺るがなかった。長らく閉じ込められていた孤島での日々、その中で鍛えた強靭な精神力が、この瞬間に役立つことになるとは皮肉なものだ。
「わかったわ、犯人を見つけたら、私は元の地位に戻る。それで間違いないのね?」
アルベルタは一瞬言葉を失ったようだったが、次の瞬間、深く頷いた。
そうすることで、アンブレルの目に再び鋭い光が戻る。唇に浮かんだ微笑みには、単なる喜びではなく、追放という名の屈辱を晴らすための計画を胸に秘めた確信があった。
「ご希望であれば、根回しいたします」
「では、まずはここを出なければね。あとは手筈通りに進めるだけ」
そう口にすると、アンブレルは周囲を見渡し、何もない荒涼とした土地に、あっさりとさよならを告げる。
小舟に乗り込む際、アンブレルは島からの脱出という新たな一歩に胸を躍らせていた。孤島から抜け出し、再び領地に戻り、そして暗殺犯を追う。
そのためには、低姿勢を保ちつつ、再び人々の信頼を勝ち取らなければならないことを理解していた。
「私を追放した者たちに、今度こそ本当の悪役を見せる時が来た」
そして、元通りの地位に返り咲いたそのときは、また悪役令嬢ざんまいしてやる。
小舟は静かに波間に乗り、孤島から離れていく。
背後に広がる荒涼とした風景を一瞥し、次なる舞台に向かう決意を固めるアンブレル。
アルベルタは何も言わず、ただその横顔を見つめながら船を漕いでいた。
内心、また、アンブレルの悪事の数々が復活するかもしれないと、怯えながらも信頼する主とともに、新たな一歩を見据えた。
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