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衝撃の出会い

第1話

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「えぇ~っと?ここを…あ、ここじゃないか」
立ち止まってスマホを眺める彼女。
前日に入学式を終えたばかりの大学1年生、鷲的部(しゅまべ) 杏時(あんじ)。
「ここ…違う。あれ?今どこだ?」
杏時(あんじ)は極度の…ではないが、そこそこの方向音痴である。
しかし心配しないでほしい。人に話しかけられても案山子にはならない。
前日も行ったはずだが、慣れないうちはしょーがない。ドスッ。衝撃が加わり倒れる。
「痛った…」
「痛いなぁ~。君!ボーっとしてたら危ないじゃないか!」
スーツ姿のおじさんが責める。このおじさんは歩きスマホをしていた。
一方杏時(あんじ)は立ち止まってマップを見ていた。

アンタが歩きスマホしてたのが悪いんだろ。私は立ち止まってたんだよ

正直イラッっとした。しかし唇を噛み、その言葉を押し殺す。
「す、すいません」
笑顔で謝る。
「まったく…」
おじさんは悪態をついて、またスマホ画面を見ながら歩き出す。
「きっとめちゃくちゃ忙しい人なんだよね」
小声で自分に言い聞かせる。するとおじさんのスマホが宙を舞う。
「え?」
杏時(あんじ)は驚き、おじさんも無言で固まる。
そのはずだ。おじさんのスマホは綺麗な後ろ回し蹴りで
操作していた手には触れず、綺麗にスマホだけ撃ち抜かれたのだ。杏時(あんじ)は顔を見る。
赤い指の跡やペンキだろうか?絵の具だろうか?と
青い着色料もついた不気味な笑顔の仮面をつけていた。
その仮面の人とおじさんと杏時(あんじ)の空間にしばしの沈黙が訪れる。
「な、なにをするんだ君!」
真っ当な意見だ。
「はい?」
仮面のせいで少しくぐもった声。
「危ないじゃないか!私のスマホが飛んでいったじゃないか!」
「あぁ…すいません。回し蹴りの練習してたんで」
「は?」
「いや、は?じゃなくて。回し蹴りの練習してたんですって」
「いや、それは聞こえたよ。危ないじゃないか!」
「いや、でも突っ込んできたのはアナタですよね?」
「は?」
仮面の人がグッっと1歩近づく。
「だから。オレは止まって蹴りの練習してたんですよ。
そこに前も見ずにスマホ見ながら突っ込んできたのはアナタですよね?」
「え、いや」
「さっきも」
視線はわからないが仮面の男がこちらを見ていると杏時(あんじ)は感じた。
「さっき?」
「さっき。覚えてないんですか?あの人。ほら、そこの」
杏時(あんじ)が指指される。
「さっきもアンタが歩きスマホしててあの人にぶつかったんでしょ?
あの子は立ち止まってましたよ?」
言いたいことを言ってくれて少し嬉しい杏時(あんじ)。
「なのにアンタはあの人が悪いみたいに言ってたけど、99%アンタが悪いよな?」
「いや…でも」
「でもなんだよ?」
声質に威圧感はないが、すごい威圧感を感じ、おじさんは言い籠る。
「なんだよ?仕事か?急ぎの仕事か?でもそれはアンタの仕事効率が悪いとかサボってるとか
人に頼らず自分でやろうとした結果だろ?他になんか言い訳あるか?」
「あ…いや…」
「言ってみろよ。全部潰してやるから」
おじさんは黙る。
「アンタも」
杏時(あんじ)がもう一度指指される。
「はい。私?」
「あぁ。アンタも。なんで相手が悪いのにアンタが謝っての?」
「え、いや…」
言いたかった。でも言えなかった。相手にも相手の事情がある。
それなのに一方的にアナタが悪いなんて言えなかった。
「こういう自分勝手な人にはちゃんと言ってあげないと、この人のためにならないっすよ」
たしかに。その意見も一理ある。
「マジで自分勝手“過ぎる”人、大っ嫌いなんだよ…」
その仮面の男が呟くのが聞こえた。
「あっ」
おじさんがなにかに気づく。
「器物損壊…」
スマホを指指す。杏時(あんじ)もおじさんのスマホに視線を移す。
おじさんと杏時(あんじ)は同時に仮面の男のほうを向く。バッっとダッシュで逃げた。
おじさんも杏時(あんじ)も呆気に取られた。
「あ、あっちか」
杏時(あんじ)はその仮面の男のお陰で自分の行く方向がわかった。
その場を去りたくて、そそくさとおじさんの側を通り過ぎた。
「ったく…」
おじさんはスマホを拾う。幸い画面にヒビは入っていないようだ。
「最悪な日だな。ったく」
おじさんはまた歩きスマホをしようとして
「はぁ」
と息を吐き出して、スマホをスーツの胸ポケットに入れて歩き出した。
「着いた」
杏時(あんじ)は大学前にやっと着けた。校舎内に入ると
「あ、君」
呼び止められる。
「は、はい」
なにか注意されるのかと思い、少しビビる。
「これ、美術室に届けてくれる?」
プリントを渡される。美術室行かないです。とは言えなかった。
「あ、わかりましたー」
「よろしくねー」
引き受けてしまった。
「美術室…美術室…」
探す。さすがの方向音痴でも大学校舎内では迷わない。
講義室名のプレートを見ながら美術室を探す。
「第二倉庫…美術、あった」
美術室があった。コンコンコン。ノックして
「失礼しまーす」
ガラガラとドアをスライドさせ開ける。
広く、絵の具やクレヨンのような香りのする部屋のど真ん中にイーゼルを立てて
キャンバスに絵を描いている人が1人。真っ赤な髪。派手な人。振り返る。
「はい。なにか?」
綺麗な顔をした男の子だった。
「あ、プリントを届けてと言われまして」
「あぁ。すいません。ありがとうございます」
赤髪の男性は立ち上がり杏時(あんじ)に近づく。プリントを受け取る。
杏時(あんじ)は辺りを見回す。いろいろな画材、イーゼルがたくさんあったり
キャンバスも筆も汚い絵の具も綺麗な絵の具も汚いパレットもたくさんあった。
机の上には赤髪の男性のものと思われるバッグが…。
そのバッグから先程駅で見たあの仮面が顔を覗かせていた。
「あっ!」
思わず声が出た。キャンバスの前のイスに戻ろうとしていた赤髪の男性がビクッっとする。
「ビックリしたぁ~…。どうかしました?」
赤髪の男性が「?」な表情で振り返る。
「え、あ、あの、さっき駅で」
「え?」
と言って赤髪の男性が杏時(あんじ)を見ながら考える。
「あぁ~おっさんにぶつかられてた」
杏時(あんじ)はコクコク頷く。
「あぁ~はいはい。さっき振りです」
と軽く頭を下げた赤髪の男性はスマホを取り出し
「あぁ~…そろそろ行かないと」
と呟く。
「1年生の方ですか?」
とバッグのほうへ行きながら杏時(あんじ)に話しかける。
「あ、はい」
「そろそろホール行ったほうがいいですよ。講義の受講の仕方とか説明あるそうですし」
と言われハッっとする。と同時にこの赤髪の男性も1年生なんだと気づく。
「じゃ」
と言ってバッグを持って美術室を出る赤髪の男性。
「あのぉ~」
ホールまで案内してもらってもいいですか?と言う前に
その赤髪の男性がワイヤレスイヤホンをしているのに気づき諦める。
仕方なく静かに数メートル後ろを着いていった。
ホールに着いてドアを開けて入っていく赤髪の男性の背中に軽くお辞儀をする。
杏時(あんじ)もドアを開けて中に入る。空いている席に座る。
「1年生…ですよね?」
隣の女の子が話しかけてくる。
「あ、はい」
「良かったら一緒の講義取りません?
あ!もちろん取りたい講義あれば全然そっち優先でいいので」
友達になれそう。そう思った。
「はい!ぜひ!」
気を遣ったわけじゃない。
多少は気を遣ったかもしれないが「友達になりたい」という気持ちのほうが強かった。
「私、汝実(なみ)っていいます。汐旗(しおはた) 汝実(なみ)です」
ミルクティー色の髪色。派手そうだなと思ったが
話し方が失礼ながら意外にしっかりしている。
「あ、多部満(たべみつ) 芽流(める)です!よろしくです!」
汝実(なみ)の向こうから、ひょこっと顔を覗かせて挨拶してくれた。
「白風出(しらかで) 希誦(きしょう)です。よろしくです」
さらに芽流(める)の向こうから、ひょこっと顔を覗かせる。
「私は鷲的部(しゅまべ) 杏時(あんじ)です。よろしくお願いします」
「アンジー?ハーフですか?」
「あ、違います違います。杏(あんず)に時間の時で杏時(あんじ)です。めっちゃ日本人です」
「そうなんだ」
「えぇ~それではこれより」
と講義内容、受講の仕方、単位の取得などいろいろな説明がなされた。
ホールが騒がしくなる。みんな帰る準備をしている。
「ねえねえ」
汝実(なみ)が杏時(あんじ)の肩をツンツンとつつく。
「はい?」
「あの赤髪の人、カッコよくない?」
あの仮面の人を指指す。
「カッコいいってより可愛い系?」
「でも表情的にクール系じゃない?」
芽流(める)や希誦(きしょう)も話に参戦してくる。
「あぁ~。まあ、顔だけは」
中身はまあまあヤバいやつだと思う。という言葉は飲み込んだ。
「え!知り合い!?」
と思われてしまうのも仕方ない言い方だった。
「え。あ、いや。知り合いってほどでは。LIMEも知らないし」
2回顔を合わせただけ。
「じゃあLIME聞いてきて!お願い!」
友達のためなら。断れなかった。断る理由もなかった。
しかしその赤髪の人はそそくさとホールを出てしまった。
「あ、じゃあ…食堂で待っててくれる?あ、講義ないならこのホールでもいいけど」
「うん!わかった!じゃLIMEするね!」
「わかった!」
杏時(あんじ)は荷物を持ってホールを出た。恐らくあそこにいる。着いたのは美術室前。
ガラガラとスライドドアを開ける。いた。
「ん?あぁ、アナタですか。忘れ物ですか?」
「あ、いえ。あのぉ~」
言い出しづらかった。そりゃそうだろう。あんな出来事があり、再会して
意気投合もしていないのにLIME教えてください?いやいやいや。
「さすがに絵の具乾いてるか…。あ、筆もカピカピ…ヤバす」
独り言を呟きながらパレットと筆を持つ赤髪の人。
「あの。すいません。LIME教えてもらってもいいですか!」
言った。
「ん?僕ですか?」
「あ…はい」
あなた以外美術室いないですし。という言葉は飲み込んだ。
「はあ。まあ。いいですけど。なぜに?」
「あ、友達が…」
「聞いてこいと」
「はい」
「なんでその友達は自分で聞きに来ないんですか?」
「あ、私があなたと知り合いみたいに思われて」
「あぁ。知り合いじゃないって言えば良かったのに」
「そ…うですよね」
「言って」
「はい?」
「今なにか飲み込んだでしょ。言って」
「…」
赤髪の人はスマホをポケットにしまう。
「あ…。いや、でも友達よりは知り合いっていうか、話したこともあるし…っていう」
「なんでそれ飲み込んだの」
「え…あの、「でも」とか「だって」っていうのは相手が気を悪くしてしまう場合が多いって」
「まあ。たしかに。君すごいね。なんかクレーム係とか目指してんの?」
「いや、そんなことは」
「ま、いいや。はい。QR。読み込んで」
「あ、ありがとうございます」
QRコードを読み取る。流来。
「なんていう名前なんですか?」
「流来(るうら)。君はー」
「杏時(あんじ)です」
「ハリウッド女優みたいな名前だね」
「父が好きみたいです」
「そうなんだ?よろしく」
「よろしくお願いします」
意外と親しみやすい人だった。お辞儀をしてから美術室を出た。
スマホの画面をつけると4人のグループLIMEに通知が来ていた。

汝実(なみ)「この次講義なかったっぽいからさっきのホールで待つ!」

とすぐに流来(るうら)からスタンプが送られてきた。
QRコードを読んだ後すぐ杏時(あんじ)が送ったスタンプへの返信だ。
とりあえず4人のグループLIMEに

杏時(あんじ)「りょーかい!」

と送ってから流来(るうら)とのトーク画面を開く。
ワールド メイド ブロックスというゲームのキャラクターのスタンプが送られていた。
スタンプを送って返信でスタンプが来て、またスタンプを返すのもどうかと思ったし
かといって既読をしてしまったので、と思い

杏時(あんじ)「よろしくお願いします」
杏時(あんじ)「あと友達に連絡先教えてもいいですか?」

と今一度聞くことにした。

流来(るうら)「いいよ」

あっさり。それはそうか。と思い

杏時(あんじ)「ありがとうございます」

と返信をしてホールへ向かった。
「…ま、筆水で解して、その水気で絵の具もどうにかなるだろ」
流来(るうら)は呟きながら水道へ向かった。
ホールの扉を開ける。3人を見つけて隣に座る。
「どうだった?」
「ゲットしました」
「やるぅ~」
「やりおるね」
「じゃ、汝実(なみ)ちゃんに送るね」
「あ、うん!お願い!あとみんな呼び捨てで呼ぼう?もう友達じゃん?」
「オッケー」
「りょーかい」
「うん。わかった」
晴れて正式に友達となった4人。
汝実(なみ)の個人LIMEのトークに流来(るうら)の連絡先を貼る。
「るら?なんて読むの?」
「るうらって読むらしい」
「るうら!オシャレな名前。使いたい魔法ランキング上位の名前って感じ」
「あぁ~だから聞いたことあったのか」
少し盛り上がる。
ブッブッ。ポケットのスマホが振動する。
一旦右手の筆を左手のパレットのほうに握り、白いTシャツで汚れた右手を拭う。
そしてスマホを取り出す。画面をつける。

汝実(なみ)「なみです!あんちゃんの友達です!よろしくお願いします!」

「あんちゃん…あぁ、アンジーか。…人のため、人のためって…
ある意味自分勝手“過ぎる”人だよな」
スマホをバッグの上に置いてキャンバスに向き直り、絵を描くのを再開した。
「なんの講義取ろうか」
明日この講義お試しで行ってみてーとかを4人で話した。
「この後みんな予定あったりする?」
「ない」
「私もなっしん」
「私もないよ」
「おぉ。なら女子会しようぜ」
ということでカラオケ店にて女子会をすることとなった。
「かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
※ソフトドリンクです。
「みんなどこ住み?遠い?」
各々どこ住みかを言った。
「実家暮らし?実家の人ー」
「「「はーい」」」
3人が手を挙げる。
「え!芽流(める)一人暮らし!?」
「うん。上京組だから」
「あ、そうなんだ?どこ?」
「愛知」
「へぇ~」
「へぇ~」
と納得しつつ、杏時(あんじ)と希誦(きしょう)は頭の中で

愛知ってみかんで有名なとこだっけ?あれ?それは愛媛?愛知って形が恐竜みたいなとこ?

といまいちわかっていなかった。
「愛知!そうなんだ!え、使ってた方言って尾張?三河?」
汝実(なみ)が食いつく。
「おぉ、詳しいね。私もあんまわかってないけどー…だでとかはたまに言ってた」
「おぉ~だでね。いいよねぇ~方言。マジ萌える」
「萌えるって」
「キュンですな」
「でもわかる。大阪弁とかもいいよね」
「やねんとか女子でもキュンとするよね」
「あざとさもあるけどね」
「あ、わかる。これ見よがしに使ってるとわかるよね」
「わかる」
「でも天然ものもいるからね」
「そこなんだよねぇ~」
そこからいろんな話をして、取ってつけたように歌を1曲ずつ歌った。
「ねえねえ芽流(める)」
「ん?」
「家行っちゃダメ?」
「え?」
「いや、一人暮らしなら親もいないだろうし…あ、シェアハウスだったり?」
「いや、完全一人暮らしだけど」
「ダメ?」
「ダメーではーないーけど?」
「マジか!」
「あ!でも待って今日は無理よ?段ボールとかまだあるし」
「別に気にしないけど」
「うん」
「ダメダメ。明日なら。今日片付けておくし」
「わーかった。明日ね」
「明日」
「じゃ明日講義終わり芽流(める)ん家(ち)行くぞー!」
「「おー!」」
盛り上がっている中、芽流(める)はどう片付けるかを考えていた。
「ま…うん。こんなんか」
テキトーに描いた絵を眺める。テキトーという割には一般的には上手いほうだ。
山、草地、海の絵。
「…」
キャンバスを持って乾かすための台に入れる。
自分のパレットと筆を洗う。パレットの絵の具たちが溶けて混ざり合い流れていく。
この感じが好きだったり、少し寂しかったりする。
軽く雑巾で拭き、いろいろな色の絵の具が染み付いたタオルに筆を包む。
スマホを取り、イーゼルの前のイスに腰掛けて画面をつける。
「なに描くかなぁ~」
一昨日から描いていたテキトーな絵は描き終わった。明日から本格的な絵を描き始めたい。
そのための画題を探す。流来(るうら)の描く絵は自然が多い。どの絵の自然も綺麗で豊かで。
でもなぜかどこか寂しさの感じる絵だと高校のときに美術の先生に言われた。
スマホでニュースや動画を見る。画題を探している。
「ひさしぶりに建造物でも描くか」
と呟き検索サイトHoogleの検索欄に「蔦 廃屋」と入れ、検索をかける。
「なるほど?…イメージと違うな」
イメージしていたものではない画像が出てくるのはあるあるだ。
「ま、いいか」
と呟く。そういえばなんかLIME来てたなと思い出し
通知欄からLIMEの通知をタップし、トーク画面へ飛ぶ。

汝実(なみ)「なみです!あんちゃんの友達です!よろしくお願いします!」

まずは友達追加の部分をタップする。

流来(るうら)「よろしくお願いします」

と打って送信ボタンをタップした。
杏時(あんじ)からもスタンプが送信されました。という通知が出ていたが
通知の数字が「1」だったのでスタンプだけだろうと
既読をつけずに音楽アプリを開いて、ワイヤレスイヤホンを耳につけ
シャッフル再生で音楽を流し、荷物を持って美術室を後にした。
ブッブッ。バイブ音がする。汝実(なみ)がスマホを出す。
「お。よろしくだって」
みんなにスマホの画面を見せる。
「おぉ。あの汝実(なみ)が狙ってる赤髪の子か」
「狙ってー…はまだないよ?顔良いなって思っただけ。
中身クソかもしれないし…あ、あんごめん」
汝実(なみ)は杏時(あんじ)のほうを見て手を合わせる。
「え?あぁ、全然全然!私もそんな知らないから」
駅で仮面つけて後ろ回し蹴りするヤバいやつだというのは伏せておいた。
駅で同じ電車の3人は同じ電車に、1人は違う電車に乗ってそれぞれ家へ帰った。
ボフッ。杏時(あんじ)はベッドに倒れ込む。体を反転させ、仰向けになる。
今日はいろいろあった。まず駅で迷った。そしておじさんに理不尽にキレられた。
そして赤髪の仮面の男、流来(るうら)がそのおじさんのスマホに後ろ回し蹴りをかました。
助けてくれた…のかな?でも私にも

「あぁ。アンタも。なんで相手が悪いのにアンタが謝っての?」
「こういう自分勝手な人にはちゃんと言ってあげないと、この人のためにならないっすよ」

と言われたし…とモヤモヤしていた。
「あぁ~疲れたぁ~」
汝実(なみ)もベッドに倒れ込む。部屋には無数のマンガ。
フィギュアもちょこちょこ。いわゆるヲタク部屋だ。
「バレたかな?芽流(める)ちゃん愛知出身っていうからつい食いついちゃったけど…
観察日記もう1回読み直そ」
と言いながら棚のほうに服を脱ぎながら向かってお目当てのマンガを探した。
「ただーいまー」
希誦(きしょう)も家に帰る。自分の部屋に入る。
全身サイズの姿見に写る自分を見る。髪を触る。
「無難に茶髪にしたけど…あの赤髪…いいなぁ~。
ま、私なら赤にはしないけど…。金髪に毛先水色とか?
水色と青買ってきて全体水色にして、毛先にかけて濃い青にグラデーションとか」
そんなことを呟いていた。
「ただいまぁ~って言っても誰もいないんだよねぇ~」
芽流(める)も一人暮らしの家に帰った。まだ玄関には段ボール。
「あぁ~お菓子かぁ~」
キッチンで手洗いうがいを済ませる。キッチンやローテーブルの上にあるお菓子の袋を見る。
とりあえずベッドに行って、ベッドにバッグを置き、上着も脱いでベッドに置く。
ローテーブルの上に置いていたお菓子の袋を手に取る。
個包装になっているクッキーの袋。もう半分以上ない。
「買い足す?充分?」
と言いながら袋の中から1袋手に取って包装を破り、クッキーを食べる。
「牛乳牛乳」
と言いながらキッチンへ行き、牛乳をグラスに注ぎ、飲む。
キッチンに置いていたのはこれまた個包装の小さなお煎餅。
「お煎餅は~今ドキ女子は食べないか。隠しとく?
今日食べちゃうか。我慢してたし今日くらいいいでしょ」
と謎の制限を今日解くと宣言していた。
大学を出た流来(るうら)は病院を訪れていた。
「今日も面会ですよね」
「はい」
もう係の人と顔見知りである。名前を書いて
関係者であるというカードを首から下げ病室へ行く。
何年も通っているのに自分の名前を書くとき
入院患者の名前を書くとき、病室を訪れるとき、心が本当に苦しくなる。
「よお。また来たぞ。昨日も言ったけど、もう大学入学だぞ。
今日は講義の受講の仕方とか単位について聞いたわ。正直友達も誰もいないからつまんなそう。
あ、でも聞いて。今日さ、大学行くとき
歩きスマホしてるおっさんいたから、回し蹴りかましてやったわ。
…あ、もちろんスマホによ?おっさんに危害は加えてないから。通報はされないはず。
あ、でも器物損壊で訴えられるかも。ま、そんときはそんときだろ」
と独り言、独り笑いが響く。
「そろそろ休憩もいいんじゃないですか?
そろそろ起きてさ、筋肉落ちてるだろうからリハビリ…大変だぞぉ~?
リハビリ頑張ってさ一緒の大学行こうぜ。…あ、でもあれか。来年になるから後輩になるのか。
いいよ。1年の講義全部落とすから来年一緒に取ろうよ」
流来(るうら)の親友は事故によって2年ほど昏睡状態なのである。
軽トラックに突っ込まれたのだ。命が助かっただけ奇跡と言われた。
そのお見舞いに2年間、来れるときには来て
返事が返ってこないのに話しかけているのである。
「まだワメブロのワールド残ってるぞ。ま、当たり前だけど。
あ、言ったっけ?アプデ入ってさいろいろ追加されたぞ?
ま、オレやる気力ないからやってないけど。あ、アプデするにはしたけどね。
動画でいろいろ見たよ。鍾乳洞とか出たらしい。鍾乳石?とか。
…頼む。頼むから意識取り戻してくれ…。
んでこっそりサティスフィー持ってきて、こっそり通信してワメブロしようぜ。な?
ほら、ダメかもしんないけどオレがどっか隠れてさ、夜中もぶっ通しでワメブロやろうぜ?」
返事はない。
「…じゃ、帰るから。また来るから。次!次な!次来るときには目、覚ましとけよ!」
と言って病室を後にした。関係者のカードを返し、病院を出た。
息が吸いづらかった。深呼吸をする。繰り返す。多少息の吸いづらさが軽減される気がした。
他人のことを優先しすぎてしまう杏時(あんじ)
実はヲタクだがヲタクさを隠し大学デビューした汝実(なみ)
実は食べるの大好きだが、ぽっちゃりするのが嫌で我慢している芽流(める)
ほんとは派手髪にしてピアス開けて奇抜な服装にしたいが
浮くのが怖くて静かにしている希誦(きしょう)
とにかく自分勝手“すぎる”人が嫌いな流来(るうら)
これはそんな本当の自分を隠す人たちと
自分を大切にしつつ、人のことも考えるが少しだけ言い方がキツかったりする流来(るうら)
その周りの人達の物語。
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