本当の絶望を

夕浪沙那

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4章

30-1

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大量の返り血を浴びた後、私は意識を失った。

後から聞いた話によると、私が剣を振るったことで動揺を見せた敵を、その一瞬を逃すまいとデミアン様が1人を斬った。

それに続き、ガレットも1人を斬り、ムーランドもなんとか1人でその場を乗り切った。

流れが変わると、決着は早かった。

クリスタル様と私、ムーランドそしてロドリゴは、そのままマリアットにある病院の集中治療室に運ばれた。

本来他国の人間を治療することは、後から面倒になることが多く拒否されることが多いが、私たちの状態を見た主治医は首を縦に動かさざるを得なかった。

みな重症だったため、そのまま入院することとなった。

幸い数日で私は意識を取り戻た。肋骨が2本ほど折れているが、その痛みにはもう慣れた。

肋が折れた瞬間の痛みを思い出す方が、もっと痛い。

普段の鍛錬のおかげかムーランドとロドリゴも超人的な回復力をみせ、今は元気をしている。

問題はクリスタル様だ。

1人だけ隔離病棟で生活をしているが、四六時中周りの些細なことに怯えている。

私たちが本当にいい人たちなのか、信用できないのだろう。

無理もない。ソラッド王国の中で最上位の爵位を持つ貴族たちによってさらわれ、監禁されていたのだ。

監獄の生活から解放されたというのに、むしろ負担をかけてしまっている気もする。

そういった感情が全員の共通認識になっているか、言わずともクリスタル様に対しては最大限の配慮を持って接する。

できる限りクリスタル様に外的刺激を与えたくはなかったが、リバリフト側が何か仕掛けてくる可能性を考慮して、グレーが送ってくれた増援の騎士たちと全員でアンディークへと移動した。

そこからはできだけ多くの時間を私はクリスタル様と一緒に過ごすようにした。

シエル庭園に行き、農道を歩き、一緒に食事をし、一緒のベッドで寝る。

クリスタル様は終始言葉を紡ぐことはなかったが、徐々に私から一時も離れようとしなくなった。

周囲に対し心を完全に閉ざしているクリスタル様が、グレーに会って、以前の2人のような関係に戻れるのだろうか…

少し様子を見なければならない、そう思っていたのだが、グレーは我慢できたかったようだ。

会いたい、その気持ち1つグレーはアンディークへと極秘でやって来た。

「この扉を開けた向こうに、クリスタル様はいらっしゃいます」

合わせるのは怖くもあったが、合わせないなんて言っときには、旧王宮がどうなるかわからない。

「相当なショックを受けると思いますが、決して態度には出さないでください」

「わかっています」

迷いなく扉の前に立ったグレーだったが、ドアノブに手をかけたあたりからグレーに異変が生じた。

急に動きが止まり、手が震えだした。

もう一方の手に拳を作り、力で押さえ込もうとするも震えは強まる一方だった。

勢いでここまで来てしまったが、実際に会うことを考え出した結果なのだろう。

受け入れられるのか、グレーほどの男でも不安になったのだ。

来たときの勢いのままで会うよりも、冷静になった今の状況で会う方が何倍もクリスタル様のためになるだろう。

私とグレーの違いは、不安に打ち勝てるだけの心の強さなのかもしれない。

「ご迷惑をお掛けしました」

グレーは一言言葉を残し扉を開いた。

扉が開くとクリスタル様は即座に布団で自分の身を包んだ。

防衛本能からくる動きで、自分を守っているのだ。

「待たせてすまない、クリスタル」

聞き覚えのある声に反応したクリスタル様は布団の隙間から恐る恐る扉の方を見た。

そして、クリスタル様を守っていた布団は一瞬にして崩れ落ちた。

グレーはゆっくりとクリスタル様に近ずき、
優しく、そっと抱きしめた。

私が抱きしめると、どうしても体に力が入ってしまうクリスタル様だったが、全く抵抗を見せない。

布団に代わってグレーがクリスタル様を守る。

「クリスタル、すまない。こんな姿にさせてしまい、あぁクリスタル…」

繕っていた仮面が外れたグレーは、やはり恋人思いの紳士。

グレー、そしてクリスタル様、お互いの瞳から涙がこぼれ落ちた。

クリスタル様も、自らグレーの背中に手をまわした。

この神聖な領域に私の居場所はない。
物音を立てずに部屋を出た。

グレーとの再会がここまでの結果になるなんて、私には想像できなかった。

これが愛の力、心から愛したことのない私にはわからない。

どれだけクリスタル様が変わり果てても、拒絶させるようなことがあっても、グレーならクリスタル様を思い続けられるような気がした。

いつしかの未来で描いた私の理想を、いつもあの2人は体現している。

満足いくまで、2人の時間を過ごして欲しい。

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