19 / 57
3章
19
しおりを挟む「王妃様になにか言われたのですか?」
「あ、いやそういうわけでは…」
「そうなのですね」
このタイミングでの婚約の申し出、聞くまでもなくわかる。
「私は元々、婚約をしたいと思っていました」
握られたデミアン様の手から、早くなっていく鼓動が脈を通って伝わってきた。
「ただ、今日王妃様とお会いして、お話をする中でその気持ちが強くなりました」
ここまで真剣に気持ちを伝えられたことが初めてで、一体どう答えればいいのか…
「復讐を円滑に進める上で夫婦という関係は何よりも強みになります。私はローズ様との間に愛など求めていません、ただ駒として私をお使いください」
デミアン様は私に方に向き直り、再び力強い眼差しで私を見つめた。
「私もそろそろだと思っていました、婚約しましょう」
何事にもタイミングは重要だが、このタイミングでの婚約は悪くない、むしろこの機会を逃すわけにはいかない。
「本当によろしいのですか?」
「断る理由が見当たりません」
私は握られたデミアン様の手の上に、もう一方の手を重ねた。
「これからよろしくお願いいたします。デミアン様」
「こちらこそ。必ず成し遂げましょう」
デミアン様も、もう一方の手を、重ねられた私の手の上に多いかぶせた。
両親の同意がない以上、まだ婚約は決定していないが、婚約を望んでいるという旨は、お互いその日のうちに使用人たちに話した。
お父様とお母様は何と答えるだろうか…
そんなことを気にしていてはダメだ、今はアンディークの再建に注力しなければ。
まずは農業の開始だ、そこから小規模な拡大を繰り返していく。
少しづつでも、止まることなく成長していく。
今回は王妃様の助けがあったから何とかなったが、もう失敗はできない。
……
「交渉完了」
輸入交渉が終わったことをアイカス神殿の石碑で確認し、トンゼのいるワイン工場へと向かった。
~~
「私も着いてきてよかったのでしょうか?」
「ええ、トンゼとの話が終わったら2人で農道を散歩しまししょう」
「はい、光栄です!」
今日はソフィーに付き添ってもらったいるが、
1人で外出することが多くなってきたからか、隣に誰かがいるこの状況に違和感を覚える。
アンディークにいた頃の自分なら、こんなことは絶対にできなかっただろう。
これも1つの自由。
「行ってきますね」
馬車から降り、営業停止中となっている工場に入った。
「待っていました、ローズ様」
「農業に必要なものは全て揃いましたか?」
「はい、マリアットからカリビア大橋を通って全て届けてもらいました」
「そうですか。必要なものは遠慮せず、全て輸入してください。お金に際限はつけないです」
「そう言っていただけると、こちらとしてもやりやすいです」
農業に関しては、特に問題はなさそうだ。
「人は集まりそうですか?」
「えぇ、ザビラの奴が今、集めてくれてます」
貿易を専門とするオクール家だが、貿易の他にも、建築や資本家としての仕事もこなしている。
コネは無限に持っている。
シエル庭園近くの整備、そしてアンディーク全体の道の舗装などは全オクール家に依頼した。
「ローズ様、正直に申し上げて今の農地の量では、利益は全盛期には到底及びません」
そう、現王家の策略でアンディークの領地は狭くなった。
「ですが、必ずや全盛期と変わらない利益を出すと約束します」
この人は、本当にトンゼなのだろうか。前回あったときとは人が変わったように協力的だ。
やはり彼らの原動力は王妃様で間違いない。
「よろしくお願いします」
トンゼとザビラに任せておけば、アンディークの再建は大きく前進するだろう。
その人には、その人が得意とする分野がある。私は私ができることに注力して、分野外のことは専門家たちに任せよう。
……
「お待たせ、ソフィー。これをかぶってください」
「お嬢様、これは?」
「いつもお世話になってますからね、プレゼントの1つくらい受け取ってください」
ソフィーは帽子を受け取り、ゆっくりとかぶった。
この帽子は、以前デミアン様と一緒に行った服屋で買った帽子で、ソフィーに似合いそうな帽子をマリーに選んでもらった。
同じ帽子を私もかぶった。
「お揃いです」
「お嬢様、ありがとうございます…」
ソフィーは瞳に涙を浮かべた。
プレゼントを渡すのは初めてで緊張もしたが、喜んでくれてよかった。
2人でゆっくりと散歩をするのも、初めてではないだろうか。
こんな機会滅多にない。
らしくないが、気になっていたことをひたすらに聞いた。
ソフィーの好きなことは?
ソフィーの好きな異性のタイプは?
ソフィーの好きな季節は?
ソフィーの好きな食べ物は?
ソフィーの好きな植物は?
…
ソフィーは少し困っている様子だったが、私はたくさん聞くことができて満足だった。
「あと1つだけ教えて欲しいことがあるのですが…」
「お嬢様、これが最後ですよ」
「もちろんです」
最後に取っておいた、1番気になっていたこと。
「ソフィー、あなたの夢を聞かせて欲しいです」
「夢ですか?」
「…」
「私の夢は、自然に囲まれた場所で喫茶店を開くことですかね」
「色んな人を迎えて、談笑して、珈琲だけでなくときにはワインでも飲んだりして、ただ穏やかな日々を過ごしたいです」
「喫茶店ですね、覚えておきます」
「そんな、忘れてください…
叶うことのない夢ですから」
「いえ、忘れません」
ただ穏やかな日々を過ごしたい…
ソフィーはいつも私の隣にいた。私と同様、穏やかな日々を過ごしたことなんてない。
穏やかな日々への期待を抱くのも当然だ。
必ず叶えなければならない、私にとっての義務だ。
いつか喫茶店をオープンさせたら、私をお客として歓迎して欲しいな、
そんな言葉は、また今度にとっておく。
……
シエル庭園に寄って、2人で水やりを終わらせ旧王宮に戻った。
気のせいか、帰ってきた旧王宮とデミアン邸もいつもより騒がしく感じる。
部屋に戻ろうとすると、
メイドが部屋の前で私を待っていた。
「お帰りをお待ちしていましたお嬢様、ピアール侯爵邸から招待状が届いています」
「招待状、一体何の招待状ですか?」
「それがその…」
メイドは、言い出せそうになかった。
その様子から察するに、よくないことであることだけは確かだった。
「あまりよくない話なのですね、大丈夫です
聞かせてください」
少し安心したのか、メイドは口を開いた。
「妹のミカエラ様とラビラ王子が結婚式を開くことになり、その招待状でした…」
「すぐにでもパドリセンに戻るようとも記されています」
すぐさま、メイドから招待状を奪い、内容を確認した。
ミカエラとラビラの結婚式…
頭に血が上りすぎたのか、フラフラとしてくる。
「ローズ様!、ローズさまっ、」
メイドの声がどんどん遠ざかっていく。
そこで、私は気を失った。
10
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
夫に離縁が切り出せません
えんどう
恋愛
初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。
妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。
目を覚ましたら、婚約者に子供が出来ていました。
霙アルカ。
恋愛
目を覚ましたら、婚約者は私の幼馴染との間に子供を作っていました。
「でも、愛してるのは、ダリア君だけなんだ。」
いやいや、そんな事言われてもこれ以上一緒にいれるわけないでしょ。
※こちらは更新ゆっくりかもです。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる