本当の絶望を

夕浪沙那

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3章

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「王妃様になにか言われたのですか?」

「あ、いやそういうわけでは…」

「そうなのですね」

このタイミングでの婚約の申し出、聞くまでもなくわかる。

「私は元々、婚約をしたいと思っていました」

握られたデミアン様の手から、早くなっていく鼓動が脈を通って伝わってきた。

「ただ、今日王妃様とお会いして、お話をする中でその気持ちが強くなりました」

ここまで真剣に気持ちを伝えられたことが初めてで、一体どう答えればいいのか…

「復讐を円滑に進める上で夫婦という関係は何よりも強みになります。私はローズ様との間に愛など求めていません、ただ駒として私をお使いください」

デミアン様は私に方に向き直り、再び力強い眼差しで私を見つめた。

「私もそろそろだと思っていました、婚約しましょう」

何事にもタイミングは重要だが、このタイミングでの婚約は悪くない、むしろこの機会を逃すわけにはいかない。

「本当によろしいのですか?」

「断る理由が見当たりません」

私は握られたデミアン様の手の上に、もう一方の手を重ねた。

「これからよろしくお願いいたします。デミアン様」

「こちらこそ。必ず成し遂げましょう」

デミアン様も、もう一方の手を、重ねられた私の手の上に多いかぶせた。

両親の同意がない以上、まだ婚約は決定していないが、婚約を望んでいるという旨は、お互いその日のうちに使用人たちに話した。

お父様とお母様は何と答えるだろうか…

そんなことを気にしていてはダメだ、今はアンディークの再建に注力しなければ。

まずは農業の開始だ、そこから小規模な拡大を繰り返していく。

少しづつでも、止まることなく成長していく。

今回は王妃様の助けがあったから何とかなったが、もう失敗はできない。

……

「交渉完了」

輸入交渉が終わったことをアイカス神殿の石碑で確認し、トンゼのいるワイン工場へと向かった。

~~

「私も着いてきてよかったのでしょうか?」

「ええ、トンゼとの話が終わったら2人で農道を散歩しまししょう」

「はい、光栄です!」

今日はソフィーに付き添ってもらったいるが、
1人で外出することが多くなってきたからか、隣に誰かがいるこの状況に違和感を覚える。

アンディークにいた頃の自分なら、こんなことは絶対にできなかっただろう。

これも1つの自由。

「行ってきますね」

馬車から降り、営業停止中となっている工場に入った。

「待っていました、ローズ様」

「農業に必要なものは全て揃いましたか?」

「はい、マリアットからカリビア大橋を通って全て届けてもらいました」

「そうですか。必要なものは遠慮せず、全て輸入してください。お金に際限はつけないです」

「そう言っていただけると、こちらとしてもやりやすいです」

農業に関しては、特に問題はなさそうだ。

「人は集まりそうですか?」

「えぇ、ザビラの奴が今、集めてくれてます」

貿易を専門とするオクール家だが、貿易の他にも、建築や資本家としての仕事もこなしている。

コネは無限に持っている。

シエル庭園近くの整備、そしてアンディーク全体の道の舗装などは全オクール家に依頼した。

「ローズ様、正直に申し上げて今の農地の量では、利益は全盛期には到底及びません」

そう、現王家の策略でアンディークの領地は狭くなった。

「ですが、必ずや全盛期と変わらない利益を出すと約束します」

この人は、本当にトンゼなのだろうか。前回あったときとは人が変わったように協力的だ。

やはり彼らの原動力は王妃様で間違いない。

「よろしくお願いします」

トンゼとザビラに任せておけば、アンディークの再建は大きく前進するだろう。

その人には、その人が得意とする分野がある。私は私ができることに注力して、分野外のことは専門家たちに任せよう。

……

「お待たせ、ソフィー。これをかぶってください」

「お嬢様、これは?」

「いつもお世話になってますからね、プレゼントの1つくらい受け取ってください」

ソフィーは帽子を受け取り、ゆっくりとかぶった。

この帽子は、以前デミアン様と一緒に行った服屋で買った帽子で、ソフィーに似合いそうな帽子をマリーに選んでもらった。

同じ帽子を私もかぶった。

「お揃いです」

「お嬢様、ありがとうございます…」

ソフィーは瞳に涙を浮かべた。

プレゼントを渡すのは初めてで緊張もしたが、喜んでくれてよかった。

2人でゆっくりと散歩をするのも、初めてではないだろうか。

こんな機会滅多にない。

らしくないが、気になっていたことをひたすらに聞いた。

ソフィーの好きなことは?
ソフィーの好きな異性のタイプは?
ソフィーの好きな季節は?
ソフィーの好きな食べ物は?
ソフィーの好きな植物は?
 …

ソフィーは少し困っている様子だったが、私はたくさん聞くことができて満足だった。

「あと1つだけ教えて欲しいことがあるのですが…」

「お嬢様、これが最後ですよ」

「もちろんです」

最後に取っておいた、1番気になっていたこと。

「ソフィー、あなたの夢を聞かせて欲しいです」

「夢ですか?」

「…」

「私の夢は、自然に囲まれた場所で喫茶店を開くことですかね」

「色んな人を迎えて、談笑して、珈琲だけでなくときにはワインでも飲んだりして、ただ穏やかな日々を過ごしたいです」 

「喫茶店ですね、覚えておきます」

「そんな、忘れてください…
叶うことのない夢ですから」

「いえ、忘れません」

ただ穏やかな日々を過ごしたい…
ソフィーはいつも私の隣にいた。私と同様、穏やかな日々を過ごしたことなんてない。

穏やかな日々への期待を抱くのも当然だ。

必ず叶えなければならない、私にとっての義務だ。

いつか喫茶店をオープンさせたら、私をお客として歓迎して欲しいな、
そんな言葉は、また今度にとっておく。

……

シエル庭園に寄って、2人で水やりを終わらせ旧王宮に戻った。

気のせいか、帰ってきた旧王宮とデミアン邸もいつもより騒がしく感じる。

部屋に戻ろうとすると、

メイドが部屋の前で私を待っていた。

「お帰りをお待ちしていましたお嬢様、ピアール侯爵邸から招待状が届いています」

「招待状、一体何の招待状ですか?」

「それがその…」

メイドは、言い出せそうになかった。

その様子から察するに、よくないことであることだけは確かだった。

「あまりよくない話なのですね、大丈夫です
聞かせてください」

少し安心したのか、メイドは口を開いた。

「妹のミカエラ様とラビラ王子が結婚式を開くことになり、その招待状でした…」

「すぐにでもパドリセンに戻るようとも記されています」

すぐさま、メイドから招待状を奪い、内容を確認した。

ミカエラとラビラの結婚式…

頭に血が上りすぎたのか、フラフラとしてくる。

「ローズ様!、ローズさまっ、」

メイドの声がどんどん遠ざかっていく。

そこで、私は気を失った。
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