本当の絶望を

夕浪沙那

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3章

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アイカス神殿にある地下の部屋に入ると、「完了」の文字が刻まれていた。

「さすがですね」

迅速かつ正確。
サレットのせがれ、ガレットが上手くやってくれたようだ。

この功績は大きい。

オドールという後ろ盾がいなくなったからか、リリーフは脅すまでもなく自ら寝返ってきた。

すぐにピアール邸に追放し、今頃地獄を見ていることだろう。

ソフィーは悲しがるだろうが、情けをかけることなどありえない。

裏切り者など、私の傍には置けない。


アンディークで、私の邪魔をするものはいなくなった。

風通しがよくなり、本格的に事業に取りかかることができる。

デミアン様の様子確認するため、一度デミアン邸に戻り、再度変装をしてマジック酒場・ヴァンに向かった。

オドールの真実を知った日以降、デミアン様に特に変った様子は見られなかった。

ただ内面にしまい込んでいるだけということが、似たような経験をしているからこそよくわかる。

いつか、その感情があふれ出す日が来るかもしれない。

感情のコントロールとは、そう簡単にはいかないものだ。

「待っておりました、また変装の腕を上げましたね」

パウロに習った変装をある程度習得し、この頃は近場であれば、1人で出歩くことが増えている。

ソフィーたちは心配しているようだが、1人の方が色々と動きやすい。

「トンゼとザビラを呼んできます」

パウロは裏から2人を呼ぶと、店の看板をCLOSEにし、席を外した。

「お待たせいたしました、ローズ様」

2人から話したいことがあるという旨が神殿に書かれていたから来たが、見るからに深刻そうな2人の表情に、私は悪寒がした。 

悪い報告を受けたとして、問題はその深刻度だ。

そこまで深刻でなければ、私の力で補えるはずだ…

「ローズ様」

トンゼが口を開いた。

「ブドウの種の輸入ができなくなりました」

耳を疑う発言に、私は反応すらできなかった。

受け入れなければならないのに、思考回路が全力でそれを拒む。

私は呪われているのだろうか…
いつも大事なところで、私を地獄へ突き落とすような何かが待ち構えている。

「そんな…
カリビア大橋は時期に使えるようになるはずですが、それでは駄目なのですか?」

「えぇ、実は…」

トンゼに変り、ザビラが説明を続けた。

「大戦後、王室は隣国・マリアットと秘密裏にある契約を結んでいました」

「ある契約?」

「アンディークへの輸出を無期限で禁止する契約です。また、そのことに関する一切の口外をも禁止されていました」

「そんな…」

「隣国でブドウ農家を営んでいる、いつもお世話になっていた知人たちですらその事実を知らなかったです」

「徹底された王家・ベギール家の策略です」

あの国王がそこまでの策略家だったとは…

どうする…

ワイン製造は、アンディーク再建の要だ。

アンディークという硬い基盤が完成しなければ、次の段階に進んでも勝負にならない。

トンゼは、ウィスキーを飲み干し、そのままの勢いで口を開いた。

「ローズ様、現国王、ベギール・オーガストは危険なやつです」

「私たちはローズ様以上にやつのことを知っています!
手を引くなら今のうちかと…」

ザビラもうつむきながら、数回頷いた。

「手を引く…
そんな選択は有り得ません」

どこかにまだ道があるかもしれない。

始まったばかりの復讐をもう終わりにしろと…
そんな簡単に諦められるわけがない。

「とは言っても、打つ手が思い当たりません…」

期待した自分が馬鹿だったとでもいいたげな表情で、トンゼは私を見た。

ザビラも、がっかりしている表情を隠せていなかった。

「私の夢は…
未練に取り憑かれずに、人生を終わらせることです」

「こんなことで、私を止めることはできないです。戦略を1から作り直します」

今の2人とこれ以上話しても、感情論でしか話せなくなる未来しか見えない。

私は席を立った。

「パウロ様に、南の都・ビスカスについて調べておいて欲しいことがあるとお伝えしておいてください」

「ビスカスですと!
ローズ様、あそこにだけは手を出してはいけません」

「言いましたよね、私は止まらない。復讐を成し遂げるその日まで止まることはありません!」

誰にも有無を言わせない。

復讐は私の生きる理由だ。

絶望的な状況だが、どうにかして道を開かねば、生きていくことなど…

……

この公園に来るのは、デミアン様とお食事をした日以来だ。

道に身を任せ、湖に向かった。

同じ場所に腰を下ろし、しばらくの間、ただ目の前に広がる景色を眺めていた。

あの日と違って、鳥の鳴き声も聞こえてこないし、綺麗とも思わない。

気づけば、最善の一手を求めて頭を働かせている。

数日考えたが、解決策が何も浮かんでこない。

同じ景色を見ているはずなのに、その時々の感情で見え方は大きく変わる。

水面に映った私の顔は、あの日よりも細くやつれているようにも見えた。

「デミアン様も、そのようなことを仰っていたっけ…」

昨晩のことだった。

私はデミアン様に、ワイン製造ができないこと、そして秘密裏に執り行われた契約について話した。

話せることは、先に話しておきたかった。

デミアン様は、私を責めるようなことはしなかった。

「ローズ様は、最前の選択を取り続けたじゃないですか、」

「少しお顔がやつれていますが、お体に何か問題が?」

慰め、そして心配の声までかけてくれた。

デミアン様は、窓からアンディークの夜空をしばらく眺めていた。

窓に反射して映った、デミアン様の悔しそうな表情が思い出される。

「感情を隠さないか…」

~~

「ローズ様~~」

いつになく取り乱した様子のソフィーが、走ってやってきた。

ソフィーには、必ず行く場所を事前に伝えるようにしていた。

ソフィーが、わざわざ私の元に来るとは、よほどの理由があるのだろう…

私は少し身構えてしまった。

「王妃様が、アンディークにいらっしゃいました」

「何ですって!」
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